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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第17話 嫁ごはん レシピ17 ムール貝とカサゴのブイヤベース
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共闘

「戦争だ。オーデフで戦争が起きる」


 AZK連隊に出かけていたニコールが屋敷に戻ってきたのは、2日後である。それまで着替えを持っていったり、差し入れを持っていったりしていたが、そのたびに連隊本部の緊張感を二徹は味わっていた。


「ニコちゃんの部隊も出撃するの?」


 二徹はそう聞いてみた。ある程度は予想している。


「そうだ。我が部隊は遠征軍の中核となるからな」


 夫婦とはいえ、軍の機密はこれ以上話せないのであるが、出撃するのはAZK連隊とオーデフ方面の守備をしている第7師団。総兵力は1万6千である。内乱を鎮圧するにしては、相当な兵力であるが、独立派はそれ以上に兵を集めるかもしれない。


「ニコちゃん、遠征に出かける準備はできているよ」


 二徹は既にニコールの荷物をまとめていた。このことを予想して、遠征用のトランクに必要なものを詰め込んでいたのだ。


「あ、ありがとう。さすが、私の嫁は手回しがいい」

「嫁はニコちゃんだよ」


 ツンと二徹はニコールの額を指で押した。まるでスイッチを押すように。するとニコールは急に下を向いてもじもじしだした。外にはニコールの護衛と荷物運びにやってきた兵士が5人ほど待機している。


「どうしたの、ニコちゃん」


 ニコールはそっと二徹のシャツの裾を掴んだ。


「こっちへ来て」


 話をしていたのは玄関ホール。近くの客間に二徹を引っ張って行ったのだ。玄関ホールでは部下の目がある。


「ニコちゃん、客間に何か用があるの?」

「バカ!」


 ニコールはそっと二徹の胸に頬を寄せた。


「出撃すると1ヶ月はお前に会えない。私はさみしいのだ」

「それは僕もだよ、ニコちゃん」


「ニテツ、ニテツ、ニ・テ・ツ」

「ニコちゃん、ニコちゃん、ニ・コ・ちゃん」


 そっと抱き合う夫婦。ニコールは体全体を二徹に密着させ、すりすりさせる。軍服からニコールのやわらかい体の感触が伝わってくる。


「ニコちゃん、戦争だから危ないことはしないでと言えないけど、絶対、無事帰ってきてね」

「当たり前だ。私は勝利して必ずお前の元に帰る」

「約束だよ」

「うん。約束だ」


 それを聞いてポンポンとニコールの頭を軽く叩く二徹。ニコールは上目づかいで二徹を見る。目がうるうるしている。


「ねえ、その……」

「うん。どうしたの?」

「キ……キ……」


 ニコールの声が少しだけ震えている。料理やお酒を食べていないから、ニコちゃんモードへの切り替えができないのだ。


「キ?」

「バ、ばか者、キスだ」

「キス?」

「うううう……。しばらく会えないのだ。こういう時は愛しい妻に優しいキスをするものだろ!」

「そうだね」

「あっ……」

 

 二徹はぐいっとニコールを強引に抱き寄せた。思わぬ強い力にニコールは、体をこわばらせる。そして合わさる唇と唇。


「あん……ニテツ、激しすぎるよ」

「しばらく会わないんだよ。会わない分、ニコちゃんの唇に強く刻んでおかないと」

「ニテツ!」

「ニコちゃん!」


 再び、ぶちゅ! ぶちゅ! ぶちゅ!


 これ以上はやめておこう。





「待たせたな、行くぞ」


 二徹と少しの時間ではあるが、濃厚な時間を過ごしたニコールは、部屋を出ると仕事の顔に戻った。AZK連隊参謀のニコール・オーガスト大尉の顔だ。


「はっ。参謀殿」


 兵士たちはニコールの凛々しい姿に心から忠誠心を示す。つい先ほどまで、夫にラブラブで甘えていた姿など想像すらできない。この勇敢な美しい女士官は、AZK連隊の兵士にとっては憧れの神々しい戦女神バルキリーなのだ。


「はい、ニコール大尉」


 馬に乗ったニコールへ愛用の日本刀を手渡す二徹。ニコールはそんな二徹を馬上から凛々しい顔で見下ろす。刀を受け取りながら、ニコールは先ほどの可愛い口調とは反対の義務的な口調で言葉を発する。


「うむ。後は任せたぞ」

「了解」


 ニコールは馬を操ると部下と共に屋敷の門を出ていく。向かうのはオーデフ。内乱が起こる戦場である。




「はあ……」


 ため息をついて屋敷に戻った二徹。これまでもニコールの仕事で離れ離れになったことはあるが、1ヶ月以上も長きに渡ってということはなかった。しかも今回は激しい戦闘が予想される。妻が勇敢なだけに二徹の心配は高まる。


