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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第17話 嫁ごはん レシピ17 ムール貝とカサゴのブイヤベース
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オストリッチ会戦 後編

4月25日2巻発売。予約が始まっていますね。

はあああ……。ニコちゃん……。


「ミゲル副隊長!」

「敵が再び、突撃してきます」


 敵を追い払い、陣地を取り戻したオズボーン小隊の兵士たちであったが、さらに新手が突撃してくる光景を目にして気持ちが折れそうになった。目の前の敵は自分たちよりもはるかに多い。


「怯むな!」


 勇気を振り絞ってミゲル少尉はサーベルを抜いて叫んだ。


「ここからが正念場だ、第1列、撃て!」


 パンパンパン……。10人が横隊で射撃する。敵兵が倒れる。だが、進軍は止まらない。


「第2列、撃て!」


 2列目の兵士たちが引き金を引く。さらに命令で第3列、第4列と撃ちまくる。相当数の敵兵がバタバタと倒れるが、その屍を越えて襲いかかってくる敵兵。その数、30人ほどである。


 全員がサーベルを振りかざして突入してくる。ミゲル少尉も兵に剣を抜かせた。白兵戦である。力と力のぶつかり合いだ。犠牲を払いながらもこの30人を撃退する。だが、敵兵は際限がない。さらに20人が休む暇なく、襲いかかってくる。


「くっ……いつ終わるんだ!」


 この20人を切り伏せたとき、オズボーン小隊40人もその半数が動けない状態となった。残った兵士も疲労でサーベルを持ち上げることができないくらいであった。


 さらに30人の敵兵が突っ込んでくる。人海戦術で押してくる敵についにここで全滅かと思われた時であった。


「まだだ!」


 ミゲル少尉と生き残った兵士たちは、その甲高い声に思わず振り返った。そこには長い金髪を風にはためかせた麗人が立っていた。10人の銃を構えた兵士を伴っている。


「撃て!」


 陣地の壁を乗り越えようとした敵兵が崩れ落ちた。


「ニ、ニコール少佐!」


 ミゲル少尉はカタナと呼ばれる武器を天高く突き上げたニコールが、10人の兵士と共に突撃していくのを見た。その剣撃は凄まじく、ひと振りで敵兵数人が斬られて、回転して飛び散っていくのだ。


 この凄まじい攻撃力に度肝を抜かれた敵兵は、転げるようにして退却をし始めた。あまりの恐ろしさに震えてその場でうずくまるものもいる。


戦女神バルキリーだ……)


 ウェステリア兵はニコールの姿に再び勇気が湧き上がり、頭のネジがぶっ飛んだようにめちゃくちゃな攻撃を開始する。逆にクエール王国軍の兵士は恐怖で戦う気力を根こそぎ奪われたのであった。



「レオンハルト中将閣下。我が軍、中央、右翼、極めて有利。現在、後退する敵を押しまくっています。敵が崩壊して退却するのは時間の問題だと……。敵の左翼はニコール連隊に釘付けでこちらも損害多数。極めて有利な展開です」

「ただいま、オストリッチ丘陵地帯のニコール連隊に攻めかかった敵軍1万、敗退して退却中。敵の左翼は崩壊寸前です」


 10分おきに報告に来る斥候兵にレオンハルトは無言でテーブルのコマを動かす。圧倒的に有利であるが、まだ敵の抵抗は続いている。これは戦術や作戦というより、敵の個々の兵のがんばりのおかげであろう。


「やるな……女とは思えない活躍ぶりだ……」

「朝から2時間、幾度となく敵を撃退している。その指揮ぶりは経験の浅い若い士官とは思えない」

「さすが、レオンハルト閣下が抜擢しただけのことはある」


 本陣に詰めるレオンハルトの幕僚たちはニコールの戦果を褒めたたえた。この戦いが勝利に終われば、論功行賞で1番になってもおかしくはない戦果である。


「だが、まだ勝ったわけではない」


 極めて有利に戦いが進んでいるのにも関わらず、レオンハルトの顔には余裕がない。勝利が近づき、気が緩んでいる周りとは対照的であった。レオンハルトの言葉に周りも顔を引き締める。


(完全に敵の心を折るには、何か致命的な一撃が必要だ……)

 

 そういう意味では、レオンハルトは決め手を欠いていたといえる。この会戦を計画し、敵を誘い込んで好きなようにやっているように見えるが、レオンハルト率いるこの軍の大半は第7師団であり、借り物の兵力なのだ。


 自分が訓練し、手足にように使えるAZK連隊は3000しかいなく、その半分はニコールに与えてしまったので、手持ちの兵力は1500しかない。


 よって、戦の天才と言われたレオンハルトも次の一手が打てなかった。このまま、時間をかければ勝利は間違いないが、それでは味方の兵も消耗してしまう。


(やはり彼女の力を使うしかないか……。朝からの攻防戦で疲れているとは思うが……)


