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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第15話 嫁ごはん レシピ15 ホワイトアスパラガスのポタージュ
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ニコちゃん、それは俗説です!

今日から新章開始です。

 二徹ことルウイとニコールが正式に婚約したのは、ルウイが12歳、ニコールが13歳の時。


ニコールは王立ウィンザー中等学院の2年生。ルウイも同じところに入学した。ウィンザー中等学院は、主に貴族の子弟が通う名門の学校である。


 大半は貴族の子弟であるが、ウェステリア全土から貴族以外の優秀な子供も集まる。ここで学ぶ子どもは、将来、ウェステリアの政財界、軍、警備隊で活躍する人材になるのだ。


「ルウイ、同じ学校に通えるとは、私は嬉しいぞ」

「僕もだよ、ニコちゃん」


 この学校で基礎的な学問を学び、将来の進路を決めるのだ。ニコールは将来の進むべき道を決めていた。士官学校に入って女性初の将軍になることだ。


ルウイは生前の料理人の記憶を取り戻しつつあったが、実家のサヴォイ家は司法を司る。この中等学院を卒業したら、法律の高等専門学校へ進むことになろう。


 ニコールとルウイは婚約したとはいえ、性別は違うし、学年も違う。学校ですれ違うことはあっても、お互いに忙しいのでゆっくりと会うことはあまりない。


 授業が終わって生徒たちは、それぞれ思い思いの時間を過ごす。家に帰るものもいるが、多くは部活動に在籍して体を鍛えたり、教養を高めたりする。この時期の子どもはこういう活動で成長していくものだ。


「ニコール、次の大会ではカステルベルク学院を倒すぞ」


 カステルベルク学院はウィンザー学院とはライバル校だ。いつも全国大会で争う好敵手である。次の大会は首都ファルスで行うジークフリートカップ。


春に行われたヒルデガルドカップでは、カステルベルクに負けて準優勝に甘んじている。雪辱を果たす意味でも、絶対に勝たないといけないのだ。


「はい、主将」


 ニコールは将来に備えてサーベルで戦う剣術部に入部している。2年生ながら、レギュラーに抜擢され、次の試合では副将を任されていた。


 ウェステリア流剣術は、サーベルに模した木刀で戦う。軍服に似せた簡単な防具を付けて、打撃を与え合う。15分の試合中に3本クリーンヒットした方の勝ちだ。


 木刀では突き、斬るができるが、危険な頭部への打撃は禁止である。有効打撃は首より下である。


 試合は団体戦。5人で1チーム。先鋒、次鋒、中堅、副将、主将となって戦い、3勝した方の勝ちである。


 レギュラーはニコールを除いてみんな3年生男子。女子はニコールだけで、しかも2年生というウィンザー学院の剣術部始まって以来の快挙であるが、これはニコールの実力で勝ち取ったものである。


「せいや、せいや、せいや!」


 下級生とともにサーベルを振るニコールの姿を見て、主将のアレックスは優秀な後輩に目を細める。


「彼女のおかげで剣術部にも部員は増えたし、今年の1年生も彼女目当てで、入部希望者が集まりそうだ」


「少し、下心あり過ぎな連中が混じっているようですが……」


 そう答えるのは副主将のアーロン。ニコール目当ての部員は男女問わずであるが、最近は女子の入部が多くなった。無骨な剣術部が華やいで悪くないのだが、1年生の女子部員たちはニコールが練習を終わるとタオルを競って差し出すし、休憩時には飲み物を争って出す。


 男子に至っては学年を問わず、ニコールに稽古をつけてもらおうと、ピリピリと神経をとがらせている。


「よし、終わりだ、次!」

「先輩、次は僕が!」

「いや、俺が」

「まて、1年は後だ、ニコール、次は俺だ」

「馬鹿いうな、3年が先だぞ!」


「馬鹿者、練習に集中しろ!」


 アーロンが怒鳴る。ちなみにアーロンはニコールに練習で負けて副将の地位を譲っている。ニコールの正確無比な技とスピードに翻弄された結果だ。


 一方、中等学校1年生になったルウイも忙しい日々を過ごしていた。部活は新聞部。ルウイも運動は嫌いでなかったが、中等部になると勝敗にこだわるようになるし、練習も激しくなる。 


無論、時間操作能力は封印している。それを使えばどんな競技でも最強無敵になってしまうからだ。緊急時以外、ずるい能力を使う気にはなれない。


 それでもルウイの運動神経は、普段の生活からも予想できるので運動部の勧誘は日々続いている。

 

