猛獣狩りに行こうよ!
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野生のブルはレドブルと呼ばれる。いわゆるイノシシであるが、日本の山に住んでいるイノシシとの違いはその大きさと牙の鋭さにある。鋭い牙は60ク・ノラン(約30cm)にも達し、それは刃物同様であった。
気性も荒く人を見ると襲いかかってくるので、人間にとっては非常に危険な野生動物とウェステリア王国では認識されていた。
滅多に人里へ下りてくることはないが、山に食べ物が少ない年や、繁殖でレドブルの数が多くなると食糧不足で人里へやってくることもある。
山に近い村にとっては驚異であり、突然に無防備な村に下りてくる前に人数を集めてレドブルを狩るということが行われていた。
慣れているといってもレドブル狩りは非常に難しく、危険な狩りである。狩りをする時は村人総出で行うのが常であった。
レドブル狩りで最も重要なのは踏み回しと呼ばれる、レドブルのいそうな場所をあらかじめ調べる工程である。これはレドブル狩りの成功の8割を占める重要な役である。
レドブルの足跡や餌を食べた跡などを手がかりにどの山に何頭生息するかを予想するのである。早朝から山を歩き回り、各種の情報からレドブルがどこに潜んでいるかの目星をつけると山を下り、作戦会議へと移る。
どの方向からどのように追い立て、どこで仕留めるかを決めると、村人を二手に分けて狩猟の準備に移る。追い立てる方を「勢子」といい、仕留める方を「待ち」という。
待ちはひたすら追い立てられるレドブルを待ち、銃で仕留めるのであるが、どこに現れるか分からない巨大レドブルを待つ恐怖は相当なものである。わずかな物音や匂いで気づかれるために、じっと待つ忍耐と勇気が必要なために相当のベテランが務めることになる。
もちろん、追い立てる勢子の方も危険だ。人間を恐れないレドブルは時に追い立てる方に反撃に出ることがあるからだ。
山へ入る途中、レドブルに荒らされたという畑を見せられた。囲いが無残にも破壊されて、植えてあったイモが掘り出されて食われている。
「今年はレドブルが多いせいか、里に下りてきてこのように荒らすのです」
村人は諦め口調でそう説明した。だが、説明を聞いたブルブルのメンバーは反論する。特にリーダーの男は認めようとしない。40過ぎの人の良さそうな中年男である。聞けば、職業は生物学者であるという。
「バカを言うな。レドブルは神に遣わされた人を導く天使様である。畑を荒らすようなことは決してなさらない」
学者のはずなのに、言っていることは滅茶苦茶である。畑に残された足跡もそれは捏造だと決めつけ、絶対に認めない。レドブルは神獣だから、人の作った食べ物は食べないと主張するのだ。
(コイツラ……程度ノ悪イ、宗教化シテイルナ……)
死神はこれまで、こういう狂信者たちを多く見てきたから、その洗脳の構造を理解している。こういうのは一部の者が繰り返し主張し、普通の人に信じ込ませる事で成り立つ。少しでも(そうかな?)と思わせれば、次々と畳み掛け、洗脳していくのだ。
「あらまあ、畑に無数にある足跡はどう見ても人間の足跡じゃないと思いますけど、まさか、これが天使の足跡なのかしら?」
脳天気にそうビアンカは、リーダーの男の周りにいる信者たちに話しかけた。話しかけられた人々は、口々にビアンカに天使の足跡だと主張する。ビアンカはフムフムと感心したような表情をして、そしてまたもや脳天気にこう感想を漏らした。
「ということは、天使って4つ足なんですね。不思議な天使がいるものですわね」
「そ、それは……」
「これはリーダーがレドブル様の足跡じゃないっておしゃっているから……」
「でも、どう見てもこれって、動物の足跡だわ。小さい頃にお母様に読んでもらった3匹のブルに出てきた足跡にそっくり」
信者は答えに詰まった。足跡はどうみても4つ足の生物でなくてはつけられないことを物語っていた。
(ナルホド……オ嬢……矛盾ヲサリゲナクアピールシテ、信者ノマインドコントロールをトコウトイウノカ……)
死神は賢いビアンカの作戦がおおよそ分かった。この両者の問題を解決するために、まずは客観的に物事を見るという視点を与えることから手をつけたようだ。狂信的で理詰めで説得できないリーダーを避けて話の分かりそうな人間だけにアプローチしているのは、その布石だろうと思った。
