雑草魂と快音波
メイちゃんの番外編、ちょっと長くなってしまったけど、今回で結末。
次の日。メイのクラスでは大変な問題が起きた。指揮者のエルリックが馬車にはねられて足を骨折してしまったのだ。松葉杖で登校してきたが、これでは指揮ができない。
「みんなごめん……」
「仕方ないよ」
「エルリックは悪くないし……」
「足の骨折って痛かったかい?」
謝るエルリックにクラスのみんなは口々に慰めたが、明らかな戦意喪失である。独唱パートを歌う人も決まっていないのに指揮者を失った。これは致命的である。
「どうする?」
「指揮者も独唱もなしじゃ、もう無理だよ」
「もう独唱なし、指揮者なしでやるしかないよ」
「それだと、大幅減点されるから優勝は無理だよ」
メイたちのクラスでは、まだそんなことを相談している。さすがに時間がない。早く決めないと本番は明日なのだ。それにこういうゴタゴタで、みんなの気持ちが一つになれず、練習に身が入らない。どうせ負けると言って練習をサボる男子も出てきた。
「あらあ~。一番のライバルと思っていました3組さん。自爆しつつあるようね」
教室に入ってきたのは1組のローレン。垂れ耳が可愛い犬族の女の子だ。いいところの家庭の出らしく、フリルがいっぱいついた高価なエプロンドレスを着ている。
6年生の割には小柄だ。身長だけなら4年生という感じだ。左右には下僕にしている男子2名が控えている。
「なんだ、勝手に入ってくるなよ、偵察か?」
ジャンが近づくとお供の二人の男子が突き飛ばした。後ろへ倒れるジャン。
「痛てて……何するんだよ!」
「ローレン様の1m以内に近づくな、ボケ!」
「臭いんだよ、お前」
「な、なんだと!」
怒るジャン。それを見て右手の甲を口元に当てて笑うローレン。
「ホホホ……あら、ごめんあそばせ。ボディーガードが失礼しましたわ。ライアン、ジュノー。乱暴はいけませんわ」
「ローレン、何しにきたのよ」
そう学級委員のライラはローレンに話しかける。彼女に構っている暇はないのに、厄介なことが起きそうな気配を感じているようだ。できれば穏便にお帰り願いたいと思っているようだ。
「わたくしたち1組の勝利は決まっていますけど、一応、どんな悪あがきをするのか見たくて寄っただけですわ。でも、未だに独唱パートをする人が決まっていないなんて、驚きだわ~」
そう言って3組の子どもたちを見回す。みんな悔しいが、ローレンの言っていることは図星なのだ。
「その悪あがきってやつで、お前ら1組を倒してやるぜ!」
意気消沈する中でジャンがそう叫んだ。これにはローレンだけでなく、仲間のクラスメイトもびっくりして目を丸くする。
「てめえらなんて、ボコボコにしてやるぜ!」
「あら、乱暴な人。喧嘩で勝負というわけではないわよね」
「当たり前だ。合唱だよ!」
「ホーホホホッ……。これだから頭の悪いビンボー人は困るのよ。実力が分かっていないようね。指揮者もいない、独唱する人もいない。そして明日が本番だというのに、このクラスの空気。まともに練習しようという気持ちが消えかかっている。無理ね。どう見ても無理。それでも挑むなんて馬鹿だわ。もう諦めてここで負けを認めなさい」
そう言って腕組みするローレン。小さい女の子なのに態度はでかい。それでも威圧感でみんなは見下されているように感じる。ライラでさえ、何も言い返せずにいる。
気の強いメイは言い返そうかと思ったが、それを遮ってジャンが立ち上がって胸を叩いた。
「指揮者ならいるぜ。この俺がエルリックに変わって指揮するぜ」
「え、えええええ!」
ローレンだけでなく、クラス中がみんな驚いた。それより、次の言葉でみんなフリーズした。
「独唱はここにいるメイがやるぜ!」
「ボ、ボクが!?」
突然の指名に驚くメイを無視してジャンは、ローレンに近づく。お供の男子二人が立ちふさがるが、それを両手で押しのける。ググッと顔を近づけるジャン。上から睨みつける。ローレンも負けじと下から睨む。気の強いお嬢さんだ。
「お嬢さんよ、雑草魂というのを見せてやるぜ!」
「ざ、雑草魂って、なんですのよ?」
自分のパーソナルスペースに入ってこられて、たじろぐローレン。ここまで男子に近づかれたことは一度もない。しかもジャンのような育ちの悪い男子には。
「勝負すればわかるぜ。さあ、出ていけよ。明日はお前の鼻っ柱をポキッと折ってやる!」
「行くわよ!」
ジャンの勢いに気圧されたローレンは、お供の男子にそう命じる。後ろを振り向いてスタスタと歩いていく。
(下品な奴、乱暴な奴、嫌な奴!)
