男のプライド 女の甲斐性
3/13 ニコールのオズボーン中尉の呼び方を「貴君」⇒「あなた」へ変更しました。二徹の助言を入れたニコールの工夫です。
「なんだ! 全然、改善されていないじゃないか!」
昨日の続きの会議。考え直せと言い放ったオズボーン中尉は、ニコールの再度提案した作戦に手が加えられていないことを知って激怒した。だが、ニコールはすました顔をして動じていない。
(この女、まさか、俺を排除しようという気じゃないだろうな?)
オズボーンはニコールの頭の中を図りかねているようだ。昨日、彼はこの件から降りるとは言ったが、それはブラフだとニコールは見抜いていた。もし、ニコールが事情を話して別の小隊に変えたとしたら、オズボーンは任務放棄したと判断されるし、周りからも器量の狭い奴だと思われるだろう。ニコールに嫌味を言って困らせるのは良いが、仕事から外されるとダメージを受けるのは彼自身になる。
(それは避けたい……)
そんなオズボーンの心中を見破ったかの如く、ニコールが口を開いた。もうこの男の料理の仕方を決めている。
「オズボーン中尉。あなたの小隊は先回りして平原を固めるんだ」
「だから、それはやりたくない」
「これはお願いだ。この任務は、あなたしかできない。もし、王女殿下を害するものがいたとしたら、滞在時間が長い平原を狙うはず。ここがこの作戦の重要ポイント。もし、戦闘になってもあなたの小隊なら勇猛だし、あなたの指揮なら防御体制は完璧だろう」
「う……分かっているじゃないか、ニコール」
オズボーンの表情を見て取ったニコールは畳み掛ける。ここが攻め時だと考えたのだ。
「まずは城から私の隊で護衛する。あなたの隊は平原に3個分隊を配置して、現場の安全を確保。残り2個分隊は、平原の2つの出入り口を抑える。不審な者の侵入を防ぐ」
「当然だな。それで平原の安全はかなり担保できる」
「昼食の2時間前には城から料理番の馬車が到着する予定。彼らが王女殿下とご友人をもてなす野外料理を作る。王女殿下御一行が到着され、ここで会食。後は私とあなたの部隊で護衛して都へ戻る。これが作戦の全容。王女殿下とご友人に楽しんでもらうと同時に、安全を確保するには、あなたの働きが鍵になると言えるだろう」
「……まあ、そういうことになる……な」
思わぬニコールの態度にオズボーンは動揺しているようだ。ニコールの提案は非の打ち所もなく、そして命令されている方もなんだか気分がよくなってしまう。口調は変わらないがそれが返ってギャップ萌えを起こしてしまう。
「お願いだ」
そう言ってニコールは軽く頭を下げた。その姿を見て、急に優越感がむくむくと湧いてきたオズボーン。形式的でも頭を下げられると悪い気はしないだろう。
「仕方ない。王女殿下のためだ。平原の守備については任せてもらえるのだな」
「あなたの手腕を期待している」
そうニコールに言われて益々気をよくしたオズボーン中尉。士官学校からのライバルでいつも煮え湯を飲まされ続けていたから、こうやって頼りにされると悪い気はしないのだろう。口元が緩んでいる。そして一言。
「任せておけ」
付き従ったオズボーンの副官と副隊長が唖然としている。今日の作戦会議でも色々と注文を付けて、困らせるのだろうと予想していたので、この展開に戸惑ったようである。まあ、ニコールの作戦案は、厳しめに見てもよくできており、特に注文をつける必要もなかったから、2人にとってもこの状況は願ってもないことだ。
「うまくいきましたね」
3人が退室するのを見て、ニコールの副官シャルロット准尉がそう安堵した表情でニコールに話しかけた。正直、今日はニコールが説得すると言ったので、喧嘩になりはしないかと心配していたのだ。
「二徹が教えてくれたのだ。男のプライドをくすぐるように素直に頼んだらと……」
「う~ん。隊長は天然なのか、演技なのか絶妙な頼み方でしたね。もし、キャピキャピと女の子のような頼み方をしたらダメだったと思います。いつも隊長の言い方を変えずに、さりげなく頼むのは女のわたしでもグラッときますよ」
「私には演技はできない。ちょっと、素直になってみただけだ」
「素直ですか……。二徹さんというご主人。かなりできる人ですね」
シャルロット准尉はそれで納得ができた。聡明で実力もある自分の隊長の唯一の欠点は、男に対して意固地なところ。女の武器を使えとは言わないが、笑顔で「お願いします」と言えば、スムーズに事が運ぶのに、それをやらないところがかっこいいところでもあり、もったいないところでもある。長く付き合えば、そういうところも魅力に感じることができる。現にニコール小隊の兵士は、それが分かっていて、ニコールに絶対忠誠を誓っているのだが、そうじゃない人間には若干誤解されてしまうところがある。
(不器用な人ですからね)
「それにしても、隊長のご主人に一度、会ってみたいです」
「そ、そうか……。いつか、折を見て紹介する」
ちょっと照れて顔を赤らめたニコール。こういう顔は珍しいが、ずっとニコールに付き従っているシャルロットは、ニコールにこういう面があることにも気づいている。いつも自分に厳しく、他人にも厳しいニコールだが、こういう姿があるからこそ、小隊の兵士全てが彼女に心酔するのだ。そして、そういう姿はほんの数秒。すぐに隊長の顔に戻った。
「そういえば、シャルロット。例の件は進んでいるか?」
声は小さく、誰かに聞かれないように配慮している。シャルロット准尉もニコールの方に顔を傾けてささやくような声で素早く報告を行う。
「はい。極秘のうちに準備をしています。カロン軍曹にも伝えてあります」
「うむ。作戦開始は2日前からだぞ。軍曹の方は前日夜でよいが、お前の方は急だと不審がられる」
「隊長、任せてください。これでも私、仮病は……」
「シャルロット!」
最後のふさわしくない言葉が廊下に響いた。誰もいない廊下だからか声に比してよく聞こえる。慌ててニコールはシャルロットの口を塞ぐ。どこでこの会話を聞かれているか分からないのだ。このうっかり天然の部下に目で叱りつける。王女の安全もかかっているのだ。ことは慎重に運ばなければならない。




