ジークフリードカップ決勝
異世界嫁ごはん 1巻 11月25日発売 いよいよ、1週間後です。
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「先輩、頑張ってください」
「このまま、終わるわけにはいかないからな」
ニコールは中堅のアーロン先輩をそう励ます。アーロンが負ければ3勝されてウィンザー学院の負けが決定してしまう。副将のニコールと主将のアレックスは出る間もない。
アーロンの相手はここまで負け無しの中堅バリー。身長は360ク・ノラン(約180cm)と中等部生徒としては特別に大きい男子生徒だ。アーロンを見下ろすように立っている。試合開始の前には、少しだけ自分のチームの方を見た。そしてゆっくりと頷く。
「さあ、坊ちゃん、少しだけ相手をしてやろう」
「坊ちゃんだと!」
アーロンはその無礼な口利きにムッとした。だが、その瞬間に鋭く重い一撃が放たれ、間一髪で後ろへ飛び退いて助かった。さらに横からの攻撃。それは木剣で弾く。
「ウィンザーの生徒はほとんど貴族なんだろう?」
「貴族で悪いか!」
「悪くはないさ。だが、ひ弱な貴族様に俺たち庶民の力を見せてやるよ」
「ああ、見せてもらうじゃないか!」
アーロンは反撃を開始する。その剣さばきは見事で、体格で威圧するバリーを徐々に後ろへと下がらせる。だが、バリーの顔色は変わらない。
「ククク……。俺たちとは毛並みが違うなあ。特に次のお嬢ちゃんはお姫様だろ。副将がどうしても対戦したいと言っているので、勝ちはお前に譲る。だが、実は取る」
バシッと両者の剣が互の体に当たる。アーロンの剣は見事にバリーの有効面を捉えていた。バリーの剣はアーロンの肩に当たっている。そこはポイントにならない。
「ぐっ……」
苦痛に顔がゆがむアーロン。これで1本先攻したが、左肩に受けた打撃はかなりのダメージだ。
さらに2本目。
「なんという卑怯な奴だ。先輩の左肩ばかり狙っている」
ニコールはそうアーロンの試合の様子を見て沸々と湧いてくる怒りを抑えるのに必死であった。これは応援しているウィンザー学院の生徒全員の思いだ。バリーはいつでも試合に勝てるのに明らかに手を抜いている。
そしてバリーは執拗にアーロンの左肩を攻撃する。打撃を与えられる度にアーロンは耐える。目的は誰の目にも明らかであった。試合はわざと負けてもアーロンを負傷させること。
「くそ、それでも次につなげるためには勝つ!」
狙いすましたアーロンの一撃はバリーを捉えた。というよりも、ワザとバリーは隙を作ったのだ。ポイントを取らせる代わりに渾身の打撃をアーロンの利き腕に叩きつけた。鈍い音が鳴り響く。
「ぐあああああああっ……」
「おっとすまんな」
剣を落としたアーロン。ポイントはアーロンに入り、2本先取で試合に勝ったものの、左肩の骨と右上の骨を骨折。全治3ヶ月の大怪我となる。
「ダミアン副将、ご命令通り、お姫様の番を回しましたぜ」
「うひひひ……。よくやった、バリー。だが、ちょっとやり過ぎじゃないか。お姫様がビビって泣き出したらどうするんだ」
そう気味の悪い笑いを浮かべたダラム学院の副将。舌をだらりと出して、嫌らしく自分の口を舐め回した。気持ち悪い男であるが、剣の強さは部では2番目。
身長こそ、バリーには負けるが肉体の筋肉はこれまでの3人を上回る。まるで全身を覆うプレートメイルのごとき筋肉である。
「許せん!」
憤って次の試合のために、控え席から立ち上がろうとしたニコールの肩に手をかけた主将のアレックス。視線は担架に乗せられ運ばれるアーロンを見ている。
「ニコール……棄権するんだ……」
「な、何を言っているんですか、主将!」
「奴は副将と君を戦わせるためにわざと負けたんだ。恐らく、君をいたぶろうと考えてね。君をそんな危険に晒すわけにはいかない」
ニコールは止めるアレックスの手をそっと払った。
「伝統あるウィンザー学院のレギュラーに選ばれたのです。選ばれた以上は勝つために全てを尽くします。女だからといって、甘えるわけにはいきません」
「しかしだな……」
「心配しないでください。これでも私は自分の剣術に自信があるのです」
