独立宣言
はあ……やっと校正が……。それでキャラデザインが上がってきたw
二千足の死神くん……かっこいい!
旧クエール王国の旧都オーデフ。
ここの領主であるバーデン侯爵は、猫族で結成しているクエール王国独立派と手を組み、ウェステリア王国に対して独立宣言を行った。そして、これを認めない場合は、戦争も辞さないと最終通告を行った。
オーデフにあった政府機関は占領され、抵抗するものは捕縛され、守備軍は武装解除をさせられる。代わりに独立派の民兵がクエール王国軍と称して町を支配する。
このオーデフ地方の領主であるバーデン侯爵は、自分の領地を返納する書面にサインし、その後、こう
集まった人々に演説を行った。
「オーデフ市民よ。我はここに多くの猫族との融和を図り、このウェステリアの中に猫族を中心とする国家の樹立に協力することにした。無論、猫族の国家といえど、人間族、犬族が虐げられることはない。オーデフ及びその主権が及ぶ地域に住む住人の生命や財産はこれを保証する。但し、それはクエール王国独立を認めるものに与えられるものであり、これに反対する者は財産を没収の上、追放するものとする」
バーデン侯爵は老齢を感じさせない、はつらつとした声でそう宣言書を読み上げた。オーデフの市庁舎は臨時政府の政庁となり、そのホールに市民の代表や役人、軍人などの関係者が大勢詰めかけている。
「クエール王国の独立宣言にあたり、みなさんに摂政を紹介する」
そうバーデン侯爵は一人の猫族の男を壇上に招いた。猫族の独立活動を率いていた『猫の目旅団』の首領、ジョバンニという男だ。ピンと立った縞々の耳が特徴の40代の男だ。
この男に続いて次々と政府要人が決められていく。バーデン侯爵はその中の財務大臣を担当している。ただ、彼がこのクエール王国の実質的な支配者であることには代わりがなかった。経済的支援も人材の確保も彼がいなければ進まない。これまでほぼ山賊のような暮らしをしてきた『猫の目旅団』のメンバーでは、ここまでスムーズに事は運べなかったであろう。
各地からやってきた反国王派の貴族も、その率いてきた私兵の数で要職に次々とついていた。特に反国王派の急先鋒であるゼーレ・カッツエのメンバーは、優遇されていた。
それもそのはず。バーデン侯爵はゼーレ・カッツエの最高幹部7人衆のひとりであり、総統と呼ばれていた中心人物なのだ。
そして最も、人々がざわめいたのは、このクエール王国の元首として紹介された者の姿を見た時だ。
「エリザベス・ド・バクルー女王陛下」
その小さな女の子は名前を紹介された。本人はわけがわからない様子であったが、教えられたとおりに大きな椅子に座り、かしこまる家臣たちを見渡して一言言葉を発した。
「わらわを頼むぞ、皆の者」
まだ幼く可憐な姫が、健気すぎて家臣の中には涙を流すものもいた。実際、この小さな猫族の女王を守ろうと各地の猫族の傭兵が、このオーデフを目指していた。反国王派の兵力を合わせると、その軍勢は3万5千人を超えるまでなっていた。
ここまではバーデン侯爵と独立派の構想通りであった。バーデン侯爵はゼーレ・カッツエで総統と呼ばれていた老人である。ゼーレ・カッツエの象徴的なリーダーであったコンラッド公爵が亡くなった今、その正当性が失われる中で縮小しつつあった組織を引き締め、今、ここに大博打に打って出たのだ。
この独立国家をいち早く承認したのが、大陸のフランドル王国。すぐ大使を派遣して、承認すると同時に、軍事顧問団と称して1000人もの軍を派遣していた。あくまでもフランドル軍ではなくて、義勇兵という名の下での派遣である。
市庁舎で行われた独立宣言は、すぐに公表され、心配で市庁舎に集まっていた市民に伝えられた。伝えられた市民は冷めていた。
