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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第15話 嫁ごはん レシピ15 ホワイトアスパラガスのポタージュ
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異種武道大会『アルテマ』

 ジークフリートカップで優勝したダラム学院は、ウェステリア北方に位置するダーウィン州にある。ウェステリア剣術では無名校であり、生徒はこの地方の一般家庭の生徒が中心というごく普通の学校である。


 ただ、ダーウィン州は大陸での戦争に駐屯部隊が数多く派遣されたこともあり、戦死した兵の家族も多かった。

 

 よってダラム学院には、父親が名誉の戦死を遂げた生徒も多く在籍していた。元々、軍に入隊する生徒の数が多い地区で、学校の雰囲気も武を尊ぶ気風があったが、勝てば何でも許されるというものに変わったのは、生徒会長サイラスが入学してきてからだ。

 

 サイラスは1年生として入学すると同時にそのカリスマと喧嘩の強さで学校を取り仕切るまでになった。勉学もナンバー1、格闘技術でもナンバー1。2年時には生徒会長にまで上り詰めた。


 サイラスの信念は、武術は戦争でこそ使えるものに限るというもの。相手を倒して自分が生き残れるものでなければ意味がないという考えだ。


 その考えを具現化するために、総合武術の最高峰であるアルテマに出場することを望んでいた。アルテマは、ウェステリア中等部の学校にある武術系の部活動の選手が出場できる大会で、それぞれの武術を使って戦い、どれが一番強いかを示す大会である。


 グローブを付けて殴り合う拳闘部や木剣で戦うウェステリア剣術、弓で戦う長弓部や槍を使う槍術部など、異種の競技が集う大会だ。


 サイラスは1年生の時に素手で戦う徒手空拳部でアルテマへの出場を目指した。ところが地区大会で優勝したものの、アルテマへの参加は推薦で決まる仕組みであったために、平民出身者が多いダラム学園は選ばれなかった。


 理由は『柄が悪い』というただそれだけである。それまでのサイラス率いるチームは、できるだけ礼儀正しく、ルールに乗っ取ったものであったが、この出来事でサイラスの考えは変わった。


それは『圧倒的な強さ』を見せつけること。


 貴族が優先される不平等なウェステリア社会では、実力を見せつけるしかないのだ。圧倒的な力の差を見せれば、不当な扱いがクローズアップされるはずだからだ。


 3ヶ月前にウェステリア剣術部に入部したのは、アルテマの大会へ出る方法を見つけたため。この剣術大会の2大大会の1つであるジークフリードカップで優勝すれば、自動的にアルテマ大会への出場切符が手に入るからだ。


 サイラスは少々、素行に問題があるが格闘には才能のあるダミアンとバリーを誘い、剣術部を掌握すると、その戦い方を変革した。礼を重んじるスタイルから、勝つためにはルールで許されるスレスレの行為を辞さないスタイルだ。


 貴族が中心となって普及しているウェステリア剣術には、実戦の泥臭いものが欠落しており、しかも長年の慣習に縛られてルールも古臭いものであった。サイラスの目論見は当たって、実戦に特化した戦術は大いにその力を見せつけた。


 春のヒルデガルドカップで優勝したカステルベルク学院との対戦では、たったの3人で勝負を決めて圧勝してみせた。次の決勝では素行の悪いバリーとダミアンの悪戯で大将戦まで持ち込まれたが、これも圧勝してみせた。


 その戦いぶりはウェステリア剣術協会でも問題視されたが、ルール上は許されており、表立って文句をつけられることもなかった。遅まきながらルールの改正に着手するらしいが、サイラスにとってはどうでもよいことであった。


(既にアルテマへの出場権は確保している。貴族のお遊びのウェステリア剣術など捨て去るのみだ)


 権威あるジークフリートカップの優勝によってアルテマの大会には、3名までの選手を登録できる。ダラム学院はサイラスと副将のダミアン、そして3番手のバリーが出ることとなる。


(俺とダミアン、バリーとで1,2、3位を独占する。それでこの国の指導者も目が覚めるだろう。武術とは相手を倒し、息の根を止めるためにあるものであること)




 総合武術の最高峰の大会であるアルテマは、100年前の時の国王の他愛のない疑問から生まれた大会である。


「我が国には、いろんな武術があるが、その中で一番強いものはなんじゃ?」


 この一言で、国内にある様々な武術部が集う大会が生まれた。これがアルテマである。この大会は13歳から15歳までの少年少女が集う中等学校生の部とそれ以上の年齢の一般の部、軍だけの大会がある。