ニコールはそう言って片目を閉じた。
「うひょひょ……。なんと棄権もせずに出てくるとは、怖いもの知らずの子羊ちゃんだね」
そうダミアンは対戦の挨拶で顔を合わせたニコールに顔を近づける。その顔は卑猥に満ちた顔だ。
そんなダミアンを冷たい目で見下すニコール。ニコールの方が背が低いが、その華奢な体からにじみ出るオーラは、ダミアンを上から見下ろしているかのような印象を見るものに与えた。
「ふん。弱いものをいたぶる性癖があるようだな。生憎、私にはそのような趣味はない。それからお前……」
「なんですか、お姫様?」
顔を横にしてニコールに顔をさらに近づけるダミアン。普通の女子なら怖くて足がすくんでしまう気持ち悪さである。だが、ニコールは平然と言い放った。
「それ以上近づくな。息がくさいぞ!」
「な、なんだと、この女!」
ダミアンは怒ってニコールの体を掴もうと右手を伸ばした。それを叩くニコール。鋭い音が試合会場に響く。
「ギタギタにしてやるぜ!」
「ダミアン、冷静になれ。あの女、相当できるはずだ。くれぐれも油断するなよ」
そう主将のサイラスが重々しく口を開いた。今までの試合では一度も口を開くどころか、目も開けなかった。その言葉にチャラチャラした印象だったダミアンが怯えたように、体をビクッと一瞬だけ痙攣させた。
「主将、分かっていますって……少しだけ遊んでやるだけですよ」
そう言ってダミアンは木剣を構えた。
*
試合開始の合図と共に、ダミアンはニコールに襲いかかる。
「うおおおおっ!」
すさまじい突進である。まずは軽いニコールを場外に吹き飛ばし、持ち味であるスピードを殺そうという作戦だ。足でもくじけば、そこからはじわりといたぶって勝負を決めるつもりなのだろう。
「そうくることは分かっていたさ!」
ニコールはひらりと右へかわす。そしてすかさず、半回転して後方から打撃有効ポイントめがけて剣を突き出す。
「残念でした、お姫様~」
「うっ……」
ニコールは驚いた。ダミアンがいつの間にか自分の懐に入ってきていたのだ。間一髪で後ろへ飛び退いたニコール。ニコールがいた空間を木剣がなぎ払う。
「ククク……。お姫様はスピードが持ち味。しかし、そのスピードも俺と同格。パワーは男である俺が圧勝。勝負の行方は決まったようだな」
「でかい図体の割に素早くて驚いただけだ」
「強がる女の子を泣かせるのが俺の趣味でね。心配しなくていいよ。それ以上はガキにはしない。もう何年かしたら是非、そちら方面でもお相手して欲しいがな」
「言うことがおっさんだな。あんた3年生だろ。あんたもガキのくせに」
「前言撤回。いたぶって恥ずかしいめにあわせてやる!」
ダミアンは再び、突進した。避けるニコール。しかし、その猫のようなしなかやかで素早い動きに対応して、ダミアンも方向を変えた。木剣が迫る。ニコールは片手を床につけて、側転をする。その着地点にダミアンの左手の拳が繰り出される。
「うっ……」
肩にその衝撃を受けたニコールはバランスを崩した。そして右手の剣が襲いかかる。バシっと音がして有効打を許した。
「有効!」
審判が旗を上げる。1本目はダミアンの勝利だ。
「はあはあ……」
肩で息をするニコール。ちゃらくて不気味なダミアンだが、その動きはかなり訓練された剣士のものだ。スピード、パワーは申し分ない。
「ふんふん……これでわかっただろう、お姫様。ここで土下座して謝ったら許してあげてもいいぞ。それともあんただったら、泣いたら許してやろうか……」
「そのどちらもゴメンだ!」
ウェステリア流剣術は、実戦を意識した色合いが強いものだ。先ほどのように、一連の流れの中では、剣以外の攻撃は補助的であれば許される。あくまでもポイントは剣による指定された打撃有効ポイントへの攻撃によるものであるが。
(くそ……剣だけならまだ私も戦える。だが、剣以外の攻撃を使われると分が悪い。悔しいが、男のパワーには敵わない……)
自分が負ければ、そこでウィンザー学院の負けが決定する。ここは勝って何としてでも、主将のアレックスに回すのが務めだとニコールは決心した。
「さて、2本目はもっと楽しませてくれよな……」