なぜなら、このオーデフの住人構成は猫族が5割、人族が3割、犬族が2割という構成だが、種族間での対立はないに等しく、ここまで仲良くやってきたという自負があったからだ。
だが、町には戒厳令が発令されて、批判をしようものならすぐに逮捕される厳しい統制下に置かれる。新たにクエール王国軍を名乗る兵士が我が物顔で町を闊歩する。
それを苦々しく見ている市民。特に猫族はみんな迷惑に感じていた。猫族の国家樹立ということを名目にしているが、その実は体制に不満がある猫族の小集団が勝手に主張しているだけであり、政府要人のメンバーを見ても自分たちは利用されているだけだと分かっていたからだ。
猫族出身の市長は、真っ先に反対されて投獄されていたし、町の有力者であった猫族出身者の何人かも反対して逮捕されていた。そういう事情も知らず、オーデフの町には他地域から荒くれの傭兵や貴族の私兵がやってきて、暴れまわるのでクエール王国に対しての忠誠心はほぼない。
象徴的に立てられた小さな女王も、市民にとっては利用されて『可哀想』とは思っても、この子供に忠誠を誓おうなどとは思っていなかった。
忠誠を誓っているのは一部の狂信的な猫族だけである。
*
「ニコール少佐、我が軍の布陣の確認と敵の布陣について報告したまえ」
オーデフがあるオルトロス半島のへの入口に到着した討伐軍。それを指揮する司令官であるレオンハルト中将はそう参謀であるニコール少佐に命令した。レオンハルトもニコールも、この討伐にあたって1階級昇進をしている。
これは師団レベルの軍を動かすために必要な処置であり、これまで低く評価されていたレオンハルトへの正当な報酬であり、ニコールはそれに便乗した形で大尉から少佐へとスピード出世している。
「はい。我が軍は第7師団1万3千とAZK連隊3千を加えて、総兵力は1万6千。敵はおよそ3万5千とのこと。現在、オルトロス半島への出口付近に集結中との情報があります」
ニコールは広げられた地図を指し示し、両陣営の位置を確認する。ここまで1週間という短い期間であったが、討伐のための準備は着々と進めている。
「これはかなり厳しい戦いになりますな」
そう発言したのは第7師団を率いる師団長のアーサー中将。今回はレオンハルトの副将としてこの討伐軍の指揮を命じられている。彼は猫族出身の軍人であり、クエール王国なる見せかけの猫族国家に対しては、心底から反対している。
「確かに……」
敵の数がこちらの2倍以上ということもあるが、問題は戦場の地形。オルトロス半島への陸からの侵入経路は1箇所。両方の山に囲まれた『切通し』と呼ばれる場所を通過しないといけない。
それは自然の要塞であり、細い道を進んでも出口には敵が大軍で待ち受けており、各個撃破されることは間違いがない。
「敵は3万5千とはいえ、各地からの寄せ集め。強引に抜けないことはないが、こちらの被害も多くなるだろう」
トントンとレオンハルトはテーブルを人さし指で数度叩いた。実は既に彼の頭の中には、この困難な状況を打破する作戦を思い描いていた。そのためのキーとなる別働隊の人選を考えていたのだ。
そして結論に至る。レオンハルトはその結論の確信を得ようと、ニコールにこんなことを尋ねた。
「ニコール少佐。君にはこの状況を打開できる案があるか」
「はい。恐れながら……」
作戦会議上ではニコールは少佐に過ぎない。ここに来ている軍人は階級は全てニコールより上である。だから、レオンハルトに命じられなければ発言することは憚られた。
「私の案を申し上げます。別働隊を半島の入口、この場所。オストリッチに向かわせます。ここに陣地を築き、敵を挟み撃ちとします。オストリッチは重要な補給路に面しています。敵の補給路を断つと同時に、心理的な圧迫、挟撃という直接的な行動もできます」
