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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第17話 嫁ごはん レシピ17 ムール貝とカサゴのブイヤベース
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オストリッチ会戦前夜 その1

異世界嫁ごはん2巻 4月25日発売

嫁の勇姿を見よ!

「この海域は日に1時間だけ、海流の流れが止まり、陸地に船が近づける時間帯があるんだ」

 

 イライザはそう船の上から荒れ狂う海を見ている。そこは海流がぶつかり、逆巻く渦がいくつもあり、船は近づけない危険地帯である。だが、この海域を何十年もの間守ってきたクエール海賊団は、岸に近づく術をもっていた。

 

 海が静かになる時間は日毎に変わるが、それを全て把握しているのである。しかし、船が近づけるのは1時間のみ。この間に上陸し、険しい崖を登ってオストリッチ丘陵地帯に陣地を作るのはさらに困難なことである。


「まずは1時間の間に300人の工兵を上陸させる。明日までに上陸地点の整備と大砲を運搬する準備を整えるのだ」


 ニコールは陣地を構築するための作戦を3段階に分けて計画していた。まずは第1段階。訓練された工兵300名を上陸させる。この300名は船を接岸する波止場の設置、崖から大砲や砲弾、物資を陸揚げする構造物の組立と設置を行う。


 あらかじめ、分解できるように設計したものを運んで組み立てるだけにしたので、300名の工兵による作業は順調に進んだ。


 上陸して24時間の突貫工事でこれを完遂すると、第2段階では、砲兵500が分解した大砲と砲弾と共に上陸する。


 既に簡易な波止場が設置されているので、上陸用ボートが簡単に接岸でき、次々と物資と兵員を降ろす。そしてそこからは、崖に設置された昇降用の手動クレーン。これは動滑車を組み合わせたもので、港に荷揚げ用に設置されているものだ。


 滑車を利用しているから、わずかな力で分解された大砲や物資を次々と崖上へ引き上げた。3日目にニコール率いる本隊700人が到着する頃には、オストリッチ丘陵地帯の要所に大砲を設置した陣地が構築されていた。


「ニコール少佐の作戦通り、30門の大砲を中心にした陣地が完成しました。ここを攻め落とすのはかなり難しいでしょうね」


 副官のシャルロット少尉は丘陵地帯を見下ろせる本陣から、眼下に広がる自軍の守備陣と地図を見比べてそう感嘆した。これをたった3日で完成してしまうとは、ニコールの作戦能力と兵の士気の高さがあってのことだ。

 

 そもそも、この部隊、通称、ニコール連隊は1500人ほどである。これは陣地を作るオストリッチ丘陵地帯に布陣するのには十分な数であり、数の劣勢はこの自然の要害が補っている。

 

 加えて、海からの補給があるとはいえ、あまりの大軍では維持できないために、1500人が限界の数でもあった。たった3日で狭い場所への上陸。そして隠密行動ということを考えれば、1500人は実によく計算された数字であった。


「オーデフから前線へ送られる補給路は、目の前のオーデフ街道のみ。ここからの砲撃でそれを止めることができる。反乱軍はじきに苦しむことになろう」


 オーデフ街道は半島都市オーデフの生命線である。今はウェステリア軍とにらみあっているので、ここの一般的な物流は止まっているが、前線に食料や武器、弾薬などが定期的に運ばれているのだ。


「ということは、敵はここを攻めてくるということですよね?」


 ごくあたり前のことをシャルロット少尉は聞いた。まだ士官学校を出たばかりの新米だが、ニコールの副官になったおかげで、既に実戦は経験済み。それを恐れての発言ではない。攻めてくる敵軍がどれだけの数であれ、オストリッチ丘陵地帯への攻撃は困難を極める為に、敵に対する同情の気持ちがある。

 

 いくつもの射撃のクロスポイントがあり、突撃する間にどれだけの兵が砲撃で失われるか。それを突破しても幾層にも組み合わされた銃兵の列からの絶え間ない射撃で全滅は必至であろう。


(しかも、海から毎日補給があるから、こちらの弾切れはなし。少佐の立てる作戦は完璧だわ……。できれば、敵軍はすぐに降参してくれるといいのだけど……)


 新米の女性士官がそう思ってしまうほど、オストリッチ丘陵地帯に築かれた陣地は強固である。


「敵もそろそろ動く頃だろう。兵には各陣地の補強を急がせると共に、交代で十分な休養を取るように伝えろ。あと、食事についてだが……」


 ニコールは兵士の食事についてのプランをシャルロットに示した。それは画期的な案で、ニコールが二徹のアドバイスを受けて立てたものだ。


「こ、これは……兵士さんたちも力が湧きますよ。戦場でこんなに美味しいものを食べられるなんて……」

「昔から、飢えた軍が勝ったためしはないからな。これも補給を一手に引き受けてくれたクエール海賊団のおかげだが……」


 本陣近くには食事を専門で作る部隊が1500人分の食事を作っている。いわゆる戦場飯であるが、ニコールに指示されたメニューを作るために大鍋でスープを煮る場所やパン(ブレド)を焼く窯まで作られているのだ。




