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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第17話 嫁ごはん レシピ17 ムール貝とカサゴのブイヤベース
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パレス・オーデフ

 二徹と二千足の死神は、広大な敷地を誇るバーデン侯爵の屋敷に侵入している。かなり地位の高い貴族の屋敷だとしても私兵の数が多く、物々しい雰囲気がひしひしと伝わってくる。


「これはどう考えても怪しいね」

「コレダケ広イ敷地ダ。安全ノタメニ警備兵ヲ置クコトハアル……。ダガ、コレダケノ数ハ異様ダ……」


 バーデン侯爵はオーデフという大きな町を支配しているから、それだけの財力はあるとはいえ、ざっと見たところ、500名は超えるだろうという私兵の数は常識はずれである。


 そもそも、戦争をするわけでもなく、これだけの私兵を抱えているところを見れば、バーデン侯爵が今回の一件に絡んでいることは素人目にも明らかであろう。

 

 しかし、これだけの警備網をもってしても、二徹と二千足の死神には通じない。二徹はあくまでも専業主夫なので侵入技術を持っていないが、暗殺のプロである二千足の死神についていく力はあった。


 警備が厳しいとは言っても、敷地が広いだけに侵入する方法はいくらでもあった。あらかじめ、警備の薄い敷地の隣の貴族の屋敷を調べていた二千足の死神は、塀の外から穴を掘って侵入経路を作っていた。

 

 その穴を通れば、バーデン侯爵の屋敷の茂みの中へご案内となる。そこでしばらく隠れていて、通りかかった警備兵を気絶させて、その制服を奪い取り、堂々と屋敷の中へと入っていた。

 

 私兵は各所で集められたゴロツキが多いために、二徹はともかく、いかにも怪しげな風貌の二千足の死神でも違和感がなかった。


「私兵ナゾ、我ニハ驚異デハナイ……」

「君は恐ろしい人だね。これだけの数を相手しても勝てるというのかい?」


 冷酷な殺人マシーンと噂される二千足の死神が意外とおしゃべりなのを、二徹は意外に感じていた。今も自分のことを話しているのだ。


「勝テル……ト言ウヨリ……相手ニシナイ。目的サエ達成スレバヨイノダ。戦闘ハ最低限ニスルノガ、プロトイウモノダ」

「それには賛成。一応、敵とはいえ、警備兵の皆さんを傷つけたくはないからね」


 先ほど、二徹と死神が制服を奪った2人の犬族の兵士は、気絶させられロープでぐるぐるに縛って茂みに転がしてある。2,3時間は発見されないだろう。これも二徹が固く止めたので、こういう措置になったが、死神だったら躊躇なく命を奪っていただろう。


「素人ハ甘イ……。タメラエバ、コチラガ命ヲ失ウ……」

「そうかもしれないけど、できる限り平和にやろうよ。君も凄腕の暗殺者なら、殺さずして任務達成とかやってみたらどう?」


 これは二徹からの提案。こうでも言わなければ、この冷徹な男は邪魔するものを片っ端から始末してしまうに違いない。素人の二徹の言葉に従うとも思えないが、少なくともこの作戦に同行させた相棒の意見に多少は耳を貸すかもしれないという期待がある。


「フン……本当ニ必要ナ時ハ容赦ハシナイ……アト、鳥ノマントヲ着タ男ハ要注意ダ」

「鳥のマントねえ……」


 二徹は想像したが、転生前の子供時代の記憶で、再放送の古いアニメの5人組しか思い浮かばない。そのキャラのように強いのなら要警戒ではあるのだが。


 2人は屋敷の中へと入っていく。私兵に化けているとはいえ、容易にエリザベスに近づけるわけではない。エリザベスのいる部屋は既に二千足の死神が調べており、2階にある1室に監禁されているらしい。だが、用もないのにウロウロしていたら他の兵士に不審に思われる。

 

 ここまではすれ違う度に敬礼をしていればよかったが、屋敷の中では危険が伴う。2人は中庭に面したテラスから、外に出て2階の部屋を観察する。パレスと言われる屋敷だけあって、城のような作りだ。


「おい、お前たち。そこで何をしている?」


 テラスを通りかかった兵士の一人が二徹たちに気がついた。こちらへ近づいてくる。二千足の死神はそっとポケットに手を伸ばした。毒矢を放つつもりだろうと察した二徹は、その腕を掴んだ。


「僕に任せておけって」


 そう小声で制すると二徹は笑顔で近づいてくる兵士に話しかけた。


「いやあ、ちょっと休憩しようと思ってね。何しろ、昨日から寝ずに警戒態勢だろ。もう疲れてしまってね。そこの物陰は絶好のサボりポイントなんだ」


 悪びれもせずにそう二徹は話しかけた。これは近づいてきた私兵の階級章を見て、一般兵士だと見抜いた上での話題だ。


 近づいてきた兵士はムスっとした表情で二徹の肩に手を置いた。二徹は無言で笑顔を続行。3秒で兵士の唇の端が少し上に上がり、歯がちらりと見えた。


「おいおい、そんなところあるなら、早く教えろよ。昨日から徹夜だから、俺も眠くてね。まあ、今日であの子供が移送されるから激務から解放されるだろうけどよ」

「そうだろうね。もう準備は整ったのだろうか?」

 

 話を合わせる二徹。兵士の顔には笑顔がある。完全に仲間だと思い込んでいる。


「なんだ、知らないのかよ。もうすぐ出発だ。8頭だての馬車でオーデフ直行だとよ。国軍が追ってくるかもしれないから、戦闘もありうる。まあ、俺たちは屋敷に残されるから戦闘には参加しないけどな」

