二徹の戦術、ダリオの戦略
異世界嫁ごはん2巻 発売中 書店で見かけたら手に取ってください。ちょっと、目立つポップな感じの表紙です。
「ニコちゃん、交渉は決裂したけど、何か策はあるの?」
馬車の向かいに座った二徹はそうニコールに聞いてみた。この交渉自体、ニコールはまとめる気はなかったと思ったからだ。
「もちろんだ。今日はあの男に忠告しただけだ」
「忠告って、本気だったの?」
「ああ。一応、伝統あるバルフォア家が破産するかもしれないからな」
「破産?」
「これは経済戦争だ。これにも我が軍は勝利をしないといけない。だが、現在のところは劣勢なのは否めない。ここ数日が勝負だろう」
「数日?」
「そうだ。数日だけ、民衆が暴動を起こさなければ私たちの勝利だが、起きてしまえばダリオたち商人の勝ちだろう。ここからが勝負だが、まだ民衆が暴動を起こさないようにする策がない」
ニコールはそう言って思案をしている。民衆の不満は美味しい食事が取れないこと。特に小麦が手に入らなく、パンが食べられないのが不満だ。
「数日だけなら、もっと珍しくて美味しいものを食べてもらえば、忘れてくれるかもしれないね」
そうは言ったものの、この時点で二徹にもニコールにもアイデアがあったわけではない。馬車で殺伐とした町の風景を見ながら、二徹はふと気なる光景を見た。町には石屋が多いのだ。
「ああ、オーデフは石の産地でもあるのだ。近くに火山があるだろう」
「クエール山だね」
「昔、噴火で固まった安山岩がたくさんあってな。クエール石というそうだ。オーデフ城の石垣にも使われている」
「なるほど……」
クエール石は大きいものは墓石や庭石、小さいものは庭に敷くことに使われる。石屋では水を流しながらタンクを回転させて、石を丸く加工してから販売しているのだ。
二徹の頭にピンと何かが閃いた。
「ニコちゃん、オーデフには小麦や大麦、ジャガイモが不足しているけど、豊富にある食材はあるの?」
「ああ、あるにはある。そのおかげで飢餓にはなっていないが、豊富にあるのは家畜用のサツマイモとか、ニンジン、なすなどの野菜だな。特にサツマイモは今が季節だそうだ。肉類は不足気味だが、そもそも肉は贅沢な食材だからな」
ウェステリアではサツマイモは家畜の餌という面が強く、人間が食べるという認識が薄い。焼いて食べたり、茹でて食べたりすることもあるが大して美味しくない。
これはサツマイモの種類が甘味が強くない種類であることと、流通の過程で倉庫に保管されることがあるが、それが不適切であることが起因していた。比較的長持ちするサツマイモの扱いが悪く、干からびてしまっているからだ。
これは二徹もサツマイモの魅力を知っているだけに残念に思っていたことだ。だが、採れたてのサツマイモに特産の石で二徹には思いつく料理があった。そして、それを大量に作る手立てもだ。
「ニコちゃん、数日だけなら市民の不満を逸らすことができるよ!」
二徹は結びついたアイデアの良さに思わず手を叩いた。
「何か、よいアイデアを思いついたようだな」
「時間稼ぎにしかならないけど、いいアイデアだと思うんだ」
二徹は自分が考えたことをニコールに話す。先程まで沈んでいたニコールの表情がみるみるうちに明るくなる。
「うむ。いい取り組みだが、2つだけ質問がある」
「何?」
「調理は簡単そうだが、人手はいる。作る人間はどう確保する。オーデフの10万人分を数日となるとかなりの人数がいるぞ」
「それは簡単だよ」
「兵は使えないぞ。残党の掃討と町の守備で手一杯だ」
ふふん……と二徹はニコールの鼻を指で突っついた。そんなことはお見通しなのである。
「オーデフのパン屋さんを使うよ。何しろ、彼らはこの小麦不足で失業しているからね。日当を払えば協力してくれるよ」
「なるほど……。町中のパン職人を使えば十分だな。それに数日の日当ならなんとかなるだろう。だが、2つ目の質問はもっとも重要だ。その料理は人々を納得させるだけの魅力があるのか?」
「それは屋敷に帰って試食してもらえば、わかってもらえるよ」
二徹はバケツいっぱいのクエール石とサツマイモを仕入れると、ニコールの宿舎となっている屋敷へと向かった。そこでニコールを納得させるのだ。
*
