潜入と膝枕
あれ? ニコちゃんは? はい、後半です。安心してください。
4月25日 2巻発売
「この潜水艇は海の中に潜れる。潜行して海底洞窟を進むのだ。洞窟は城の地下につながっている」
イライザはそう二徹たちに説明した。潜水艇は樽を改造したようなもので、バランスを保つ3枚のフィンと1機のスクリュー。20ノラン(10m)ほどの深さを潜ることができる。
この潜水艇は全部で6隻。1隻には2名が乗船できる。これに二徹と二千足の死神、オズボーン中尉と選ばれた近衛兵が乗る。
「イライザさん、よくこんなルート知っていましたね」
「クエール海賊団100年の歴史の賜物だ。だが、このルートは楽ではない。途中で邪魔が入るだろうが、それに対する備えもいくつかある。このマニュアルを見て操縦してくれ」
イライザはそう言うとこの潜水艇のマニュアルを渡した。そして、部下に命じて潜水艇のロープを緩めて海へと下ろす。潜水艇の底に取り付けた重りのために海の中へと潜行していく。
「そのまま、スクリューを回して陸に向かって進むのだ」
二徹は発進ボタンを押す。巻かれたゴムの力が解放されて、スクリューが回る。陸地に向かってゆっくりと進む6隻の潜水艇。
「ム……マズイゾ……ナニカイル……」
二千足の死神は水中から近づく生物を見つけた。それはサメ。無数の人喰いザメがウロウロと回遊し、移動する潜水艇を見て襲いかかってきた。
「うあああああっ……」
サメに体当りされた1隻の潜水艇が粉々になった。乗組員は外に脱出して海面へと浮かぶ。さらにもう1隻が破壊される。
「放て!」
イライザは肉の塊を、投石器を使って遠くへ放り投げる。肉に釣られてサメが集まっている間に海面に浮かんだ乗組員を救出する。
「この間に進むのだ。君たちの健闘を祈る」
イライザはそう進んでいく潜水艇を見送った。
「えっと……さらに潜る時はこのボタンを押す。但し、切り離してから潜れるのは10分だけ」
空気を取り入れる空気管を切り離す。海面に突き出た空気管の先端には浮き輪が付いていたから、切り離すことで潜水艇はさらに潜水していく。空気管を切り離し、外気から潜水艇を遮断したので、空気の補充がない。10分が限界となる。
二徹たちの潜水艇に続いて、3隻が後に続く。
「アソコカ……」
ガラス窓から水中洞窟が見える。二千足の死神は目の前の2本のレバーを動かす。それは船外のフィンをこまめに動かし、ヨタヨタと船体のバランスを取って洞窟へと進む。
「意外と狭いな……」
「狭イトイッテモ、縦横ニ2隻ハ通レル。オカゲデ壁ニブツカラズニ済ム」
樽を利用した潜水艇は木で出来ている。岩にぶつかれば衝撃で船体が傷つくだろう。この水中で壊れて浸水すれば、死は免れない。
「オズボーン中尉たちも何とかついてきているようだし。イライザさんからもらった地図を見ると水中通路は200ノラン(約100m)ほど。ここを抜ければ、大きな洞窟へと浮上できるよ」
「水流ガアル、コレニノレバ、スピードガ上ガル」
「どれくらい、進んだだろうか?」
「80ノランハ進ンダ……」
「残り5分だ。何とかいけそうだね」
「ソウデモナイゾ……アレヲ見ロ……」
死神に言われて、二徹は前面の窓を見ると暗闇から赤い目が2つ光る。
「サメか?」
「アンナ、大キナサメガ、イルモノカ……」
それはシャチであった。体長はゆうに16ノラン(約8m)を超える巨体。サメを超える大型生物である。
「あんなものに体当たりされたら、粉々になってしまうぞ」
「ツッコンデクル……」
「何かないか?」
二徹はイライザから渡されたマニュアルのページをめくる。近づくシャチの起こす水流で船体が激しく揺れる。
「攻撃、武器、武器、あ、あった!」
それは2本の鉄製のモリ。そのうち1本を動かす。左のハンドルを回すと上を向いていたモリが90度回転して前面に向ける。
「よし、攻撃だ!」
ボタンを押す。バネで発射されるモリ。だが、シャチは賢い。狭い通路の中で体をねじるようにしてモリをかわす。
