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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第14話 嫁ごはん レシピ14 メガ盛り、ウェステリア風お好み焼き
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猫仮面現る!

11月25日(土)オーバーラップノベルスより1巻発売。まもなく、表紙絵が公開される予定です。

「ククク……弱い、実に弱い! ウェステリア人の食力は弱すぎる」

 

 マスティフはそう言って、最後のひと切れを口に放り込んだ。厚さ6ク・ノラン(3cm)あるステーキ肉である。1つ500ゾレム(500g)もあるステーキを20枚食べる戦いに勝利したのだ。


 周りのテーブルでは、田舎から挑戦してやってきた男や大食い自慢の男たちが悶絶している。

 

 このウェステリア王国に来て青い三連星は連戦連勝。ファルスの都でメガ盛りを出している店はおおよそ食い尽くしたし、満を辞して挑戦してきた大食い自慢の男たちもここで返り討ちにした。

 

 分厚いステーキ肉は量も大変だが、難関は分厚いがゆえに噛むのに疲れてしまうこと。悶絶している敗者たちは顎が麻痺してみんな口を開けている。

 

 その点、マスティフの顎は強い。鍛えられた噛む力は肉など問題にしない。ひと噛みで肉を引き裂き、咀嚼し、味わって食べる。焼かれて香ばしくなった肉は次々とマスティフの胃袋に吸い込まれていった。


「ふふふ……やはり、グルメの国フランドルが美食世界一。そして、大食い勝負も世界一。今回はそれを証明することができた」

「我らフランドルの青い三連星は無敵なり!」

「さあ、ウェステリア人よ、我らを倒せるものはいないのか!」

 

 周りを取り囲む観衆にそう吠える3人。ものすごい食べっぷりに圧倒されて、見入ってしまった人々は、そう挑発されても戸惑うばかり。


 とてもじゃないが、この3人のように大食いすることは無理だと思い知らされている。


「ふふふ……その程度で無敵宣言とは、フランドルの人間は物を知らぬだぎゃ」


 不意にそんな挑戦的な言葉が放たれた。周りを囲んでいた300人余りの観客は、一斉にその声のする方向を振り向いた。


 猫である。


 正確には猫の仮面を被った男女が腕組みをして立っている。みんな、その異様な姿に近くにいたものは思わず2,3歩後ろへ下がった。


 猫の仮面は顔の上半分を隠すもので、口は出ている。二人共全身真っ黒の服にマント。男は身長が380ク・ノラン(190cm)はある大男。露出している顔の下半分は口ひげがあごひげにつながっており、ワイルドな中年男を思わせる。


 女の子の方は300ク・ノラン(150cm)台の身長で小さい。黒いスカートを履いて細い生足に猫脚を型どった靴を履いている。若い娘のような雰囲気でこちらは可愛い。


「だ、誰だ!」

「変な格好をした奴だな!」

「名前を名乗れ!」


 青い三連星はこの変な二人組をにらみつけた。この国へ来て、初めて戸惑う展開である。この異様な格好と自信満々の態度になぜか恐れを感じる。これはこれまで、いろんな国で戦ってきた3人が初めて感じる感覚だ。


