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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第15話 嫁ごはん レシピ15 ホワイトアスパラガスのポタージュ
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豚肉と白菜の味噌汁

第15話は今日で終了。

明日は幕間をはさんで、16話へ突入。

今度はリクエストに答えて和食をテーマにしましょう。

「サイラス、これでわかったでしょう。わらわの説いたことが……」

 

 放心状態のサイラスにそう話しかけた女性。隣にはルウイがいる。勝利に沸くウィンザー学院の生徒たちに応えていたニコールであったが、その光景を見て試合場から降りるとすぐにルウイの元へと行く。


「ルウイ、その方は?」

「ニコちゃん、優勝おめでとう。そして、こちらも大進展だよ。これでヒョウゴさんの長い旅も終わりだよ」


 そうルウイは答えた。ニコールはその小柄な女性を見る。ウェステリアの貴婦人の格好はしているが、明らかに異国人。透きとおるような肌にたおやかな体つきの美女。全身から滲み出す雰囲気は、上品を通り越して神々しくもある。


「ということは……」

「こちらが加賀姫さんだよ」


 ルウイはそう言って、サイラスに言葉をかけている加賀姫に視線を送った。どうやら、サイラスに柔骨法の基本の動きを教えたのは加賀姫らしい。


「武道とは決して力を誇示し、人を虐げるものであってはならないのです。あなたとニコールさんの差は、なんだったと思います?」

 

 加賀姫はうなだれるサイラスにそう優しく尋ねた。サイラスは答えられない。まさか自分が負けるなどということを想像したこともなかったからだ。


「……」

「彼女には助けてくれる人、頼りになる人、大切に思ってくれる人がいました。そして、その姿がちゃんと見えていたのです。柔骨法の真髄は『護る』。これは大切な人を守るという強い気持ちがあってこそ、理解できる境地です。あなたにはいますか……そういう人が?」


「……いません……」

その答えと共に音がした。


バシッ……。


強烈な平手打ちがサイラスの頬に一発打ち付けられた音。その音は会場に鳴り響き、思わず音の鳴った方へ人の視線を集めた。


「ほんと、あなたはおバカさんです」


 サイラスに平手打ちをした加賀姫は、そっとサイラスを抱きしめた。胸に顔をうずめて赤面するサイラス。いつも硬派で超然としている男だったが、今は完全に固まっている。


「あなたのことを大切に思っている人はここにいますよ。そして、周りにもいます」


 そう加賀姫は続けた。周りのダラム学院の生徒やバリー、ダミアンまで心配そうにサイラスを見ている姿が目に入る。


 そしてサイラスのことを褒め称える声も聞こえ始めた。敗れたとは言え、アルテマの大会において、ダラム学院で準優勝した人間はサイラスが初めてであり、ダラム学院の長い伝統の中でも快挙には違いないのだ。


(そうか……俺はこういう声を聞こうとしていなかった。そして、周りがちゃんと見えていなかった。俺たちのことを思っている人は、ちゃんといたのに……)


「すみませんでした……先生……俺は間違っていました……体を鍛えに鍛え、圧倒的なパワーさえあればいいと思っていました。周りはその力に従うのだと思っていました」


「あなたのこれまでの境遇を思えば、そう考えてしまうことも仕方がないでしょう。でもね、サイラス。子供は間違えるものです。そしてそれは困難にぶち当たらないと気がつかないものです。今日の試合はそういった意味で、この可愛らしいお嬢さんに感謝しないとね」


 そう加賀姫は振り返り、サイラスの対戦相手だったニコールを見た。そして、その後ろに懐かしい顔を見て驚きの表情へと変わった。


 加賀姫は助けられた時に自分以外のものは全員死んだと聞かされていた。あの嵐を思えばそれは真実味があった。そしてその悲しみで何ヶ月も泣き暮らした。周りの支えと死んだ者の分まで生きることが自分の務めだと思って生きる勇気がわくまで1年はかかったのだ。



 そこには弟子のニコールの試合を、会場の片隅で静かに見ていた兵庫がいたのだ。兵庫も加賀姫を見て、あまりの驚きに動けないでいる。嵐で離ればなれになって5年。14歳だった姫は、美しい女性に育っていた。


「加賀姫さま……よくぞ、よくぞご無事で……。拙者、姫様を探して……探して…………ついに悲願が果たされもうした。さらに、あの苦難を越えなんと健やかにお育ちあそばされた事か……この兵庫……これまでの道行が報われた思いにござる」


