ニコちゃんスペシャル!
お買い上げ、ありがとうございます。
土曜日は旅行に行くので、金曜日の夜に投稿しました。代わりに土曜日の昼は投稿ありません。
アルテマの全国中等学校大会の決勝戦は前代未聞の出来事となった。なんと女生徒がファイナリストとなったのだ。そこに名前を刻みつけたのがニコール・オーガスト。
アルテマは、格闘スポーツの猛者が集う総合武術大会である。そんなところに出ている女子は、さぞかし、筋肉もりもりの大女かと思うのが普通であろう。ところが、当のニコールは見るものがつい見とれてしまう美少女であるから、余計に話題となった。
保守的な考えのニコールの母親が聞いたら、恐らく卒倒してしまうだろうが、今日は当然ながら来ていない。ニコール自身が出場しているなんて夢にも思っていないのだ。
後にママ友達のお茶会でニコールのこの時の勇姿を伝え聞いて、貧血を起こして倒れてしまったオーガスト伯爵夫人には気の毒であるが、今のニコールは意気揚々としている。
ダミアンを完膚なきまでに叩きのめし、次はアレックス主将の敵であるサイラスとの対戦なのである。心が弾んで顔が上気している。
「ニコールファイト!」
「ニコール先輩、がんばって~」
「ウィンザー学院の名誉のために全力を尽くせ!」
「ニコちゃん、頑張って!」
たくさんの応援する声に混じって、大好きなルウイの声を聞き取るニコール。エステル戦、ダミアン戦では聞こえなかったのだが、今ははっきりと聞こえる。ニコールの猛る心にますます火力が増して大きくなる。
「ニコール。女は弱いという考えは改めないが、稀に例外というものが存在するという事実は認めよう。お前の強さは認める。しかし、このアルテマの大会で過去に女が優勝したことはない。それは未来永劫ないことをこの戦いで示そう」
対戦する前にかわす挨拶。サイラスはそうニコールに言葉をかけた。いつも言葉が少ない彼にしては長い話だ。それだけ、ニコールを意識した表れであろう。
ニコールはニコールで、その言葉を全面的に買う。怯みもせず、挑戦的に言い放つ。
「その歴史も今日で終わらせてみせる」
この強気にサイラスもぴくりと顔の筋肉を引き締めた。そして冷たく返す。
「女だからといって、容赦はしない。そして、油断もしない。全力でくびき殺すのみ」
「決勝戦、サイラス対ニコール、用意始め!」
審判の合図とともに両者は一応、ウェステリア剣術で使う木剣を構えた。このアルテマ大会は一応、ウェステリア剣術の代表として出ているから、それに敬意を払ったに過ぎない。2,3度、木剣を合わせると両者は同時に地面にそれを投げ捨てた。
「流石だな、サイラス。私の木剣は折れた」
「お前もな。こちらもヒビが入った。だが、剣で勝とうとはお互い思っていないようなのは一緒であったな」
サイラスは両手を前に出して構える。それはニコールと同じ構えであった。そして、足の運びも同様であった。
(ま、まさか……この男も柔骨法とやらを使えるのか?)
ニコールは構えながらもサイラスを観察する。自分の戦いを見て模倣したのかと思ったが、完全に身に付けた動きである。
「ふふふ……驚いているようだな。お前が使う柔骨法、お前だけが使える技と思うなよ」
円の動き。円周をなぞりながら、探り合いをする。そして円周がぶつかった時、ニコールもサイラスも攻撃へと移る。ニコールはサイラスの右手を掴むとすぐに両足で蹴って飛び上がる。
腕ひしぎ逆十字固めの体制である。サイラスは腕を取られまいと踏ん張り、左腕をニコールの足の隙間に入れて極めさせない。それどころか飛びかかったニコールを引き剥がすようにぶん回して投げ捨てる。
「うっ……」
強烈なGで腕から足が離れたニコールは、投げられて足を着くが、そこは試合エリアの端。バランスを崩して落ちる。あっけなく勝負が決まったかと思ったが、落ちながらも両手で端を掴んだ。手でぶら下がっている状態である。
「恐ろしい女だ……」
サイラスはここでニコールの恐ろしさを肌で感じた。柔骨法の決め技である関節系の技は、体の小さなニコールの方が有利であると感じたのだ。サイラスが習得したのは円の動きからの攻撃のみ。攻撃は打撃、投げ技などは我流であった。
「だが、非力なのは変えられない」
