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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
幕間 メイちゃん学校編 その4
175/254

ミセラン同盟死す

サンクス・ギブンの日になった。


 学校では男子は朝からそわそわ。女子は集まってキャピキャピと相談しながらの登校。誰が誰にあげるかという情報交換である。

 

 メイは学校に向かって歩いていると後ろから足早に抜いていく男子がいる。ハンチング帽子を目深にかぶったジャンである。



「ふん。この尻軽女が!」


 抜き去る時にぼそっとそんな独り言を言うジャン。メイはイラッとする。すぐに速度を上げてジャンに追尾する。


「尻軽って何よ!」

「昨日だよ。あんな軽い奴に騙されやがって……」

「騙されたって、ボクは何も騙されていないよ」

「知らないのは幸せだな……」

「どういうことよ!」


 メイにそう聞かれたが、ジャンはミセラン同盟のことは話さなかった。全て話せば、同盟のメンバーの悪巧みは全て泡と化すだろうが、それは告げ口みたいでジャンはする気にならなかった。そういう態度は女々しいと思っているのだ。


「知らねえよ!」

「ジャン、ちょっと待って」


 メイはポケットからそっとキャンディを取り出した。昨日、ライラたちと買ったキャンディである。それは男子が女子に配るもの用だ。


 メイはそれを3つほどジャンのポケットに突っ込んだ。


「な、何をするんだよ」

「どうせ、あなたのことだから、お返し用のキャンディを用意していないでしょ。これ持ってなさいよ」

「ば、馬鹿言うなよ。俺にキャンディをくれる女子なんかいるかよ。お返しなんて無用だ」

「まあまあ……いざという時のためにとっときなさいよ。女子からもらってお返ししないなんて野暮ったいのはジャンには似合わないよ」

「うるせー。だから、そんなこと絶対ない」

「意外とあるかもよ。いいから、ポケットに入れときなって。誰もくれなかったら食べればいいことだし……」


 メイはそう言って片目を閉じた。その仕草が予想以上に可愛く、ジャンは思わずドキンとした。それを忘れるかのように右上を向いて視線を逸らして憎まれ口をたたく。


「大体、お前はお節介なんだよ。お前は俺のカーチャンかよ!」


 サンクス・ギブンの日にお返しを用意しない男子は、母親が気を利かせてキャンディをポケットに入れてくれることがある。そういう男子は母親の期待に背いて1つももらえないことが多いが、恥をかかせたくない母心というものであろう。


 そんなメイの母心とは別にジャンの心の中では、むくむくとある種の感情が芽生えてくる。


(おいおい、これってメイがキャンディをくれたってことじゃね!)

(違う、違う、絶対に違う)


(いやいや、今日の日にキャンディくれるのはそういうことだろ。このおとこ女、照れ屋だからこういう渡し方をしたのさ)

(そんなわけねえ。そもそも、これは男子用の安いキャンディだぜ。メイがくれるなら手作りだろ。たぶん……)


 頭の中で相反するジャンが意見を応酬して、混乱状態である。ジャンはそっと横目でメイを見る。手作りキャンディをくれる素振りは全くない。それよりも鼻歌を歌っている。



(誰だよ! メイが俺にくれる確率70%とか言った奴)

 




 ミセラン同盟である。

 



 そのミセラン同盟のアーチーはメイにアプローチしていた。昨日、メイと一緒に牛乳を飲んでいた。


(まさか、メイの奴、アーチーにやるんじゃないだろうなあ!)