 レオンハルトはそう決断し、オストリッチ丘陵地にいるニコール連隊へ使いを出した。


 その命令書はニコール連隊にとって過酷なものであった。




「なんですって……。丘陵地帯の陣地を捨てて、敵の側背を攻撃せよって……」


 レオンハルトからの命令にシャルロット少尉は絶句した。朝からの大激戦で1万もの敵軍と戦い、この3時間で7度も肉薄され、それを全て撃退してこの方面の勝利を確実にしつつあるというのに、さらに前進せよとの命令なのである。


 今も指揮官のニコール自身が兵を率いて、白兵戦に挑み、迫る敵を撃破してピンチを凌いだところだ。やっと敵を退却させ、兵士たちは束の間の休息を取っているところだ。


 今は各陣地の指揮官を本陣に集め、今後の作戦を指示しているところであった。敵はもはや攻めてこないと思われるので、砲撃による左翼への攻撃で本軍をサポートに徹するはずであった。今から陣地を捨てて、敵軍の真っ只中へ突撃するのは死にいくようなものだ。


 ただ一人、指揮官のニコールだけは考えが違っていた。彼女にはレオンハルトの言わんとすることがはっきりと理解できていたからだ。


「シャルロット、各隊からまだ動けて、突撃に耐えられるものを選べ。全部で100人もあればいい。私が先頭に立って突入する」


 シャルロット少尉を始め、ミゲル少尉以下、各陣地の指揮官たちが驚いてニコールを見た。


「命令に従うのですか……」

「従わねば、軍法に従い銃殺刑は免れない」

「無理な命令には従う必要はないと思います!」


 いつもはのんびりとしている印象の美少女副官であるが、この時の口調は厳しいものであった。それは敬愛する上官の命がかかっている危機感がそうさせていた。そんな副官をニコールは優しい眼差しで見た。


「誤解するな、シャルロット。私も突撃する兵も死にに行くわけではない。この戦いでこれだけの戦果を挙げた我らは敵に恐怖される立場だ。その我々が突撃すれば、敵は崩壊するだろう。まさに、戦いを決める立場に我々はいるのだ」

「確かにそうかもしれませんが、敵を撃退したとはいえ、まだ我が軍の数十倍の敵がいます。突撃したものは生きて帰って来れないでしょう」


「我らが目指すは、敵軍の総指揮官バーデン侯のいる敵本陣。そこまで一気に駆け抜ける。我らは敵の心臓をえぐる楔である。敵の本陣までたどり着けば、生き残れる」

「無理です、たった100人では……」

「ニコール様が指揮する必要はありません。せめて、我々の中から誰かが代わりに……」


 ニコールの命令にそう各小隊長たちは反対する。レオンハルトの命令に従って突撃をするとしても、ニコールが先頭に立つというのはみんなが反対する。この美しい女神様を失いたくないという共通の思いがある。


「嫌です……。ニコール少佐、そんな危険なことをしないでください……。もし、少佐が死んでしまったら、わたし、どうしたらいいのか……」


 副官のシャルロットはもう涙をポロポロと流す。そんな彼女をそっとニコールは抱きしめ、右手でその髪をぐしゃっと握った。


「泣くな、シャルロット。私が先頭に立たなければ、敵陣は突破できない。この作戦は私の存在にかかっているのだ」


 ニコールはそう言ったが、それは事実だろう。ニコールが指揮することで、敵は恐怖し、味方の兵は阿修羅となって戦うことができる。他の指揮官では兵は勇気が湧いてこないだろう。必要なのは恐怖に打ち勝ち、この人のためならば死んでもよいと思えるカリスマなのだ。


「少佐、我らニコール小隊はどこまでもお供しますぜ……」


 そう言ったのはカロン曹長。近衛隊時代からの部下だ。AZK連隊への異動になった時も一緒に選んだ生え抜きの兵たちである。


「カロンすまない」

「少佐、少佐は俺たちの隊長ですぜ。どこまでもついて行くに決まっていますぜ」


 そう胸を張るカロン。彼が率いる小隊は第12陣地を守備しており、オストリッチ丘陵地帯の陣地では第3陣にあり、損害も少ない。この小隊30名を中心に実に300名の兵士が志願した。


 全軍の兵士がついて行くと申し出たのだが、オストリッチ丘陵地帯の守備に残す兵士も必要である。300名が限界だろう。


「少佐、わたしもついていきます!」


 シャルロット少尉はそう言って、真紅の獅子が描かれた連隊旗を手に取った。ニコールは即座に反対する。


「ダメだ、お前は残れ……。白兵戦に女は不向きだ」

「承服できません。少佐も女です。そんなところで差別しないでください!」


 もうシャルロットの顔は涙でぐちゃぐちゃ。連隊旗を奪い取ろうとしたニコールから守るように旗を全身で抱きしめる。


「シャルロット……」

「絶対嫌です。わたしはニコール少佐の副官です。絶対に離れません。それにわたしはこれでも格闘戦が得意なんです。走るのも得意です。絶対についていきます……」


 ギュッと目をつむったシャルロット。ニコールはポンポンとそんな彼女の頭を叩いた。そしてこう言った。


「シャルロット、連隊旗は我が軍の象徴だ。私から離れるな。そしてそれを敵の本陣にそれを掲げるのだ」

「……は、はい、少佐!」


 300人の選ばれた突撃隊が戦女神を先頭に敵に向かう。

 

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