ニコールの御部屋
異世界嫁ごはん2巻 発売中 連休の本屋さんで見かけたら是非、手に取ってくださいね。
近所の本屋さんでは、山がなくなってあと2冊。棚の面出しが3冊。地味に売れている感じかなあw
小麦相場の沈静化と二徹が仕掛けた石焼きイモフェスティバルのおかげで、オーデフの町は平穏を取り戻した。人々は何事もなかったように普通の生活に戻る。
ニコールは戦後処理の仕事に奔走することになり、忙しい日々を送っている。そんな中、二徹はニコールの部屋の前に立っている。右手にはバケツ、左手にはモップ。エプロンに作業用の手袋という出で立ちだ。
「ニテツ、ちょ、ちょっと待ってくれ!」
ニコールが部屋に入れまいとドアの前に立ち塞がっている。
「ニコちゃん、そこをどいて」
「ご、5分だけ待ってくれ!」
両手を後ろにしてドアのノブを守るニコールに二徹の容赦のない拒否の言葉。ニコールには甘甘の二徹だが、ここだけは絶対に譲れないという決意が表情に現れている。
「ニコちゃん、諦めたほうがいいよ。それに今更、恥ずかしくないでしょ」
「恥ずかしい、恥ずかしいから、拒否しているのだ!」
「だ~め!」
二徹はニコールの肩を両手で押さえて、ぐいっと脇へ寄せると部屋のドアを開いた。そこはオーデフ滞在時に宿泊するためにニコールが借りた部屋。オーデフの中心街にあるアパートメントの1室だ。1室とは言っても、部屋はベッドルームにバスルーム等、結構な広さがある。
ウェステリア軍少佐で、現在は経済統括官をしている高級将校だから、それなりの部屋を借りているのだ。だが……そんな素敵なお部屋がとんでもないことになっていた。
「ニコちゃん、想像どおりの光景で僕はかえって安心したよ」
「うううう……」
部屋の中は散らかし放題。服や靴が床に転がり、食べ物のゴミが散乱している。いわゆる汚部屋状態だったのだ。
「まあ、ニコちゃんは右手を骨折しているし、仕事は忙しいから仕方ないとはいえ……」
「……ううう……夫とはいえ、お前に見られるのは恥ずかしい……」
「ニコちゃんは可憐な女子なんだから、ちゃんと掃除もしようよ」
「め……面目ない……」
「それにしても……」
ニコールがこのオーデフに進駐してから1週間も経っていない。どうすれば、こうも散らかるのか不思議なくらいである。
そもそもニコールは伯爵令嬢で、掃除などは使用人にやってもらっていた環境で育ったから、掃除に対しての認識が一般人とはずれていることは認める。ファルスの屋敷でもニコールが掃除をすることはない。
だが、ニコールは軍人で士官学校の頃から寮生活であったし、こうやって遠征に行けば使用人なんていないから、自分で身の回りのことをしなくてはならない。伯爵令嬢とはいえ、自立した生活をする能力はあるはずだ。
ところが仕事や戦闘での有能さに比べて、生活力は決定的に欠けていた。ニコールは一人ではお掃除ができない困ったちゃんなのだ。
(副官のシャルロット少尉がいないから、予想をしていたけど、やっぱりだな。仕方がない……)
人間どんなに優秀でも、全てにおいて優秀なんてことはない。どこかでダメな部分があって、そういうところでバランスを取っているのだ。
「足りない部分はお互いに補わないとね……」
「な、何を言っているのだ……ニテツ……ちょ、ちょっと、何をするのだ!」
二徹はしゃがんでニコールの両足を抱える。そのまま、ひょいと抱え上げた。右手が使えないニコールはなすがままになる。
「は、放せ、ニテツ、ど、どこへ行くのだ……」
ニコールを抱えて部屋に一歩を踏み入れた二徹。そのまま、ベッドへ直行。ニコールをベッドへ放り投げた。
「わっ……ニテツ……何をするのだ……ちょっと……怖いぞ……」