ダミアンはそう言ってニコールの足先からギトギトと舐めるように視線を動かす。まるで獲物を追い詰めた蛇のようだ。
(絶対に勝つ……何か手はあるはずだ……何か……)
考えがまとまらないニコール。その隙を逃がさないダミアン。さらに加速した突進でニコールに向かってくる。たまらず回避するニコールだが、体の大きなダミアンの攻撃から逃れそこなった。僅かに腕を掴まれるとものすごい力で引き寄せられる。
圧倒的なパワー。それはニコールの華麗な剣術やスピードなど問題なく蹂躙するだけのレベルであった。
「ほらよ! ウサギ一匹獲ったどー」
そう勝ち誇った声でダミアンは高らかに吠えた。左手でニコールの首を掴んでいる。鷲が子うさぎをまさに鷲掴みしているように見る者を圧倒した。
「うぐっ……」
「可愛いウサギちゃんだぞー!」
ニコールは抵抗むなしく、そのまま、一気に持ち上げられた。足をバタバタさせてもなんの抵抗にもならない。
「グググ……苦しい……」
「ひゃはははっ……軽い軽い……女は軽いぜ。そしてひ弱な動物だ」
「君、すぐに離したまえ。剣以外の攻撃は補助的にしか認められていないぞ」
審判が警告する。この攻撃は剣による一連の攻撃から外れている。ルール違反なのだ。
「うるさい、この女の苦しむ様をもう少し見たいのだよ」
「うっ……くくく……」
剣を落とし、ダミアンの両腕を掴んで引き剥がそうとするニコールだったが、息ができずにもう力が入らない。
「反則だ、反則で1本!」
審判がそう宣言する。そこで気を失いそうになったニコールを離したダミアン。顔は笑いで引きつっている。
「こりゃいい。いい表情だったぜ、お姫様。あんたの苦しむ顔、結構色っぽかったぜ。しかし、審判も野暮だな。もう少しでこの美しいお姫様がヨダレと小便ちびって気を失うところだったのに実に残念だ」
「ぜえぜえ……」
ニコールは息を整える。悔しさで体が震える。片手で首根っこを抑えられてビクとも動けなかった。ダミアンの前では自分は肉食獣に食われる草食動物である。非力な自分が許せない。
だが、ニコールの目からまだ闘志の炎は消えていない。この無礼な男から勝利をもぎ取る。その1点のみである。
(勝負は一瞬だけ……これで勝てなければ打つ手はない……)
ニコールは3本目にかけた。成功する確率は低い。ダミアンがまともなら、ほとんど成功しないであろう。だが、今は油断している。女の自分を侮っている。先ほどの反則負けもわざとであろう。
3本目もゆっくりと自分を苦しめるために、手を抜くはずだ。
(そこを利用する……)
開始と同時に突っ込んでくるダミアン。それを1本目と同じく右へ回転してかわすニコール。ここまでは全く同じ動き。
だが、そこからニコールはバックステップして間合いを取った。そして間合いに入ってくるダミアンめがけて、床に手をつけてハンドスプリング。前方に飛ぶ。ダミアンはそれを空中で追う。着地点を狙おうと体を回転させる。
「ちょこまかと動いても、無理だぜ、お姫様……うっ!」
着地したニコールが、そのまま反動をつけて再び、後方へ宙返りしたのは予想外であった。再び、振り返ってニコールの後をトレースしたダミアンの右胸に木剣がヒットした。
「勝者、ニコール!」
鮮やかな攻撃に審判の旗が上がる。
「やれやれ……そんな技を持っていたとはね」
「はあはあ……」
激しい動きにニコールは両手を膝について息を整えている。勝ったとは言え、今のは初見でなければなかった勝利だ。同じ手は二度と通じないであろう。
「まあ、いいだろう。お姫様、試合では負けたが、ウェステリア剣術は実戦に基づくもの。戦場で同じ戦いがあれば、どちらが勝利者か、お姫様なら分かるよな?」
「くっ……」
悔しいがニコールは唇を噛むしかない。1本目は圧倒的な力の差を見せつけられ完敗。2本目はわざと反則負けのポイントをくれた。これがなければ、今の技を使うことはなかった。仮に今の技で2本目を取っても3本目はダミアンからポイントを上げることは不可能であっただろう。
「ニコール、よくやった。あとは任せろ!」
主将のアレックスが試合に向かう。疲労で動けず、部員に肩を貸してもらって控え席に戻るニコールに、アレックスは笑顔を見せた。