「ふふふ……娘よ。この者たちに我らの名前を教えるだぎゃ!」

「はいにゃ、父様」


 二人が横に並ぶ。それぞれ、右手と左手を斜め上に向け、片方の手は胸に置いている。どうやら、決めポーズのようだ。


「美味しい料理は我らの源泉だぎゃ」

「この世の美味を味わい尽くすにゃ」

「我ら2人、無限の食力で先頭に立つだぎゃ」


「猫仮面1号だぎゃ!」

「猫仮面2号にゃ!」


「いざ、大食い勝負、参る(だぎゃ)(にゃ)!」


 もはや演劇の一部かのような絶妙な掛け合い。思わず、一人がパチパチと拍手をする。それは次々と伝染し、やがて全員の熱烈な拍手が広がる。


「ね、猫仮面だと?」

「ふざけた奴らだな。そんな間抜けな格好で我ら青い三連星に対抗するというのか!」

「けっ、ならば実力を見せて見ろ。激辛大食い勝負といこうじゃないか!」


 激辛料理を得意とするボーダーが挑発する。飛び入りの大食い勝負だ。


「ちょうど、食い尽くしたい店が近くにある。そこで勝負だ!」

「いいだろう。勝負するだぎゃ」

「にゃ!」


 青い三連星と猫仮面1号、2号は、ぞろぞろと話を聞き連れてさらに膨れ上がった見物客を従えて、対戦する店まで移動する。


 食べる料理はファルスの港町の屋台で出すイカ団子(スクワボール)。イカを潰して小麦粉をまぶして団子にしてスープの中に入れて食べるウェステリア定番の食べ物である。


 その中でも海風亭が出すイカ団子は通称『溶岩の卵』と呼ばれる代物であった。最初は店主が他のイカ団子との差別化を図るために、中心に唐辛子ルコで作ったソースを入れたところから始まる。


 この辛いイカ団子が評判になり、店は繁盛したのだが、辛いもの好きの客がどんどんリクエストをするものだから、辛さの度合いがエスカレート。


 イカ団子を練る段階で最も辛いとされる緑色の唐辛子(グリーンデビル)を練りこんだ緑色のイカ団子。スープは赤い唐辛子ルコでドロドロにし、さらにアツアツに熱しているのでまるで溶岩に浮かぶ不気味な緑の卵である。


 しかもこの卵の大きさは尋常ではない。1つが直径30ク・ノラン(15cm)ある。ソフトボール大の大きさである。これを10杯食べるとタダなのだ。量もとんでもないが、まず、この辛さにほとんどの人が耐えられない。


 大人がヒーヒー言ってなんとか食べられる量が1杯なのである。これを10杯食べるのは不可能に近い。


「父様。激辛は父様の領分にゃ。ここはお任せするにゃ」

「うむ。わが娘よ。まずは父の勇姿を見るだぎゃ」


 猫仮面1号がボーダーに挑戦する。


 まずは1杯目。


 グツグツとマグマにように煮立てられたイカ団子スープが運ばれてくる。


「フーフー。舌が焼けるような熱さだ。熱もまた美味。辛さを引き立てるって……おい!」


 ボーダーは目を丸くした。このメチャ熱いイカ団子スープを猫仮面1号はひるみもせず、一気に飲み干したのだ。


「むおっ……辛さがちょうどいい」

「な、なんだと!」


 猫仮面の言葉にボーダーは驚く。とてもじゃないが、この熱さのスープを一気に飲み干すことはできないはずだ。


「あ、熱くないのか!」

「父様の体はどんな熱にも耐えられる耐熱仕様なのにゃ」


 娘の猫仮面2号がそう平然と答える。呆気にとられて食べるのを忘れているボーダーに変わって、先ほど大食い勝負で勝利したマスティフが突っ込む。


「耐熱仕様って何なんだ?」

「さあ?」

「そもそも、お前ら猫仮面だろ、猫舌じゃないのか?」

「そういう設定はないにゃ」

「設定ってなんだよ!」

「わからないにゃ~」


 そう言って腕組みして頭を傾げてとぼける猫仮面2号。


 その間にも食バトルは進んでいる。熱々スープを飲み干して次に段階に進む。


 猫仮面1号は残ったソフトボール大のイカ団子にかぶりつく。それも大口を開けてわずか3口で食い尽くす。


「ば、馬鹿な!」


 ボーダーも大口で食べ物を瞬殺できるが、さすがにこの大きなイカ団子は苦戦する。イカ団子は弾力性があり、意外と噛みごたえがあるのだ。ボーダーでさえ、10回は噛まないとお腹に入れられない。それを猫仮面1号は3口。でかい口ということもあるが、噛む力も強いのであろう。


