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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
幕間 メイちゃん学校編 その3 
146/254

生姜ハチミツ湯

11月25日オーバーラップノベルスで1巻発売 好評予約中。ありがとうござます。

2日経った。

今日は休日で学校も休みだ。


 メイはいつも日課で屋敷の掃除をしている。すると、部屋のドアから二徹が顔を出し、メイを呼び止めた。部屋はお客を招くダイニングルーム。そこには大きなピアノが置いてある。


「メイ、ちょっと来なさい」

「はい、ニテツ樣。どうされましたか?」


 メイが部屋に入るとニコールがピアノのところに立っている。二徹はピアノに座ると弾き始めた。


(あ、これは課題曲の『時の女神たち』)


 メイは驚いた。ニコールが両手を合わせて、歌い出す。いつもの軍服ではなくて、可愛いワンピース姿であるから、歌っている姿がとても絵になる。


 二徹もそうだ。シャツにズボンというラフな格好だが、これがピアノとよく合う。しかも、その技術は相当なもので、学校でいつも引いているライラの弾き方よりも数弾上。音の響き、重なりが上品で力強く、そして圧倒的な美しさである。


「青い空に羽ばたく~3人の女神よ~悠久の時を越え、今、ここに降り立つ~」


 合唱パートは美しいソプラノ。ニコールの声は普段からとても品のある凛としたものであるが、歌う姿は別人である。何しろ、どこから声が出ているのかというような声量。頭から突き抜けていくそんな感じだ。

 

 さらに独唱パートは、声の高さが一段階上がり、すさまじい声量で聞くものを圧倒する。独唱パートは一番のサビの部分で、聞くものを物悲しい気持ちにさせ、次の合唱パートで最高潮に達するようになっている。


「我らの時代に~いざ、輝かん~……。ふう~。久しぶりに歌った」

「ご苦労様、ニコちゃん。素敵だったよ」


 パチパチと思わずメイも拍手をする。思わず聞き惚れてしまった。合唱曲ではあるが、単独で歌っても聴き応えがある。


「すごいです、ニコール様。それにニテツ様のピアノも感動しました」

「うむ。ありがとう。それで、メイちゃん。ニテツから聞いたのだが、学校でこの歌を歌うということだが……」


「は、はい……。そうなんですが」


 メイは我に返った。自分にはニコールのような素晴らしい歌声は出せない。


「今から特訓をしよう」


 そうニコールは二徹に目配せをする。二徹はポンポンと白鍵を叩く。


「じゃあ、メイ。最初の部分を歌ってみて」

「え、いや、ボクはとても……」

「いいから、思い切って声を出してごらん」


 二徹とニコールにそう言われて、メイは観念した。思い切って歌ってみる。だが、声が思うように出ない。そして、声の爆発。音が外れてぐちゃぐちゃに壊れていく。


「うん、なるほどね」


 二徹が頷いた。歌い終わったメイはその言葉に驚く。


「うんうん。これは鍛えがいがあるぞ」


 ニコールはそっとメイのお腹に触れる。そしてこうアドバイスした。


「メイちゃんはすごい声量があるんだけど、声の出し方が訓練されていないだけ。声量がある分、出口で詰まってしまい、本来の声質にならないんだよ」


 そうニコールは助言してメイのお腹をグッと抑える。


「ここを凹ませて息をするんだ」

「息をする?」

「そう。腹式呼吸をするんだ」


 ニコールはそう言うと自分も実行して見せた。素敵なワンピースのお腹が上下に動く。そして美しい声が頭のてっぺんから上昇気流のように伸び上がっていく。


 メイも同じようにしてみるが声が突っかかる。


「ヴヴ~っ……」

「ううむ。どうやら、声を出すときに緊張感からか、無意識に喉を締めてしまう癖があるようだね。それがなくなれば、きっとニコちゃんのように美しい声が出るよ」


 そう言うと二徹は立ち上がり、バーカウンターのところにスタスタと歩いていく。そこにはポットとカップがさりげなく置いてある。


「ニテツ様、それは何ですか?」

「これはね。綺麗な声が出せるおまじないドリンクだよ」

「綺麗な声が出せる?」

「そう」


 取り出したのは生姜ジンザー。それをおろし金で擦る。そもそもおろし金という道具は日本にしかないものだ。卸すという作業が他の国の料理にはないのだ。


 潰すか砕くでことが足りる。二徹は無理を言って鍛冶屋のゼペットさんにおろし金を作ってもらっていた。


 それは銅製できめ細かく卸せる仕様。二徹専用の道具だ。


「お湯の中にすりおろした生姜ジンザーハチミツ(ハニン)を入れて、レモン(モレン)汁をたらす。これで完成。生姜ジンザーハチミツ(ハニン)レモン《モレン》」


 少し湯気が立つ透明のコップに2つ作り、二徹はニコールとメイに手渡す。生姜の鮮烈な香りに混じってほのかなレモンの香りが微かに感じとることができる。


「ふーふー……ごくん……」


 まずはニコールが口をつける。ハチミツの粘りと甘さが喉を潤し、レモンの酸味と生姜の辛味が喉を活性化させる。


「んんん……これは効く~。喉が包まれるような温かい感じがするぞ」

「声を綺麗にする飲み物ですか……」


 ニコールにつられてメイも一口飲む。喉を流れていく液体は、ニコールの言うように喉に刺激を与えつつもまろやかに包み込み、優しく保護してくれるように思える。


甘いのであるが、それはベタっとした甘さではなく、さっぱりと消えていく甘味。そして生姜の辛味が適度に刺激する。レモンの爽やかな香りと酸っぱさも心地よい。


「お、二徹、なんだか体がポカポカしてきたぞ?」

「ボクもポカポカしてきました」

「うん。生姜ジンザーは体を温めるからね。これで綺麗な声が出せるはずだよ」

「よし、一緒に歌ってみるか?」


 ポロンと二徹が音を奏でる。合唱曲『時の女神たち』のサビの部分だ。ニコールの美しい声に合わせてメイも大きく口を開けた。お腹を凹まし、先ほど教えてもらった腹式呼吸をする。


(声が頭から突き抜けるイメージで……)

「青く~青く~翼を広げ~」


 不意にメイは自分ではないものが自分の中にいるような気がした。それと同時にニコールと同じ音域に声が発せられる。それは伸びて、伸びて、透明な美しい声へと変質していく。


(うそ、こんな声がボクに出せるなんて!)