「そうなんですか。僕たち庭の警備が多かったからね。その情報は聞いてない」


「まあ、お互いに大変だな……うっ、待て、庭の警備って犬族の11小隊の仕事だろ。お前ら人間族じゃないか。それにどうして11小隊のバッジをつけているのだ!」


 11小隊というのは、犬族で構成された部隊らしい。そういえば、制服を奪った私兵は犬族であった。


「うっ!」


ガツンと首に手刀を食らわせる二千足の死神。兵士はその場で崩れ落ちた。


「油断スルナ……」

「すまない……」


 うまく騙せたと思って二徹はつい与える必要のない情報を話してしまった。潜入のプロなら絶対にやらないミスである。


「ふふふ……誰かと思えば、やはり貴様か……」


 気絶した兵士を密かに物陰に隠そうとした時、不意に声がした。そこには鳥のマントを羽織った男が立っている。


「フェニックス……」

「ここまで来るとはな。だが、二千足の死神。お前にしては軽率だな。こんなところで見つかるのは致命的なミスだ」


「くっ……」


 フェニックスと名乗る鳥マント男は、二千足の死神の悔しそうな言葉ににやりと笑った。そして、ポケットから笛を取り出す。


「貴様はここで死ぬがいい」


 空気を振動させる音が響く。中庭を取り囲むテラスから私兵たちが駆けつけてくる。


「ククク……。馬車の護衛やオーデフへの移動で減ったとはいえ、100人は下らない兵と戦ってもらおうか」


 フェニックスはそう言い残すとくるりと踵を返した。どうやら兵士たちに任せて自分は別の場所へ向かうらしい。


「待テ……ドコヘ行ク!」

「猫姫の護衛に行くに決まっている。軍の介入があるかもしれないからな。ここで死ぬお前には関係がないがな。はっははは……」


 フェニックスと入れ替わりに私兵たちが駆けつける。中庭をぐるりと取り囲むように包囲の輪を縮めていく。


「ニテツ……行クゾ……」

「100人か……本気でやらないと厳しいね」


 背中を合わせて私兵の攻撃に備える二徹と二千足の死神。私兵たちは手に槍や剣を持ち、20名ほどは銃を構えて狙いをつけている。


「侵入者だ、殺せ!」


 隊長らしき人物が叫んだ瞬間、二徹と死神は走り出した。


時間よ、止まれ(スタグネイション)!」


 二徹のもつ特殊能力。半径15m以内のエリアの時間を3分間止めるかなり卑怯な力である。そして加速能力(エクサレイション)。自分のパンチやキック、投げたものを加速させる。当然ながら、相手に与えるダメージは相当なものだ。


 そして再び時間が動き出した時、半分の兵士はその場に倒れ込む。さらに死神の吹き矢で銃兵がバタバタと倒れる。だが、まだ50名ほどの兵士が迫ってくる。


「ニテツ、飛ベ!」


 そう死神が叫んだ。ニテツは加速して壁を蹴る。そのまま、壁を垂直に登って、2階のバルコニーの手すりに手をかけた。死神も飛ぶと同時に火薬玉を投げる。


ボン!


 鈍い音を立てて、それは破裂した。中から赤い煙が黙々と出る。それは麻痺性の毒煙。吸うとしばらく体が痺れて動けなくなる。


「うっ……」

「げっ……」

「ケホケホ……」


 バタバタと倒れる兵士たち。窓枠に手をかけた死神は、そのまま身軽に屋根へと登っていく。二徹も後に続く。


「あんな武器があるなら、最初から使ってくれよ」

「切リ札ダ……ソレモ広ガル範囲ガ限ラレル。半分ニ減ラナイと使エナイ」


 死神は自分と同く屋根の上に立っている二徹をマント越しに見る。口元はマフラーで分からないが、不気味な目は二徹に対して恐れの色が浮かんでいる。


(ワズカ1秒ダ……ソレデ50人ガ倒サレルトハ……本当ニ専業主夫ナノカ?)


 一度、二徹と戦ったことのある二千足の死神。一瞬で壁まで吹き飛ばされ、手も足もでなかった。それに壁を登った時のスピード。人間離れをしているとしか思えない。


「もう馬車は出てしまったようだね。門が開いて出ていくのが見えるよ」

「ツイデニ、敵ノ兵士ガ向カッテ来ルノモ見エルガ……」

「あれを突破してエリザベスを追わないとね」


 そう言うと二徹は腰に取り付けてあったカバンから、紙に包まれたものを取り出してポンと死神に向けて投げた。


 それを片手で受け止める二千足の死神。グニュッとした感覚が手のひらに残る。


「コレハ……」

「ここを突破して、馬を奪って馬車を追う。余裕ができたら食べてよ。特製のオヤキだよ」

「オヤキダト?」

「うん。薄力粉ミ・フラウ強力粉デ・フラウをこねて焼いた食べ物だよ。中身はホウレン草を炒めたものを入れてみたんだ。ホウレン草を食べるとパワーがつくからね。戦闘前の栄養補給にもってこいさ」


(ウウウ……ツイニ……望ミガ……)



 死神は思わず包みを握り締めたまま、天を仰いだ。だが、食べる時間はなさそうだ。騒ぎを聞きつけて、どんどんとやってくる兵士たち。



「わああああっ……」

「曲者だ!」

「そこを動くな!」


 騒いで集まってくる兵士。それを見下ろす二徹と二千足の死神。


「これじゃ、食べている暇はなさそうだけどね」

「殺ス……」


 二千足の死神は二徹からもらった包みをそっと懐にしまう。そして屋根の上から兵士たちを睨みつけた。


「貴様ラ……全員邪魔ダ!」


 屋敷に残っていた私兵を尽く倒して馬を手に入れた2人。追うのは猫姫エリザベスが乗っている馬車である。


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