スイートショック
異世界嫁ごはん 11月25日 オーバーラップノベルスで発売。
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ニコールは自分の部下に彼を近衛隊本部へ送るように命じた。
そして、3人のフランドル軍人に向き直った。
「こりゃ、美人な大尉殿じゃないか?」
「ウェステリア軍の女性士官はレベルが高いぜ」
「強気なその目つきがいい。だが、軍服はウェステリア軍だが黒基調のものは知らんな。お嬢さんは、一体どこの部隊だ?」
マスティフ、ボーダー、バーナードの3人は突然の美人士官の登場に心が躍った。そして、本日3連戦目の突入を決めた。
「AZK連隊付き参謀。ニコール・オーガスト大尉だ。あなたたち3人は、一体、ここで何をしているのだ?」
「見ての通り、ウェステリアの料理を味わっているのだ。フードバトルというおまけ付きですがね。紹介が遅れたが、わしはフランドル陸軍第23歩兵連隊所属マスティフ曹長」
「同じくボーダー軍曹」
「同じくバーナード軍曹」
そう言って3人はニコールを次の戦いへと誘う。
「どうです、大尉殿。甘物でも……」
「せっかくのお誘いだが、お茶の時間はもう過ぎた」
そう断るニコール。だが、3人の目的はあくまでフードバトルだ。
「これは勝負だ。食力を競う、フランドルとウェステリアの勝負。戦争して殺し合うより、平和だと思わないか?」
そう言葉巧みに誘うバーナード。次の勝負は彼が主役なのだ。この激辛店の近くに、シュークリームの店がある。そこは20分以内に50個食べたらタダという大食いメニューがあった。
シュークリームはフランス語でシュー・ア・ラ・クレームから来ている。英語ではクリーム・パフというが、ここ異世界ウェステリア王国では『ベジクレム』という。小麦と卵、水で薄く焼き上げ、膨らませた生地の中にカスタードクリームを注入したものである。
ウェステリアではここにベリーの実を3粒入れるのが定番となっていた。町で食べられるちょっと高級なお菓子である。
1つ銅貨で、20ディトラムくらいからあるが、ここ『キャベツ畑の赤ちゃん』では、1つ50ディトラムする。素材が高級で少し大きいのが特徴。しかもたっぷりとチョコレートでコーティングしてあるのだ。
「これを50個も食べるのか?」
「大尉殿は女だから、ハンディをやる。お共のそのデカイ曹長とペアでどうだ?」
そうバーナードはニコールの後ろで控えるカロン曹長の参戦を認めた。デカイ曹長と言われたカロンは最初から不機嫌そうにしていたが、この言葉に反応した。
「デカイのは体だけじゃないぜ。お前らのような食い気だけのフランドル野郎には乗り換えられない壁だ」
「ククク……いいますな」
「知らないことは罪ですな」
「見掛け倒しの壁にならないことを祈りたいですな」
「な、なんだと、てめえら、俺に喧嘩売るのか!」
カロンは昔、戦場でフランドル兵と戦っている。多くの戦友を戦いの中で亡くしているから、フランドル人を憎む気持ちは大きい。
「喧嘩なんてするかよ。今は休戦中だ」
「まったく、ウェステリアの人間は好戦的だな」
「勝負は平和な方法でつけようぜ」
「ムムム……」
「カロン、この3人の客人の言うとおりだ。乱暴は許されない。そもそも、休戦条約が結ばれて、互いの国民の安全保証を約束している。ウェステリアの軍人がそれを破ることは許されぬ」
そうきっぱりとカロンを制するニコール。しかし、彼ら3人の挑戦については冷静に考える必要がある。お食い勝負は相手の土俵に乗ることになるのだ。
「さすが、美人の大尉殿はよくわかっている」
「さあ、殺りましょうぜ」
「お互いの食力を競う、真剣勝負!」
「しかしだな……」
ニコールは躊躇した。そもそも大食い勝負なんて生まれてこの方やったことがない。ニコールは伯爵令嬢でお姫様だったのだ。カロンはそんなニコールの様子を見て、ここは自分が行くしかないと思ったようだ。
「美人の参謀殿に大食いなんてやらせたら、後で連隊長に叱られる。ここは私一人で十分です。こいつらをギャフンと言わせてやりますよ。世界が広いことを思い知らせてやる」
そう胸を叩くカロン。ニコールも大男のカロン曹長ならば、勝てるような気がした。50個と言っても軽いお菓子である。自分は5個が限界だろうが、カロンなら軽く50個はいけそうだ。
「いいだろう。カロン曹長、ウェステリア軍人の矜持を見せてやれ」
「了解です」
「ククク……どうやら甘味の大食いの恐ろしさを知らないようだな」
バーナードはにやりと笑った。そして、店の店員にシュークリームを持ってくるよう左手を上げた。
大きなシュークリームが50個積まれてやってくる。思ったよりもはるかに大きいのでニコールは目を丸くした。
(こ、これは無理だ……。しまった、敵兵力を見誤ってしまった……カロン曹長!)
