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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第15話 嫁ごはん レシピ15 ホワイトアスパラガスのポタージュ
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その男、武士なり

異世界嫁ごはん 11月25日 オーバーラップノベルスより発売。

多くの方に予約注文していただき、感謝しております。

口絵も出ていますね。オーバーラップブログ、活動報告で公開中。メイちゃんの泣き顔がいいなあ。

 その男の故郷ははるか東の島国。


 異国では『ハポネ』と呼ばれていた。男はこのハポネ出身の武人。ハポネは大小の豪族が覇権を争い、戦争を繰り返していた。


 そんな中、男の仕えていた主人は戦に破れ、その一族は滅ぼされた。城に火が放たれ、主人以下、主だった家臣と自刃して男の人生は終わるはずであった。

 

 しかし、主人に呼ばれた男は主命を受けた。それはたった一人残った姫君を脱出させ、その子孫を未来へ残すこと。滅ぼされる家の血脈を途絶えさせないという重要な使命であった。


 男は最初は拒否して、自分も主君と共に自刃したいと願ったが、まだ13歳になったばかりの愛らしい姫君がおびえている姿を見て、この主命を命にかけても守ることを誓ったのだ。


 男は戦場の中を奮戦し、敵中を突破してこの姫君を守り通した。そして海へと脱出を図った。海の向こうの大陸へ逃れるはずだったが、運が悪いことにその船が嵐によって難破してしまった。

 

 助かったのは自分だけ。浮き樽に掴まって漂流していたところを、異国の商船に救出されたのだ。


 船が沈む時に男は、主君から託された姫君とはぐれてしまった。状況から、死んでしまったことは容易に想像ができた。最初はすぐにでも死のうと考えたが、それでは自分を救出してくれた異国人に義理が立たない。やむを得ず、一緒にその商船の目的地まで同行することとなった。


 何日も航海し、異国の地に足を踏み入れたときに男は死のうと考えた。姫君を守れなかったことへの責任を取るのだ。ハポネでは、責任を取って自死することは美徳とされており、主人への忠誠の証なのである。


 任務である主君の忘れ形見の姫君を守れなかったことは、死をもって償わなければならないことだ。


(しかし、儂は死ななかった……いや、死ねなかった。そして今もこうして放浪している……)


 男の名前は『師崎兵庫もろざきひょうご』と言った。ハポネの小国アワジで200の兵を指揮する侍大将であったが、そんなことは今はどうでもよい。


 兵庫が死ななかったのは、遭難で行方不明となった姫君が異国の商船に救出されたという噂を聞いたからだ。それは上陸したときに、別の商船の乗組員が話しているのを聞いたのだ。そこで話された救出された娘の年齢や格好が姫君と酷似していたのだ。


(もし、姫様が生きていたのなら……何としてでも探し出さねば……)


 兵庫の生きる目的はそれになった。異国の娘がいると聞けば、そこへ出かけ、遭難者がいると聞けば遠く旅した。


 兵庫を助けた商船は南の大国ドインの船で、兵庫は商船の所有者である太守の世話になっていた。太守はこの異国の武人を大いに気に入り、資金を与えて援助した。


 兵庫も異国の言葉を学び、この5年間で様々な言語を学び、そしてアラスト大陸の国々まで旅をするようになった。目的は行方不明の姫君を捜し出すためである。


 兵庫は異国の地では異彩を放つ姿である。まず背丈は男にしては小さい。これはハポン人の体が小さい理由による。ハポンの成人男性は、大きい者でも320ク・ノラン(約160cm)を超えることは珍しいのだ。


 しかし、小さくはあるが弱くはない。兵庫は45歳を超える中年男であったが、その肉体は日々の鍛錬の結果、20代に劣らぬものであったし、切れ長の目と長い髪を後ろに縛った風体は見る者を魅了するものをもっていた。


