口パクと怪音波
異世界嫁ごはん 11月25日発売 表紙絵出ました。(活動報告&オーバーラップ様ブログにて)
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「さて、いよいよ、クラス対抗の合唱コンクールが行なわれます。今日から練習を始めましょう」
猫族の担任の先生は、そう朝の会で子どもたちに話した。子どもたちも、それを聞いてざわついている。この合唱コンクールが学校の大切なイベントで、子どもたちにとっても、無視できないものであったからだ。
「今年は1組のやつらをギャフンと言わせてやろうぜ」
「クラスの団結力を見せるときよ」
「ちゃんと練習しないと勝てないよ」
「去年みたいに失敗して負けたくないなあ……」
「うちのクラス、万年3位だからなあ~」
「だから、練習をいっぱいするんじゃない!」
男の子も女の子も口々に昨年の話やこれからのことを話す。メイは雉色の犬耳をピクピクさせて、みんなの話を聞いている。
(合唱コンクールって、どんな感じのものだろう……)
メイは最近になって学校へ入学したので、合唱コンクールというのがどういうものか分からない。それで黙ってみんなの話す様子を聞いている。
「先生、合唱はどんな歌を歌いますか?」
クラス委員長のライラが先生に聞く。合唱コンクールは学年ごとに課題曲があり、それを歌って競うのだ。6年生は全部で5クラス。優勝すると教会で開催される行事に代表で歌うことができるのだ。
「課題曲は『時の女神たち』という歌です。美しい3人の女神様のことを歌った歌です。有名な曲なので、知っている人もいるでしょう」
「その曲なら知っている」
「よく教会で歌う奴だね」
「でも、難しい曲だよ」
「先生、確か、その曲、途中、一人で歌うところがあったと思いますけど」
ライラがそう尋ねた。『時の女神たち』の曲は、ソプラノ、アルトの2部合唱だが、途中でソプラノの独唱パートがあるのだ。
「そうですね。一人パートを歌う人を決めないといけませんが、それは練習する中で決めましょう。先にピアノ伴奏する人と指揮者を決めましょう」
そう猫族の先生は言い、ライラに司会して決めるように促した。ピアノ伴奏はすぐに決まった。そもそも、庶民の通うこの学校でピアノが弾ける子どもは少ない。
このクラスでは、ピアノを習っている子どもは3人しかいなく、曲を弾ける程度の腕となると自然と決まる。決まったのはライラ。
そして指揮者は、男子の中でリーダー的な存在のエルリック。この子は猫族の男の子だ。勉強もできて真面目でスポーツが得意。猫族の女子の中でも人気の男の子だ。
「じゃあ、1時間目の授業を使って練習をしてもいいですか?」
「いいですよ」
そうエルリックは先生から許可を得て、そのまま1時間目は合唱練習となる。まずは、ライラがピアノで音を出し、子どもたちをソプラノとアルトのパートへ分けていく。
一応、女子がソプラノで男子がアルトであるが、声変わりしていない男子がソプラノだったり、女子でアルトパートだったりということもある。
「次はメイちゃんだよ。音に合わせて声を出してみて」
ポロンとライラが鍵盤を叩く。
「うん。あ、ア、あ、ア、あ~。アー!」
メイの変な声にクスクスとみんなが笑う。それを背後で聞いてちょっと、不安になったメイは顔が曇る。どうしていいかわからないのだ。
「……なんか、安定しないわね。じゃあ、徐々に思いっきり、高い声を出してみて」
ポン、ポン、ポンと音の高さを上げていくライラ。
「うん、やってみる。アー、アー、アー、うきゃあああ~」
メイの声が安定しないのもあるが、とんでもなく高い声が混じる。最後の高い音でクラスのみんなは耳をふさぐ。聞いたことのない高い声だ。
「ククク……。オトコ女だけあって、やってくれるぜ」
そう憎まれ口を叩いたのはジャン。みんなが練習しているのに、教室の後ろで足を組んで練習に加わろうとしない。
「ジャン、あんたちゃんと練習しなさいよ」
「へん、うるさい!」
ライラの注意を無視するジャン。指揮者のエルリックがジャンに近づいて声をかける。
「ジャン、一緒にやろうぜ。みんなで力を合わせて優勝しよう」
同じ男子にそう言われて渋々と立ち上がるジャン。結局、かまって欲しいだけのかまってちゃん体質なのだ。
「じゃあ、パートに分かれたところで、一回歌ってみよう」
ポロン……と鍵盤を叩いてライラが伴奏する。エルリックが指揮をする。
「あおいそら~に~飛んでいく~時の~守護者さま~」