カロン曹長も一瞬だけ動揺したが、顔を引き締める。劣勢に追い込まれてもそれを顔に出しては、部下の兵士が動揺する。
「……カロン曹長……健闘を祈る」
ニコールは敬礼をする。
その美しい敬礼姿に奮い立つカロン曹長。
まず一口かぶりつく。
「うぐぐ……」
シュークリームは大きくてカロンといえども1口では食べられない。
かぶりつくと中に入っていたカスタードクリームが怒涛の如く流れ込んでくる。この『キャベツ畑の赤ちゃん』のシュークリームは、別名『閃光のクレム』と呼ばれている。
それはかぶりつくとクリームが口の中に一瞬で溢れてくところから来ているが、それだけギュウギュウにクリームが詰められているのだ。
(ククク……何も知らない素人が……。甘味の大食いは考えているほど楽ではない)
甘味の大食いではこの青い3連星の中でも、一番を誇るバーナードは、ピカピカの磨き上げられた頭を輝かせ、クリームをチュウチュウと吸い込んでいく。
(特にこのシュークリーム……軽そうだからいくつも食べられると思いがちだが……なあ、曹長さんよ。綺麗な大尉殿にいいところを見せようとして冷静な判断を欠いたようだな。今頃、気がついたと思うが。このシュークリームは通常の3倍だ!)
バーナードの推測どおり、カロンはシュークリームを一つ食べ終えたことで、自分がとんでもない深みにはまったことを知った。
(なんだ、このカスタードクリームの量は……1つにつき、200ジレム(200g)は入っている……待てよ、俺はいくつ食べるんだった!?)
1個に200ジレム(200g)ということは、10個で2ゾレム(2kg)。50個ということは10ゾレム(10kg)のカスタードクリームを食べるということだ。それは通常の人間の許容量をはるかに超える量だ。
カロンは頭からさっと血が引いていく自分に気がついた。この感覚。完全に組みあがった敵の方陣めがけて、単独で突入するのに匹敵する困難な状況だ。
(やるしかない。ウェステリアの名誉のために!)
カロンは右手と左手にシュークリームをもち、交互にかぶりつく。流れるクリームを急いで舐めて口に放り込む。それでも漏れたクリームでベタベタになる手。それを舐めつつ、次の敵に挑む。
「はふ、はふ……これで10個……どういうことだ……胃が重い……まるで鉄の鎖を付けられたようだ」
11個目を口に運ぼうとして、カロンは体がうまく動かせないことに気がついた。これは体の無意識の防衛反応。胃に溜まった2kgのクリームの油脂成分が体を鈍らせる。
(ふふふ……。甘味の大食いの怖いところは、軽いから食べられると錯覚するところ。最初から飛ばしすぎて、内臓を痛める。痛めたダメージは短時間で広がり、体全体のコントロールを狂わすのだ)
バーナードは最初から同じスピードで食べている。ゆっくりと食べて体を慣らしていく。甘いお菓子はカロリーが多く、そして味もだんだんと単一化していく。甘いという感覚だけが重くのしかかり、食べようとする意思をいとも簡単に折るのだ。
「スイートショック」と呼ばれる現象である。一度、心が折れると急激に高まる満腹感でもう一つも入らなくなる。たとえ胃に余裕があってもだ。
「おやおや、曹長殿。20個で終わりですか? まあ、これを20個も食べられるのは、普通ではありません。よく健闘したと思いますよ」
そう言って30個目のシュークリームのクリームをチュウチュウ吸う。バーナード。クリームが抜けてクシャっと潰れた皮を口に放り込む。
「カロン、無理するな」
心配そうに見つめるニコールの姿にカロンはもう一度、精神力を奮い立たせた。
「ううう……参謀殿……くそ、こんなところで終われるか!」
カロン曹長は2つのシュークリームを両手に取り、交互にかぶりついた。だが、その行為で意識がプッツンした。甘い衝撃(血糖値)が心を折ったのだ。
後ろへゆっくりと倒れていくカロン。口からクリームがまるで血のように流れ出した。勇者の彼もシュークリーム20個で限界に達したのである。
(ニコール大尉……すまぬ……)
「カロン……!」
薄れる意識の中で、ニコールや兵士が駆け寄るのが見えた。倒れるカロンを抱き抱える。膝枕をしてもらったカロンは気持ち悪さをしばし忘れた。
(うおおおっ……戦いは敗れたが……これはこれで約得かもしれない……。なにげにいい匂いもしてくる……あのニコール大尉の膝枕……って!)
記憶が薄れる中、カロンは膝枕をして覗きこむ人物の顔を見た。
ニコールではない。
ニコールの後ろに従っていた兵士のボブ上等兵(45)である。
彼はカロン並に体の大きなひげもじゃ男である。
「曹長、大丈夫ですか! 気を確かに!」
「な、なぜだ~なぜ、お前なんだ~。うぷ……ううう……」
「え、曹長、まさか!」
「うげえええええええええええっ!」
ボブ上等兵の膝の上に全てをぶちまけて、カロン曹長は担架に乗せられた。そんな凄惨な最後を尻目に、バーナードは50個目のシュークリームを美味しそうに口に放り込んだのであった。
表紙のニコちゃんが可愛すぎて……。もうたまりません!




