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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第14話 嫁ごはん レシピ14 メガ盛り、ウェステリア風お好み焼き
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青い三連星

 ファルスの港に降り立った3人の男は、降りてきた客の中では異様であった。3人とも犬族の男たちで身長は360ク・ノラン(180cm)で体重は100ゾレム(100kg)を超す筋肉質の巨漢である。

 

リーダー格の男の頬には斬られてできたと思われる大きな傷がある厳つい顔。その後ろにいる男は顎から頬にかけて髭を蓄えている。ヒゲの男の後ろの男は、髪の毛をきれいに剃り上げ、磨き上げられたそれは太陽の光を受けて輝いている。


 それぞれオシャレに決めているつもりだろうが、周りから見るとムサイおっさんである。頭から生えている犬耳がちょっとお茶目であるが、顔も怖い部類に入るので、船の中で何度も子供に泣かれてしまった。


 この日に焼けた中年のおっさんたちの職業は一目瞭然であった。


 青を基調としたフランドル歩兵下士官の軍服。男たちの名前は、頬に傷があるのがマスティフ。髭面の男がボーダー。そして頭部が光を反射している男がバーナードである。


 なぜ、ウェステリア王国と対立するフランドルの軍人がわざわざやって来たのか、港で彼らを見る人々は訝しがった。


 ただ、戦争は大陸で行われていたのでウェステリア国民は、被害にはあっていない。よって、敵国フランドルの軍人に対して嫌悪感はあまり抱いていない。


「ふむ。始めてこの国に来たが、なかなかよいところだ」


 そう頬をさすってマスティフが辺りを見回す。髭面のボーダーはポケットから取り出したガイドブックをパラパラとめくっている。


「隊長、手始めに1軒、殺りますか?」


 ボーダーの物騒な問いに光り輝くバーナードは首にかけた首飾りを手に持った。それは小さな樽状の飾りが付けられており、そこには気付けのための強い酒が入っている。蓋を開けてチロっと舐めた。


「殺りましょうぜ。いい匂いがしてきた」

「よし、殺るか」


 マスティフはそう物騒な言葉で同意した。3人は大きなズタ袋を肩に背負い、まず本日の第1目標である港に近い狐族が経営する天狐屋てんこやに向かった。天狐屋は美味しいと評判の定食屋であるが、最近、名物のパスタ(ピコッタ)の超大盛りメニューが人気を呼んでいた。


トマトベース(レドラベース)ナス(エプラ)玉ねぎ(ゲイギ)ピーマン(グリベ)ベーコン(バービン)が入ったオーソドックスなものであるが、その量がハンパではない。


 まずパスタの量はバケツで大盛り。5ゾレム(5kg)はある。テーブルの大きさと同じ特注の鉄板に30個の卵を焼いたものの上にこのパスタが乗る。トッピングにソーセージ(ブルスト)が20本が突き刺さる。


