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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第15話 嫁ごはん レシピ15 ホワイトアスパラガスのポタージュ
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柔骨法の夕べ

異世界嫁ごはん 第1巻 11月25日発売 

月曜日には特設サイトがオープン。ニコちゃんが可愛いぞ~。

 ベンジャミン伯爵は、ルウイの家のサヴォイ家と少々関わりがある。3年目の跡目相続の時に揉めたところをルウイの父、サヴォイ伯爵が法に基づき解決に手を貸したことがあったからだ。


 それで園遊会に招待されたわけだが、ベンジャミン伯爵は貿易で富を築いていた関係もあって、異国の商人や貴族と交流が盛んであった。


「ルウイ、こんな園遊会で私が強くなれるヒントがあるのか?」


 14歳のニコールは正式にお披露目をしていない。しかし、昼の園遊会には保護者同伴であるなら参加できる。昼用のパーティドレスに身を包んだニコールはとても可愛い。ルウイは思わず目が釘付けになっている。


 夜用のドレスではないため、飾りは比較的質素で色合いも落ち着いた色だが、美少女には何を着せても似合う。そういうルウイも子どもながらにパーティ用の正装を決めている。


 ジェストコートにベスト、キュロットという格好でこれも子供ながらに格好良い。そんな二人の目的はニコールが格闘で強くなる方法を得ること。


 3ヶ月後に行われる異種武道の大会『アルテマ』にニコールがウィンザー学院代表として出場し、あのダラム学院の連中を叩きのめすつもりなのだ。


 実のところ、いくらニコールでもたった3ヶ月ではそこまで強くなれないとルウイも思ってはいた。しかし今日、ニコールに紹介する人物は、もしかしたらそんな奇跡を起こすことの手助けをしてくれるかもしれないとも考えていた。


「ニコちゃんに紹介したいのは、あのおじさんだよ」

 

ルウイがそっと指さしたのは、小柄で黒髪をポニーテールにした中年の男。明らかに外国人という肌の色と瞳の色が特徴的だ。


「あの人がどうするというのだ? 見たところ、格闘が強そうには見えないが」

「まあ、見ていてよ。今日は余興があるからね。それまで、料理を食べて楽しもうよ」

「ルウイ、もしかしたら、単純に私とデートしたかっただけじゃないだろうな」

「メインはニコちゃんの悩み解決だけど、ニコちゃんとのデートも楽しいよ」

「やっぱりそうか。この策士め!」


 ちょっと怒ったニコール。ぷいと左斜め上を向いた。ルウイはそんなニコールの手をそっと握った。


「この間の試合、ニコちゃんは傷ついたからね。今日はそれを癒すためでもあるのさ。僕とパーティに参加するのは楽しくない?」


「う……ひ、卑怯だぞ、ルウイ。年下の癖に生意気な」

「楽しくないの?」

「……た、楽しい……に決まっている!」

「よかった」

「バカもの!」


 そんなのろけたやり取りをしていると、やがて余興の時間になった。先ほどの異国の男が、剣のようなものを取り出した。そして男に対して木でできたボールを握っている人がいる。まずは一人男がそれを投げつける。


「す、すごい!」


 思わずニコールは叫んでしまった。男が剣を鞘から抜いた瞬間に、木の球が真っ二つに割れたのだ。さらに3人の男が投げつける。それも次々と半分に割る。


「なぜ、彼はいちいち剣を鞘に収めるのだ?」


 ニコールはそんな疑問が浮かんだ。男は剣を抜刀すると、一瞬で木の球を真っ二つに切り、そしてまた鞘へ戻すのだ。


「なんか、抜刀術とか言うらしいよ。鞘から抜いてしまうまでの動作までが技らしい」

「普通はできないぞ。まず、飛んでくるものに刃が当たらないだろう。それに当てても普通は弾くだけで終わる。あんた風に真っ二つにするには、あの剣の切れ味が相当ないとダメだし、腕も必要だ」


