国王の正体
「レオンハルト少将閣下。国王陛下の御成です」
AZK連隊司令部から急遽呼び出されたレオンハルトは、王宮の奥深く。玉虫の間と言われる滅多に使われない部屋に通された。そこは会見するには小さな部屋。王が座る椅子と絨毯がぽつんと置かれているだけの飾り気のない殺風景な場所であった。
若い侍従に案内されて、ここまで来たものの、レオンハルトの心は穏やかではない。肝の据わった男であるが、今回ばかりは展開が読めないために打開策を立てることができないのだ。
いつも冷静沈着で突きつけられた課題に何通りもの解決策を考え、最も適切なルートを辿ることを常としていたレオンハルトには、予想外の展開なのである。
(俺を呼び出して国王はどう出るのか……。俺がゼーレ・カッツエの幹部であるという情報を掴んでのこの呼び出しであるとは思うが、処罰するなら即座に逮捕するだろう。この展開は読めない……)
心当たりはある。あのゼーレ・カッツエの幹部会で会った吟遊詩人の男。あれは国王直属のスパイであったという可能性だ。となると、これまでのレオンハルトの行動は、国王派に筒抜けであったということだ。
これが罪に問われれば銃殺刑は免れないであろう。だが、レオンハルトは逃げようとは考えていなかった。絶対絶命のピンチの時こそ、勇気をもって1歩踏み出す男なのだ。どうせ死ぬなら、最後まであがいて死ぬというのがポリシーだ。これまで戦場で幾度も死を覚悟した経験ならではである。
(俺がゼーレ・カッツエの幹部であることを知っていて、AZK(対ゼーレ・カッツエ)連隊の連隊長に抜擢したということだ……何か考えがあるに違いない)
やがて、侍従と共に国王が入室した。レオンハルトは儀礼に従い、膝をついて頭を垂れる。赤い絨毯と椅子に座った国王の靴のつま先だけが視界に入る。
「レオンハルト少将、顔を上げなさい」
どこかで聞いたことのある声で国王がそう命じた。レオンハルトはゆっくりと顔を上げる。
目の前には銀色の仮面を目元につけた青年王が座っている。国王は顎で侍従に退室するように命じた。侍従はそっと部屋を出る。ありえないことに、護衛の兵士が一人もいないのだ。武器は取り上げられているとはいえ、国王とレオンハルトを分け隔てるものは何一つない。レオンハルトがその気になれば、国王に危害を加えることも可能な距離だ。
(ま……まさか……)
視界に入った仮面王を見たときに、レオンハルトは慌てた。やっと予想した自分の全体が根底から覆されたのだ。
(あの吟遊詩人自身が国王なのか!)
無論、姿を偽っている仮面のせいで、それは100%とは言えない。だが、雰囲気と佇まいでレオンハルトにはピンときた。
(同一人物だ……間違いがない)
「レオンハルト少将、驚いたかな?」
国王はそうまるで長年の友人のような口調で、レオンハルトに尋ねた。
「は、ははっ……」
一応、畏まるレオンハルト。
「ククク……やはり仮面も取らないといけないだろうな」
そう言うと国王は目元の仮面を取る。レオンハルトは、完全に確信をもった。間違いなく、あの吟遊詩人である。
(名前はカイン。偽名とは思っていたが、まさか本名がエドモンド・アルベルト・ウェステリアとはな……)
「すまん。余は街歩きが好きでな。家臣に顔がバレないように公務ではいつもは仮面を付けている。目にひどい怪我があると偽っている。親しい友人や信頼できる家臣。そして妹のペルージャだけが余の素顔を知っている」
「信頼できる家臣ですか……」
レオンハルトはそう小さな声で王の言葉をなぞった。今、一番気にかかるキーワードである。そして国王は遠慮なく核心をえぐってくる。
「そうだ。余は君を信頼できる家臣と思っている」
「お、恐れながら……」
レオンハルトはもはや逃れられないと感じた。この王は全て知っている。知った上でのこの会見なのである。
「私はゼーレ・カッツエと関わりがあります」
「君も感じているであろうが、それは余の知っていることだ」
全く慌てていない青年王。レオンハルトはさらに告白する。
「ただのメンバーではありません。ゼーレ・カッツエの7人衆。最高幹部の一人です」
「それも余が知り得たことに過ぎない」
「では、なぜです。私は国王陛下を亡き者にしようとする反逆者の幹部ということになります」
「本心ではないだろう。君があの負け犬党に与するとは思わぬ」
ゼーレ・カッツエを負け犬党と断定する自信。もはやレオンハルトは今までの自分の行動が、この国王の手のひらの中で終わっていたと感じざるを得ない。
「君は大陸派遣軍で功績を立てたが、貴族でないという理由で少将に留め置かれている。貢献度からすれば、爵位を与えられ、そして大将として大陸派遣軍の軍団を指揮してもおかしくはないだろう」
これはレオンハルトも思っていたこと。彼の下で働いた部下もそう思っている正当な評価である。だが、階級を重んじる貴族社会はそれを黙殺した。彼にこれ以上手柄を立てさせないように、国内へ召喚して閑職へと追いやったのだ。
レオンハルトが野心をもつようになったのは、それが最大の理由であった。
その発端である不当な評価を国の元首である国王が口にしたのだ。
「それを阻んだのは、ウェステリアに蔓延る旧習を尊ぶカビの生えた連中である。君はそれらを排除するために、ゼーレ・カッツエの連中を利用しようと考えたのではないかな?」