「さま~アアアアアア~」
メイの声がつんざくように教室の天井にぶち当たった。みんな驚いて歌うのを止める。聞いたこともないような声の爆発。
「ええ? ボク、なんか迷惑かけちゃった?」
不思議そうに見回すメイ。みんなの視線が痛い。
「ま、まあ、まだ初めだから、練習すれば上手になると思うよ……」
そう言ってライラはピアノ演奏を続ける。
「ごめんなさい。ボク、合唱初めてだから、どう声を出せばいいか分からなくて……」
メイは悲しそうにそう言った。実際に声を出すとピアノの音に合わせると制御できないのだ。喉が締まって奇怪な音になる。
みんなと合わせるように耳をピクピクさせて歌うが、どうにも合っていない。自分だけが突き抜けたような声になっているのだ。
「はあ~こんな音痴がいたんじゃ、無理だろ。優勝なんて」
ジャンが両手を組んで後頭部にあてながら、そんなことを言う。すぐにライラが注意する。
「ジャン、そんなことを言っちゃいけないんだよ。メイちゃんだって一生懸命練習しているんだよ。いい加減にやっているジャンよりマシだわ」
「そうだよ、ジャンが悪い」
「メイちゃんに謝れよ」
ライラに言われてクラスのみんなもそうジャンを責めるが、ジャンはへこたれない。元々、クラスの中でもアウトローで、あまりみんなと交わろうとしないのはいつものことなのだ。
「そんなこと言って、みんな心の中ではメイに歌って欲しくないんだろう。そりゃそうだよな。メイがその猫を絞め殺したような声で歌ったら、台無しだからな」
そう言って、みんなを見回す。みんな黙り込む。確かにメイの歌声は現在のところ、合唱をぶち壊しているのは事実だからだ。
「まだ練習を始めたばかりだから、仕方ないよ。メイちゃんは今まで音楽をやったこともないし」
「これから練習すれば、大丈夫だよ」
みんなそう励ましてくれるが、メイの表情は曇るばかりだ。
ここで今まで見守っていた担任の先生が口を開いた。
「皆さん。合唱コンクールはクラスの団結を高めます。それはこういう問題をみんなが考え、みんなで解決していくからこそです。メイちゃんのこともみんなで考えてあげて、解決することが先生は大事だと思いますよ。それにメイちゃんの声はまだ磨かれていない原石のようだと先生は思います」
先生の言葉にジャンはポンと手を叩いた。ジャンなりによく考えたのであろう。
「そうだ、おい、メイ、お前、口パクしろよ」
「え?」
ジャンの提案にメイは思わず聞き返した。ジャンは平然と続ける。
「口パクだよ。歌っている振りをするんだ。何なら、俺が教えてやろうか。俺はいつもやっているからな。今なら、お菓子1個でコツを教えてやる」
「ジャン、あなたとメイちゃんは違うの。それにジャン、あんたいつもやってるって、怠けるんじゃないわよ」
「あん、また、委員長が真面目なこと言ってるぜ。ライラ、そんなことじゃ勝てないよ。メイの音痴で全部ぶち壊しだ」
「口パク……ぶち壊し……」
ライラとジャンの言い争いを聞いていたメイの目に涙が溢れてきた。自分のことで言い争うことが悲しかったのだ。
キーンコーンカーン。1時間目の終了の音が鳴った。担任の先生は、メイの肩をぽんと叩いて、頑張ろうねと励ましてくれたが、放課後に練習するにしても午後は家のお手伝いをする子も多く、先生も午後のクラスの勉強を教えないといけない。
メイが練習する時間は実際には無いのだ。授業時間だけで頑張るしかない。
*
「ほら、ジャン、あんたちゃんとメイちゃんに謝りなさいよ」
授業が終わって、ライラたち女子はジャンに詰め寄った。メイは1時間目の歌の練習以来、落ち込んで元気がなかったからだ。ジャンは女子に囲まれても動じてない。
「うるさいなあ。これだから女子はめんどくさいぜ」
「なによ、あんたデリカシーなさすぎるわ」
「そんなんだから、女子にモテないのよ。エル君とは大違い」
「それを言ったら、ジャンが惨めだよ」
「エルリック君は女の子にも優しいし……」
「うるせーっ。お前らドブス女子にモテてもしょうがないぜ」
「ブスって、ひどーい」
「ちょっと、ジャン、どこに行くのよ」
ジャンはハンチング帽子をかぶって、紐で縛った教科書を肩に背負った。
「帰るんだよ、女なんて全くめんどくせーぜ」
教室を悠然と出て行くジャン。その背中にキャンキャンと女子の悪口が浴びせられるが、全然こたえていない。
*
教室をゆっくり出たジャンだったが、外に出ると走り出した。建物と建物の間の狭い抜け道を通り、塀を超えて庭を横切りショートカット。
