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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第16話 嫁ごはん レシピ16 イカの塩辛と金目鯛のしゃぶしゃぶ
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猫のお姫様

ごめんなさい。酩酊回は夜です。30日の夜にうまい酒と肴かーっ。

 月明かりに照らされた街道を一台の馬車が疾走している。目指すはウェステリア王国の首都ファルス。馬車を操るのは猫族の老人。そして馬車の中には小さな猫族の女の子が乗っている。馬車はウェステリアの北西の都市、オーデフからずっと走っている。2日間、途中で休みながらも走り続けてきた。


「姫様、あと少しです。あと少しでファルスに到着します」

 

 老人は後ろを向き、毛布に包まり、不安そうにしている子供をそう励ました。馬車は密かにオーデフを出発したが、子供が姿を消したことで途中から追跡を受け、ついに追いつかれそうになったのだ。


(ファルスに到着すれば諦めるはず……)

 

 老人はそう期待していが、黒装束に仮面を付けた一団が騎馬で追ってきている。ファルスまではあと20,30分の距離はあるが馬の方が速いことを考えれば、町に入る手前で追いつかれるであろう。


(ああ……神様……どうか、姫様をお守りください)


 馬車には猫の目の形をした古めかしい文様が飾られている。これはオーデフの名門バクルー家の紋章。馬車の中の子供はバクルー家の後継の姫なのだ。

 

 バクルー家は猫族の貴族の家柄で、数代前はオーデフを首都としたクエール王国の王家の血筋である。ウェステリア王国に統合される過程で、ウェステリア王の臣下となり、爵位を与えられていた。


 しかし、昔は名門でも今は勢いを失い、オーデフ近郊の小さな農村を治めている領主に過ぎない。爵位は伯爵だが、ウェステリアに数多くある田舎貴族の一つなのである。


 そんな小さな貴族のバクルー家に不幸が訪れた。仮面を付けた一団が屋敷を襲撃したのだ。抵抗した当主は殺され、屋敷には火が放たれた。バクルー伯爵にはまだ6歳の小さな娘がいたが、老執事の機転で難を逃れた。


 老執事はオーデフにある自分の親戚を頼り、そこに数日潜伏したあと、オーデフを脱出したのであった。脱出にあたっては、協力してくれる組織もあるようでなんの力もない老人と子供でも何とかここまで来れたのだ。


 仮面を付けた一団は猫族の独立を画策する集団。名前を『猫の目党』という。虐げられた猫族を救い、昔のクエール王国を再興しようというのが目的だが、正直、大多数の猫族からは支持を受けていない。


 ウェステリア王国では人族も犬族も猫族も等しく扱われており、あまり差別がなかったからだ。オーデフには比較的猫族が多いが、それでも6割ほど。あとは人族や犬族、他の種族が仲良く暮らしている。


 そんな状況であるから、『猫の目党』の活動は、昔のクエール王国の建国記念日の時にデモ行進をしたり、オーデフの街の評議員を決める選挙の時に保守派の候補者を応援したりする程度であった。


 そんな『猫の目党』がここ数ヶ月で急に活動を活発化させたのは、オーデフを治めるバーデン侯爵が後ろ盾になり、資金を与えるようになったから。バーデン侯爵は人間族であるから、この資金供与の狙いは謎ではあったが組織が貧弱だった『猫の目党』は、これによって勢いを増した。


 オーデフの街で猫族を襲った犯罪を取り上げて、猫族が虐げられていると訴えた。猫族の権利の拡大と市政への関与を声高に叫ぶ。これに領主のバーデン侯爵が裏で関与し、クエール王国の独立を画策したのだ。


 そのクエール王国の王に推されたのが、旧王家の血を引くバクルー家。当主のバクルー伯爵はそんな野心を一切持たない男であったから、当然固く辞した。それはそうだろう。昔は王様だった家柄かもしれないが、そんなのは100年以上前の話であるし、そんな物騒な事件に関与して命を危険に晒したくはない。

 彼は小さな村で貧しくとも平和に過ごしたいと考えていたのだ。

 

 そんな態度の煮え切らないバクルー伯爵を殺し、その罪を反独立派の国王派のせいにしたのは『猫の目党』の企み。そして、その遺児である小さな姫君を誘拐し、自分たちの旗頭にしてウェステリア王家に反旗を翻すのが目的なのだ。