 新聞部はそれらの勧誘を断るために入っている部活であるが、将来、父の後を継いで司法関係の職に就くためには、新聞の取材方法を学ぶといいかもと考えてのことでもあった。


 実際、新聞部で記事を書くときのネタの裏を取る取材は、学生レベルながら勉強になると思っていた。


「ねえ、ルウイ君、この記事の取材、どちらか担当してくれる?」


 そう聞いてきたのは編集長のキャサリン。3年生の女子だ。伯爵令嬢でニコールに劣らぬ美少女である。


「えっと、どんな記事ですか?」

「2つとも今度の秋大会で注目の選手よ。1つは剣術部の、ニコール・オーガスト。もう一人は棒術部のエステル・マクレガー。共に2年生の女子よ。男子に混ざってのレギュラー獲得ってすごいことよ」

「なるほど」

「で、どちらを選ぶの。と聞いてもおおよそ、予想がつくけどね」

「先輩、分かっているなら聞かないでくださいよ」


 ルウイとニコールが婚約していることは秘密だ。両家で合意はしているとはいえ、まだ年齢が年齢なので、貴族社会ではお披露目をしていない。


 それでも編集長のキャサリンが怪しいと思っているのは、二人がこそこそと会っているという情報を掴んでいたからだ。新聞部の情報網は侮れないのだ。


「もちろん、剣術部のニコールさんを選びますよ」

「やっぱりね」

「やっぱりって、編集長、僕とニコールさんの仲を疑っているとか?」


「う~ん。わたしの予想だけど、ルウイ君とニコールさんって、付き合っているとか?」


 さすがにまだ3年生の15歳。婚約しているまでは考えが至らない。貴族の子供は政略結婚で早くから伴侶を決めるが、15歳前はあまりないからだ。


「付き合っていませんよ……一応、ニコールさんは僕より年上ですからね」


 そうやってルウイは誤魔化した。婚約中で、付き合っていることは秘密にしようとニコールと約束していたからだ。ルウイは別に構わなかったが、ニコールはまだ恥ずかしいという思いがあったからだ。


「それもそうよね。普通は女の子の方が、年下が多いからね。でも、ルウイ君なら年下でもいいかも……」

「編集長、冗談はよしてくださいよ」

「あらあ、冗談じゃないけど。まあ、これ以上は部員の女子ににらまれるのでやめておくわ」


 そう言ってキャサリン編集長は、片目を閉じた。他の新聞部女子が聞き耳を立てていたからだ。ルウイ自身もかっこいいし、優しい。それにサヴォイ伯爵家の御曹司である。誰もが将来の伯爵夫人を狙っている。


「それでは、取材に行ってきます」


 そう言ってルウイは部室を出た。目指すは剣術部である。



「で、私を取材してどうするのだ?」


 新聞部の取材で部室を訪れたルウイ。主将のアレックスに許可を取ってニコールを取材している。別に学校以外で会って話を聞けばよいのだが、取材ということなら大手を振って話すことができる。


「ニコちゃんのことは何でも知っているからね。別に聞くことはないけど。きっと、ニコちゃんも僕に会いたいと思って」

「バ、バカ言うな。お前は中等部に入ってきてから生意気だぞ」

「え、僕に会いたくなかったの?」

「……会いたいに決まっている……うう……こんなこと言わせるな」

「ごめんね、ニコちゃん」


 部室から離れた校舎裏の人目につかないスペースである。剣術部の練習着を着ているニコールは、汗をかいてそれがちょっと艶かしい。練習着は軍服を型どった試合服とは違い、体にフィットした服に急所に防護パッドが張り付いただけのものになる。


「それで一応、ニコちゃんにインタビューします。今、一番、困っていることは何?」

「なんだ、それは?」


「一般情報はだいたい知っているから、これが唯一、聞きたい質問だよ」


 ニコールの趣味や好きな食べ物、誕生日などの基本情報の全てルウイは知っているから、編集長に託された質問はこれくらいである。もちろん、困っていることなんかたぶんないとルウイは思っている。


