石焼きイモとポタージュのフェスティバル
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つ、ついに……あの男が…。クエール王国だけに「くえーる」。下手なダジャレに殺されそう。
「レオンハルト閣下、市民が各所から集まり、この城の周りに集まってきています」
「その数、約2万人……」
オーデフ城の一番高い塔から、双眼鏡でその様子を眺めている男。今回の遠征軍を率いたレオンハルト中将である。この若き将軍は市民の様子を伺いながら、背後で次々と状況の報告を聞いていた。
事は重大事態ではあるが、この青年将軍は少しも慌てていなかった。
「ニコール少佐は何と言ってきている」
「はっ。既に手は打ってあります。レオンハルト閣下には、ご安心召されとのことです」
「はははっ……。不敗の女神がそう言うなら、安心しようじゃないか」
レオンハルトはそう言って笑った。城の周りから白い煙が上がっている。朝方からずっと上がっているのだ。
「しかし、将軍。2万人の市民が暴動を起こしたら……」
「あの白い煙は民衆がやっているのではないだろう?」
「はい。今朝からニコール少佐の命令でクエール石を火であぶっているものだと思います。城の周りだけでなく、町のいたるところで行われています」
「ならば、暴動は起きないだろう。皆の者、遅い朝食をゆっくりと取ろうじゃないか。パンはないがな。はははっはは……」
レオンハルトがそう笑いながら塔から降りたとき、城の正門前で近づいてくる民衆に二徹は話しかけていた。
「ようこそ、皆さん!」
パンをよこせと口々に叫んでやって来た民衆は、のんきな二徹の呼びかけと目の前の異様な光景に思わず立ち止まってしまった。目で見る光景に加えて、香ばしい匂いが空腹に響いていることも大きい。
「皆さんに食べてもらいたいものがあります。これは今回の戦勝を記念してのウェステリア軍がオーデフの市民の皆さんに無料で食べてもらうものです。
そう言うと二徹は城の周りに並べ大きな鉄鍋の中をショベルでかき回した。中にはクエール石の玉砂利が入っている。
「なんだ、食物とか言って、石じゃないか!」
「石を焼いても食えねえぞ!」
「俺たちを馬鹿にするのか!」
そう叫んだ男たちも香ばしい匂いに言葉が続かない。中から少し焦げた茶色いものが出てきた。
「なんだ、そりゃ?」
「サツマイモじゃないか?」
「そんなもの、豚の餌じゃないか……」
二徹は手袋をして、よく焼けたさつまいもを半分にちぎった。黄金色に輝く身がほくほくと現れ、湯気が立ち上る。
「どうぞ、食べて見てください」
二徹は先頭の男にそれを手渡した。アツアツのそれに魅入られる男。ふうふうと息を吹きかけて、かぶりついた。
「うめえええええええっ!」
「え、マジかよ。ただのサツマイモだろが」
「食ってみろよ、これは甘い。甘くてうまいぞ」
男に言われて次々と手渡されたサツマイモにかぶりつく。口いっぱいに広がるなんとも言えない甘味。
「あまああああああ~い」
「熱々のホクホクで~」
「うますぎるううううううっ~」
「なんだ、この表面はカリッと香ばしくて、中はねっとりと甘い。なんていう料理なんだ?」
みんな二徹にそう一斉に尋ねた。
「これは石焼き芋といいます。クエール産の石を焼いて、その熱でじっくり焼いたものです」
「石焼き芋?」
「石焼きいもだって……」
さざ波のようにその名前が2万人の民衆に伝わっていく。そして二徹はこう伝えた。
「今から城の周り、町中のパン屋の前でこの石焼きイモを無料で配ります。この3日間、どれだけ食べても無料です。石焼きイモ食べ放題ですよ~」
「うああああああっ!」
小麦を寄こせと集まった民衆が歓喜に変わった。城の周りだけでなく、町中でこの石焼きイモが無料で食べられるのだ。
しかも、小麦が入らなくてパンが作れないオーデフ中のパン屋に協力してもらってのイベントである。大量の石焼きイモが調理されて民衆の口に入る。