 

パン、パン……。


 夜の闇を切り裂く銃声が鳴り響く。威嚇射撃である。姫の誘拐が目的であるから、本気で当てようとは思っていないし、まだ有効射程距離でもない。


「くそ、ファルスの町の明かりが見えるところまで来ているのに!」


 老執事は絶望感に囚われた。馬のヒヅメの足音が聞こえてきており、完全に追いつかれそうである。黒い馬に乗った5人の男たち。猫耳をもち、仮面を付けた怪しげな男たちだ。


「止まれ、ジジイ……」

「馬車を止めないと殺すぞ」


 そう後ろから叫ぶ声が聞こえてくる。だからといって、おとなしく止めるわけにはいかない。馬車に何かあれば、乗っている姫も無事では済まない。姫に怪我をさせるわけにはいかないので、無茶はしないはずだと老執事は判断した。


(ならば、できる限り突き進む……)


 町に近づけば、駐屯軍の部隊に出くわすかもしれない。今は少しでもファルスに接近するべきだ。


(あ、あれは!)


 しかし、その判断は挫折した。前方に明かりが灯っている。待ち伏せだ。先回りをしてバリケードを築いていたのだ。


「ど、どう、どう!」


 老執事はやむなく馬車を止める。道の左右は森。暗がりを利用して隠れる選択に切り替える。


「姫様、逃げますぞ」


 馬車の中で震えていた女の子。ぴょこんと頭に生えた毛の長い白い耳。尻尾もふわふわの毛長の巻き毛。猫目の大きな目はキラキラと輝き、街中で歩いている白耳の猫族とは違う高貴な風貌である。このように子供ながらに気品があるのは血筋のせいだろう。


「じい……怖い。リズは怖いのじゃ」

「大丈夫です。必ず、爺が守ります」


 老執事は怖がる小さな姫を抱き抱える。そして森へと駆け込んだ。後方の追っ手と前方の待ち伏せしている男たちが追いかけていく。


「待て、ジジイ!」

「森へ逃げても無駄だ!」

「逃がすかよ。月のおかげでよく見えるぞ!」


 老執事と猫の姫君には運がなかった。この日は雲一つない快晴。大きな月がくっきりと二人を映し出し、大きく長い影が目印となるのだ。


 そして大きな大木を背に、老執事と姫君は追い詰められた。もはや絶対絶命のピンチである。


「ジジイ、もう逃げられないぞ」

「我々の姫を渡してもらおう」

「さあ、エリザベス様。こちらへ……」


 黒装束に仮面を付けた5人の男たちは、笑みを浮かべながら近づく。小さな姫を抱きかける老執事。

小さな猫姫は顔を執事の胸にうずめて目を閉じる。


「嫌じゃ、爺、リズは行きとうない」

「姫様、ここはこの爺めが、命に代えましても、エリザベス様をお守りいたします」


 老執事は抱き抱えた姫を下ろし、後ろへ隠すと護身用のナイフを抜く。こんなもので5人は倒せはしないが、それでも姫を守るために戦うと誓った。


「なんだ、ジジイ。抵抗するのか?」

「面白い、やってみろよ」

「ここまで逃げやがったのだ。見せしめにお前はここで殺す」


 ジリジリと近づく5人の男。3人は銃をもち、2人はサーベルを抜く。姫に怪我をさせないようにサーベルで老執事を仕留める気だ。


(もうダメじゃ!)


 老執事はナイフを握り締め、一人でも多くの男を倒そうと覚悟を決めた。


その時だ。


「うっ!」

「ぎゃあ!」


 サーベルを持った二人の男が急に倒れた。ピクピクと痙攣している。麻痺毒を打たれたような症状だ。


「なんだ、貴様は!」

「うわっ!」


 パンパン……銃声が響く。暗がりの中で高速で動く黒い物体。銃撃をかわして、男たちを次々と仕留める。


 2人の男は強烈なパンチを腹に受けて悶絶。3人目の男は銃で撃とうとしたが、空中に飛んでかわされ、そのまま首を折られた。黒い影は小柄な男。無表情で倒れている男たちにとどめをさしていく。


