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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
幕間 ビアンカ王妃への道 ~くるみ味噌味のシシ鍋
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狩猟VS保護

再来週、シシ鍋食べに行こうと思います。天然もの?みんな天然かwが入荷したそうなので。

異世界嫁ごはん1巻 多くの方にお買い上げいただき、本当にありがとうございます。

「あら、あれは何ですの?」


 いつものように町へ出かけるビアンカ・オージュロー子爵令嬢。彼女は未来の王妃を目指すと公言している美少女であるが、その目指す方法は貴族社会の王道である政略、根回しとは無縁であった。


 家柄ではオージュロー家は子爵に過ぎないし、父親は人柄がいいだけで取り立ててできる人材ではない。中央図書館の中間管理職を淡々とこなしている平凡な人物だ。家自体もそれほど財産があるわけでなく、貴族の対面を保っていける程度であった。


 但し、ビアンカ自身の能力は素晴らしく、誰が見ても美人であるという容姿に加えて、頭の回転もよく、貴族令嬢が身に付ける音楽やダンス、乗馬などはプロ級に近い腕前であった。誰にでも公平に接することができ、特に貧しい人や困っている人を見逃せない親分肌的な性格であり、だからといって、厳しく接することもあり、優しいだけの性格でないところも周りに支持される要因であった。


 ビアンカは積極的に町に出て人々と交わるので、民衆にはとても人気があった。ファルスの町では、『下町の王妃』、『民衆代表の王妃候補』などと噂されていたが、それは当の本人が狙っていた展開。貴族社会に太いパイプをもたないビアンカにとっては、民衆の支持というこれまでにない方法で、王妃への道を歩もうとしている。


 完璧な美女のビアンカの唯一の欠点は、この計算高い、ちょっとした腹黒さ。でも、それを知っている人物は少ないし、知っていてもそれが却って彼女の魅力につながっている。


 今日もその活動の一環として、街の散策をしていたのだが、ファルスの町は首都で比較的治安はよいとはいえ、貴族の令嬢が歩き回るのは危険な箇所もある。それができるのは、腕利きの従者がいるから。


 その腕利きの従者は暗殺者で裏の世界では名高い『二千足の死神』。引き受けた案件は完璧にこなす冷徹な男だ。見た目は痩せた小男で顔も布で隠して目だけしか出していない異様な姿。隠して腕の1つしか見えないが、体中に2匹のムカデが絡まった刺青を10個刻んでいるという。


 無論、ビアンカ姫はこの二千足の死神の素性は知らない。彼のことを職に困った出稼ぎの男で、田舎の家族に仕送りするために都に出てきたと思い込んでいる。この恐ろしい男を自分の下僕にし、『さる吉』と呼んで、こき使っているのだ。


 凄腕の暗殺者の二千足の死神が、この状況に甘んじているのは自分の素性を隠すのに、貴族令嬢の下僕という職業が目くらましによいというプロの判断によるものだが、このビアンカの魅力に惹かれているというのもある。


 別に憧れとか、愛情だとかいう感情ではない。なんとなく、「ほっとけない」と思わせるものをビアンカがもっているからだ。死神は意識していないが、それはカリスマと呼ばれるもので、人を魅了する王者のアビリティなのである。


 それに不気味な容姿の自分を公平に扱う態度や時折、見せる優しさに心が掴まれつつあるのが真相だ。そんな彼女に振り回されつつも、誰から見ても忠実な下僕を演じている。

 

 今回、そんなビアンカが目に留めたのは、王立料理アカデミーの出張所に大勢の人間が集まって抗議をしている光景。こういう騒ぎをほっとかないのがビアンカである。


(マタ、オ嬢ノ悪い癖ガ始マッタ……)


 二千足の死神はそう心の中でため息をついたが、傍若無人の主人ビアンカは躊躇なくその集団の中に入っていく。まったくもって、好奇心を抑えられない性格なのだ。


 一応、護衛のために付き従っている死神も後を追う。ビアンカは貴族令嬢であってもそれなりの護身術を身につけており、町中で普通にしている分には問題なく対処できる。だから、よほどのことでない限り、死神の出番はない。