いよいよ、山へ分け入る。ビアンカたちを誘導してきた案内役の人はこう説明をした。
「お嬢さん方は、勢子をやってください。くれぐれも気をつけてください。命の保証はできかねますからね」
そう村人に言われてビアンカは嬉しそうに頷く。怖いとか恐ろしいとか思わないのは、ただ単によく知らないからだろうが、格好からして乗馬服を身につけたお気楽な格好である。
護衛の任務についている死神としては、レドブルの恐ろしさを知っているだけに内心はヒヤヒヤしている。ウェステリアで最も恐ろしい野生動物はクマであるが、実際に人間が襲われる事件はあまりない。
それはクマが人間に近寄らない臆病な動物だからだ。だが、このレドブルは違う。人間に向かってくることがよくあるのだ。逆上して追い立てる方へ来ることも十分ありえるのだ。
勢子にはビアンカと吟遊詩人のカイン、さる吉こと死神が加わっている。また、今回の対立の原因である動物保護を訴えるブルブルの団体のリーダーやその取り巻きも勢子に組み込まれている。
動物保護を訴えている彼らは、この狩り自体の監視のために来ている。彼らの目的は、レドブル狩りが残酷な行為であるという証拠を掴むこと。それを信奉者にも見せ、さらに交渉でそれを言い立てるつもりなのだ。
「さる吉、あなた気をつけなさいよ。あなたのような小さい体ではレドブルに襲いかかられたらひとたまりもありませんから」
獣道を苦労して歩いているビアンカは、死神に対してそんなことを言う。冗談でなく本気だから、死神も突っ込みを声に出せない。
(オ嬢ノ方ガ危ナイダロ……ソモソモ、怖クナイノカ?)
貴族の令嬢が山に分け入り、イノシシ狩りをするなんてありえないのであるが、ビアンカはそんなことを全く気に止めていない。率先して歩いて行くから、死神は適当にやるつもりだったのに、ビアンカの後について積極的に追うハメになっている。
勢子が物音を立てて、待ちと呼ばれる銃で撃つポイントまで、レドブルを追い立てるのだ。だが、状況は思いがけない方向へと進んだ。
「皆さん、このように大勢の人間で平和に暮らしている野生動物が迷惑しています。この野蛮な狩りの様子をしかと目に焼き付けましょう」
ブルブルのリーダーはそう一緒に付いてきている仲間に呼びかける。仲間は10名ほど。ここまで付いてくるくらいだから、かなりの信奉者たちである。
「あなたたち、そんなところで立ち止まると危ないですわよ。レドブルは人の集まっているところに突進してくる習性があるそうですのよ」
ビアンカはそう注意をする。勢子になる時に村人から細かいレクチャーをされたが、これはその時に聞いたことの一つだ。
「お嬢さん、そんなことはデタラメです。レドブルは人間を守るために神から遣わされた天使なのです。我々、か弱き人を襲うなど絶対にありません」
そうリーダーの男は断言した。周りの信奉者も頷いている。
「そうなんですね。レドブルは絶対に人を襲わないですね。畑も荒らさないと……。あら、でも、なんかこちらに向かってくるようですわよ」
ビアンカはガサガサと草をする音が近づいてくるに気づいた。先頭を歩く勢子頭が叫ぶ。
「危ないぞ、そっちへ行ったぞ!」
巨大なレドブルがビアンカたちの前に現れた。人間に追われて興奮している。ブウブウと鳴き声を上げ、突進してくる。
「うわあああああっ!」
「レドブルだ!」
先程までレドブルを神の遣いの天使などと称えていたとは思えない態度で、ブルブルのリーダーや信奉者が逃げ惑う。レドブルは興奮しており、自然と騒ぐ方へ突進する。ブルブルのリーダーのお尻めがけて体当たり。
あまりの勢いにリーダーは10ク・ノランも飛ばされた。さらに逃げ惑う信奉者に襲いかかろうとしている。
だが、ビアンカがそれを制した。首にかけた笛を吹いたのだ。この笛は山で遭難した時に使用するよう手渡されたものである。
「ビアンカさん、ここでそれは危ない!」
「ヤメロ……!」
吟遊詩人のカインと死神は思わず叫ぶ。ビアンカの行為はレドブルの注意を引きつけ、自分の方へ誘導する行為である。だが、ビアンカはやめない。
「一般市民を守るのは貴族の務めですわ!」
この世界の貴族にはいわゆるノブレス・オブリージュという道徳がある。自らを犠牲にして人を救うという行為はその一つである。この状況でビビリもせず、迷いなく行動できるビアンカの精神構造は他とは明らかに違う。
ブヒイイイイイッツ!