「いつになったら、パンを食べられるのだ!」
「主食がないのは、政府が悪いからだ」
「悪徳商人が小麦を買い占めているとの噂があるぞ」
「いやいや、俺が聞いた話だとウェステリア軍の奴らが接収しているせいだと」
「オーデフの城には小麦が唸るほど蓄えられているらしい」
「マジかよ!」
「小麦1ゾレムで銀貨7ディトラムなんてふざけるな!」
町の至るところで人々が集まり、パンが食べられない現状に不満をぶつけ合っている。その原因は商人が儲けを狙って買い占めているとも、ウェステリア軍のせいだとか、滅びたゼーレ・カッツエの暗躍だとか、実しやかに囁かれている。
現実の問題として、現在は統治しているウェステリア軍に不満のはけ口は向かっていた。これはバルフォア家による情報操作。ダリオは数十人の人間を雇い、町に散らばって噂話を流していたのだ。
小麦の値段が高くなっているのは、戦争のせい。それを起こしたのはウェステリア軍である。ウェステリア軍は小麦を買い占めて値段を釣り上げているというデタラメな噂だ。
やがて、人々は少しずつ集まり、集団が少しずつまとまってくる。オーデフの城に行けば小麦が手に入るという噂が広がり、小麦を寄越せというシュプレヒコールを上げ始めた。
参加した市民は最終的に2万人を超える大集団となる。
「ダリオ様、予定通り、民衆どもが行動を起こしました」
そう部下の報告を聞いてダリオは満足そうに頷いた。手には上等な赤ワインの入ったグラスを手にし、それをゆるりと口に運ぶと舌に乗せてじんわりを味わう。そして目を閉じて口を開いた。
「予想よりも早く動き始めたではないか」
「はい。ばら撒いた金の効果が出ました」
「民衆というのは実に馬鹿だ。出た情報に踊らされ、騙されていることにも気がつかない。そして我々から搾取される。実に馬鹿で間抜けな生き物ではないか」
ダリオにそう問われた部下は、両親が民衆出身であったから、少しだけ複雑な思いを抱いたが、今は金持ち側の人間に仕えているのだから、自分は間抜けではないと思い直した。
「……全くその通りでございます……」
「奴らは家畜だ。人間に飼われ、飯を食わされ、太らされた豚そのもの。太った豚は我々、資本階級に肉を提供しなくてはな。ふっはははは……」
ダリオはそうオーデフ市民のことを家畜呼ばわりしている。これはかなり傲慢な思想であったが、生まれながらの大金持ち、バルフォア家に生まれた御曹司育ちである。子供の頃からどっぷりと贅沢な暮らしをしていたから、精神がひん曲がっていてもおかしくはない。
「ダリオ様、例の国境からの小麦の流入ですが、手前の町で止めました。どうやら、あの女将校の根回しで大量の小麦を運び込むつもりだったようです」
「うむ。これも予想通りだ。そんな安い小麦を大量にばらまかれては、大損をしてしまうところだった。だが、わしの方が一枚上手だったようだな」
そうダリオは勝ち誇った。ニコールと対面した時に、妙に強気だと感じたダリオはニコールの作戦を見抜いていた。大量の小麦を緊急に流入させて小麦の価格を暴落させようという作戦だ。
「で、その小麦はいくらで買い占めた?」
「1ゾレムあたり、銀貨8ディトラムです」
「それだけ出せば、喜んで売っただろう?」
「はい。小麦商人は狂喜しました。何しろ、オーデフ以外の土地では銅貨30ディトラム程度ですからね。近隣の農家はこぞってこちらに売りに来るので、近隣の町も小麦不足だそうです」
「ますます価格は上がる。実に気分がいい。これで暴動が起これば軍は小麦を調達せねばならず、高値で売るチャンスが到来する。1ゾレムで金貨1ディトラム……いや、もっと高い値段が付きそうだ」
「どうでしょうか、ダリオ様。ここは現物取引ではなく、信用取引で一挙に儲けを増やすという作戦に移りましょうか」
「そうだな。もはや、勝利は確定だ。勝つときは徹底的にむしり取る。これしかないな。軍による緊急輸送の件は、まだ知られていないだろうな」
「はい。今日中には伝わらないでしょう。この情報は我らだけです」
情報を制するものはビジネスで勝利する。それがダリオの信条。この件に関しての勝利を確認したダリオは、急ぎ、穀物の取引所へ向かう。今朝の取引は面白いことになるとダリオは考えていた。