「あ、あんたは……」


 老執事は恐ろしさに身動きできない。かろうじて、幼い姫君にこの残酷な光景を見せまいと姫の目をふさぐのに精一杯であった。だが、老執事はこの不気味な小男に見覚えがあった。オーデフを脱出するときにも手助けをしてくれた男である。


「行クガイイ……我ノ任務ハ、オマエタチノ護衛……」

「護衛?」


 老執事はその小さな男が首に巻いたマフラーで顔の下半分を隠していることに気がついた。そして袖から見える手首に、何かが絡まった不気味な刺青があるのを。


「厄介ナ奴モ近ヅイテイル……ソイツハ手ゴワイ……。都ニ入ッタラ、AZK連隊ノニコール・オーガスト大尉ノ屋敷ヘ行クガイイ……」


 その小さな男はそう告げた。


 老執事は姫を抱き、急いでその場を離れる。馬車に姫を乗せると急いでファルスへ向かう。ファルスの都で頼る人物はいない。とりあえず、王宮へ駆け込み、身柄の安全を確保しようと考えていたが、そのツテもあるわけでなく、追い返されることも考えられた。


(ニコール・オーガスト大尉……AZK連隊……)


 不気味な男から告げられた名前。理由は分からないが頼ってみようと老執事は思った。それに頼るしか、幼い姫を守る術はなかった。


「相変わらず、手際の良い仕事をする……」


 5人を倒した二千足の死神は、予想通りの言葉を聞く。その声には聞き覚えがあるし、この任務で相対すると思っていたからだ。


「フェニックス……ヤハリ、貴様カ……」


 死神がフェニックスと呼ぶ人物は、真っ赤な鳥の翼をかたどったマントを着て、さらに鳥の顔を模した派手なフードを身につけている。顔はマントのせいでよく見えないが、この異様な格好はこの人物がまともでないことを表していた。


 死神はいつもの余裕のある態度は見せていない。それはこの派手な人物に対する評価である。隙を見せれば命に関わるのだ。


 フェニックスと呼ばれた男は、身につけた赤いマントを翻す。両手には短銃をもっている。そしてマントの内側には無数の銃器が仕込まれていた。銃口は死神に向けられており、容赦なく弾丸が発射される。


「ムッ……」


 死神は横へ側転して、その弾丸を避けるがフェニックスはマントを広げる。中に仕込まれていた銃がフェニックスをぐるりと取り囲むように地面に突き刺さった。銃口に短剣を取り付けた銃を素早く手にして撃ちまくる。同じ銃からの連続発射ができないから、銃を変えての射撃である。


 フェニックスの周りには10丁のフリントロック式の銃が準備されており、それを手にするや正確な射撃を行うのだ。

 

 死神は弾丸を避けながらも、吹き矢による攻撃を仕掛けるがその毒針は銃身に弾かれる。銃弾に比べると吹き矢は遅いとは言え、この暗がりの中でそれを認識し、弾くなどという芸当は誰にでもできるものではない。


「さすがに二千足の死神というところか」

「貴様モナ……」


 激しい回避運動で珍しく肩で息をしている死神。フェニックスはにやりと笑った。


「しかし、これは避け切れまい!」

 

 フェニックスはマントの内側に吊るされた丸いボールを投げる。それは爆薬が仕込まれた手榴弾。投げられて地面に触れるや強烈な閃光を放ち、1ノ・クラン(約50センチ)ほど地面をえぐる小規模な爆発を起こす。

 

それが一挙に死神のいるエリアに10個も放たれたのだ。


すさまじい爆音が次々と起こり、死神の体は宙に舞った。そして地面に叩きつけられたが、すぐさま地面に転がり草むらへと消える。そこへめがけてさらに銃撃するフェニクス。やがて静寂を取り戻した森に中でフェニックスは前へと歩く。草のところどころに血が染み付いている。


「逃がしたか……だが、手傷は負ったようだな。厄介な護衛もいなくなったことだし、猫姫様を追うか……」


 赤い翼を翻し、フェニックスは街道へと足を進めた。もう馬車は出発しているが、厄介な護衛は排除した。今から追えばファルスの町に入るまで追いつけると考えていた。


(ファルスに入ったとしても……逃げられはしない……)

 

 赤いマントをなびかせて、フェニックスは馬で疾走する。



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