レオンハルトは頭を下げた。この王は全てを見通していると。そして自分に役割を命じるのだと。
「その通りでございます」
「それは余も同じである。この国を変えるには、改革を良しとしない頑強な保守派を根こそぎ取り除かねばならない。その点において、余と君は同じである。しかし、過激な方法でそれを行おうとする君と余とでは、少しやり方が違う。余はできる限り穏便に行いたい。それには知恵がいる。そして有能な家臣がいるのだ」
「穏便にですか……」
「もちろん、明らかに敵対する者へは武力も必要であろう。だが、味方をするが役に立たない者には、穏便に退場を願う必要もある」
国王が言う味方とは、国王派についたが、それは保身のためという連中のことだ。貴族、教会の上層部に多い連中だ。急な改革に反対し、既得権を離さず、民衆から奪い取るだけの存在である。
「私も国民に貢献しない無能な者は退場するべきであると考えます」
「うむ。だが、レオンハルトよ。君の野望は公爵の爵位と、国軍の大元帥までにしてくれ。なぜなら、王は余が務めたいのだからな」
「ご、ご冗談を……」
レオンハルトの背筋に氷が走る。この王は自分より器が上だと認識した瞬間である。
「無論、そこまで行くには、これより余とウェステリア国民のために輝かしい勝利を積み重ねる必要があるがな。だが、君はそれをやり遂げる人物だと見込んでいる」
「陛下……。そう言ってくださるのは、臣下として至高の喜びですが、私が陛下に背いていたのは事実であります」
「それがどうした」
「はっ……」
「公式には君は余の極秘の命令を受けて、ゼーレ・カッツエに潜入。情報を得るとともに、彼らを壊滅させた立役者ということになる」
レオンハルトはここで王の言わんとすることが分かった。そして今起きている事件を知り、ここが勝負時と決断を下したことだ。
「ゼーレ・カッツエは、全ての力を今回の動乱に投入し、起死回生の手を打ってくるだろう。君の役目は反逆者の全てをここで結集させて、一気に殲滅することだ。そのためには直前まで彼らの味方である必要がある」
「つまり、彼らに私が決戦の際に裏切って、国軍を殲滅すると思わせておいて、それを反故にするということですか?」
「少将、その言葉は間違っている。君は裏切るのではない。余と国民に忠誠を誓うだけである。そもそも、国軍として最後まで指揮するのだ。裏切りなどという汚名を着る事もない」
国王エドモンドはここで手を叩いた。侍従がテーブルを運び、セットするとこれまた大きな地図を広げた。そして軍を表す木の駒を置く。
「オーデフは半島の中にある。半島への侵入は2つの山に囲まれた道が1本。古来より、自然の要害に守られた堅固な土地だ。敵はゼーレ・カッツエと猫族の独立を目指す「猫の目党」の連中。その他、諸々の過激派連中が集まるだろう。恐らくその数は3万を下らない。今回は根こそぎにするために、できるだけ敵勢力は結集させる必要はあるだろう」
「なるほど。陛下は演じよとおっしゃる」
「初戦の失態は必要であると思うがな」
エドモンドはそう言って地図上の駒を動かす。要害の地、オーデフに3万もの軍隊がこもったら、かなり手ごわいことになるだろう。
「さて、レオンハルト少将。君はこの地を鎮圧するにどの程度の兵があれば良いと考える?」
「……私なら1万五千で十分です」
「一致したな。君のAZK連隊は総兵力が3千であったな。さらにオーデフ方面に駐屯する第7師団の指揮権を君に預ける。これが1万3千。総兵力は1万6千だ。これで完璧に鎮圧せよ。作戦は全て君に任せよう。戦術と作戦は将軍の範疇であるからな」
そう言ってエドモンドは笑った。この王にとって、この戦は眼中にないようである。レオンハルトはこの若き王に尋ねた。
「陛下。これでウェステリア国内は磐石になりましょう。その後、陛下はどうするのですか?」
「余の求めるのは、できるだけ長い平和である。そのためには大陸の平和が必要だ。島国だからといい、ウェステリアが何もしないのでは平和はつくることはできないであろう。まずは内戦で明け暮れるスパニアの統一。それを阻み、さらに大陸を武力統一しようとするフランドル王国を倒すことだ」
レオンハルトは片膝をつき、そして深々と礼をした。この国王の偉大さに心の底から忠誠を誓ったのだ。
国王はレオンハルトの肩に鞘から抜かないまま、剣をそっとあてた。簡易な叙勲の儀式である。
「汝を中将とし、オーデフへ派遣する。AZK連隊に参加した者は全て1階級昇格するものとする。これはこれまでの功績と作戦の成功の褒美だ」
「ははっ……」
やがて国王が出て行く。レオンハルトの頭の中には、既に勝利に向かうための選択肢がいくつも現れ、そして最適なルートが次々と構築されていく。
(まずはファルスへ逃げてきたというクエール王国の末裔の姫への一手だな。これは少々気が重い仕事だ。有能な部下をもつと上官は苦労する……)
部屋を出ると辞令の入った封筒を侍従から渡される。自分を始め、AZK連隊の主だった幹部たちの昇進辞令である。
レオンハルトはそれを受け取ると、まずは近衛隊本部へと足を運んだ。これは参謀のニコールが行うべき仕事であるが、汚れ役を嫌うであろう彼女に代わって、司令官自らが手を下す最初の一手である。