「あれは剣じゃなくて、かたなというそうだよ。東の果てのハポンという国の伝統の武器とのことだよ」


「そうなのか……私も欲しい……」

「あんな物騒なもの?」

「私は軍人になるのだ。士官の持つ薄っぺらなサーベルよりあの刀の方が強そうだ」

「う~ん。その時は何とかして手に入れて、プレゼントするよ」


「本当か?」


 この約束は7年後に果たされることになるが、それは別の話。そんな二人の可愛い約束とは別に余興は続く。


 次に運ばれてきたのは大きな樽。中にはデザートにする果物ゼリーがいっぱい詰まっているらしい。


「とおりゃ!」


 男は気迫のこもった声とともに、刀を一閃する。大きな樽は半分になり、中のゼリーが溢れ出た。


「おおお……」

「すばらしい……」

「驚きですな……」


 見ていた観客は思わず見とれ、そして惜しまない拍手を贈った。ニコールはルウイの背中を突っつく。


「確かにすごい技だ。だが、あの技は私には意味がない。アルテマは本物の武器は禁止だからな」


 総合武道大会アルテマでは、剣術なら競技で使う木剣は使えるが、殺傷能力のある武器は使用禁止である。抜刀術に興味がないわけではないが、当面はアルテマで使う武術の方が優先順位は高い。


「ニコちゃん、次だよ。きっと、見て驚くよ」


 ルウイはそう言って、視線をニコールから余興を披露している男へと移した。広間では次の余興が始まっている。屈強のガードマン5人が男に向かって襲いかかっていったのだ。5人とも身長が380ク・ノラン(約190cm)を超える大男。背丈が320ク・ノラン(約160cm)にも満たない異国の男が勝てるはずがないと誰でも思う。


 武器を使った技ならともかく、素手での戦闘はパワーがものをいうのだ。だが、観客は予想もしない展開に息を飲む。ニコールも時が止まったようにピクリとも動かなかった。


 一人は腕を掴むと楽々と投げ飛ばし、一人は体を入れ替えると同時に後頭部に手刀の一撃で気を失わせ、3人目は腕を極めてダメージを負わせ、4人目は一発の蹴りで転がし、最後の5人目は飛び上がって両足で首を極める。


 ここまででわずか10秒。5人の敵を仕留めたのであった。


「すごい……あんなに小さいのにあんな大男を投げるなんて……それにあの技はなんだ。ちょっと絡んだだけなのにみんな気絶してしまう」


 感動の目になるニコール。ルウイはニコールが本当に元気を取り戻して嬉しくなった。ここに連れてきた甲斐があったというものだ。


「あれは柔骨法じゅうこっぽうという東方の古武術ということだよ。敵の力を利用してるんだ。最初の人なんか突進したスピードをうまく利用されていたよね」

「なるほど……相手の力を利用するのか……」

「それにあの絞め技は、人間である限り有効だよ。きっと力もそんなに必要ないと思うよ。締め方にコツがあるんだろうね」


 ルウイは既に男についての情報を集めている。男の名前は『ヒョウゴ』。なぜ、このウェステリアに来たのか、彼が披露する技がどんなものか、基礎データは調査済みだ。


「ルウイ、あのおじさんにあの技を教えてもらえというわけだな」

「そうだよ。今から一緒に頼みにいこう」


 拍手喝采を浴び、来客に囲まれている男にルウイとニコールは近づいた。まずはルウイが声をかける。


「ヒョウゴさん、初めまして。僕はルウイ・サヴォイといいます」

「おお、これは丁寧にルウイ君。拙者の名を知っているでござるか」


「はい。失礼と思いましたが、ヒョウゴさんのことは父のコネを使って調べました。ようこそ、ウェステリアへ」

「サヴォイ伯爵のことは聞いているでござる。拙者の探し人についても力を貸してくださっていると聞いているでござるよ。おや、そちらの方は?」


 兵庫はルウイの後ろにいる美少女に目を止めた。そして、一瞬だけ目が釘付けになった。


「こちらはニコール・オーガスト。僕のフィアンセです」


(加賀姫様……)