サイラスはニコールに近づく。ぶら下がっているニコールを落としてジ・エンド。戦いとしてはあっけないが、情けをかける気にもならない。但し、サイラスは慎重であった。急いで近づくことはしない。急いで近づいていたら、ニコールの企みに引っかかるところであった。
「とりゃ!」
掛け声とともにニコールの体がしなる。そして、腕の力と体の筋肉を組み合わせてバネのごとく跳ねた。足が地面に着くと同時に更に跳ねて、近づいたサイラスの背後へと降り立つ。そして、そのまま体当たり。うまくいけば、そのままサイラスを泥沼のツアーへ招待することができた。
だが、サイラスは慌てていない。慎重に近づいたのはこれを警戒したからだ。飛び込んできたニコールをそのまま抱きとめて、両腕を締める。
「このまま潰す!」
「きゃあああああっ……」
強烈な胴体締めである。いわゆる熊殺し。華奢なニコールにはたまったものではない。サイラスはそのまま技を極めたまま、万が一に備えて試合エリアの中央まで進む。端では万が一に道連れにされて泥沼へ落ちる可能性もないことはない。
しかし、この慎重さがニコールに逆転を許した。歩くことで締める力が緩んだタイミングで、両手でサイラスの肩骨に強烈な手刀をかましたのだ。兵庫に習った骨の急所、骨の継ぎ目への一点集中の攻撃。
「ぐおっ!」
思わず手を離したサイラス。すかさず、ニコールは両足でサイラスの首を狙う。右足をサイラスの首に巻きつけ、脇を通した左足でロックする。ニコールが兵庫から学んだ大技、いわゆる三角絞めである。
「奥義、天の川!」
これはルウイもかけられ危なく落ちるところであった危険な技である。頚動脈を抑えられて血流を止められたら、どんな強い男でも気絶する。
「ぐっ……そうはさせん!」
サイラスは思いっきり勢いをつけて、ダイビングして地面に自分の頭を打ち付ける。すなわち、ニコールを地面に叩きつけのだ。このダメージにニコールも技を解くしかない。
「はあはあ……」
「ふうふう……」
もう一度、間を空けて退治する二人。ニコールの三角締めのダメージが残っているサイラスは少々ふらついている。ニコールも全身を地面に打ちつけられたので、かろうじて立っている状態である。
「やるな……」
「あなたもね。だけど、攻撃の手は緩めない」
ニコールの足が再び、円の動きをする。それに対応してサイラスも動くがニコールの動きに付いていけなくなる。それはサイラスのせいではなく、ニコールの動きが変わったからである。
(なんだ、この動きは……ついて行けない……円ではなくて、これは螺旋……)
近づいたニコールに対応が遅れたサイラス。ニコール右足はサイラスの左足にかかり、そして立っているサイラスの首に左足をロック。そして左腕でサイラスの右腕を極める。これは卍固めであるが、
これは3ヶ月の特訓でルウイ相手に研究開発したニコール独自の技である。題して、『ニコールホールド』。ルウイは『ニコちゃん固め』と密かに呼んでいる。
ニコールのような美少女に絡め取られて、男子としては嬉しい技であるが、かけられた方はたまったものではない。腕と首と体が締め付けられ、その痛みに邪な心は微塵も生まれない。あるのはギブアップするかどうかという葛藤である。
「どうだ、参ったか!」
「グググ……」
サイラスはニコールごと体を倒そうと試みるが、足が一歩も動かない。立ったまま悶絶するしかない状況に陥る。
「どうだ、降参するか!」
「く……女に……降参なんか……で…き…るか……」
ニコールは躊躇なく締める。サイラスはこのニコールの躊躇なさに恐怖した。そういえば、ダミアンに対する関節技も躊躇なくやっていた。今は首を折るかもしれない危険な技でも恐れない。
(これは殺される!)
本気でサイラスはそう思った。今、技をかけているのは普通の女子ではない。狂戦士のそれである。格闘においては気迫によって、対戦相手の心を折ることが勝負を決めることがある。
サイラスは武術においては真剣さを求めていた。このアルテマ武術大会においても、競技というお遊びでなく、戦争での殺し合いの技であることを証明したかった。今、ひ弱だと決めつけていた女にそれを証明されてしまった。
「ま、参った!」
サイラスはニコールの本気を感じ取って、そう言葉を絞り出した。
「そこまで! 勝者、ニコール・オーガスト」
わあああっ……。決勝戦に勝負がついて大歓声に変わる。アルテマ武術大会史上、始まって以来の女性チャンピオンの誕生である。