甘くて熱くて、そしてねっとりとした石焼きイモの魅力に、不満を忘れてしまった。
昨日のこと
「なあニテツ。どうしてクエール石を使って焼くとサツマイモが甘くなるのだ?」
この石焼き芋イベントを仕掛ける前に、ニコールに試食してもらった時にニコールはそんな質問をした。茹でたり、普通に焼いたりしただけでは、パサパサしてこんなねっとりとした甘さにはならないのだ。
「これはね、調理の仕方に秘密があるんだよ」
二徹はニコールにそう説明した。サツマイモ自体は甘味があるわけではない。これは生でかじればすぐに分かる。これはサツマイモの主成分であるデンプンが甘くないから。これも片栗粉を舐めれば納得がいくだろう。
このデンプンは「多糖類」というものだが、これは酵素によって糖化させることができる。サツマイモにはその酵素があるのだ。
「なるほど、その酵素というものを活性化させるためには、熱が必要というわけだ」
「そうなんだけど、温度も大切なんだ。この酵素がよく働くのは60度くらいの温度。これをじんわりと加えることが必要なんだ」
二徹はそう説明をする。直火で高温だとこの酵素の働きがなくなってしまうし、イモが焦げて炭になってしまう。石の熱による遠赤外線効果による調理法。誰が考えたか分からないが、この調理法は理にかなっている。
石を使った調理の仕方は、世界各国にあり、じんわりと熱を加えることで食材が美味しくなることは古くから知られている方法だろう。だが、このウェステリア王国では、珍しい方法だったのだ。
「では、どんどん温めれば、どんどん甘くなるわけだな?」
「いいや、ニコちゃん。熱が甘味を増やすのはある程度までだよ」
「どういうことだ?」
一応、石焼きイモの調理時間は40分~60分。長ければ長いほど、甘くなっておいしくなるとされる。これはイモにふくまれる水分量が減るから。
水分が減れば味が濃厚になる。よって甘味が濃厚になるというわけだ。
「なるほど……そういうことか……」
「うん。そういうこと……」
「そう聞くとますます美味しくなる……」
ニコールは石焼きイモを大きな口を開けてほおばる。自然な甘さが口いっぱいに広がり、もうたまらない表情となる。そして、モジモジと顔を赤らめて焼きイモを両手で持ってチラチラと二徹を上目遣いで見る。
「おや、ニコちゃん……」
口元に焼きイモの黄色い欠片がこびりついている。二徹はそれを人差し指でこそぎ取って、さり気なく舐めとった。あくまでも自然な動き。夫婦ならではの自然体。
でも、1ヶ月も二徹と離れていたニコールはこれは刺激が強すぎた。頭から煙が出るくらい顔が赤くなる。
「ううう……」
「あれ、どうしたの?」
「低温でじっくりと温めれば、美味しくなるのだな……」
「あ、うん……そうだよ」
「じ、じゃあ……」
「どうしたの?」
「今晩はじっくり温めてくれ。そうすれば、私も美味しくなるから!」
変なことを口走ってしまったニコール。もう恥ずかしくて二徹の顔が見られない。一体、何が美味しくなるのだろうか。
ニコールにそう言われた二徹も照れてしまった。愛妻に意味深なことを言われて、照れない夫はいないだろう。
「し……しょうがないなあ。ニコール少佐の命令とあらば、温めさせていただきます」
「て……低温で……その……ちょ、長時間でじんわりとだぞ……」
低温どころか、お互いのラブラブエネルギーの高温で焼け焦げてしまわないか心配であるが、今晩は美味しく調理をする二人だろう。何しろ、一緒に過ごすのは1ヶ月ぶりなのだ。
*
「焼きイモうめえ……」
「これがいくつも、好きなときに食べられるなんて、戦勝記念のフェスティバル最高~」
ごほっ……。そう言って喜んでいた男が焼きイモを喉に詰まらせた。いくら美味しくてもあまり食べると胸焼けする。
「ゴフゴフ……」
水をもらって何とか窒息を免れた男。ちょっと、心によぎったことがある。
(石焼きイモだけじゃなく、何かスープみたいなものが飲みたいなあ……)