ドガッ……。すれ違いざまにシャチの体が船体に接触する。激しい衝撃と共に木で組まれた船体に隙間ができて海水が漏れ始めた。
「シャチは!」
「スレ違ッタ……」
「後方の潜水艇は?」
二徹たちにぴったりとくっついていたオズボーンは無事だったが、後ろ1隻はシャチの体にまともにぶつかり、船体がバラバラになる。
「く、犠牲者が……」
「戻ッテクル……ソレニ……コノ浸水ヲ止メイナイト……」
「何かないか……」
マニュアル本が目に入る。二徹は慌ててめくる。
「応急修理……継ぎ目に防水クリームを塗りこめる……」
狭い潜水艇の内部を探る。足をかけていた部分に留め金があるのに気づいた二徹は、それを外す。中には修理箱が入っていた。
「これだ、これ……」
箱の中から継ぎ目を埋めるクリーム状の充填材が出てくる。だが、浸水中の水を止めながら、これを施工するのは無理というものだ。
但し、それは普通の人の場合。
時間操作能力のある二徹なら問題を解決できる。時間を停めてその間にクリームを塗りこむ。再び、時間が動き出した時には水の侵入は止まった。
「オマエ……修理モウマイナ……」
二千足の死神がそうつぶやくくらいの手際の良さだ。だが、これで解決したわけでない。一度、やり過ごしたシャチがまたもや襲いかかってきたのだ。体を反転すると二徹たちを追い越し、再び、反転する。
「どうやら、面白いおもちゃを見つけたと思っているようだな」
「迷惑ナ話ダ……ダガ、進ムシカナイ……残サレタ時間はナイ……」
船内は息苦しくなっている。酸素が枯渇してきているのだ。早く水路を通過して、城の地下に出ないと全滅は必至だ。
「最後の一本、これに賭ける!」
ハンドルをぐるぐる回して再び、モリを正面にセットする。水流が激しく舞い、その影響で潜航艇が激しく揺れる。二千足の死神が揺れるレバーを力で抑えて制御するが、右へ左へ、そして上下に動く。
それでも巨大なシャチの体は的としては大きい。ここぞとばかりに二徹は発射ボタンを押した。モリが放たれる。今度は二徹のチート力付きである。
加速されたモリは凄まじいスピードでシャチの頭を突き抜けた。頭から尻尾まで一直線。貫通である。さすがの海のギャングも即死である。
ザバーッツ……。
潜水艇は海面に出た。そこはオーデフ上の地下洞窟。浮き上がったところは、30ノラン程度のプール状になっており、洞窟自体は50人も座ればいっぱいの小さなホール程度の広さである。
「ぷはああっ……」
「クフウウウ……」
肺いっぱいに空気を吸い込む二徹と二千足の死神。続いて浮上したオズボーン中尉の潜水艇もハッチが開いて、同様に空気を吸って生き返っている。
6隻で出発したが到着したのは3隻のみ。乗員6名の潜入となった。
*
「少佐、ニコール少佐……」
ニコールは目を開けた。最初に目に飛び込んだのは泣き顔のシャルロット少尉。頭がボーとして意識がはっきりとしない。
やがて右手が熱いと感じた。また、左目に刺すような痛みを感じて思わず閉じた。そして、体が重い。とんでもなく重い。
「お……重い……うっ……」
重いはずだ。自分の体に大男が覆いかぶさっているのだから。
「カロンか……」
返事がない。ぐったりとした大男は意識を失っているようだ。
「少佐……カロン曹長が代わりに撃たれて……」
ニコールを襲った凶弾は、1発は右腕にあたり、次の致命的な一発は咄嗟におおいかぶさったカロン曹長にあたったのだ。
「うっ……連隊長……ご無事で……」
一時的に気を失ったカロン曹長はうっすらと目を開けた。背中に当たったので、背中が血で汚れている。
「馬鹿者……命を粗末にするな!」
「はははっ……。それはあなたでしょう。我々の戦女神を失うわけにはいかないですぜ……ぐふっ……」
苦しそうなカロン。ニコールが初めて小隊を預かり、そこに配属された百戦錬磨のベテラン軍人。最初はお姫様のお飾り人形だと近衛隊勤務に反発し、ニコールの命令を無視していた中年男。ニコールにタイマン勝負でこてんぱんにされて以来、忠実な兵士となって、これまで仕えてきた男だ。