 なんだかムカムカしたようで、ジャンは肩にかけたカバンの紐をギュッと握る。いつもは教科書をそのまま紐で結んで運んでいるのに、今日は珍しく袋に入れている。教科書以外のものも入っているせいか、シルエットがいびつである。





「おい、ジャン!」

「ちょっと、ストップだ」


 不意にジャンは声をかけられた。メイも何事かと立ち止まる。

 2人の男の子がジャンを後ろから呼び止めたのだ。この二人の犬族の男子は見覚えがある。1組のローレンの取り巻きの2人である。名前はライアンにジュノーだったと思うが、ジャンは完全に忘れている。メイがかろうじて覚えていたくらいだ。


「恐れ多くもローレン様がお前に話があるとおっしゃるのだ」

「ささ、ローレン様。命令通り、呼び止めましたよ」


 二人が後ろを振り向くと、物陰からひらひらのフリルがいっぱいついたワンピースに包まれたローレンが現れた。


「ご、ご苦労さまです」


 いつも気位が高くて悠然と構えているローレンが、ちょっと緊張気味である。なぜか、もじもじしている。


「ジャン、お久しぶりと言っておこうかしら。合唱コンクールでは、私たち1組に勝つという奇跡を起こしたことは褒めておきましょう」


「はあん?」


 ジャンは意味がわからないので、ちょっと顔が強ばる。合唱コンクールなんてだいぶ前の話だし、敵だったローレンに褒められる筋合いがない。それにローレンは負けたのにどことなく上から目線なのだ。


「それで、あの、その……。勝ったご褒美ですわ。これを差し上げるからありがたく受け取りなさい!」


 ローレンが取り出したのはキャンディ。それもイチゴの形に似せた赤いキャンディを10本束ねたもの。これはお菓子屋さんで一番人気のいちごキャンディスペシャルだ。値段は結構する。


「お、俺にか?」


 ゴージャスな贈り物にジャンは何が起こったのか、理解ができていない。そんなジャンのお尻を横に立ったメイがギュッとつねる。


「い、イタタタっつ……。何するんだ!」

「女の子に恥をかかせる気なの。早く受け取りなさいよ」


 メイにそう言われて、ジャンはわれに返った。差し出されたキャンディの束を受け取る。ローレンは渡すと下を向いて、そっと右手を差し出した。顔は真っ赤で唇をギュッと噛み締めている。きょとんとするジャン。


またもや、そのお尻をギュッとつねるメイ。


「イタタタっつ!」

「なにしているのよ。お返しでしょ!」

「お返しって、なんだよ」

「さっき、ボクが渡したキャンディを渡すの!」


 小声でそう助言するメイ。ジャンは慌ててポケットを探る。そしてメイからもらったキャンディを1つローレンの手に置いた。


 パッと笑顔が輝くローレン。くるりと背を向けるとスキップして去っていく。その後ろ姿を慌てて追いかける付き人のライアンとジュノーである。


「ローレン様、待ってよ」

「ローレン様、どうしたのですか。急に黙ってしまって……」


 2人はローレンの付き人。親衛隊である。ローレンの手足となっていつも動いている。


「ジャンの奴にキャンディをやるのは、合唱での活躍を褒めてやるからなんでしょう?」

「そうですよ、ローレン様。あくまでもライバルとして敵に塩を贈る的だって言っていたじゃないですか?」



「……も、もちろんですわ!」

 

 そうローレンは言ったものの、態度は全く違う。自分がキャンディをあげてもジャンはくれないと思っていたから、小さなキャンディ1個でも衝撃的であったのだ。


(まさか、ジャン様ったら、私のためにキャンディを購入してくださったのでは?)

(ああ……ジャン様、あの無関心を装って実は私のことを……す……好きとか……。ああ、今日はこのまま帰ってこの感動に酔いしれたいですわ!)


 ちなみにローレンは、この付き人たちにもキャンディを贈っている。ジャンにあげた10本のキャンディスペシャルではなくて、それをバラにした1本。かなりの差はあるが、親衛隊の二人はこれだけで忠犬のように働いている。


「しかし、ローレン様。昨年、キャンディをあげたアーチーとかいう奴の場合、土下座したらあげましょうと、ハードルが高かったのに、今年は随分と簡単にあげましたね」


「……昨年と今年は違います。今年はライバルに褒美としてあげました。昨年はあのゴミ……いや、男子の中で私の美しさを一番褒めたたえた下僕に与えたのです。それにしても、昨年はキャンディ1つに土下座をするなんて、なんとプライドのない男だったのでしょう」

