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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第17話 嫁ごはん レシピ17 ムール貝とカサゴのブイヤベース
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オストリッチ会戦前夜 その2

「うめえ……俺、この軍に入ってよかった~」

「そうだよな。飯は美味いし、勝利への確信もある。それに何より……」


 支給された戦場飯に舌鼓を打ちつつ、各部隊を定期的に回ってくる美人指揮官を目で追っている。


「あんな女神さまの下で戦えるなんて、俺たちは幸せだ~」


 ニコールを見て兵士たちはみんなこう思った。こんな美しい女性の指揮の下で戦えるなんて男冥利に尽きると。


 初めは女の命令で戦えるかと息巻いていた者もいたが、ニコールの的確な指揮ぶりと、兵士たちのことを考えたきめ細かな対応が完全に心を射止めてしまった。元々、AZK連隊の兵士たちで構成されたこともあって、ニコールへの信頼は厚かったが、この上陸作戦後にその信頼は3倍増であった。


 特に戦場飯の豊富さと美味しさは兵士の士気を高めた。今、最も前線に位置する第9砲兵小隊の兵士が昼食に食べているのは、スープと焼きたてのバケットにフレッシュなサラダ。夕食には炭火で焼かれた肉と新鮮な魚を用いたブイヤベースが提供される。


 今、兵士たちが食べているスープは、エビを使ったビスク。これはガジラ島でニコールが二徹から渡されたレシピを元に作らせたもの。


 ビスクは細かく切った野菜とエビを煮込み、牛乳と生クリームをたっぷり入れたトマト味のどろっと系スープである。味が濃厚なので肉体を酷使する戦場の兵士にはありがたい食べ物だ。これに焼きたてのバケットをつけて食べるとたまらない。


「とにかく、まずい携帯食料じゃなくて、こんな美味い飯が三食食べられるなら、俺はずっと前線でいいぜ」


 これが1500人の兵士の共通の思い。待遇の良さに万全な防御体制が、士気を極限にまで高めていた。


 そんな状態のニコール連隊の前にやって来たのが、ケネス子爵率いる3050人の討伐軍。大砲は3門。あとは500騎ほどの騎兵と歩兵である。


「ニコール少佐、敵が現れました。数はおよそ3000」


 前線からの報告をシャルロット少尉が告げる。ニコールは立ち上がり、双眼鏡で敵の位置を確認する。


「うむ……。思ったよりも少ないな……」

「こちらを過小評価しているのでしょうか?」

「そうだな。あれは女である私への評価と、1500程度の兵の数。後ろへ下がれない地形への侮り……いろんなことがあるのだろうが……敵にはまともな軍人がいないのだろうか?」


 ニコールは反乱軍に加わり、戦わされる兵士たちを哀れに思った。彼らは上からの命令で戦わされる被害者であり、上が無能なら貴重な命を無駄に失うことになるのだ。


「私は敵の兵士たちが可哀想になってきました……」

「哀れだ……だが、敵対する以上、容赦はできない。各部隊に伝令。敵がAポイントに達するまで引き付け、一斉に砲撃及び射撃を行え。最初の10連続砲撃で勝負を決める」


 ニコールはそう命令した。最初の合図は本部に上がった旗によるもの。それを上げるタイミングはニコールが下す。


 ケネス子爵は戦場に到着すると、ニコール連隊の陣地を偵察することなく、すぐに大砲を設置し、砲撃準備が整うと歩兵に突撃を命じた。ニコール連隊の倍の数がいる事への過信である。ニコール連隊が10倍の大砲を設置し、予想される交戦エリアに砲撃を集中的に行えることすら把握していなかった。


 よって突撃させられた歩兵たちは悲劇の役を演じることになる。そうとは知らないケネス子爵は、歩兵の後に続いて騎兵と共にゆるりと前進する。味方の砲兵も射撃を始める。その破壊的な音と楽隊による勇ましい音楽が彼の心を高揚させる。そして揺るぎない勝利への根拠無き自信。


 だが、丘陵地帯の高台に赤い獅子を象った旗が上がった時にその幻想は砕かれた。まずは一瞬で砲兵が吹き飛ばされる。丘陵地帯に陣取ったニコールの大砲の方が、射程距離が長い。