「しゃべるな、カロン。シャルロット、軍医だ、軍医を呼べ……」
ニコールの右目から涙が落ちる。左目は痛みで開けることができない。
「少佐、泣かないでくださいや……。このカロン、あなたのために死ねるなら本望……。少佐、最後にお願いです。少佐に膝枕をしてもらいたい……」
「こ、こうか?」
体を起こして太ももにカロンの頬を乗せる。うつ伏せのカロンは痛みを忘れたのか、うっとりと笑みを浮かべた。
「いいものですな……女性の膝枕は……少佐のような美人なら、なおさら……」
「カロン、しゃべるな。お前は生きて都へ帰るんだ。私がいい女を紹介してやろう。妻を持てば、膝枕など毎日してもらえる……」
「妻ですか……このカロン……独身主義なんですが……こんなに気持ち良いのなら、嫁をもらうのもいいですな……はあああ……こんな最後とは……我が人生、一片の悔いなし……うっ……」
目を閉じたカロン。ニコールは叫ぶ。
「死ぬな、カロン……軍医、早く診てくれ、部下を救ってやってくれ!」
軍医がカロンの脈を取る。呼吸を確認する。そして、首を横に振った。
「カ、カロン、死ぬな、死んではならない!」
泣き叫ぶニコール。周りもうなだれる。誰もがこみ上げてくる悲しみをこらえる。
「あ、いえ、す、すみません、少佐……」
軍医が申し訳なさそうにニコールに申し出た。
「誤解させてしまいました。首を振ったのは死んでないということで……あ、あの……カロン曹長は死んではおりません」
「????」
「安心したのでしょう。気を失っただけです。銃弾も分厚い背中の筋肉に阻まれて、止まっています。内臓まで届いていないでしょう。出血もこの程度なら死ぬことはないです」
ニコールは急に顔が熱くなるのを感じた。いそいそと自分の太ももに乗せたカロンの頭を、近くに転がっていた背負袋と入れ替えた。
「グガーグガー」
いびきをかき始めたカロンを無言で見ながら、ニコールはバツが悪そうに立ち上がった。
そして一言、こう言った。
「実に運のいい奴だ」
「……本当に……」
「カロン曹長、うまくやりましたな」
「俺も連隊長に膝枕してもらいたいぜ」
はははっ……。
あははっ……。
戦場に笑いが響く。ニコールも一緒になって笑った。
「……シャルロット、カロンを野戦病院へ運べ」
「は、はい」
「少佐の方が重傷です。右腕は折れています。左目は大丈夫ですが、鉄の破片で傷ついています。しばらくは包帯で保護しないといけません」
軍医はニコールの傷の手当てを始める。まずは弾を取り出す。銃創を切り開いて骨を砕いた弾を取り出す。消毒して血止め。添え木をする。
麻酔がないのでかなり痛いはずだが、ニコールはうめき声をあげることなく治療に耐えた。目の方は軽傷だが、万が一に備えて包帯で巻く。白い包帯が痛々しい美女の出来上がりである。
この戦いでニコールは大いに軍での評判を高めた。何しろ、寡兵を率いて重要拠点を守り通しただけでなく、自ら先頭に立って勇敢に戦ったこと。戦略、戦術の才能を見せただけでなく、危険を顧みず、兵の先頭に立って戦うことは、男でもそうそうできることではない。
今までは女だからとか、貴族のお姫様だとか、いくら優秀で武に秀でていても、そう陰で言われていたこともあったが、この戦いでそんなことを言うものはいなくなった。
それだけ、この戦いでの武勲は秀でていた。オストリッチ会戦はニコールで始まり、ニコールで終わったと言われるくらい、彼女の独壇場であったからだ。
そして彼女自身、それを驕るでもなく、一緒に突撃して命を落とした78名の兵士の家族へ心温まる手紙を送り、負傷した兵士を一人一人見舞うなど、自らのケガを押しての行動がさらに感動を呼ぶこととなった。
さすがにヒロインは殺せません。唯一無二のヒロインですから。
まあ、物語が終わるなら別ですが……(意味深)