「ううむ……特にないな。練習は順調だし、今度の大会に向けても障害はない。ただ……」

「ただ……?」


 なんだか、ニコールが急に顔を真っ赤にしてモジモジしだした。


「こ、これはオフレコだ。あくまでもお前にだけ打ち明ける相談だぞ。絶対に記事にするなよ、絶対だぞ!」


「あ、はい。オフレコで聞かせていただきます」

「その……あれだな……私も14歳になった」

「そうだね。この前、誕生日だったからね」

「それでだな……」


 ニコールはちょんちょんと自分の胸を突っついた。それを見たルウイも顔が自然に赤くなる。


「どうも……発育が悪いような気がするのだ」

「え、ど、どこの?」

「む……胸」


 小さな声でそう言ったニコール。あまりに小さな声だったので聞き取れなかったルウイ。


「ニコちゃん、聞こえなかったよ」

「胸だ! 馬鹿者、何度も言わすな」

「む、胸ですか……」


 いきなり言われてルウイもなんと言っていいか分からない。


「周りのみんなと比べると、私の胸は発育が悪いような気がするのだ」

「そ、そんなことないと思うけど……」


 実のところ、幼馴染のニコールはここ1年で女の子らしい体に変わりつつある。胸だって少し膨らみ、今はAからBというところだ。


「おかしいのだ。姉上様も母上も豊かな胸をもっている。私もほっといてもああなると思っていたのだが……」

「ニコちゃん、心配することないと思うよ。これから成長するんじゃない?」


 婚約者から胸の成長具合を相談されても、実際に返答に困る。ルウイと同じ年代の男子なら、答えに窮して逃げ出すだろう。


 歳は13歳でも転生者の記憶があるルウイは、20代の青年の知識が芽生えている。だから、対応の仕方も13歳らしからぬものであった。


「そんなものか……。実は先輩に聞いてみたのだが……かなり有効な方法らしい」

「そんな方法あるの?」


 胸が豊かになる方法があったら、世の女性はみんな知りたがるだろう。


「好きな男の子に……」


 きゅううううっとニコールの声がまた小さくなる。もう頬がピンク色に染まり、羞恥心でルウイの顔が見られない。頭から湯気が勢いよく立っているようだ。


「好きな男の子?」

「好きな男の子に胸をもみもみしてもらうと、大きくなるというのだ!」


 思い切ってそう叫んでしまったニコール。人目につかない建物裏だったらよかったが、耳にした生徒は絶対に立ち止まっただろう。


危険なワード満載の言葉だ。


「む、胸をもみもみ!」

「そ、そうだ。恥ずかしいけど、それが一番効果あるらしい」

「で、それを僕にやれと?」


「あ、当たり前だ。お前は私の婚約者で……す、好きな男子だからな!」

「ほ、本当にそんなことしていいの?」

「い……いいとも……。死ぬほど恥ずかしいが……我慢する……」


 いいと言いながらも恥ずかしさから涙目になっているニコール。もう可愛いとしかいいようがない。


(これは役得なのか、それともトラップなのか)


 ルウイはニコールの可愛い誤解に少し混乱した。混乱したが、やはり、ここは彼女の勘違いというか、思い込み、間違った知識を是正するのが婚約者の務めだと心に決めた。


「に、ニコちゃん。それはとても刺激的な申し出だけどね。それたぶん、間違っていると思うよ」

「ま、間違っているだと!」


「俗説だと思う。もしかしたら、言いだしたのはスケベな男じゃないかな」

「ス、スケベな、お、お、おとこ~!?」


「それにね。大抵の男は彼女の胸の大きさなんて気にしないよ。胸が小さくても大きくても、ニコちゃんはニコちゃん。僕は君自身が好きなんだから」


「ル、ルウイ……やはりお前は……」

「ん? どうしたの?」


「お前が好き……大好きだ!」

「ニ、ニコちゃん?」


 ニコールが不意に抱きついてきたので、ルウイは戸惑った。今、話題にしていた慎ましいものが自分の胸に当たる。これはいいもんだとちょっとだけ思ったルウイ。


「分かった。ルウイの言ったとおり、気にはしない。でも、私は大きくなりたいとは思っている」


「じゃあ、効果あるか分からないけど、これをやってみて。お風呂上がりに牛乳を飲むんだ。こう左手を腰に当てて、直立不動で上を向いてゴクゴクとね。これで身長が伸びるって俗説があるけど、牛乳は育ち盛りの僕たちに重要な飲み物だから、効果はあると思うよ」


「そ、そうなのか!」


 でもルウイは失敗した。この体勢で牛乳を飲む時、男子はタオルを腰に巻くこと、女子はバスタオルを胸から巻いて体を隠すことを教え損なったからだ。

 

 この日から、ニコールはスッポンポンで風呂上がりに豪快に牛乳を飲むことを習慣にする。


 最初にびっくりするのは、剣術部の女子部員。それでも合宿で披露するニコールの姿に感化されて、密かに流行ったという。


 しかも結果的にグングンと成長したニコールのそれが、この話に現実味を与え、やがて伝説化するのは後日の話である。


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