ウェステリア風お好み焼き
11月25日 第1巻発売予定です。 結構、目を引く表紙です。お楽しみに!
「二徹様、何かアイデアがあるのですか?」
飲食組合の役員たちが帰った後、お茶の片付けをしていたメイはそう二徹に尋ねた。二徹が引き受けたということは、何かアイデアがあるということをこの賢い犬族の少女は気づいている。
「そうだね。ベースとなる料理は決めたんだけどね。問題は具材をどうするかだね」
「ベースとなる料理ですか?」
「うん。お好み焼きを作ろうと思うんだ」
「お好み焼き?」
初めて聞く言葉にメイは思わず聞き返した。いつも二徹には驚かされている。お好み焼きという料理もこれまで二徹が作ってきた珍しい料理の一つなのであろうとメイは思ったのであろう。
「論より証拠だよね。ちょうど、基本的な材料はありそうだから作ってみるよ」
二徹はキッチンで買い置きした材料を取り出す。お好み焼きは適当な材料で作ることができるが、なくてはならないのは薄力粉。これに卵とキャベツは必須だ。具材はなんでもいいが、買い置きしていた中にあったのは豚肉の薄切り。これで豚玉ができる。
「じゃあ、メイ、手伝ってくれるかい?」
「もちろんです、二徹様」
「じゃあ、キャベツを千切りにしてくれるかい?」
「はい」
メイは自分の包丁を取り出すと、キャベツを刻み始めた。二徹は薄力粉と卵、鰹節からとった出汁を混ぜ合わせる。
メイが刻んだキャベツとそれをサクッと混ぜ合わせた。
鉄板に多めの油をしいて熱し、先ほど混ぜ合わせたタネを鉄板に丸くなるように流し込んだ。じりじりと音がする。
その上に豚肉のバラ肉の薄切りを3枚並べて乗せていく。
しばらくすると、少し膨らんでくる。やがて片面に焼き色が付き始めた。肉を焼くときに使う金属のヘラを使い、それをひっくり返す。
「膨らんでいるから、ついここで押えたくなっちゃうけど、押えてはいけないよ。お好み焼きは空気が大事なんだ」
「そうなんですね」
「まだ、いろいろと材料が足りないけどね。一応、焼けたから試食してみよう」
お好み焼きソースがないから、いつも使っているウスターソースとマヨネーズをたっぷりとかける。青のりや紅ショウガをいれたところだが、それもない。代わりに鰹節を削ったものを乗せる。現地点では
「なんちゃってお好み焼き」である。
「はむはむ……変わった味ですね。ソースとマヨネーズの味が新鮮だと思います。」
「う~ん。やっぱり熟成したお好み焼きソースがないと味に深みがない」
「でも、面白いと思います。こんな食べ物は食べたことがありません。ただ、ちょっと食感が重いですね」
「そうだね。小麦粉だけなので、焼き方に気を付けてもどうしても生地が重い感じになるね」
生地を軽くすために揚げ玉とか、山芋パウダーやヤマトイモなどを混ぜることが多いが、ここウェステリアでは、そのようなものがない。生地をどうサクッとした感じにするかは課題がある。
(う~ん。ソースは時間がかかるけど、加速能力を使えば熟成の問題はなんとかなるだろけど……。生地の改良も工夫しないと……)
「二徹様、これはいろいろと工夫ができると思います。中にいろんな具を入れて焼けるところがいいですね」
メイはお好み焼きの可能性に触れてくれた。ちょっと、ソースが口元について、かわいい表情である。
青い三連星はウェステリアならではの料理と注文していた。お好み焼きは彼らも食べたことがないから、料理自体は驚かせることができる。ウェステリア風となるとどんな具を入れたらよいか悩むところだ。
それに今回はメガ盛りである。食べられそうで食べられない量と内容の設定も考えなければならない。