 メイは本当の自分が斜め上にいて、歌っている自分を見下ろしている感覚にとらわれた。脳内イメージに映る自分はニコールの声を追いかけるように自由自在に声を紡ぎ出せる。


「ふう~。メイちゃん、よく頑張ったよ。やはり、綺麗な声だったね」


「ニコール様……ありがとうございます。でも、まだ、ニコール様ほどでは」


 ニコールの声を追いかけるように出したのだが、僅かにその声は届いていないとメイは感じていたのだ。


「それは仕方ないよ。まだ、メイは12歳だからね。もっと大人になれば、声が出せるようになるよ。それより、今日から練習すれば上手に歌えるようになるんじゃない?」


「そうだとも。メイちゃん、まだクラスの独唱パートを歌う子は決まってないのであろう?」

「は、はい。1組のローレンさんという子がすごく上手なので、みんなやりたがらないのです。もう2日後にコンクールは迫っているのですけど……」


 これは事実でメイのクラスでは、みんなローレンに負けることは確実だから尻込みしているのだ。合唱部分はみんなで歌うから比べられないが、独唱はやはり差が分かる。敗戦責任を取らされることをみんな嫌がっているのだ。


 ライラやエリオットが歌の上手な女子を説得しているが、みんな嫌だと言って拒否するので困っていた。中には泣いて拒否するのでクラスの雰囲気はどんよりと悪いものになっている。


「じゃあ、メイがやるしかないな」

「え、ボクが……無理ですよ、ニテツ様」


「いや、それだけの声が出れば問題ない。今から私と一緒に特訓すれば大丈夫だ!」

「だ、大丈夫って……そ、そんな~」


 こうして特訓は数時間続くこととなった。



 特訓が終わり、ニコールと二徹はティータイムを楽しんでいる。香り高い紅茶とクッキーをつまみながら夫婦の会話タイムだ。テラスにある小さな丸いテーブルに二人並んで座っている。


「それにしても、ニテツ。あのスーパードリンクの効果はすごいな」


 紅茶を一口飲んで、右手の甲を右頬に当てて、左側にいる二徹の方に顔を傾けたニコール。練習で少しお疲れのようだ。


生姜ハチミツ(ジンザーハニン)ドリンクのこと?」

「そうだ。飲むだけで綺麗に声が出せるってすごい飲み物があったものだ」

「いや、あれは嘘だよ」


 驚きで手の甲から頬が滑り落ちた。


「う、嘘!?」

「そうだよ。生姜ジンザーは体を温めるし、ハチミツ(ハニン)にはいろんな栄養素があって、体の代謝を活性化してくれるし、レモン(モレン)も疲労回復には効果があるけど、美しい声を出せるかどうかはわからないね」


「ニテツ、お前、意外と策士だな」


 ニコールには二徹のやったことの意味がわかった。メイの声が出ないのは精神的なもので、そこの不安を取り除いてあげることが必要であった。


「メイは初めて体験する合唱に対して、無意識に恐れて体に防御反応が出てしまったんだと思うよ。あの子の生い立ちを思うとそれも無理はない。新しいことに踏み出す時にはどうしても守りから入ってしまう」


「ううむ……そうだな……。新しいことをする。一歩踏み出す。そういう時には勇気が欲しい。自信が必要だ。それを肯定してくれる支えが必要だ」


 ニコールは皿に盛られたクッキーを一つ、口に放り込む。すぐに崩れてさらっとした甘さが口いっぱいに広がり、そしてそれはさらっと消えていく。上品な甘さにうっとりする。


「守りの気持ちが喉を無意識に締めちゃたんだろうね。それであの奇っ怪な声しか出せなかったと思うんだ。でも、声の出し方や音程の調整はニコちゃんの教え方がうまかったからだよ。僕は精神的に不安を取り除くお手伝いをしただけ」


「うむ。ニテツは悪よのう。もっと、ワルはいるけどな」


「悪というか、メイのことを思って頭を下げる友達がいるだけで、僕は嬉しくなってしまってね」


 今日の特訓に至るまでには少しドラマがあった。メイは合唱で困っていることを隠していたので、ニコールも二徹も知らなかったのだ。


 それが昨日、市場で買い物をしている時にハンチング帽子をかぶった犬族の男の子が話しかけてきたのだ。


「ジャンとかいったわね、その男の子」

「うん。なんか、必死だったね。メイに歌を教えてくれって、なぜって聞いてもとにかく、借りを返したいからってね」


「いい友達がいるようだな」

「そうだね。学校へ行かせてよかったよね」

「うむ」


 そう言ってニコールはティーカップに残った紅茶をググぐっと飲んだ。そしてそれを力強くテーブルに置く。


「でも、メイちゃんはまだ嫁にはやらん!」

「ニコちゃん、それはまだ心配しなくていいよ」


 もうすでにメイの親になった気分の2人であった。


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