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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第3話 嫁ごはん レシピ3 チキンとシーフードのハーフ&ハーフピザ
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かわいそうな孤児

「あらあ、エミリにジョンにサラ。お帰り」

「ママ、お腹がすいたよ」

「お腹がすいた~」

 

 どうやらこの宿の子供たちらしい。見た目、一番上の娘はメイより年上だ。2番目の男の子がメイと同じくらい。下の女の子は随分と小さい。まだ、7,8歳というところか。犬族の子供らしく、白い毛の犬耳と尻尾をピンと立てている。


「ほら、メイ。子供たちにご飯の準備だよ。全く、気が利かない子だね」


 そう言うと、太った女将はメイの手の甲を小さなムチでぴしりと叩く。同じ子供なのにひどい差だ。これだけで、メイがここの子供でないことが分かる。3人の子供はこざっぱりした服で、特に上の娘はお金がかかっている可愛らしい服だ。古びてツギハギしてあるメイの灰色のエプロンドレスとはかなり違う。


「は、はい……女将さん」


 ショボンとした声でメイが慌てて、厨房に入り自分が作った料理を深皿によそう。3人の子供たちはテーブルに座り、食事が出るのを待っている。やがて、メイがキノコのスープご飯を持ってくる。


「えー。やだー、こんなの食べたくないよー」

「お肉が食べたい!」


 メイが持ってきた皿を見て、上の娘と下の男の子が文句を言う。どうやら、かなりわがままのようだ。


「おやおや、そうかい、それはすまなかったね」


 優しい声で子供たちに話しかける女将。なんだか、太った狸が甘い声を出して子供を拐かすような状況だ。子供たちには優しげな表情をしていたのに、振り返ってメイを睨みつける目は完全に『化け狸』であった。


「メイ、こんな貧弱な賄い飯を作りやがって! 私の大事な子供たちが食べたくないと言ってるだろ!」

「でも女将さん。1食に付き銅貨10ディトラムじゃ、ロクな材料が手に入らないですよ」

「そこを何とかするのがお前の仕事だろが!」


 ビシッとメイの頬を叩く。勢いで床に倒れるメイ。これは酷い。この風景は日常茶飯事なのだろうか。他のお客は気に止めない。二徹は迷わずテーブルから立ち上がる。さらにメイを殴ろうとする女将の右手を掴む。数十秒だけ、時間を操れる二徹にとって、中年のおばさんが子供を叩こうとすることを止めることは簡単なことだ。


「やめてくださいよ!」

「な、お客さん、構わないでください。これは店の中の問題です」


 女将はちょっと離れていたところに座っていた二徹がいつの間にか接近したことに、不思議に感じているような表情を見せた。二徹はすかさず言葉を発して、その疑念を忘却の彼方へと追いやる。


「しかし、いくら従業員と言っても叩いてはいけないです。それにメイちゃんはまだ小さい子供でしょ。あなたの子供と変わりがない。それに12歳以下の子供は働かせてはいけないという法律があるのを知っているんですか!」


 ちょっと強めに二徹は言ってみた。こういう人間は正論で論破しないといけないのだ。だが、犬族の女将はにやりと笑った。二徹の正論に対抗策があるようだ。


「お客さん、勘違いしちゃ困りますよ。メイはウチの子どもなんですよ。これは家のお手伝いをさせているんですよ」


「子供? メイ、本当か?」


 床に倒れているメイに問い正す。コクンと頷くメイ。古狸のような女将はニタニタと気持ち悪い笑いを浮かべる。


「というわけです。親が子どもを叱るのは罪じゃないですよ。これは躾というものです」


 21世紀の日本ならこれは間違いなく躾ではなく虐待だ。だが、この異世界では倫理観のレベルは低い。弱い子供はその犠牲になっている。


「だが、同じ子供なのに随分と差があるじゃないか」


 そう二徹は指摘する。テーブルに座っている3人と床に這いつくばっているメイ。同じ子供とは思えない。そもそも、顔もあまり似ていない。耳と尻尾の毛色も違う。宿の子供と女将は少しくすんだ白毛。メイは雉毛きじげだ。


「色々と事情があるんですよ。さあ、お客様。食事がお済みなら代金を払って席を譲ってください。ここから店が忙しくなるんです」


 そう言って二徹を追い出そうとする女将。これから店が忙しくなるなんて到底思えないが、これ以上は事情が分からないと二徹も食い下がれない。仕方なく、代金の10ディトラム銅貨をテーブルに置く。悲しそうに見送るメイの姿がチラリと見えたが、ここは引き下がるしかない。


 メイはこの宿屋の主人の妹の子供だと聞いたのは、宿屋から離れた雑貨屋で聞いた話。10ディトラム銅貨を渡しただけで、ベラベラと雑貨屋のおばさんは聞かれた以上に話し出した。


「メイが来たのは4年前。母親が病気で死んでしまったそうでね。身寄りがないってんで、あそこに連れて来られたんだ。それ以来、都合よくこき使われているんだよ」

「妹の子供なら、親戚だから酷い扱いはしないだろうに……」


 二徹の疑問は外れてはいない。倫理観や道徳は低いレベルだが、家族、親戚の団結は21世紀の日本以上のものはある。弱いからこそ、血のつながった者同士はお互いに助け合う気持ちは強いのだ。だが、雑貨屋のおばさんは首を振った。


「あそこの妹は親の反対を押し切って、猫族の男と駆け落ちしたんだよ。一族の恥ってこともあるけど、猫族とのハーフってのもいけない。まあ、あそこの女将は器量よしのメイが許せないんだろうねえ」


 確かに汚れてはいたが、メイは結構可愛い顔をしていた。宿屋の娘たちはお世辞にも可愛いとは言えなかったと二徹は思い出した。自分の娘たちとメイを比べて、嫉妬に狂った女将が辛くあたっているのだろう。


(醜い……。そしてあのメイという女の子が可哀想すぎる)


「まあ、ただで手に入った娘だから、15歳まではこき使って、その後、色町に売っ払うんだろうねえ。厄介者で大儲けというわけだね。ああ、あやかりたい、あやかりたい……」


 この雑貨屋のおばちゃんもとんでもない人間である。いくら貧しいとは言え、こういう考え方は二徹には理解できない。だが、この雑貨屋のおばちゃんは重要なことを二徹に話した。メイはここに連れてこられる前に、教会の孤児院にいたというのだ。それをあの女将が店の労働力にしようと無理に引き取ったのだという。


(なるほどね……。それはいいことを聞いた)


 二徹はメイを何とかしてやりたいと思い始めていたが、メイの形式上の保護者からメイを救うのはさすがに難しい。でも、今の話を聞くと何か打開策はあるのではないかと思った。


「まずは孤児院だな」


 表通りに待たせてある馬車まで行くと、二徹は教会が運営する孤児院へと向かった。


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