「さて……それよりも……そこにいるんだろ……」


 二徹は先ほど、ニコールと過ごした客間にあるクローゼットの扉に向かってそう言葉を発した。そこは来客の上着を収納するちょっとした収納ができるのだ。


キーッ……。


 扉が自然に開く。中には布で口元を隠した小柄な人物が立っていた。ちらりと見える袖口から2匹のムカデが絡まった刺青が姿を現した。


「イツカラワカッタ……」

「ニコちゃんとこの部屋へ入った時にね。今日はクローゼットの中を乾燥させようと朝から開けっ放しにしていたからね。閉まっているのはおかしいと気づいたんだ」


「気ヅイタノニ、騒ガナカッタノハナゼダ……」

「あそこで気づいたら、きっと君はニコちゃんに半殺しにされていただろうね」

「……」

「それにただ単に夫婦の愛情表現をのぞき見に来たわけじゃないだろう?」

「アタリマエダ……我ニソノヨウナ趣味はナイ」


 冷静な二千足の死神ではあるが、なぜか心の中は焦っているように二徹は感じた。普段通りのカタコトで話す聞き取りにくい会話であるが、その話すスピードが若干速いように感じたのだ。


「今の態度から敵対行動ではないとは思うけど、改めて聞くよ。君は何しに来たんだい?」

「猫姫ガ拉致サレタ……」

「な、なんだって!」

「近衛隊ガ襲ワレタノダ……」


 二徹の知らなかったことだ。猫姫エリザベスは今回の動乱に関わる重要なキーである。国を挙げてその安全を守るべき存在なのだ。だからこそ、この屋敷からより安全な王宮へと移すことを承諾したのだ。


 だが、エリザベスが拉致されたことはAZK連隊の要職にあるニコールすら知らなかったようだ。拉致自体が完璧に隠蔽されているのだ。


(事が重要なだけに、隠したいのは分かるけど……)


 気勢を上げるオーデフ独立派にとっては、その象徴となるエリザベスはなんとしても自分たちで確保したい存在である。それが拉致成功を公表しない理由は一つだ。


「ソウダ……猫姫ハマダ、コノ都ニイル……」

「居場所は分かっているのか?」


 コクリと頷く死神。彼がここへきた理由が分かってきた。


「だったら、すぐに当局に通報して取り返せばいい」

「ソレハ無理ダ……」

「どういうことだ?」

「ソノ当局ノオ偉サンノ考エガ、今ハ静観トイウコトラシイ……」

「馬鹿な!」


 思わず声を荒らげてしまった二徹。恐らく、戦略的な意図があってのことだろうとは想像できたが、それでも小さい子供を政争の道具にすることは許せないと思った。そしてこの状況でどちらかというと悪人である二千足の死神が、この件に関してはどういうわけか、自分の味方であるように思える。彼はこの屋敷までエリザベスを護衛してきたという実績があるからだ。


「それを伝えに来たということは、君自身はエリザベスを救出しようということだよね」

「……ソウイウコトダ」

「そしてそれに関して、僕に力を貸せということだと思っていいのかい?」

「不本意ナガラ……」


 死神はそう答えた。エリザベス救出作戦を共同でやろうということらしい。死神はある筋から、エリザベスの身柄の安全を依頼されており、二徹は純粋にエリザベスを助けたいという思いがある。


「エリザベス救出作戦については、利害が一致したというわけか……。ただ、君に関しては全面的に信頼しているわけじゃないからね」

「ソレハコチラモ同ジダ。ナレアウツモリハナイ……」


 いつも単独で行動し、どんな困難な任務もこなすプロフェッショナルな二千足の死神が、あえて敵である二徹と協力しようと思ったわけは、ただ一つである。


 フェニックス……鳥の格好をした暗殺者である。その実力は二千足の死神に匹敵する強さである。死神としては、彼と戦えばよくて相討ち。敵のテリトリーで戦えば、相手の方がはるかに有利であることを考えれば、エリザベスを救出することは難しくなると考えた結果である。

 

 死神が認めている二徹の力。一度、一瞬でぶっ飛ばされたことを思えば、この普段は専業主夫をしている貴族の男と協力しようと判断することは正しい。百戦錬磨の暗殺者としての判断である。


「それでエリザベスはどこにいるの?」

「パレス・オーデフ……」


 そう死神は大貴族の屋敷の名前を答えた。二徹も知っているバーデン侯爵の屋敷である。


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