 こんな量はまず食べられないということで、これは客寄せのためのメニューであることは周知のことである。それでも大食いを自称するものが挑戦して、みんな屍を晒していた。


 成功すればお代はタダ。失敗すれば金貨1ディトラムというものである。1時間以内にこれを完食することが条件である。


「おい、メガ盛り1つもってこいや!」


 どかっと椅子に座る3人組。ウェイトレスの女の子が恐る恐る尋ねる。


「あの……本当によろしいのですか? お客さんのように体の大きい方でも苦しい量ですよ」

「ああ、問題ない。まずは、このマスティフが挑戦する」

「まあ、ここは隊長に先陣をきってもらいましょう」

「そうだな。ボーダーと私は次の店で活躍するとしましょう」


 そう笑ってマスティフの挑戦を見守るボーダーとバーナード。リーダーの戦いぶりを観戦するらしい。

やがて、大きな鉄板が運ばれてくる。これはウェイトレスの女の子一人では持てない。店主と二人がかりでワゴンに載せられてきた。


 ジュウジュウと音を立てて、下に敷かれた卵焼きがブクブクと動いている。トマトソースに絡められたパスタが香しい。


「うむ。見た目良し。そして匂いよし。さて、少女よ。この料理、1時間で食べきったらタダということだが、30分で食べきったら、店の看板をもらって行ってよいか?」


 そうマスティフは店主に要求する。もし失敗したら、料金は倍払うとまで言った。


「そ、そんな……さすがにこの量は食べきれないでしょう。しかも半分の時間で。そんな約束できませんよ。お客さんの体が心配になります」


 そう狐族の店主は固辞したが、マスティフは諦めない。彼らの言う「る」とは、大食いが成功した証として、店の看板を奪い取ることなのだ。


「いいじゃないか、店主。万が一、看板を取られても、また新しいものを作ればいい」


 そうフォローをするボーダー。狐族の店主はこの怖そうな3人組にビビって、それ以上拒否ができなかった。


それにさすがにこれは食べきれないだろうという読みもあった。これまでも挑戦した者もいたが、みんな失敗している。1時間で半分も食べきれなかった。それでつい許可をしてしまった。


「それでは行くぞ!」


 マスティフはフォークを取るとパスタを絡め取る。そして一口食べた。咀嚼しながら目を閉じる。


「うむ。これはセント・フィーリア地方の料理と味付けが似ておる。だが、トマト(レドラ)の酸味がわずかだが強い。その分、さっぱりとした感覚を食べるものに与える。そして、このパスタ(ピコッタ)の腰の強さ。これは茹で上げた時間が絶妙だったのであろう。店主の腕がよくわかる……」


 2口、3口と食べ進める。咀嚼しながら次々と飲み込む。口の周りがトマトでベトベトになるが、お構いなしである。食べるスピードが落ちない。天狐屋の店主もウェイトレスの女の子も、周りの客も注目する。


(半分だ、半分まではみんなこのペースで食べる…)


 このメガ盛り料理に挑戦して敗れていった者を幾度となく見てきた彼らは、ここまでは予想の範疇であった。


そして半分を過ぎたあたりでみんなうなだれ、口に運ぶスピードが遅くなるはずであった。


「うむ。底に敷いた卵の甘いことよ。そしてソーセージ(ブルスト)が香ばしく、噛むとプッキプキに破れて肉汁が飛び出す。これがやや飽きたトマト(レドラ)の味をリセットし、また食欲を掻き立てる……うおおおおおおっ!」


 スピードが落ちない。むしろ、上がっていく。量が量だけに、いくら食べても鉄板の底が見えるのかと誰もが焦燥感に囚われ、心が折れるのが普通である。しかし、マスティフの凄まじい食べ方により、20分を過ぎる頃には底が見え始め、30分まで5分を残して完食してしまった。


ナプキンで口を拭きながら、マスティフはこう言い放った。


「店主よ。この料理は旨すぎた。つい早く食べてしまったではないか!」

「ま、負けた……」


 ガクッと膝をつく店主。あまりの豪快な食べっぷりに周りの客も声も出ない。


「それでは店主よ。約束どおり、看板をもらっていくぞ」


 ボーダーは天狐屋の木の看板を外す。


「ま、待ってください。どうして看板なんかを……」


 店主は力なく尋ねた。天狐屋は新しい店で看板も新調されたもの。だが、それは店の誇りでもあった。約束とはいえ、それを取られるのは屈辱感を感じる。


「決まっているではないか。我らはフランドルのフードソルジャー。こうして店の挑戦である大盛りメニューを食らいつくし、屈服させることを趣味としているのだ。看板は勝利の証であるのだ」