「はぐはぐはぐ……驚くことはない。我の噛む力はお主の3倍。スピードでは負けぬ」

「く……悔しいがスピードでは勝てない。しかし……」


 ボーダーは猫仮面1号の食べっぷりを鋭く観察する。


(熱い食べ物を苦にしないというか、この辛い食べ物を屁ともしない……。この面でも互角以上ってことかい……。だが、この勝負はどれだけ食えるか。スピードでは劣っても最終的に逆転すればいいだけのこと……)


 だが、猫仮面1号の食べるスピードは落ちない。いくらなんでも5杯目くらいからはスピードが落ちるはずだが、その気配もない。


「な、なぜだ。この料理が辛くないのか?」


 猫仮面1号の平然とした食べっぷりに見ていたバーナードは、食べ終わった器にわずかについた汁を指先につけて舐める。


「ぐわっ、ゲホゲホ……か、辛い……スープですらこの辛さ……」


 まさに喉を焼き、胃を発熱させ、体中を燃焼させる辛さ。これを大量に摂取するのは、体の危険すら感じる。


「この辛さが何ともないのか?」


 ボーダーでさえ、辛さに耐えている素振りがあるというのに、猫仮面の食べ方には躊躇がない。バーナードもマスティフも敗北の予感が初めて湧いてくる。こんな感覚は今まで一度も抱いたことはない。


「父様は辛さを感じる感覚が通常の3分の1しかないにゃ。だから、どんな辛いものも苦にならないにゃ」


「マジかよ!」×2



 7杯、8杯……9杯。


 どんどん食べる猫仮面1号。ボーダーも食べ進める。スピードこそ劣るが、辛さへの耐性と量に関するキャパシティはボーダーも化物並だ。


「ゴクゴクゴク……うん。これはうまいだぎゃ。ファルスの都はまさに食の宝庫だぎゃ。お姉さん、もう1杯」


 10杯目を食い終わって、猫仮面は平然と11杯目を注文した。これにはボーダーも心を折られた。

10杯は食えると思っていたのに、そこがゴールではなく、しかもはるか遠くに置かれてしまったのである。


「ぐ……無念……だ……」


 猫仮面1号が11杯目を食い尽くし、12杯目を注文したのを見てボーダーは降参した。9杯で挫折である。10杯完食はいけただろうが、もう精神がズタボロである。


 ボーダーの敗北に見ていた見物人も拍手喝采。王者交代の興奮に大歓声が沸き起こる。これまで負け続けてきただけに、ウェステリア人の誇りを取り戻したという満足感がそうさせたのであろう。


「く……激辛勝負は負けた。だが、まだ完全に負けたわけではない。次の勝負だ。甘味対決でこのバーナードが雪辱を果たす」


「いいにゃ。今度はわたしが相手するにゃ」


 猫仮面2号がツルツル頭のバーナードと向き合う。猫の仮面を付けた少女とフランドルの軍人。異色対決に観衆の興奮もヒートアップする。


「対決するのは、絨毯カステラ(カペトカスチラ)だ」


 カステラ(カスチラ)は卵と牛乳と蜂蜜、小麦粉で作られたこの世界の定番のお菓子である。しっとりして甘い人気のお菓子である。


 そしてファルスの都にある老舗のお菓子屋「天使の羽」で提供する絨毯カステラなるものは、部屋に敷く絨毯のようなカステラ。その大きさは6畳の広さのカーペットの広さに相当する。厚さは16ク・ノラン(約8cm)。量にして軽く100人前はあるだろう。


「うむ。これはすごい。ウェステリアで食べてみたいと思っていたものがここにある」


 甘味が大好きなバーナードはこのカーペットの壮観なカステラを見て、そう褒めた。通常はこれを切って販売しているのだが、今からはこれを食べるのだ。


「さすがに大食いに自信はあるとはいっても、この量を完食するのは人間には無理だ。このカステラ(カスチラ)の真ん中に線を引き、どちらが先にそれを突破するかだ。勝負は食べた面積で決めよう」

「わかったにゃ」


 バーナードはそうルールを説明したが、この勝負はどう考えても自分の勝ちだと思っていた。体の大きな男ならともかく、目の前の猫仮面2号は小柄な女の子だ。どうあがいてもせいぜい2人分か3人分が限界であろう。