これは誰もが心に過ぎったこと。その絶妙なタイミングで二徹は次の一手を打っていた。
「さあ、皆さん、石焼きイモだけではありません。今からこれを食べてもらいます」
大きな鍋の蓋が取られる。湯気がぼあっと立ち、辺りに美味しそうな匂いが立ち込める。
そしてトロトロと少しだけ黄味がかった液体が器に盛られる。男はそれを木のスプーンですくった。
「うおっ!」
「こ、これは……」
また反応がさざ波のように広がる。
「ポタージュです。これはサツマイモのポタージュ……」
二徹は説明をする。ポタージュとはスープの総称。「ポ」とは壺や鍋を差し、ポタージュとは、壺や鍋に入っているものという意味がある。スープが洗練されていない田舎風という意味合いがあるのに対して、ポタージュはコース料理の前菜という位置づけがある。
だから、このオーデフ市民に提供されたサツマイモのポタージュは衝撃的であった。まさにお祭りでしか食べられない特別なスープなのだ。
これだけ美味しいのに作り方は難しくはない。蒸したサツマイモをブツ切りにして、鳥のブイヨンと合わせてすり潰す。ここへオーデフ産の新鮮な牛乳を入れて温める。味を調えるために、塩と黒胡椒を入れれば出来上がりだ。
特に黒胡椒のピリリとした味がポタージュ全体を引き締めて、たまらなく美味しいのだ。
「今日はサツマイモですが、明日はニンジンのポタージュ、明後日は、なすのポタージュです。期間中、日替わりでお楽しみいただきます」
そう二徹は宣言した。レシピはオーデフ中のパン職人に伝えていたから、町のいたるところでこれが無料で配られる。もう町はお祭り騒ぎ。小麦が足りなくて不満だったことは完全に忘れてしまったのであった。
*
「ほれ、あんたも食べろよ」
町をフラフラと徘徊していた二千足の死神。今朝まで不穏な空気が流れていたオーデフの町が一変してお祭りモードになっている。
(コレハ……ドウイウコトダ……マサカ……アノ男ガ関係シテイルノカ?)
二徹は妻のニコールに会いに行ったきり、帰ってこない。オズボーン中尉もエリザベスを連れて行ったきりだ。事が終わったら二千足の死神を逮捕すると彼は宣言していたので、そろそろ逃げ時だと考えていた死神も、このまま帰らないつもりだ。
(フム……ナンダ……スイタルロジャナイカ……。コンナモノ、ウマイワケガ……)
二千足の死神がまだ子供の頃、サツマイモは死ぬほど食べた。この家畜用のイモはスパニアの農村の貧しい人間にとっては主食の一つでもあったのだ。
嫌な思い出が二千足の死神の心に広がったが、それをかき消す香ばしい匂いが彼の意識に変化をもたらせた。
(ナンダ……コノ……深イ……黄色ノ身ハ……アツ!)
不覚にも舌が火傷しそうになったが、熱くて甘い味覚が二千足の死神を癒す。なんとも言えない美味しさ。そしてボリューム。これは1個食べただけでお腹が膨れる。
「おい、あんた、これも飲まなきゃ!」
そう言って渡された木の器。薄クリーム色の暖かいポタージュ。それを木のスプーンで食べる。
(ウ~ン……コレハ滋味アフレル……)
思わず天を仰ぐ死神。不覚にも涙がふた筋流れていく。
「おい、あんちゃん、あまりの美味しさに感動しているのかい。それはいいことだ。クエール王国は再興できなかったが、オーデフ市民は満足さ。クエールだけに、この石焼きイモとポタージュがくえーるだけに。ガハハハッ……」
酒にほろ酔い加減なおっさんの下手なダジャレにちょっとだけ殺意を抱いた二千足の死神であったが、石焼きイモとサツマイモのポタージュの美味しさに夢中になることにした。
この石焼きイモとサツマイモのポタージュ。二徹のプロディースで作られた料理と知らないまま、ついに口にした二千足の死神。だが、その至福の時を自覚する前に服が軽く引っ張られた。
(新タナ指令ダナ……)
二千足の死神はこれを待っていた。彼の真の主人である、エヴァンゼリン・アーネルト女候爵からの新たなダーゲットを知らせるものであった。




