子供の甘さと大人の甘さとほろ苦さ
「大変です。アーチー会長」
「なんだ、パップ同志」
1組のパップが慌てて資料室に飛び込んできた。授業が始まる前の秘密会合である。今日はサンクス・ギブンの当日。どれだけキャンディをもらえるかの最終予想をしている最中だ。
「ジャンの野郎が、あのローレンちゃんからキャンディをもらったとの情報が入りました」
「ば、馬鹿な……あの女王様からだと……ありえない」
アーチーの犬耳が垂れ下がる。昨年度、どれだけ苦労して自分が彼女からキャンディをもらったことか。それをいとも簡単に超えていくジャン。
「昨年、会長がプライドを捨てて捨て身の特攻をしてもらったというのに……もごっ……」
アーチーに睨まれて声を発したメンバーは隣の男子に口を抑えられた。アーチーの目は死んでいない。思いがけないところで3ツ星女子のキャンディがジャンに渡ったが、これで負けたわけではない。既にアーチーは登校途中にキャンディを3つもらっている。うち1つは1ツ星女子からだ。
「ふん。いいだろう。どうせローレンの気まぐれでもらったに過ぎない。こちらはメイちゃんからもらう。それがとどめとなろう」
「そ、そうですよね。会長のここまでのメイちゃんに対する仕込み。完璧ですからね。ジャンの奴には勝てるでしょう」
「た、大変です!」
ガラリと下窓を開けて転がり込んできた3組のベン。転がると同時に報告をする。
「ラ……ライラが……委員長が……」
「おい、落ち着け。ライラがどうしたのだ!」
アーチーは恐ろしいことが起こったと体が震えた。ライラは3組の委員長。垂れ耳が可愛い、しっかりものの人気女子。格付けは星3つである。
「ライラがジャンにキャンディを渡したんだ!」
「えーっ!」
大きな声が上がった。そして同時に鍵のかかっている準備室のドアが開いた。
「お前たち、何をしているんだ!」
通報を受けて鍵を開けた先生である。中にいたミセラン同盟のメンバーは全員、生徒指導室へ直行。中でやっていたことが全て白日の下に晒されたのであった。
*
この日、2つもキャンディをもらったジャンは浮かない顔をしている。別にキャンディをもらいたくもなかったし、もらったとはいえ、ローレンは合唱コンクールの褒美だと言っているし、ライラもクラスの優勝のお礼だと言っていたから深い意味もない。
結果的には三ツ星女子から2つもキャンディをゲットすることができたのであるが、その価値がわからないジャンには豚に真珠であろう。
(ふん。キャンディなんかで浮かれている連中とは俺は違うぜ……)
学校が終わり教室を出るジャン。ちなみに勝負だと言っていたアーチーたちミセラン同盟は全てを知った女子から総スカンを食らい、本日にもらうはずだったものさえ失うことになった。ジャンの圧勝であるが、ジャンの胸中は複雑である。
「ジャン、ちょっといい?」
もう諦めて帰ろうとしていたジャンはそう呼び止められた。メイである。
「な、なんだよ。俺は忙しいんだ。用事があるなら早く言えよな」
気持ちとは正反対の言葉を吐く。
「ふ~ん。忙しいなら別に今度でもいいけど……」
メイはそう言って帰ろうとするから、ジャンは慌てて呼び止める。
「いや、忙しいかと思ったけど、よく考えたら今日は暇だった。それでなんだよ!」
「ククク……。嘘だよ。今日、もらってくれないとこれ食べられなくなるから」
メイはそう言うと紅い鞄から小さな箱を取り出す。氷で冷やされていたその箱の中には、紙に包まれたものがある。
「こ、これは……」
「生キャラメルだよ。昨日、二徹様に教えてもらってボクが作ったんだよ」
「て……手作りか!」
「上手く出来ていると思うけど。これは合唱コンクールのお礼だよ」
そうメイはにっこりと微笑んだ。雉色の犬耳が少しだけ後ろへ垂れていく。合唱コンクールの時に、音痴で困っていたメイを助けてくれたことをメイは知っている。二徹が教えてくれたのだ。そのお礼のつもりである。
「食べてみてよ」
固まって生キャラメルを見つめているジャンにそうメイは勧めた。促されて、紙に包まれた生キャラメルを口に入れるジャン。口の中の熱でとろとろと溶けていくキャラメル。牛乳とバターの香りがいい。そしてそれだけではない。下に刺激するつぶつぶ感。
「この香ばしいのは……アーモンドか……」
そう生キャラメルの生地に練りこんだのは細かく砕いたアーモンド。それがアクセントとなって生キャラメルの味を一層引き立てる。
「これは美味しいよ。店では売ってないし、これはすごい!」
「へへへ……そうでしょ? ちょっと嬉しくなったちゃったよ」
メイは人差し指で頬をちょっと掻いた。ジャンが素直に褒めてくれたので、なんだかこそばゆくなってしまったのだ。
「お、お返ししないとな」
ジャンは背負ったカバンを下ろした。メイは手を振る。
「いいよ、いいよ。それにボクがあげたキャンディもらっても仕方ないし……」