 武術大会といっても、それぞれの武道にはルールがあるので、異種の競技が勝敗を決めるのは困難である。よって、アルテマには大きく3つの勝敗の決め方がある。


 まずは押し出し。アルテマの行われる会場は20ク・ノラン(約10m)四方の正方形エリア。そのエリアは地上から4ク・ノラン(約2m)ほど高い位置に設置されており、その外は泥水が設置されている。落とされたものは泥水をすする屈辱を味わうのだ。


 2つ目は戦闘不能状態。審判がダメージ大として試合を止めるケースや、倒れて10カウントまでに戦闘の意思を示さない時に宣言される。


 3つ目は相手に降参すること。これは言葉で降参を告げるか、言えない状態ならば相手や地面を叩いて示すことで決まる。


 制限時間は勝負が決まるまで。武器を使う競技は、殺傷能力を無くした上で使うことができるが、それでも危険が伴うことは承知の上である。男女の区別はないため、出場選手の大多数は身体能力の強い男子である。


 そんな中、首都ファルス代表であるウィンザー学院の代表はウェステリア剣術部のニコール・オーガストと棒術部のエステル・マクレガーという女子2名が選ばれた。


 ニコールの場合は、権威あるウェステリア剣術の準優勝校ということで、自動的に1名の出場枠が与えられていたが、主将のアレックスに中堅のアーロンと強い選手が負傷したためにニコールが出ることになった。

 

 もう一人の女子選手であるエステルの場合は、棒術部の大会で個人優勝したために出場枠に選ばれた。いずれにしても、今大会のアルテマは話題が多い大会となる。



 全国から選ばれた32名の選手からなるアルテマの大会は、くじ引きのトーナメント戦。5回勝ち抜けば優勝となる。


 ニコールの1回戦の相手は拳闘部のウェステリア学生チャンピオン。犬族の少年ディック。西部の犬族が通う名門プレーリー学院の生徒だ。ニコールは試合で使う木剣。相手は試合で使うよりも薄手のグローブを付けている。


「おいおい、可憐なお姫様が相手かよ。俺、困っちゃうよな。女の顔は殴っちゃまずいでしょ」


 ニコールの前でシャドウボクシングをして威嚇するディック。体はニコールよりも大きく、さすがはウェステリア学生チャンピオンになったという鍛え上げられた体だ。


 試合のように上半身は裸で、下は試合用の半ズボンで足は裸足という格好だ。ニコールの方は、ウェステリア剣術の試合用正装で、軍服の模した華麗な服に身を包んでいる。


 男装の麗人という感じで試合を応援する若い女性たちから絶大な声援を受けている。もちろん、男子生徒も多数。その中にルウイも混じっている。


「心配するな。私に当てられることは万に一つもない」


 威嚇にも眉一つ動かさないニコール。練習で戦ったルウイの方が動きが早く、このディックの自慢の右ストレートパンチが止まって見えるのだ。それでも1回戦からは柔骨法の技や動きは封印している。これは宿敵ダラム学院の選手との試合で使うつもりだ。


「顔は可愛いのに、口は悪いな。じゃあ、悪いが一発ぶん殴って泣かせてやる」


 試合開始と同時にディックは、強引に近づき、左のジャブから強烈な右ストレートで勝負を決めようと行動に出た。


 ニコールは剣術部で木剣の使用を認められていたが、木剣の攻撃など恐れていない。多少痛いかもしれないが、それを我慢すれば直接に打撃を与えられる拳闘の方が強い。


タン……。


 ニコールの靴が床を蹴った。凄まじい剣撃がディックの上半身に次々とヒットしていく。たかが木剣と侮っていたディックは面食らった。その一つ、一つが筋肉と急所、骨と骨の継ぎ目という急所をピンポイントで捉える。その痛さに思わず後ずさりしたディック。


 ウェステリア剣術は一撃で相手の急所を捉えることに特化したもの。有効打撃ポイントへの攻撃により勝敗が決まるそれは、実戦では相手の攻撃力を根こそぎ奪う。


 試合では木剣で服には打撃を和らげるパッドが入っているから、怪我はしないがこのアルテマでは、対戦相手は防具がない。ディックは上半身裸であるから、ダメージはまともである。