 太陽の光を反射し、神々しいまでに輝く頭頂部。バーナードがそう勝ち誇ったように腕組みをして立ち上がった。


「ああ! 聞いたことがあるぞ!」

「わ、わしも聞いたことがある。フランドルの大食い3人組……確か、名前は……なんと言ったか……」


 客の中に船乗りが何人かいて、大陸で有名な3人のことを思い出した者たちがいた。しかし、騒ぎを聞きつけて店にやって来た一団に遮られた。


「これはどういうことだ。何を騒いでいる?」


 やって来たのは近衛隊の制服に身を包んだ3人。パトロール中であったオズボーン中尉と兵士2人である。


そう叫びながら、馬から降りて人だかりをかき分けて騒ぎの中心まで突き進んできた。


「これは、これはウェステリア軍の軍人か……見たところ、近衛隊のようだが」


 バーナードがオズボーン中尉にそう聞いた。ボーダーはオズボーンのつま先から頭のてっぺんまでを見て鼻で笑った。


その態度に気分を害したオズボーン。語気を荒げる。


「なぜ、ここにフランドルの兵がいるのだ!」

「おや、中尉殿。今はウェステリアと我がフランドルは休戦状態。別に旅をしていてもおかしくはないでしょう。それともなんですかい、ここで戦うって言うんじゃないでしょうね?」


 ニタニタと笑うボーダー。あごひげを片手で撫で上げ、オズボーンを値踏みしている。


「無論、今は休戦中だ。君たちに危害を与えるつもりはないが、何を騒いでいるのだ!」


「我々はウェステリアの食物屋を屈服させるために来たのだ。まずは、最近、有名なこの天狐屋の大盛りメニューを撃破した。この国に滞在中、我々はウェステリアで様々なフードバトルを挑み、その全てに勝利する予定だ」


 オズボーンの問いにそう答えるバーナード。食べ終わったマスティフは余韻を味わうかのように、水を一口、口に含み、そしてゆっくりと流し込んでいる。


「フードバトルだと?」

「ああ。そうだよ、中尉殿。これは死なない平和な戦いだ。しかし、食べるという基本的なことで競う過酷な戦いでもある。これに勝利することは我がフランドル民族の優秀さを世に知らしめることにつながる。いわば、これは代替戦争とも言える」

「今、この店の大盛りメニューを撃破した。ウェステリア人より、フランドル人の方が優秀ということだ」

「なんだと!」


 実際にはこの3人は犬族であるので、民族の違いはないのだが、あえて国の違いを強調している。


「まあ、待て。ボーダー。この中尉さんには体で思い知らせないと理解してもらえそうもない」


 右手でそうボーダーを制したマスティフ。ウェステリア上陸早々に面白い戦いができると笑みを浮かべる。


「体で思い知らせるだと! 面白い、何で戦うのだ。素手で殴り合う? 剣術か?」


「おっと、そんな物騒なことはしないさ。我々は平和に優劣を決める。ちょうど、近くに激辛大盛りの店があったな」


「マスティフ、ということは俺の出番か?」

「ああ、このエリートの近衛隊士官の坊やに思い知らせてやれ」

「おい、激辛の店ってなんだ?」


「中尉さん、フードバトルで勝負ですよ。それとも王宮のお飾りの近衛兵は、そんな勝負は受けないというのですかね。それはそれで我々にとっても勝ちですがね」


 マスティフの挑発に激昂するオズボーン。どんな勝負か分からないが、突っ込んでいく。


「いいだろう。キサマらをそれで撃破してやる」


 オズボーンはそう啖呵を切った。




 見ていた観客の中で3人組の噂を完全に思い出したものがいる。


「あ、あれはフランドルの青い三連星。大食いであらゆる店の大盛りメニューを食らいつくし、大食い勝負で負け無しの3人組」

「ああ、俺も思い出した。早食いのマスティフ、激辛のボーダー、甘味のバーナード。青い三連星と呼ばれる男たちだ」


 その青のフランドル軍の軍服を着た3人組はオズボーンと2人の部下を連れて、新たな戦場くいものやへと向かう。


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[気になる点] マスティフはそう物騒な言葉で同意した。3人は大きなズタ袋を肩に背負い、まず本日の第1目標である、港に近い狐族が経営する天狐屋てんこやは美味しいと評判の定食屋であるが、最近、名物のパスタ…
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