メイはそう言ったが、どうも勝手が違った。珍しく朝からカバンを背負ってきたジャンは、そのいびつな形をさせていたものを取り出した。
「こ、これは……」
それは小さなフライパン。卵がやっと2個焼けるくらいの小さなものだ。
「やるよ。俺が作ったものなんだ」
ジャンは鍛冶屋で修行をしている。最近、色々と作らせてもらえるようになったから、思い切って小さなフライパンを作ったのだ。
「これをボクに? ジャンが?」
「うるせー。お礼だよ。別に変な意味はないからな」
ジャンはそう言ってそっぽを向いた。顔が赤くなっているのだが、それはメイにしか分からない。
「ふ~ん。お礼というならもらっておくよ。こういう小さなフライパンは欲しかったからね。初めてにしてはよくできてるじゃん」
「当たり前だ。俺はウェステリアで1番の鍛冶屋になるんだ。だから、お前も……」
「だから?」
「お前もウェステリアで1番の料理人になれよ。俺が言いたいのはそれだけだ……」
「ふ~ん。じゃあ、ボクがウェステリアで一番の料理人になったら、調理器具は全部、ジャンに作ってもらうよ。そのときはよろしく」
「あ……ああ。その時は任せておけって」
何となく、さらっとした甘さが初々しい。
汚れを知らないというのは、実にいいものだ。
その頃、オーガスト邸では……。
「に・て・つ~っ。口をあ~んして」
「え、ニコちゃん。まだ昼だよ」
「いいの。今日は休みなの。サンクス・ギブンなの」
朝からイチャイチャしているバカ夫婦。ニコールはソファに座った二徹の膝に座っている。正対して超密着のラブラブスタイルだ。
そして、ニコールは選りすぐったキャンディボックスの蓋を開けて、一つ取り出すと二徹の口に入れる。
「う~ん。さらっとした甘さで美味しいね。これヘブン社の高級キャンディだよね。手に入れるの難しいって聞いたけど、よく手に入れられたね」
「ああ。これはシャルロットが並んで買うと聞いたので、頼んで一緒に買ってもらったのだ」
「そうなんだ」
「あ……あの……やはり、私が苦労して手に入れたのでなければ……ダメか?」
ちょっと悲しそうな表情を見せるニコール。そんな愛妻に二徹は昨日に作って置いた生キャラメルを取り出した。それをニコールの可愛い口に入れる。
「そんなことないよ。ニコちゃんが僕のために準備してくれたのだから。これはお返し」
「う……うう……これは……軟らかい……というより口の中で溶ける。ベタベタした甘さじゃなくて、さらっと舌で雪のように溶けていく……これは快感だ」
「ね、美味しいでしょ」
「美味しい……」
目がウルウルしているニコール。ソファの隣に座っている二徹の膝でお尻をくねらせて、両手で二徹の顔をはさむ。
「あの、その……生キャラメルもいいが……その生ニテツも味わっていいか」
「生ニテツ? じゃあ、僕は生ニコちゃんを味わっていい?」
「ううう……いいに決まってる! たっぷりと味わって!」
はい。何が生なんでしょうか。
幸い、誰も聞いてなくてヨカッタ。
大人の甘さは半端ない。
「ハ……ハクション!」
同時刻にくしゃみをした二千足の死神。同時にベッドの底が抜けて地面に背中を打ち付けた。表向き自分が仕えるオージュロー子爵邸。ビアンカの住む屋敷の馬小屋である。
馬小屋の隅に特別に作ってもらった小部屋があり、そこを自分専用にしている死神。そこそこ快適な暮らしをしている死神であったが、残念ながらベッドは古かった。
それにしても、くしゃみの勢いで底が破れるとは思わなかった。
「あら、さる吉、ベッドが壊れてしまったようね。あなた、最近、栄養が良すぎて太ってしまったんじゃないの?」
タイミングよくやってきたビアンカ。そしてさすがビアンカ。ベッドが壊れた原因を死神のせいにする。
死神は太っていない。
きっと脈絡もなくベッドが壊れたのは、離れたところでいちゃついている夫婦のせいだろうが、さすがにそれを知る術はない。
「はい。これでも食べなさい」
ビアンカはぽんと死神に投げてよこした。
キャンディである。
「コ、コレハ……」
「今日はサンクス・ギブンですもの。忠実な下僕に主人がキャンディを渡してもおかしくはないでしょう。ありがたく思いなさい……ホーホッホ……」
高笑いをして馬小屋を出て行くビアンカ。
壊れたベッドで横たわり、唖然としている死神であったが、これには感動した。
(マサカ……我ニ感謝シテイルノカ……アノ小娘ガ……。シカモ、サンクス・ギブンハ3人シカアゲラレナイ。感謝シタイ3人に我ガ……)
死神は久しぶりに感動し、心がほんわかと温まった。
少し涙が出た。
キャンディを1つ頬張り、ゆっくりと味わった。
次の日。
ビアンカが屋敷の使用人全てにキャンディを配ったことを知った。
ビアンカの主張。
昔の女王様は3人の騎士に感謝したそうだが、未来の王妃である自分は、もっと多くの人に感謝するから、将来は王妃として、たくさんの人にあげられるようにするのだという。
二千足の死神は呟いた。
「我ノ感動ヲ返セ……ソシテ、リア充ハ爆発シロ……」