「うああああっ……」


 ニコールに追い詰められ、試合場の端まで追い詰められたディック。もう後がない。


「馬鹿な、なんという圧力だ……」


 体の小さなニコールの前に後ろへ下がるしかなかったディック。追い詰められて、勇気を振り絞った。ウェステリアチャンピオンとして、ここで簡単に負けるわけにはいかない。


「負けるかよ!」


 勇気を振り絞り、右ストレートを繰り出すディック。だが、それに合わせるように放ったニコールの木剣はトンとディックの肩の付け根を捉えた。手よりも木剣の方がリーチが長い。右のパンチはニコールの顔のはるか手前で止まり、そのまま体ごと後ろへ飛んでいった。


「勝者、ニコール!」


 大歓声と共にニコールはさっと踵を返した。ディックは泥の中で尻餅をついて呆然としている。


 まずは1回戦突破。ベスト16へ駒を進める。


 次の2回戦もニコールは、これまで練習してきた柔骨法を封印している。2回戦くらいまでは自分の剣術の技で十分対応できるということと、おそらく、準決勝あたりであたるダラム学院の選手に手の内を明かさないことが理由にある。


「ニコちゃん、お疲れ様。2回戦も楽勝だったね」

「ああ。長弓部チャンピオンだったが、正確無比の射撃も私の速さの前では役に立たなかったようだ」


 2回戦の長弓の使い手は、次々と矢を放って相手を倒す名人であったが、矢は殺傷能力がなく、先端部分は丸められているために矢のスピードがいつもよりは遅い。それでも通常の人間では至近距離で避けることは難しく、1回戦は楽勝だったが2回戦のニコールには通用しなかった。


 最初の矢を避けられ、第2矢は木剣で折られ、3矢目を放とうとした時にはもう懐へ入られた。そこで降参。降参しなければ、手痛い打撃をいくつも食らって泥の中に落とされていただろう。


「はい、ニコちゃん、これはスペシャルドリンク」


 ルウイが用意したのはレモンとハチミツで作ったスペシャルスポーツドリンクである。水1000ルン(約1000ml)あたりに塩3レム(3g)、ハチミツを70レムにレモン果汁を15ルン入れたものである。


 ソルは激しい運動で失われた塩化ナトリウムを補うためであり、ハチミツは吸収性のよい糖分補給。それに加えてナトリウム、リン、カルシウム、カリウム、マグネシウム、鉄分などのミネラルが豊富なのだ。主成分のブドウ糖は疲労を回復させてくれる。


 そしてレモンに含まれるクエン酸は、体に溜まった疲労物質を除去する働きがある。疲労感の軽減と回復に効果があるのだ。


 もちろん、ルウイとニコールはひと目のつかない場所で会っている。試合会場で渡していては噂になってしまうし、双方のファンが発狂してしまうだろう。試合が終わるたびに、姿を消すニコールに、剣術部の部員たちは少し不審がっていたが。


「次から勝負だね。柔骨法はいつ披露するの?」

「次からは少し使うかもしれない。できるだけ、ダラム学院の奴らだけに使いたいのだが」


 ダラム学院は剣術部の主将サイラスとダミアン、そしてアーロンを負傷させたバリーが出ている。順当に行けば、バリーとは次であたる。そしてあの憎きダミアンとは準決勝で。サイラスとは決勝で当たるという組み合わせである。


「サイラスという人、かなり強そうだね。2回戦を見たけど相手は何もできないうちに場外へ出されていたよ」

「あいつもアレックス主将の敵だ。私が引導を渡してやる」

「ニコちゃんのことだから心配はしていないけど、あのサイラスという人だけはちょっと気になるんだ」


 サイラスの剣術はパワー。圧倒的なパワーだ。しかし、アレックス主将の話によると、サイラスの武術は剣術が本来のものではないらしい。


(ということは、彼は何か隠している……)


 そう思わざるを得ない。


 ニコールと別れたルウイは観客席へ戻ろうと廊下を歩いていた。沢山の見物客が試合の様子を話しながら歩いている。その中で一人の人物になぜかルウイは目を留めた。


(あ……漆黒の長い髪……異国の人……)


 ピンと何かがルウイの頭に鳴り響いた。


(もしかしたら……)


 人込みに紛れ込もうとするその女性を追った。間もなく、ニコールの試合が始まるがそれ以上に大切なことだと思った。


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