 異国の婦女子は、兵庫を見て好意を持つ者は少なからずいたし、兵庫の男振りを見た太守は、自分のハーレムに所属する女性を一人、妻に与えようとしたくらいである。


しかし当の兵庫はストイックな精神の持ち主で、およそ快楽とは無縁の生活を送っていた。彼の頭の中にあるのは、姫君を見つけることだけなのである。


 そんな兵庫がフランドル王国にやってきたのは、この国の貴族が東方の姫を娶ったと聞いたからだ。年の頃も姫君と同じであったので会いに行ったのであったが、残念ながら全くの別人であった。


 これまでも何度となく味わった落胆ではあったが、兵庫の精神はそんなものでは折れない。さらなる情報を求めてこのフランドルに数週間ほど滞在していたが、そこで耳にしたのが島国ウェステリアでエキゾチックな姫が社交界でデビューしたという話なのである。


「その噂は本当でござるか?」


 少し訛りのあるフランドル語で兵庫は話した。ここはフランドルの酒場。こんなところではあるが、庶民の噂は侮れない。酒場は世界を旅する人間が集まる社交場である。また、兵庫のような変わった人種も、普通に受け入れられる場所でもあった。


 兵庫はハポン人が普段着用するという『キモノ』という服ではなく、シャツにズボン、上着というフランドル人の中に入っても違和感のない格好をしていたが、これは郷に入れば郷に従えというハポンの武人の心得に従っているだけである。


 変わっているのは腰に帯びた『刀』と呼ばれるハポン伝統の武器。それは片刃の強靭な剣で、どんな硬いものも真っ二つにする優れた武器であった。


「ああ、聞いた話だがかなり信ぴょう性はあるぜ。ウェステリアの公爵夫人は、そのハポン出身だと聞いたぜ。小柄で深い黒色の髪に黒い瞳。あんたのような肌質らしい」


 男の名前はジェム・アレンビー。武装船団銀狼の船団長だと言う。変わった髪型をした大きな男だ。


「ウェステリアの公爵夫人だと? して、そのウェステリアという国にはどう行けばいいのだ?」


 アレンビーは面白そうにテーブルにあるジョッキを掴んだ、フランドル製のビールが半分ほど入っている。それを兵庫に突き出した。兵庫もジョッキを持ってカチンと合わせる。これが異国流の挨拶だということを理解している。


「お前さんが行きたいのなら、連れて行ってやってもいいぜ。俺の船は明日、ウェステリアに行く。今はドインからの帰り道だからな」


 ここはフランドルでも南の港。北にあるウェステリアへ行くには、大陸を左回りに航海しなくてはならない。途中で通るアズール海は海賊が現れる箇所があるから、危険な航路だ。


だから、アレンビーの船団は武装している。商船に乗って、戦いに協力してくれるなら乗せてやろうとアレンビー船団長は約束した。


 得体の知れない兵庫にそんなことを申し出たのは、兵庫の姫君を捜す話を聞いて、同情したのと、兵庫のもつ武人としての心意気に感動したからであった。


 しかも酒も強く、先程からアレンビー船団長と対等に飲んでいるのに、少しも乱れていないのだ。


「よろしく頼むでござる」


 ウェステリアには行ったことはないが、兵庫はウェステリア語を話すことができる。西方の国々の3大言語はフランドル語とウェステリア語にスパニア語ということで、ドイン滞在中に取得したのだ。


 ウェステリア人の商人とも話した経験はあるので、言葉にはある程度不自由しないが、実際に行くのは初めてである。ハポンと同じ島国ということで、親近感も湧いてきた。


(ウェステリアという島国。そこに姫君はおられるというのか。この兵庫、この世界のどこにいらっしゃっても必ず見つけ出しますぞ……)


 兵庫は決意の目でアレンビーを見て、残ったビールを飲み干した。そして、もう一杯、このウェステリア人のためにビールを注文した。


「よし、それじゃ、この後、俺の船へ行くぜ。但し、向こうへ行ったら、公爵様とのコネはないぜ。それは承知してもらわないとな」


「わかっているでござる」


 その辺については、これまで苦労してきたから兵庫はなんとかなると思っている。人間、つてを頼ると意外とつながっていくものだ。公爵のような上級貴族となるとその苦労は計り知れないものになるが。


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