 

 ローレンは3つのうち、2つは自分に忠実なライアンとジュノーに贈っているが、残りの1つは気まぐれで渡す。これまでは、美しい自分からもらおうと競い合い、勝ち残った者に褒美としてあげていたのだ。


 昨年はそんな勝ち残ったアーチーにあげたのだが、もらった男子はその後、格が上がるらしく、アーチーは女子にモテモテになったと聞く。


 若干、利用されたと不愉快になったこともあったが、そこは学園一の美少女。それほど、自分の影響力が強いのだと納得した。キャンディをあげるということは、ローレンに評価されたという箔付けになるのだ。


(但し、私、昨年の男子は気に食わないです。いくら箔付けのためとはいえ、プライドを捨てて土下座をするなんて、男としてありえないこと。それに比べてジャン様は、女子の戯言なんか気にしない一匹狼の風格。ああ……ジャン様、この私、お慕い申しております……)

 

 もう頭がジャンのことでいっぱいのローレンである。


「ローレン様、アーチーといえば、今、こんなものが出回っているってご存知ですか?」


 ライアンがポケットから小さな冊子を取り出した。表紙にマル秘と書かれた手作りされたものだ。中を見ると学校の女子の名前が書かれてある。


「なんですの?」

「これはミセラン同盟という犬族の男子でつくる女子の格付け団体が発行しているものです」

「ミセランガイドというものですよ」

「こんなもの、なぜ、あなたが持っているのですか?」


 ローレンはパラパラと数ページめくる。20ページ程度の薄い冊子であるが、女子の格付けがしてある。最高が星3つ。星1つまでの女子が記載されている。そしてサンクス・ギブンでもらいたい女子ランキングまで。


「これは1冊銀貨1ディトラムで売られているものですよ。会員で限られた男子にしか渡されないものです。それを僕が銀貨3ディトラムで手に入れたのです」


 そうライアンは報告する。本当は自分が崇拝するローレンのことが載っていたから、金にものを言わせて手に入れたのだが、それは伏せている。


「な!」


 パラパラめくったローレンは小さな声を上げた。自分が載っていることは予想していた。そして自分が星3つに格付けされていたのも当然だと思っていた。この2つは予想通り。ところが、予想外だったのはランキング。


「わ、私が2位ですって!」


 3位は3組のライラ。4位はミレーヌ、5位はアミとそれなりの可愛い子の名前がある。これも納得がいく。ところが、ローレンが納得いかないのは1位がメイだったこと。


「あ、あの子が1位ですって!」

「中間発表じゃ6位ぐらいだったのですが、昨日から急上昇らしいです」


 これは確かな情報で、アーチーがわざとメイはフリーだという情報を流した結果である。ジャンの嫁というマイナス要因さえなければ、健気で頑張り屋のメイが人気が高まるのは当然の結果である。



(そう言えば……)


 ローレンは先ほどのシーンを回想した。緊張でジャン以外は目に入らなかったが、回想で思い出すとその横に見たくない女子がいたことを知った。メイである。ジャンはメイに急かされてキャンディをポケットから出していたことまで思い出した。


(あ、あの子、なんでジャン様の隣に……しかも彼女気取りで! 私にキャンディをあげるジャン様を見てもニコニコして……)


「余裕ですわね。これは許せませんわ!」


 ローレンはギュッと右手を握った。


(いいでしょう。この私、本命彼女の座を賭けて戦いますわ)


「ライアン、ジュノー!」

「はっ。ローレン様」


「この、ミセラン同盟とやら。潰します。そもそも、こんなデタラメ情報……じゃなかった、女子を格付けするなどという失礼なことをする馬鹿どもに正義の鉄槌を下すべきだと私は思いますわ」


 恐らく、ローレンは自分がランキング1位で、先ほどジャンの隣にメイがいなかったら見過ごしたであろう。


ミセラン同盟は運がなかった。


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