 男泣きに泣く兵庫。加賀姫も感動の再会に涙を流す。5年の月日、離ればなれになっていた主従が今、奇跡の再会を果たしたのだ。



 5年前、加賀姫は嵐の海に投げ出された。ほとんどの物が溺れ死してしまうという惨事であった。加賀姫も泳ぎには自信があったが、どんな泳ぎの達人でも嵐の海に落ちればほぼ死んでしまう。


彼女が助かったのはほんの偶然。海に浮かんだ茶箱の中に侍女が加賀姫を入れてくれたからだ。茶箱は船のように浮かび、嵐の中でも沈まなかったのだ。そして、茶箱は偶然にも付近を通りかかった商船に拾われたのだ。


 拾った船がダラム州にあったエイブラム商会の船。南の大国ドインより東にある国との交易を終えて、航行していた。それで加賀姫は、はるか西方の島国であるウェステリア王国へと連れてこられたのだ。

 

 類まれな美貌と教養のある加賀姫をエイブラム商会の商館長は大いに気に入り、自分の養女として大切に育てた。ウェステリア語や音楽、ダンス、詩に歴史に哲学と学問や習い事を修めさせ、レディとして社交界にお披露目をした。

 

 そこで出会ったのが貴族院議員でもあったデビット・オールドマン伯爵。年も近いこともあって、二人は恋に落ちてこの度、結婚することになったのだ。今はカガ・オールドマン伯爵夫人と呼ばれている。

 

 加賀姫は夫の領地内にあるダラム学院の理事の一人でもある。これは代々、オールドマン伯爵家の夫人が就く名誉職であったが、加賀姫は積極的に学校経営に乗り出し、その結果として、ダラム学院は文武で頭角を現す学校となった。

 

 そんな中で出会ったのがサイラスであった。サイラスは父親が大陸の戦争で遠征軍に加わった将校。壮烈な戦死を遂げた。病弱だった母親も死去し、11歳で天涯孤独の身となったサイラスは孤児院で寂しい生活を送っていた。


 そんなサイラスを見出したのが加賀姫。オールドマン家の出資による奨学金を活用し、サイラスをダラム学院へと入学させたのだ。


 そしてサイラスの武道に対する才能を見た加賀姫は、自分が教えられた柔骨法の初歩を教えたのだ。初歩しか教えなかったのは、サイラスが力を間違った方向へと使おうとしたことを感じ取ったから。


サイラスは父親を殺した戦争を憎むと同時に、それを無くすためには圧倒的な力でねじ伏せればよいとする思想にたどり着いたのだ。戦争とは相手をどう最速で殺すかという勝負であるという考えである。


 加賀姫は武道とは戦争に使うものではなく、心身を鍛え、精神を鍛えるものであると教えた。そうすれば戦争という愚かな行為にはならない。それによって戦争はなくなるのだと説いたのだが、サイラスの耳には届かなかった。


 加賀姫は一時的に離れ、サイラスは独自の道を進んだのが1年前の出来事だ。そんな経緯を知ったルウイとニコールは、今、オールドマン伯爵家所有の別宅に招かれている。加賀姫の夫のデビットと兵庫、そしてサイラスも招かれていた。


「はい、兵庫。これはわらわの手作り味噌汁ですよ」


 テーブルに座っている面々に伯爵夫人自らが給仕をする。深鍋には自家製味噌で作った味噌汁がある。味噌汁は、兵庫が食べた思い出の料理である。


「姫さま……この兵庫……また姫様の手作り味噌汁が飲めるとは思わなかったでござる」


 味噌汁を一口飲んで涙を流す兵庫。男というのは年を取ると涙もろくなるというが、兵庫の場合、5年もの捜索の旅で泣いたことがなかったから、それが爆発したのであろう。


 もうおいおいと泣いて周りもどう接してよいのかわからない。


「ルウイ、せっかくだから、私たちもいただこう」


 そうニコールは出された味噌汁に口をつけた。それは茶色っぽい不思議な色をしている。よく食べる鶏肉バドのスープや卵のスープとは違う。


「これは不思議な味だ。塩の味と体に染みてくる旨み。これは魚の出汁、大豆の旨みか?」


「ニコちゃん、これは味噌といって、大豆を発酵させたものを使ったスープだよ。発酵させることで、味わいが深いね。それにこれは具の旨みが相乗効果を上げているよ」


 ルウイは加賀姫の出した味噌汁を分析していた。それは『豚肉と白菜』が入った味噌汁である。作り方は難しくはない。まずは2~4ク・ノラン(約1~2cm)に切った豚の細切れ肉を油をしいてフライパンで炒める。肉の色が変わったら、そこへ酒と水を加える。しばらくするとアクが出てくるので、それを丁寧に取り除く。