そして入口で踵を返した。
「あなたが指揮者? お笑いだわ。あなたの音楽の成績大したことないんでしょ」
「そ、そんなこと関係ないぜ!」
「それに独唱するというその子。誰かと思えば噂の怪音波娘じゃない。聞いている人がみんな失神してしまうんじゃなくて。ホーホホホ!」
そう高笑いして去っていくローレン。後にはボーゼンとする3組の子どもたち。我に返ったライラがジャンに詰め寄る。
「ちょっと、ジャン。指揮者ってどういうことよ。それにメイちゃんが独唱って」
「指揮者はいるだろう。俺がやってやるぜ」
「だって、あなた今までサボっていたじゃない」
「ただサボったわけじゃないぜ。後ろでエルリックの指揮を見ていたからな。俺ほど、じっくり見ていた奴はいねえ」
(そりゃそうだわ。ものはいいようね……)
ライラは呆れてしまったが、確かに後ろから見ていたなら指揮の仕方も覚えているだろう。それに今のローレンたちに対する態度は、みんなのモヤモヤを吹き飛ばす激励になったことは間違いない。
消えかかったやる気がまた復活しつつある空気になっている。
これはジャンの手柄だ。
ジャンにみんなを引っ張っていけるリーダーシップは期待できないが、そこはエルリックがやれるだろうし、短期間なら勢いでジャンもやれる。コンクールは明日なのだ。それよりもみんなが心配するのは独唱の方だ。
「でも、メイちゃんの独唱って……」
「な、やれるだろう、メイ。休み中に特訓したんだよな?」
そうジャンはメイに聞く。なんで、それを知っているのか、不思議に思ったメイであったが、実際に特訓して独唱はできるようになった。あとは数をこなすだけだ。
「みんな、ちょっとボクの歌を聞いてみて……」
そう言うとメイはサビの部分を歌い始めた。それは信じられないほどの美しい声。これまでの怪音波とは180度違う繊細な声質だ。
「す、すごい!」
「聞いたことないよ。こんな美しい声」
「これなら勝てるんじゃない?」
「怪音波じゃないよ、これは快適になる音だよ」
「快音波か!」
ははははっ。
重苦しいことは全て吹き飛んだ。みんなローレンの1組に勝てると思った。全員の心が一つになった。
*
合唱コンクールの日。
保護者を呼んでの盛大な行事だ。特に教会の祭典で歌う代表を決める6年生のクラスは、審査が厳密に行われる。5年生以下は学校の校長が点数を付けるのだが、6年生は教会の司教と地域の区長、教育委員が務める。
「うむ。今年はレベルが高いな。子どもたちの表情がいい」
「よく練習してますわね」
「元気な歌声は大人を元気にしますね」
「しかし、この課題曲は少し難しかったようですな。独唱部分はそれなりですから」
5つのクラスのうち、3つまでが終わり、審査員たちもここまでは一応満足していた。
次はローレンの1組。意気揚々と舞台に上がる1組の子どもたち。特にローレンは、この日のために新調したドレスを着ている。小さな体にゴージャスな赤いドレスが意外に映える。
「さあ、歌いますわよ!」
ローレンの号令の元、拍手に迎えられてお辞儀をする。ピアノの音が鳴り響く。そんな中、舞台の袖では次に合唱する3組が集まっている。大きな寸胴鍋に生姜ハチミツ湯を用意し、みんなに配っているのはメイ。
「はい、レモンを絞って飲んでね。これは綺麗な声が出るドリンクだよ」
「へえ、そうなんだ」
「熱っ……。熱いけど体が温まるね」
「何だかリラックスできるよね」