ベッドでポンポンと弾んだニコールは、今から二徹にお仕置きされんじゃないかと不安になったようだ。二徹はそんなニコールの不安を融かすように、ぽんとニコールの頭を叩いた。
「このベッドから動かないでね」
掃除をするときに戦力にならない人間は、隔離する。これが鉄則だ。じゃないと、いろいろと口を出されて効率が悪くなるからだ。
二徹は腕まくりするとまずはバスルームの掃除に取り掛かる。壁と床を重曹で磨き、水を流して丁寧に拭き取る。洗面台を整理してピカピカに磨きあげた。そしてお湯を張る。
この間、たったの15分。
ベッドルームに戻ってきた二徹は、タオルと着替えが入ったバスケットを抱えてこうニコールに告げた。
「はい、ニコちゃん、お風呂に入って。右手は後で包帯を交換するから、そのまま入っていいよ」
「え、今からお風呂に入るのか?」
「部屋も掃除してピカピカにするけど、ニコちゃんもピカピカにするからね」
「ピ、ピカピカ……そ、そんなに私自身も汚れているのか?」
お部屋は汚くても、外に出る時の格好はちゃんとしているニコール。不衛生にはしていないつもりだったが、二徹に言わせるとそれは普通レベルに過ぎない。可愛くて美人な愛妻は神々しくならなくてはいけない。
「とにかく、ニコちゃんは汚れちゃいけないよ。それにこれは部屋を汚くした罰でもあるからね」
「ば、罰~っ」
そう言って二徹は淡々と着替えとバスタオルの入ったかごを洗面台に置く。その淡々さが返って怖いと感じたニコール。慌ててこんなことを言い出した。
「そんな……私が散らかしたのだ、私も掃除を手伝うぞ……」
首をゆっくりと振る二徹。ニコールはお風呂で隔離しないと、掃除に手間取る。
「ニコちゃんはお仕事で疲れているでしょ。さあ、お風呂でくつろいで……」
プチプチと軍服の上着のボタンを外す。ウェステリア軍の軍服はボタンが多いから脱ぎにくいのだ。右手を骨折しているニコールならなおさらである。
「うあっ……ちょっと、待て……服は自分で……」
「恥ずかしがらないで、僕たちは夫婦じゃない?」
「うううう……夫婦だから恥ずかしいのだ……」
「そうニコちゃんに言われると僕も照れるけど……ここはちょっと強引だけど突き進む」
「あ~ん……だめ~っ」
だが、軍服を脱がして、その下のアンダーウェアまで脱がすと下着1枚。さすがにこれ以上はいくら夫婦でも礼儀というものがある。恥ずかしさで顔が真っ赤なニコールの長い髪を上にあげてゴムで留めると、二徹はバスルームを出た。
「さあ、やるぞ!」
二徹は気を取り直して掃除に取り掛かる。ニコールがお風呂に浸かっておる間に、いっきに片付けるのだ。ここは専業主夫の腕の見せどころ。てきぱきと片付ける。服は畳んでクローゼットへ。書類や本は整理して本棚や机に。ゴミは捨ててテーブルには花を飾った。
「ふ、ふふん……」
二徹に強制的にお風呂に入れられたニコール。先ほどの恥ずかしさは忘れてしまい、今は気分がいい。お風呂の温度がぬるめで半身浴が気持ちよく、ご機嫌な様子で鼻歌を歌っていた。
(はあ~っ。久しぶりにリラックスできる。それにしても、さっきのニテツ……ちょっと強引だったな……こともあろうに、この私の服を脱がすとか……そりゃ、私たちは夫婦だから、それくらいは許すぞ。でも……)
左手でお湯を救って顔にパシャパシャとかけるニコール。ちょっと、妄想を覚まして冷静になろうとしたが、モヤモヤとこみ上げてくるリビドーに抗えない。
(大体、この私を下着姿1枚にしておいて、全然動じないとはどういうことだ。普通なら、この私を押し倒すところだろうが……)
(それにお風呂に入ると言っても、私は右腕が使えないのだ。体も髪の毛も洗えないのにどうすればいいのだ。夫なら体を洗うのを手伝うよとか言うのが普通だろうが……)