「もしもし、これは何の騒ぎですの?」


 集団の中に入っていったビアンカは、興奮して叫んでいる人々の中から、特に血管を額に浮き立たせて、顔を真っ赤にしているおばさんに話しかける。このおばさんは頭に犬耳が生えているから犬族であるが、人族の娘に話しかけられて、思わずキョトンとした。


 普通なら『うるさい、今はそれどころじゃないんだよ!』と追い払うところだが、犬族のおばさんは笑顔で尋ねるビアンカに虚勢を収縮させられ、素直に答えるハメになった。


「あいつらがレドブル肉はまずいから捕るなと言いやがるのさ」

「レドブル? イノシシ(やせいのぶた)のことですね。なるほど、これはレドブルを狩猟している団体と保護団体の争いということですわね」


 状況からビアンカはこの争いについての大枠を理解した。犬族を中心とする野生ブルを狩猟している団体。通称『レドブル』。赤い布がトレードマークだ。もう片方は猫族を中心とする野生ブルを保護する団体である。通称『ブルブル』。青い布がトレードマークだ。


 狩猟するべしという団体の人々は、首都ファルスの近郊の村に住んでいる住人。野菜などを栽培して暮らしている典型的な村であるが、冬になる前に山にいる野生のブルを獲って食べている風習があるのだ。


 反対する団体は町に住んでいる人々。彼らは、野生のブルは、食べてもまずいので食べる必要はない。そもそも、野生動物は食べるのは野蛮だと主張している。ブルブルの中心人物は、生物学の学者をリーダーとする動物保護を信条とする人々である。猫族の人間が多いと思ったが、人族や犬族も混じっている。


 猫族は海の生物は好んで食べるが、山の生物は食べないから、比較的この団体が主張する意見に賛成できるために、猫族が多いのであろう。


「なるほど、なるほど。それで王宮料理アカデミーに野生ブル肉の味の判定をしてもらおうとみなさんが集まったわけですね」


 ビアンカはさらに騒いでいる人々の間を回って、いろいろと聞き出した。そして、同時に王宮アカデミーの出張所の職員が気の毒になった。この出張所は料理の研究のためのデータを取る場所で、このような判定をする場所ではない。アカデミーで開発した料理の無料試食や余った料理を食事に困っている人々に提供する炊き出しを主な業務にしているのだ。


 王宮料理アカデミーという肩書きと目の前で調理できる環境があるために、この相反する2つの団体に無理難題を持ちかけられているのだ。


「一応、言われた通りに焼いてみました……」


 アカデミーの職員は自信なさそうにブル肉の串焼きを差し出した。


それはこんがりと焼けて香ばしい匂いを放っている。だが、香ばしさの中に独特な獣臭さがある。


「どうだ、アカデミーのみなさん。これは美味しいだろ!」

「こんな獣臭い肉、うまいわけないだろ!」


 お互いの陣営から怒号が飛び交う。一応、それぞれのリーダーが焼けた串焼きを試食し、それぞれが『うまい』『まずい』と判定し、中立な立場のアカデミー職員に判定を求めているのだ。この状況で『うまい』とか『まずい』などと言ったら、殺されかねない状況なので職員たちはオロオロするばかりだ。


「ビアンカオ嬢……イッタイドコヘ?」


 死神が止める間もなく、ビアンカがトコトコ前へ歩み始めた。そして、オロオロしてるアカデミー職員から串焼き肉をもらって食べる。両陣営ともこの展開に静まる。予想外の展開だ。