笛の音に感化されたレドブルは方向を変えた。ビアンカめがけて突進してくる。対するビアンカは武器を持っていない。山歩きしていた時に拾った杖がわりに木の枝だけである。
「危ない!」
レドブルの体当たりされる寸前に、カインが飛び込んでビアンカを横へ押し倒した。レドブルは通過してかわすことができた。
「全く無茶な人だ。君には怖いという言葉はないのか?」
「あら。未来の王妃を押し倒す人に言われたくありませんわ。当然、怖いに決まっています。しかし、未来の王妃たるもの、人々を常に守る立場でなくてはなりません」
ビアンカを仕留めそこねたレドブルは、方向を変えてさらに襲いかかろうとしている。ビアンカは偶然に手に触れた石を握り締めた。それはこぶし大の硬い石。
「ウェステリアの未来の王妃の攻撃を受けなさい。必殺、ハイネスシュート」
ビアンカは傍から聞くと少々痛い技名を叫んで、その石を思いっきり投げつけた。
ゴン!
鈍い音がした。それは突進するレドブルの額に見事に命中する。
だが、その程度で怯むはずがない。
ところが……10ノラン(5m)も進むとレドブルは急にスピードが落ち、ビアンカたちの前に来るとピクピクと痙攣して突然倒れた。体長は4ノラン(2m)近く、体重はゆうに100ゾレム(100kg)は超えているだろう。
「あら、効いたみたいですわね?」
「大丈夫か!」
銃を持った猟師たちが駆けつける。そして、ビアンカたちを避難させるとピクピクして倒れているレドブルにとどめをさした。
こうしてビアンカたちのレドブル狩りは、巨大なレドブルを1頭捕獲して終わったのであった。
「もう、怖いわ~。私の才能が怖い。私ったら、石1個でこんな巨大なレドブルを倒してしまうなんて」
ビアンカが石1個でレドブルを倒したところをみんな見ている。誰もがビアンカの投げた石でレドブルが気を失ったと思っている。ビアンカはちょっとした英雄気取りである。
「あれは君のおかげだろう?」
村人や環境保護の人に囲まれ、褒められて意気揚々としているビアンカを遠巻きに見ながら、カインはローブで全身を多い、口元を長いマフラーで隠している死神にそう話しかけた。
「サア……ワレハ知ラヌ……」
「尻尾に小さな針が刺さっていたよ。君がさりげなく抜いたのも見た。あれは麻痺毒を塗った矢だな。吹き矢であてたな」
「吟遊詩人ナノニ……ヨク見テイルナ……」
「まあね。リュートの腕はそこそこだけど、目だけはいいんだ」
ビアンカが石を投げつけると同時に、神経麻痺毒を塗った小さな矢を吹き矢を使ってレドブルを倒したのは、死神の驚異的な暗殺者の腕によるものである。