「ウェステリア風というのは難しいですけど、ここファルスの都は海の幸が美味しいですら、海鮮メインのお好み焼きというのはどうでしょうか?」
「海鮮か……海の幸となるとエビとかイカ、貝柱がよくある具だけどね。明日、ミルルの魚屋で見繕ってみよう」
「はい、二徹様」
とりあえず、二徹はケチャップと自家製のウスターソース、醤油にはちみつを混ぜて、お好み焼きソースの仕込みをしておく。少し火にかけて水分を飛ばし、あとはチート能力の加速を使ってソースの熟成を進めておいた。
*
次の日。二徹はメイを連れて、ウェステリア風お好み焼きの具を探しに市場へと足を運んだ。まずはメインの具である。
お好み焼きの具ならば、まずはイカ。イカ玉は定番の具材である。ここウェステリアでもイカはよく食べられている。そしてエビ、豪華な奴ならホタテの貝柱なんて入っているものもある。
「二徹さん、イカなら今日はいいのがたくさんあるよ」
そういって魚屋のミルルは今朝、取れたばかりのイカを見せる。身は半透明、腹が膨らんで目が黒々としている。かなり状態はいい。
「メイ、鮮度のよいイカは色で判断できるんだよ」
二徹はそうメイに説明する。メイは聞きもらさないよう耳をぴくぴくさせて集中している。
「身は透明なのがいいね。古くなると白くなる。皮は赤黒いのがいい」
「胴体が膨らんでいるのがよいようですが、なぜなんですか?」
「メイ、いい質問だね」
二徹はメイの頭をそっと撫でた。なんでも理由を聞くことはいいことだ。そこに疑問をもたないと人間という動物はすぐ忘れてしまうのだ。
「イカは古くなると内臓が崩れてくるんだよ。そうなると身がぺしゃんこになる」
「なるほど……ミルルさんの店はみんな膨らんでいますね」
メイは店先のイカを見る。どれもよさそうだ。だが、二徹の顔は曇っている。お好み焼きを食べたことがないのだから、イカ玉を出しておけばいいのだが、定番のイカ玉をウェステリア風というのはちょっとインパクトがない。
イカ自体が、この世界では珍しい食べ物ではないことも理由でもある。それで他にはないか、二徹はミルルの小さな店を見渡す。店頭の魚はどれも新鮮だが、お好み焼きの材料となるとどれもピンと来ない。
「あれ、そのバケツはなに?」
店頭ではなく、奥のスペースに意味ありげなバケツを二徹は見つけた。
「ああ、これですね。これはタコですよ」
「タコね……。そういえば、タコはあまり店頭に置いてないね」
以前、二徹はシーフードピザを作った時にタコを使ったことがある。それもたまたまミルルの店に置いてあったので使ったが、いつも置いている食材ではない。
「タコは下処理が難しいですからね。でも、これを食べるのはウェステリア人だけですよ」
「え、なんだって?」
「昔からタコを食べるのはウェステリア人だけなんですよ。レシピが少ないから、一般の人は家庭ではあまり食べなくなりましたけど、今でも船乗りさんたちは、タコを熱したオリーブオイルに入れて食べていますよ」
「そうだったんだ……」
「実はこのタコは間違えて発注してしまって、返品になってしまったんですよ。スパニア西部のバスラ地方の料理を出す店の店主が、言葉間違えて注文してしまったんです。向こうのミスだけど、上得意様だし、バスラ料理にタコなんて使うわけないのにこっちも確認しなかったので引き取ったのです」
「ふーん……そうなんだ。ウェステリア人しかタコは食べない……」
二徹は閃いた。タコを具材にしたらウェステリア独自のお好み焼きになりそうだ。
「ミルル、そのバケツのタコを譲ってくれないか?」
「二徹さんが買ってくれるなら助かります。でも、いいんですか? 全部で10匹以上いますよ。お店で出す予定だったので」
「ちょうど、たくさん必要だったから助かるよ」