ニコールが示したのは敵軍布陣している後方にある小さな丘陵地帯。海に面しており、ここに砲兵をともなった部隊が陣地を作り、後方から攻撃したら敵は間違いなく崩壊するだろう。
だが、この作戦にはいくつもの問題がある。
「それは私も考えた。だが、どうやってそこに陣地を作る。海から上陸するにしてもその丘陵地帯の海側は切り立った崖。とても上陸できない。ましてや大砲を装備した砲兵など不可能だ」
この地方を守備している第7師団長のアーサー中将がそう意見した。そこへ上陸することは不可能である。
「クエール王国軍とウェステリア王国軍が戦った戦記を読みますと、ウェステリア軍は後方に上陸して敵を粉砕したと言い伝えられています。上陸できるポイントがあるのだと私は考えます」
「少佐、それは夢物語だよ。言い伝えであり、誇張された伝説に過ぎない。そもそも、オストリッチ近海は、潮の流れが複雑で渦を巻いている。船も近づけない危険海域である。軍勢を乗せた船が近づくこともできない。上陸する地点もない。そして上陸したとしてもせいぜい1000から1500人程度だ。敵の反撃があれば耐えられないだろう」
アーサー中将はそう言った。言っていることは正しいが、声の口調は若干、ニコールに対して侮蔑に色がある。これは女性であるニコールへの気持ちと若くして出世を重ねていることへの不満であろう。
(世間知らずの貴族のお嬢さんが、夢のようなことを言う……。ここは戦場だ。お姫様が集うサロンではない)
そんなことを考えている。それはニコールへの気持ちと同時に若い司令官であるレオンハルトへも向けられている。それを十分にレオンハルトは理解している。だから、この人選は全軍を掌握するためにも重要なのだ。
「ニコール少佐の意見を是とする」
そうレオンハルトはきっぱりと言った。驚くアーサー師団長とその幕僚を無言で右手を上げて制する。
「ニコール少佐に特別部隊1500を与える。この部隊をもってオストリッチへ上陸し、敵の補給路を断つと同時に、後背を襲え」
「司令官閣下、それは無理ですぞ。仮に奇跡が起きて上陸ができたとしても、たった1500では敵に粉砕されますぞ。それに指揮官が女ではなおさら……兵の無駄です」
反対するアーサー中将にレオンハルトはにやりと笑った。そして、ニコールに向かってこう言葉をかけた。
「ニコール少佐、君ならこの困難な任務を達成できると信じているが」
司令官が部下に対しての信頼の言葉である。アーサー中将以下の将校は、それで従わざるを得ない。それに失敗すれば、それ見たことかいうことになるから、これ以上反対することもない。
「はい、お任せ下さい」
そんな空気を覆すように、ニコールは自信を込めた敬礼をする。その美しさに将校たちは、思わず息を飲んでしまった。レオンハルトは頷き、確認のためにこんなことを聞いた。
「部隊を編成した後、君はまずはどこに行くか聞かせてもらおう」
「はい。近郊の島、ガジラ島に向かいます」
「うむ。結構だ」
ニコールの答えにレオンハルトは満足した。なんのことか分からない他の将校たちは、首をかしげた。その答えは2日後に分かることになる。
*
「ガジラ島……そこに行くことはエリザベス救出につながるというのかい?」
小さなチャーター船に乗った二徹は、そう二千足の死神に尋ねた。彼がその島に向かうべきだと主張したからだ。
「ガジラ島ハ、クエール海賊団ノ基地ダ……。オーデフノ海ヲ知リ尽クシテイル彼ラノ協力ガナケレバ、海カラノ侵入ハ不可能ダ……」
そう説明する死神。彼のような隠密行動ができる人間でも、オーデフへの海路からの侵入は容易ではないらしい。オーデフがあるオルトロス海域は潮の流れが複雑な危険海域であり、容易に近づけないのだ。
それに正規航路でオーデフの港へ行くのは、検問が厳しく不可能である。オーデフへの潜入には海を知り尽くした地元の人間の協力が不可欠であった。