 ましてや真ん中に線を引いたところまでたどり着けるはずがない。バーナードでさえ、真ん中までいけるかどうかは自信がない。


「それでは制限時間は2時間。よーいはじめ!」


 天使の羽の店主が合図を送る。店頭での勝負で通常は迷惑な話であるが、ものすごい数の見物人がついでに店の商品も買っていくから、店としても全面協力である。


「ふん。やはり小娘。そんなおちょぼ口では、食い進められまい」


 バーナードは両手でカステラを掴み、ちぎると交互に食べる。その食べ方は豪快。一人分をわずか1分ほどで食べ尽くす。


 猫仮面2号はちょこちょこと指でつまんで口に運んでいる。これではなかなか進まない。これは勝負あったかに見えたが、30分ほど経って状況は変わってきた。


(う……予想していたがこれほど早く腹に来るとは……)


 豪快に咀嚼していたバーナードのスピードが明らかに落ちた。カステラは思いのほか重い。カロリーも高いし、腹にたまる。30人分は食い尽くしたバーナードの腹はパンパンに膨らんでいる。


(あの娘……なぜ、スピードが落ない)


 猫仮面2号はパクパクと食べ進め、バーナードに追いつきつつある。それなのにその小さな体にはまるで変化がない。まるで魔法にでもかけられ、幻惑を見ているような感覚に囚われる。


「ふふふ……。どうやら、娘の恐ろしさに気づいたようだな」


 先ほどの激辛勝負で勝利した猫仮面が、涼しい顔でそう説明し始めた。負けてぶっ倒れているボーダーとは対照的である。


「娘、猫仮面2号のネズミ食いは、食べれば食べるほどスピードが上がるだぎゃ」

「な、なんだと!」


 確かに最初よりはスピードが上がっている。最初は差があったのにもう追いつかれつつある。食べ方が加速しているのである。


「い、いくらなんでも限界があるだろう!」


 猫仮面2号は小さな体。物理的に無理があるはずである。だが、食べられたカステラは圧縮されたのか、まったく体に変化をもたらさない。


 が、突然、高速のねずみ食いがピタッと止まった。時間が止まったかのように。これには恐怖を感じていたバーナードもマスティフも安堵した。相手が化物ではなくて、人間だと思い直したのだ。


「残念だが違うな。娘はある程度食べると覚醒するのだ。脳の制御リミッターが外れて、さらにスピードが上がる」

「な……」

 

 また食べ始めた猫仮面2号。次々と消えていくカステラ。もう一心不乱に食べる姿は神々しいとさえ思える。


「お……最終段階か」


 猫仮面1号がそう言うと同時にまた食べるのが止まった。それは最後のリミッターを外す時間。猫仮面2号の目が炎を宿した。


「秘技、食士無双、満漢全席にゃ!」


 変な技名を叫んだ猫仮面2号は、休憩している唖然としているバーナードの陣地まで食い尽くし、ついには7割まで達した。最後の欠片が口に入れられたとき、絨毯カステラは忽然と消えていた。


 猫仮面2号の完全勝利である。


「ニコちゃん、猫仮面なのに猫舌じゃなくて耐熱仕様だとか、必殺技がねずみ食いの食士無双だとか、おもしろい人たちだね」

「……その話を聞いた時に何だか……と思ったんだ」


 夜の熊亭に向かう馬車の中で、二徹は猫仮面の話を詳しくニコールから聞いた。昨日、ニコールが町で聞いた話を話してくれたのだ。今から、猫仮面たちと青い三連星の最後の男、マスティフとの決戦の場に赴く途中である。


「ニコちゃんの心配は何?」

「いや、心配というか、なんというか……。その猫仮面とやら。心当たりがあるような気がする。いや、気のせいだと思うが……」


 ニコールの心配をよそに馬車は目的地に近づきつつある。


 そこには、店の前に置かれた巨大な鉄板が置かれ、たくさんの見物客がこの戦いを見ようと殺到していたのである。



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