 そして生姜汁を加えて10分ほど煮るのだ。これで豚肉の旨みが最大限に引き出せる。煮終わったら、細く切った白菜を投入。しんなりしたら自家製味噌を溶いて完成だ。酒も味噌もこのウェステリア王国では手に入らないから、珍しい食べ物だといえるだろう。


「美味しいし、体が温まるね」

「ヒョウゴ師匠にとったら、これはまさにソウルフード。加賀姫さまとの思い出の食べ物だから、感激のレベルも高い……。まあ、私にとってはルウイの作ってくれたあのポタージュの方が好きだがな」


 ニコールはそうルウイの作ったホワイトアスパラガスのポタージュの味を思い出してうっとりした。加賀姫の『豚肉と白菜の味噌汁』も美味しいが、やはり全く違う味でありながらも兵庫の心を動かしたあのスープの味も捨てがたい。


「ニコちゃん、料理の美味しさは素材のよさと料理技術だけじゃないんだよ。食べさせる相手のことをどれだけ思えるかだよ。そういった意味では、あのポタージュは自信作だよ。大好きなニコちゃんのために心を込めて作ったんだからね」


 そんなことをしれっと言うルウイ。言われたニコールは顔が赤く火照っている。温かい味噌汁を飲んだからではない。


「バカもの……そういうことをすました顔で言うな」

「え、まずかった?」

「わ、私はこういう公的な場所で言うなと言っているだけだ。そういうのは……二人きりの時にいっぱい言ってもらわないと嬉しくない!」

「じゃあ、あとでたくさん言ってあげるよ」

「ううう……バカ……バカ……でも……」

「でも?」

「私も言われた倍の数だけ言ってやる。好きの倍返しだ!」


 テーブルの片隅でそんなことを囁いているニコールとルウイのバカップルの横で、淡々と味噌汁をすすっていたサイラス。


 黙々と味噌汁を飲み干すと冷めた口調でこうニコールに尋ねた。


「ニコール嬢。あなたがフィニッシュで決めたあの技。その少年と共に開発した技だと聞いた。カガ姫様もヒョウゴ様もあの技は柔骨法にはない技だと言っていた」


「ああ、あれか。あれはルウイを実験台にして考えたオリジナルの技だ。要は体の関節を複数の場所で決めればいいわけで、首と肋骨を締め上げればどんな大男も耐えられない。名づけてニコール固め。公式戦で使ったのはサイラス、お前が初めてだ」


 ふう~とため息をついたサイラス。確かにあの技は大技で極まれば逃れられない、恐ろしい技である。そして身体的ダメージに加えて男には精神的ダメージを追加で与える。


「ルウイよ、お前もとんでもない技を生み出す手助けをしたものだ」

「そうでしょうか?」


 ルウイは答えが分かっていてそうサイラスへと返した。ニコール固めは美少女のニコールが使うというだけで、特殊ダメージを付与されていることは承知だ。


「俺は純粋に技のダメージで降参したが、大抵の男はニコール嬢にあの技をかけられただけで昇天するだろうな」


「僕としては、あまり男にあの技を使って欲しくないけど、ニコちゃんの必殺技なら仕方ないかなと。まあ、初めてあの技をかけられたのは僕だから、それで満足だけどね」 

 

 この後、いろいろとニコールから初めてを提供されるルウイであるが、ニコール固め、ルウイ曰くニコちゃんスペシャルが完成する前に、組んず解れつの密着プレイが展開されたことは秘密である。


もちろん、けしからんことはしていない。


 5年の月日を経て、出会った加賀姫と従者の兵庫。この後、兵庫はオールドマン伯爵家に仕えることになった。仕事は加賀姫付きのボディガードである。


オールドマン家は仕事で1年の半分を首都のファルスで過ごすので、その間、ニコールは兵庫から柔骨法の修行をつけてもらい、達人の域まで達することになる。


 後に狂乱淑女レディ・バーサーカーと呼ばれる格闘戦の達人となるニコール。今回編み出したニコール固めに屈した猛者どもは、例外なく降伏後にニコールの信者になったというのは余談である。


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