「少佐、敵の砲兵部隊壊滅」

「完全勝利だな……近づく敵兵に向けて砲撃及び射撃開始」


 ニコールの命令で2つ目の旗が上がる。一斉に30門の大砲が火を噴いた。絶え間ない連続砲撃。そして強固な陣地から射撃される銃撃。


 戦いは一方的な展開になった。砲撃の煙で全く視界が見えなくなったが、それが消えると後には累々と倒れている反乱軍の兵士の屍。


 ケネス子爵は最初の砲撃の着弾で戦死。指揮官を失ったために混乱に拍車をかける。わずか10分程度の戦闘でクエール王国軍の死傷者は半分の1500人以上。あとは命からがら逃亡した。ニコールが逃げる敵兵への攻撃は止めたために半分で済んだが、もしそれを命じていたら、おそらく死傷者は8割を超えていただろう。わずか10分で全滅させるところであった。


 そしてニコール連隊の被害は0人。けが人は多少出たものの、軽傷者のみであり、完全な勝利を手にした。


「勝利は喜ばしいものだが、敵の惨状を見ると心が痛む……。すぐ部隊に命じて負傷者の治療にあたれ。戦いが終われば同じウェステリア軍だ」


 ニコールはそう命令した。戦死者は埋葬し、負傷者には手当を施した。




「な、なんだと……全滅だと!」


 オストリッチの攻防戦の結果を聞いたバーデン侯爵は驚愕した。戦闘はわずか10分で終了。3000の兵は半減し、生き残った兵は四散したという。兵を率いたケネス子爵以下の幕僚は戦死。完全なる敗北であった。


「す、すぐに兵を派遣しろ、次は5千……いや、1万だ。1万でひねり潰せ!」


 そうバーデン侯爵は口から泡を飛ばして叫んだ。この結果はこの老人をパニックに陥らせたが、それはこの地にやってきている3万人の兵士にもいえた。末端の兵士までこのままでは、負けると心底思わせ、指揮の低下が著しい。


「元帥閣下、ここは全軍をオストリッチまで撤退させましょう」

「1万もの軍勢を引き抜けば、全面の敵は攻勢に転じるでしょう。そうなれば各個撃破される危険性があります」

「補給が滞り、兵士たちに十分な食料が回っていません。このまま、ここに滞陣すれば士気が落ちるばかりです」

「ううむ……」


 近習の意見に迷うバーデン侯爵。彼の意思を決定したのは、軍人顧問団としてフランドルから派遣された大佐の言葉。


「オストリッチ平原は大軍でもって戦うには好地です。初戦に敗れたとはいえ、我が軍は敵の2倍。ここへ誘い込めば勝利は間違いないでしょう。それにウェステリア軍に内通者がいると聞いております。それなら戦略的に勝利はまちがいないと思いますが……」


 根っからの軍人であるこの中年の大佐は、そういったものの、クエール王国軍の弱さに既に勝利を諦めていた。戦力が2倍といっても士気や練度は及ばず、指揮官たるバーデン侯爵が素人同然。これで勝てるはずがない。


(オストリッチ会戦とはいっても、丘陵地帯を抑える1500の軍の存在が致命的だ。噂に聞く裏切りがなければ、勝利は難しいだろう……。これはどのタイミングで我が国の軍事顧問団を逃がすかだな)


 大佐は理由をつけて、フランドルから派遣された軍事顧問の100人を無事に逃がすかを考え始めていた。


「敵が撤退を始めています……予定通りですな……」


 第7師団を率いるアーサー中将はレオンハルトにそう報告をした。そして、その予定があまりに的確であったために驚きを隠せない。


「ニコール少佐は完璧だな。一瞬で敵を粉砕とは……。このままでは彼女の名前だけがこの戦いに鳴り響くことになる。それも軍人として、男として悔しいだろう」


 レオンハルトはそう言って笑った。(確かに……)と心の中でつぶやき、やる気に火をつけた副将に予定通りの前進を命じた。


 これで1兵も失うことなく、最大の難所であるオルトロスの切通しを突破できる。あとは大軍による一大会戦で華々しく勝利するだけである。


 撤退した反乱軍に変わって、粛々とウェステリア軍1万5千の討伐軍が移動していく。

 目指すは決戦の地。

 オストリッチ平原である。


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