生姜ハチミツドリンクは、大好評である。みんなやる気がみなぎってくる。やがて1組の合唱が終わり、大きな拍手が聞こえてくる。いよいよ、メイたちの番だ。
*
「素晴らしいわね」
「6年生でこれだけの独唱ができるとは感心、感心」
3人の審査員は1組の歌声とローレンの歌に拍手を送った。思った以上の出来に満足した。
「さて、次は最後ですな」
「まあ、先ほど以上の歌は聞けないでしょうな」
「そう言わず、最後まで子どもたちの元気な歌を聴きましょう」
メイたちのクラスが舞台に上がる。指揮者はジャン。ピアノ演奏はライラ。独唱はメイだ。保護者たちの拍手に迎えられて、最後の歌声を披露する。
ポロン……。ライラのピアノが響く。
みんなが声を合わせる。出だしは上々。審査員もうんうんと頷く。
「これは先ほどと甲乙つけ難いですな」
「あの指揮の男の子は元気ですわね」
「だが、問題は独唱だ。あの犬族の女の子が歌うようだが……」
いよいよ、独唱パートに差し掛かる。メイの出番だ。
(歌います。二徹様、ニコール様)
会場のどこかで聞いている二徹とニコールに向かってメイは勇気を振り絞る。そして口を開けた。ニコールと特訓した声を出す。
会場が息を飲む。そしてふつふつと感動が湧いてくる。
メイの独唱はみんなを惹きつける。そして、ビリビリと心に響く独唱パートが終わり、みんなの合唱が加わる。
ジャンの指揮が力強く振られ、感動のフィナーレへと誘う。終わったとき、思わず人々は立ち上がった。審査員も立っている。そして我を忘れて拍手をする。
合唱コンクールの優勝はメイたち3組で決定した瞬間でもあった。
*
「やったー」
「やったよ、メイちゃん、わたしたちが優勝だよ」
「ライラ、ボクもうれしいよ」
教室に帰ったメイたちは大喜び。みんな手を取り合って喜ぶ。
「メイちゃんのおかげだよ」
「そうだ。独唱はすごかったよ」
「それにあの生姜ハチミツのドリンク、あれがよかったよ」
「なんか緊張がほぐれたよなあ……」
「そう緊張しなかったよ」
「おいおい、俺の指揮は関係ないのかよ」
ジャンは膨れてすねている。メイがハイハイとジャンの頭を撫でる。
「ジャンもうまくやったと思うよ」
「ちっ。おとこ女にほめられても嬉しくないぜ」
ジャンはそう言うと、人差し指を鼻の下にゴシゴシと当てて、ちょっと横を向いた。
*
「ローレン様、どうして壁の後ろからのぞいているの?」
「あれはあの3組の乱暴男じゃないですか」
お付の男の子に話しかけられて、ローレンはビクッとして振り向いた。ちょっと慌てて否定する。
「な、なにを言ってるの。あんなビンボー人を見ているわけじゃないわよ。でも、アイツはちょっと気になるわよ。も、もちろん、倒すべき敵としてね」
「はあ、敵ですか」
「あなたたちに命じます。あのジャンという男の子の誕生日、好きな食べ物、好みの女の子のタイプを調べておきなさい」
「は?」
「ローレン様……」
「ご、誤解しないでちょうだい。あくまでも倒すべき敵の情報としてですわ」
そう言いながらも顔を赤くし、再び、ジャンの方を盗み見る。心臓がドキドキするので両手を胸に当てている。
(わたくしったら、どうしたのでしょう……こんなに心臓がドキドキするなんて。恐ろしい病気になったのかしら。あの乱暴で下品な男が気になってしょうがないですわ)
どうやら、この前の一件で、ジャンのことが気になってしまったローレン。
ジャンが面倒くさいことに巻き込まれる未来は近そうだ。