「あ~む……モグモグ……ううむ……」

「どうだ、お嬢さん?」

「まずいだろ?」

「いや、美味しいはずだ。獣臭さも自然の味の一つだ」


 みんなビアンカの判定に注目する。もぐもぐと咀嚼し、ごくんと飲み込んだ美しい令嬢の言葉を待つ。


「はっきり言いましょう。この料理は『まずい』です!」


わああああっ……。


 野生ブル保護団体は歓喜にわき、狩猟団体は気落ちする。だが、ビアンカは間髪入れずに次の言葉を発した。


「あら、喜ぶのは早いわ。わたくしは、料理はまずいと言いましたが、肉はまずいとは言っていませんわ」


「ど、どういうことだ?」

「確かに野生ブル肉の独特の臭さは、万人向けではないわ。そのためにこの串焼き、ソル胡椒ソルズをたっぷりとかけているから、塩辛くて本来の味を出せていません。だから、この料理が美味しくないのは事実でしょう。でも、臭いを除けば歯ごたえ、旨みは野生ならではの躍動感、深い味、まさに自然の慈愛が凝縮したものと言えるでしょう」


「そうだ、料理法がまずいだけだ……野生ブル肉がまずいわけじゃない!」

「やはり伝統は守るべきだ!」

「いやいや、飼育されたブルを食べればいいのだ」

「わざわざ、危険な狩猟をする必要はない」

「野生の動物は守られる存在だ!」


 ビアンカの言葉で争いがヒートアップしたかにみえたが、次のビアンカの提案で新しい展開に発展する。


「どうでしょうか、皆様。どうも保護活動推進派のブルブルの方々は、野生のブルを見たことも狩猟方法も知らないようですし、狩猟推進派のレドブルの方々は、本当の美味しさを知らないようです。ここは一度、実際に狩りの様子を見てみませんか?」


 両派の人々はお互いに顔を見合わせた。どうやら、互いのことを知らないのは図星だったようで、それでいて、実際の事実を突き詰めれば相手をぎゃふんと言わせることができると信じているから、このビアンカの提案を飲むことに異存はない。


 両派がこの提案に乗るということで、とりあえず話し合いの決着がついた。ビアンカが介入して10分も経たないうちに暴動に発展しそうな展開が見事に収まったのであった。


(オイオイ……ミンナ、ナニモ感ジナイノカ……。マッタク、関係ノナイ小娘ガ仲裁ニ入ッタノニ……)


 不思議なことにビアンカがいつの間にか、このややこしい問題の仲裁役の中心人物になっていることを誰も疑問に思わないのだ。ごく自然に重要な役回りになっているのが不思議だ。それに死神は、ビアンカの提案が、ただ単にブル狩り猟を見てみたいというビアンカの好奇心から出たものだと思っている。


「驚いた……よくあの場を丸め込みましたね」


 いつの間にかこの騒ぎに紛れ込んでいた吟遊詩人のカインが感心してビアンカに話しかけてきた。カインは吟遊詩人が職業だけあって、町をブラブラとしており、こういった場面にはよく出くわす。いくつかのボランティア活動で一緒に活動しているので、ビアンカとは顔見知りだ。


「あら、あなたいたの?」


 カインは20代後半の青年でなかなかハンサムである。町娘からはキャーキャー言われているのだが、あくまでも王妃を目指すビアンカはカインの容姿については全く興味がない。


現ウェステリア国王は青年王であるが、その容姿については、全くの情報がなく噂の域を出ない。王妃を目指すビアンカにとっては、結婚相手の王が、老齢でブ男でも構わないのではないかと思われる。


「ビアンカさんがしくじったら、僕が仲裁役を買って出ようと思っていたのですよ」

「あら、それは残念でした。大方リュートでもかき鳴らして場を収めよう思ったのでしょうが、そんな小手先の技は使いませんわ。私は根本的な解決を目指しますわ」

「根本的な解決?」


 カインは面白そうにそう問い返した。村人は伝統とか慣習を理由にし、反対派は動物保護、殺すのは残酷だというような感情論である。妥協できる接点などなさそうで、それをどう収めるのかと思ったようだ。


「私、両者の意見を聞いていて、こう思いましたのよ。両方とも相手のことをよく知らないのではないかと……」

「なるほど。それであの提案をしたのですね」

「まあ、私自身がレドブル狩りに興味が出てきたこともありますけど。オーホッホホ……」


 手の甲を口に当ててそう笑うビアンカ。そして、今回の解決に向けて絶対必要な人物がいるということで、その場を後にした。


 ビアンカの提案で、両陣営は野生のブル狩りは3日後に行うということで、話し合いはついたのであった。


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