ジャンはメイの帰る道を知っている。先に出たメイの先回りをするのだ。実はメイが悲しそうに教室を出た時間を計っていたジャンは、このくらいだなと思われる地点で道に戻り、帽子を目深に被って口笛を吹いて塀にもたれかかった。
やがてメイが紅い鞄を背負って現れた。ジャンの姿をちらりと見たが、黙って通り過ぎようとする。慌てたジャンがたまらず呼び止める。
「お、おい。ちょっと待てよ!」
「なによ」
メイも立ち止まって振り返る。ジャンの帰る方向は全然違うので、ここで彼が口笛を吹いて待っているのは自分にようがあるからだとは賢いメイは感づいていた。
「さ、さっきはすまなかったな……」
下を向き、指で頬を触りながらそうジャンは小さい声で謝った。
「はあ? 聞こえないんだけど」
「だから、ごめんと言ってるんだよ!」
「なんで、ジャンがボクに謝るんだよ」
「いや、口パクとか、音痴とか言っちゃったからさ……」
「それはいいよ。あんたは思ったことをズバズバ言う奴だから気にしてないよ。ジャンの言ったことを気にしていたらあのクラスじゃやっていけないからね」
「そりゃ、よかったって、なんだよ、それ!」
ジャンが考えていた程、メイは落ち込んでいない。自分が音痴でみんなに迷惑をかけるという点においては、仕方ないと割り切っている。
メイが悔しいのは自分のせいで、合唱コンクールで優勝できないこと。その1点なのだ。だからといって、口パクで優勝してもみんなも納得できる結果にならない。正々堂々とやらないと達成感は味わえない。
こういうのは勝てばいいというわけではなのだ。
「どうせ、頑張っても勝てないから気にしなくていいぜ」
そうジャンはメイを慰めた。変な慰め方なので、メイはジャンを問い詰めると、こんなことを白状した。
「1組には歌の上手なロレーンがいるからな」
ロレーンはお金持ちの商人の娘で、小さい頃から声楽を習っている。彼女の歌声は学校に通っているだけの子どもたちとはレベルが違う。そのロレーンが独唱部分を歌うのだ。これだけで、他のクラスの戦意は急落している。
「ふ~ん。すごい人がいるんだね」
「だから、勝てないのは決まってるんだ。落ち込むだけ損だぜ」
そう言ってメイを励ますジャン。メイはわけがわからないと思った。ジャンは大抵、自分に対しては嫌味か悪口を言うだけだからだ。
「ジャンが励ましてくれるなんて、ボクは思わなかったよ」
「バ、馬鹿言うなよ。誰がお前みたいなおとこ女を励ますかよ。ちょっとだけ言いすぎたなと思っただけだよ」
「ふ~ん。そうなんだ」
「そうだ。それだけだ」
ジャンはそう言うとぷいと顔を斜め上に向けた。完全なる照れ隠しである。メイはジャンのそんな態度にちょっとだけ心が癒されたが、それで事態が解決するわけでもない。自分が音痴なのは変わらないからだ。
「そうは言っても、このままじゃ、ボクはみんなに迷惑をかけてしまうよ。練習するにしても学校じゃあまり練習できないし……」
「そ、それだ!」
ジャンは手をパチンと打った。何か思いついたようだ。
「なによ。どうせ、ジャンのことだからロクでもないアイデアでしょ。暴れて合唱コンクールを台無しにするとか、1組のロレーンさんを妨害するとか……」
「メイ、お前、俺のこと完全に悪ガキ扱いしているだろ!」
メイはジャンがどうしようもないワンパク坊主だと知ってはいるが、彼の優しいところも知っている。
「お前のところの貴族様。歌とか楽器とか、貴族様の嗜みでできるんじゃないのか?」
「二徹様とニコール様? そうだね。お二人ならできると思うよ」
「教えてもらえばいいじゃないか」
「え? そんなの無理だよ。ボクはメイドとして雇われているんだよ。ただでさえ、給料もらって、学校に行かせてもらって感謝しているのに。そんなこと頼めないよ」
そうメイはジャンの提案を断った。親でもないのに学校の悩みなんか打ち明けられない。
ジャンはメイの返事を聞くと、帽子をかぶり直し、くるりと踵を返した。右手をちょっとだけ上げた。あえて格好をつけているのだとメイは思ったがあえて指摘はしない。
「そう言うならいいけどな。俺はお前のあの声、いいと思うんだけどな……」
「はあ?」
「あ、誤解するなよ。あの猫が絞め殺されたような怪音波なら、悪い奴らも倒せると思っただけだからな」
「怪音波って、相変わらず失礼な奴だね」
「うるさい!」
走り出したジャン。ぐっと口を閉じて握りこぶしをギュッと握る。
(う~っ。なんでいつもこうなっちゃうんだよ~)