それが普通かどうかは分からないが、ニコールの妄想が通じてしまった。
カチャ。ドアが開く。
「ニコちゃん、手が使えないから髪の毛を洗ってあげるよ」
「ぎゃああああっ!」
妄想がリアルになってニコールはびっくりして、思わずバスタブから立ち上がってしまった。
「ニコちゃん、前、前」
「はうううううっ……。ニテツ、いくら夫婦でも節度ってものが……」
「節度って、僕は純粋に愛しい妻の介護のつもりだけど……」
「ううううっ……そういうところが……お前は……」
「なに?」
「……お、お願いします……」
二徹からタオルを受け取ると体を隠して、バスタブから出るニコール。すかさず、石鹸を泡立ててニコールの髪を丁寧に洗う。洗って後は香油をブレンドしたものでトリートメント。失われた油分を髪に補給する。ニコールの輝かしい金髪が光を放つ。
「ついでに背中も洗ってあげるよ」
両手に石鹸で泡立てて、背中に触れて大理石のような肌に滑らす。
「あうううっ……馬じゃないんだから、そういう洗い方は……」
「普通に洗っているつもりだけどね。愛しい奥さんが美しくなるように心を込めているだけだよ」
「ううううっ……美しい……何をバカなことを……ほっ、ほほ……ほう……あ、あふん……うう……くすぐったいような……何だか……ぞくぞくして体がおかしいのだ」
「ニコちゃん、きれいになあれ、きれいになあれ~」
「はううううっ……もう、だめ~」
「おっ……滑った!」
ぽよん~。ぽよん~。
何が『ぽよん』かは想像に任せよう。
お風呂から上がったニコールが目にしたもの。
綺麗に掃除された部屋。
美味しそうな匂いを立てている鍋。
椅子にニコールを座らせると、二徹はてきぱきとニコールの右腕の包帯を交換する。添え木をあてて三角巾で首からつる。そして鍋からポタージュを皿にうつす。
「はい、ニコちゃん、お風呂上がりにコーンのポタージュだよ」
コトンと音を立てて、テーブルに置かれたのは慈愛あふれるポタージュ。
作り方は簡単だがちょっとしたコツがいる。
まずは、玉ねぎ。粗みじんに切った玉ねぎを包丁でさらに細く刻む。これを厚手の鍋でバターと炒める。ここで焦がさないようにじっくりと火を通す。そして小麦粉をふり入れる。ここでの炒め方で優しいのどごしになる。
炒めたところで、トウモロコシをクリーム状に潰したものを入れる。これに鳥で取ったスープを加える。アクを取りながら10分ほど煮込む。
最後に牛乳と生クリームを入れて、塩とコショウで味を調える。これで完成だ。よそった皿にトウモロコシの粉で作ったチップスを砕いて散らす。
「う、うまそうだな……」
「どうぞ、熱いから気をつけて」
ドロッとしたコーンポタージュをスプーンですくう。それを口に運ぶニコール。
「あ、甘い……甘いいいいいっ……。美味しい……」
次々とすくって無我夢中で食べる。熱くて美味しくて、甘くて、舌にとろける感触。
「風呂上がりにこのポタージュは反則だ。風呂で奪われた体力にエネルギーがチャージされるようだ」
「どういたしまして……」
「ねえ……」
「どうしたの、ニコちゃん」
きゅうううううっ……。ほんのりとピンクがかった首筋が赤く染まってくる。
「コンポタも甘いけど……」
「ん?」
ニコールは、二徹のシャツを左手できゅっと掴んだ。
「ニコポタも甘いぞ……」
「???」
ニコールは左手を二徹の後頭部にあてて、ぐっと引き寄せた。甘い唇が二徹を翻弄する。
「ニコちゃん……」
「これはまだ前菜だぞ……。メ、メインはもっと甘いんだからな」
1ヶ月ぶりに再会した夫婦。
オーデフで一緒に過ごす最初の夜はすごく甘かったらしい。
鼻血が出そう……何が甘いんだか。