「それでしたら、本当にありがたいです。なにせ、これ下処理すること知らない人が多いので、買ってくれるところが限られていますから。今から売るのは辛いと思っていたのですよ」
「それで店頭に出さなかったんだね」
「おかげで今日の夕食、タコ三昧になるところでしたよ。」
そう言ってミルルは嬉しそうに片目を閉じた。商談成立。これでミルルの家の夕食がタコのフルコースになることはない。タコの入ったバケツをそのまま二徹に手渡した。
*
「メイ、タコの下処理は見たことなかっただろう?」
「はい。伯父さんのところでは扱ったことがないですから」
屋敷に帰った二徹はタコの下処理に取り掛かる。まずは指を入れてタコの頭を引っくり返す。そして包丁を使って内臓を取る。スミ袋を破らないように慎重に行う。
そして、次は大変なぬめり取りである。タコはヌメヌメと粘液で覆われているし、吸盤には汚れが付いている。これを取り除くにはたっぷりの塩で丁寧に洗う。だが、今日はたくさんタコがあるので、一気に下処理をすることにした。
「二徹様、それは古い洗濯機ですよね。そんなものどうするのですか?」
「これを使うと簡単にタコの下処理ができるんだよ」
洗濯機といっても電気で動くものではない。ドラムのような器に衣類を入れて、水と石鹸を入れてハンドルでぐるぐると回して選択するタイプのものだ。
最近、新しいものを買ったので倉庫に古いものをしまいこんでいたのを引っ張り出してきたのだ。いくつかのギアが使ってあるので、ハンドルを一回転させるとドラムは5回転する。
このドラムの中にタコと大量の塩と水を少し入れて、ぐるぐると回す。中でタコが回転して簡単にぬめりが取れるのだ。メイと交代でぐるぐる回すと泡立ってぬめりがほぼ取れた。取り出してさらに塩でくちばしや吸盤部分を丁寧に洗う。
洗濯機のおかげでほぼ取れているから、手間が大幅に節約できる。そして大きめの鍋にお湯を沸騰させてタコを煮る。まずは足からそっと入れて、足が丸まったら全体を入れる。こうすることで、きれいな形で茹で上がるのだ。
「あれ、二徹様。茹で上がったらお湯は捨ててしまうのに、タコはそのままなんですね?」
「ああ。鍋の余熱で蒸すとさらにやわらくなるんだよ。固いのはゴムみたいで嫌われるからね。でも、ある程度の歯ごたえはメガ盛料理には必要だからね」
タコを軟らかく煮る方法はいくつかあるが、この余熱で蒸す方法は簡単でいい。これでタコの下ごしらえは完成だ。
「そう言えば、そろそろ、ニコちゃんが帰ってくる頃だね」
タコの下ごしらえで時間がかなりかかった。メイン料理は別のものを並行して作っていたが、このタコも少し使うつもりだ。タコのアヒージョでも作ろうかなと思っていたら、ニコールが帰ってきてしまった。
しかもニコールは馬を降りると一直線にダイニングへと入ってきた。
「二徹、大変だ、ビックニュースだ!」
「ど、どうしたの? ニコちゃん」
ニコールの様子がうれしそうなので、そのニュースとやらがよいニュースであることは想像がついた。
「あの大食いのフランドル人。青い三連星の奴ら、大食い勝負で負けたらしい。町ですごい噂になっているそうだ」
「へえ。ウェステリア人にもすごい人がいるんだね。どんな人なの?」
「それがウェステリア人だと思うのだが、変な仮面をかぶった父娘らしい」
「父娘?」
「なんか、変な猫の仮面をかぶって現れたらしいのだ。顔の上半分が猫の仮面」
「猫仮面?」
「そう見た目どおり、猫仮面と名乗ったそうだ」
猫仮面、現わる……。
町で人気を集めつつあった青い三連星を破ったという謎の2人組。
この2人組によって、大食い勝負は新たな局面を迎えたのであった。