 思いがけない場所への上陸。そして隠密行動による陣地の構築。密かに行われていたとはいえ、オーデフの生命線であるオーデフ街道の通る場所。ニコールの部隊が上陸したことは、3日後には前線のクエール王国軍に伝わった。


 但し、急いで編成した軍であるから情報が錯綜し、その情報が軍を率いるバーデン侯爵の耳に入ったのは5日後の夕刻。彼はクエール王国軍元帥という称号で、軍を率いていたが、実際に軍を率いていたことはない。よって、1500人程度が上陸したと聞いても気にも留めなかった。


 しかし、3日に1回運ばれてくる補給が途絶えたことを知って驚いた。そして近習に対して怒りをぶつける。


「それはどういうことだ!」

「え、ですから、我が軍の物資をオストリッチ丘陵地帯に布陣した敵軍が奪い去ったと……」


 伝令から聞いたことを忠実に伝えた近習は、バーデン侯爵の怒号を浴びる不幸に見舞われた。昨日、敵が上陸したことを伝えたときは、前線に来ている他の貴族とカード遊びに興じており、意にも介さなかったことを覚えていないらしい。


「たった1500人程度だろ。なぜ、すぐに討伐軍を出さなかったのだ!」


 そう言ったものの、それを命令するのは元帥であるバーデン侯爵であり、彼が命令をしなければ軍が出動するはずがない。


「ご命令とあらば、私が軍を率いて退治してきましょう」


 そう申し出たのは老人のバーデン侯爵とは、50も違う若い貴族。ケネス・デイリー子爵。クエール王国軍では大佐の地位にいる。ウェステリア軍士官学校を出て、小隊長までやったことがある軍歴を買われて、バーデン侯爵の参謀チームの一員であった。


「うむ。小娘が率いる1500人程度の小勢だ。しかも背後は崖で逃げ場はないと聞く。卿に3千の軍を与える。軽く蹴散らせてしまえ」


「はっ……。仰せのままに」


 ケネス子爵はそう言って、少しだけ卑猥な笑いを浮かべ、こう付け加えた。


「敵軍の指揮官は、あのニコール・オーガストだそうです」

「ほほう……そうか。ウェステリア軍随一の美人と聞くが……」

 

 バーデン侯爵も年甲斐もなく、いやらしい表情を浮かべてそう答えた。70近い年齢であるがこの面ではまだご盛んなのである。


「敵兵は皆殺しにしますが、敵将は生け捕りにしてきます。明後日の夜には戦勝パーティで彼女に元帥閣下にお酌をさせましょう」

「ククク……それは一興だ。明日の夜は楽しめそうだ」


 無論、このクエール王国軍にもまともな軍人はいる。駐留軍として派遣されて、そのまま組み込まれてしまった軍人や、フランドル王国から来た軍事顧問団の士官たちだ。


「元帥閣下、小勢とはいえ、オストリッチ丘陵地帯は要害の地です。その美人士官もかなり優秀な指揮官と聞いております。3千では十分ではないと考えますが……」

「それに対峙しているウェステリア軍がこの機に応じて、突破してくるかもしれません」


 補給が途絶えて兵士に動揺が走っている。今は細い侵入路の出口という極めて有利な場所に布陣しているクエール王国軍であるが、補給が途絶えれば撤退は必死である。


「そんなことはありえない。もし、仮にそうだとしても余には起死回生の策がある」


 バーデン侯爵はそう自信ありげに、意見する幕僚を制した。彼には確実な勝算があった。前面に対峙するウェステリア軍を率いる司令官のレオンハルトは、ゼーレ・カッツエの7人衆の一人である。いざとなったら、配下の兵を使って寝返る手はずなのである。


 だが、バーデン侯爵は知らない。レオンハルトはウェステリア国王に説得されて、既に忠実な臣下になっており、この討伐軍の最高司令官でもあることをだ。そして、手紙ではタイミングを計らって戦場で裏切り、劇的な勝利をもたらしましょうと嘘の約束を持ちかけていたことをだ。


 これはバーデン侯爵とレオンハルト中将の間だけの極秘のやり取りで、クエール王国軍の誰も知らないことであった。劇的勝利の手柄を独り占めにして、英雄となりたいバーデン侯爵の虚栄心をくすぐると共に、不信感を抱かせない巧妙な罠でもあった。


 他にこのことを知っている人物が多ければ、レオンハルトの行動の矛盾点を指摘し、彼が裏切らないのではという疑念を口にする者が出ないとも限らない。冷静に考えれば、実質的に討伐軍を率いているレオンハルトが裏切るなんてことは考えられないのだ。


 それでもバーデン侯爵は、部下の進言に少しは答えなければ有能な指揮官と思われないと考え直した。


(英雄とは部下の意見にも耳を貸す度量が必要だ。ここはわしの度量を見せておこう)


 ゴホン……。咳払いをしてあごひげを撫でたバーデン侯爵はこう命じた。


「3千では少ないという意見を是とする。ケネス子爵、卿にさらに1個小隊。3050人の兵を与える。これで敵を粉砕するべし!」


 威勢良く言ったが、増援したのがわずかに50人。これは逆効果であった。進言した将官はバーデン侯爵の無能さに呆れて黙り込み、命令されたケネス子爵も微妙な笑顔をするはめとなった。満足しているのはバーデン侯爵のみである。



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