 兵庫はニコールを見てそう思ってしまった。髪の色も容姿も全く違うのにだ。それに年齢も違う。遭難したときは確かにこれくらいの年齢であったが、あれから5年が経過している。もっと大人になっているはずだ。


「初めまして、ニコールです。ヒョウゴ様の武術を見て感動しました!」


(ああ……なるほど……)


 兵庫はなぜニコールを自分の探している加賀姫と見間違えたか、理由が分かった。


(目だ……。このお嬢さんの目は輝いている。加賀姫様と同じ目をしている……)


 キラキラと輝く目は好奇心の賜物。一族が滅びるという不幸に見舞われても、加賀姫は明るかった。その姿に周りのものはみんな惹かれたのだ。


「是非、私にヒョウゴ様の武術を教えて欲しいのです」


 ニコールはそう言って頭を下げた。これには兵庫も面食らった。今まで、兵庫の使う武術を教えてくれといろんな人に請われたことはある。その中で女性は一人を除いていない。年齢もニコールが最年少だろう。


「お嬢さん、なぜ、この武術を教えて欲しいのでござるか?」

「はい……」


 ニコールは手短に今までのことを正直に話した。自分が女でパワーの不足を補いたいこと。そのためには相手の力を利用する兵庫の武術が適していること。


「なるほど。確かに拙者の技は女性には向いているかもしれない……」

「では、教えてくださるのですか?」

「ダメだ。教えられないでござる……」


 そう兵庫は断った。今までと同じ返事である。この技を他人に教えようとは思わない。これまでもただ一人を除いて教えていない。


「そこを何とかお願いします」

「僕からもお願いします。ニコちゃんに教えてあげてください」


「君はこのお嬢さんのフィアンセと言ったな。君が守ってやればよいでござろう。何もか弱い女性が戦う必要はないと思うでござるが……」


「ヒョウゴ様、そこを曲げてお願いします」


 ニコールの目は真剣だ。この武術にかける思いを感じる。少しだけ、兵庫の心が動いた。枯れ果てた土地に綺麗な水が少しだけ、染み込んだような感覚だ。


 兵庫は少なくとも、ニコールがただの興味本位に技を習いたいといっているのではないことは理解した。そして、一瞬だが加賀姫に見えたニコールの力になってやりたいとも思った。だが、それでも教えるという気持ちになれない。それは兵庫に重くのしかかる何かが、そうさせないのだ。


「ヒョウゴさん、ニコちゃんは守られる人じゃないです。横に立って僕と同じ景色を見る人なのです。だから、彼女が自分を高めたいと思うなら、僕は許嫁として全力を尽くしたいのです」


「面白いことを言う子だ……」


 兵庫の頑なな心に少しだけ光が差し込んだ。その小さな変化を見逃さないルウイ。兵庫のことは事前に調査してあるのだ。


「ヒョウゴさんの心が変われば、きっとヒョウゴさんは、ニコちゃんに武術を教えてくれると僕は思うのです。手始めに飲むことのできないスープが飲めるようになったら考えてくれませんか?」


「スープ……でござるか?」

「はい。スープです」


「君は拙者がスープを飲めないことを知っているでござるか?」

「はい」

「そういうことでござるか……だが、拙者がスープを飲めないのは嫌いだからではないでござる。昔、ある出来事によって受け付けなくなったのでござる」


 兵庫の脳裏には海に投げ出された時のことが映し出されていた。手を伸ばしても届かなかったあの時のことを。そして苦労が刻まれた顔に悲しみの色が浮かんだ。それをルウイはにっこりと笑って受け止める。


「もし、兵庫さんがスープを飲めるようになったら、その呪縛を解き放つことができるかもしれません。僕が作ったスープを飲んでくれませんか?」


 兵庫は思わずその提案に乗った。この少年がどんなスープを作るか興味が湧いたのだ。


「……よいでござるよ。君がどんなスープを作るか楽しみでござる。約束するでござる。拙者が君のスープを飲み干すことができたのなら、君のフィアンセに柔骨法を教えるでござる」


「ありがとうございます!」


 ルウイとニコールは兵庫に頭を下げた。


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