シャルロットの面接試験
プロローグはニコールの忠実な副官シャルロット少尉のちょっと昔の話。
「士官学校第28期生、アルディ・バートンです」
「同じく28期生、ハリー・アストンです」
「同じく、レイ・ハスラーです」
「同じく、カリナ・エイプルトンであります」
面接室には5名の士官候補生が入室している。みんな今年、士官学校を卒業予定の士官候補生だ。士官候補生は卒業後の進路を選ばなければならない。
大きくは陸軍、海軍。陸軍なら。歩兵隊、騎兵隊、砲兵隊、工兵隊等、自分が専攻した科目ごとに希望をし、その隊の面接試験を受けて合格すれば、晴れて翌年からその隊の准尉として任官できるのだ。
今から行うのは、陸軍でも花形の近衛隊の面接試験である。見事に合格すれば、小隊長の副官という地位につけるのだ。近衛隊は人気の部隊で、その競争率は激しく、士官学校のエリートが集まることで知られている。
試験官は中隊長と各小隊長。特に小隊長のうち、今年から昇格したものは自分の副官を決めることにもつながるから、その選抜はより厳しい目で見ることになる。
ニコールも小隊長として面接官を務めている。この部屋の面接官は全部で3人。ニコールとオズボーンの小隊長。そして中隊長のジョシュア中佐である。
「君は名乗らないのか?」
ニコールは最後の一人が緊張のあまりか、自分の名前を言い忘れていることを指摘した。軍人の割には背が低い女性候補生である。
「は、はいであります!」
声が裏返ったその候補生は、2回ほど深呼吸をして息を整えた。
「シャ、シャルロット・オードランであります。好きな食べ物はドーナッツとチョコレートのお菓子であります」
「くっ……」
「ククク……」
思わず面接官のオズボーン、ジョシュア中佐も笑い出す。他の4人の受験者も笑いをこらえている。ニコールはくすりともせず、真剣な表情で注意をした。
「シャルロット、好きな食べ物は聞いていない。名前だけを言えばよいのだ」
「は、はいです」
失敗したと思って顔を赤らめるシャルロット。ニコールの表情は変わらないままだ。冷たく鋭い目でシャルロットと他の4人を見る。
「それでは座りなさい」
ジェシュア中佐が座るように手で合図した。5人は用意した椅子に座る。だが、シャルロットは緊張のあまり、座る位置の目測を誤った。椅子の先にお尻を乗せたから、バランスが崩れた。
「きゃっ!」
ドシン、ガチャ、バキ……。
椅子が転がり、派手に尻餅をつくシャルロット。ドジにしても限度がある。もう、他の受験者は笑いをこらえるのに精一杯。顔を引きつらせて、それでも耐えているようだ。
「シャルロット、もっと落ちつけ」
ニコールにそう言われて、オロオロと椅子を元に戻すシャルロット。やっと座るとにっこり笑った。これは大物なのか、ただのドジっ子なのか評価に困惑する態度である。
(コイツはどう見てもドジっ子だろ!)
(この失敗に動じぬ態度……面白い子だ……)
オズボーンとニコールは心の中で正反対の評価をした。両者とも表情は同じで、面接官としての責任を果たそうと真剣な眼差しである。まずは上官のジョシュア中佐が進行する。
「う、うほん……それでは面接を始める。まず最初に、士官学校ではどんなことに力を入れたか話したまえ。まずはアルディ君」
ジョシュア中佐の問いにアルディは、士官学校では戦史研究部に所属し、世界三大会戦と呼ばれるジュネーの戦いの検証と研究の成果を答えた。
「ほう……で、君ならジュネーの戦いをどう指揮するのだ?」
そう面白そうに聞いたオズボーン。ジュネーの戦いは士官学校で必ず教わるもので、包囲殲滅戦を学ぶ題材として使われていた。古代の戦いであるが、その戦術は後世の軍人としては学ぶべきものなのだ。
「はい、私なら劣勢の騎兵が破れて左右のスペースを抑えられない時点で、本軍を後退させます。そのままでいては包囲されてしまいますから」
「それでは押し込まれて戦線が崩壊してしまうと思うがな」
「押し込まれても包囲されるよりはマシです。時間を稼げば、敵は長距離を進軍してきた遠征軍。戦略レベルでの勝利を狙います」
アルディの答えは消極的ではあるが、手堅い方法である。これは冒険しないということで、慎重に判断できるという意思表示となる。
「同じ質問をハリー、君が答えたまえ」
オズボーンは隣のハリーに質問する。ハリー・アストンはアストン公爵家の跡取りで、将来有望な若者の一人である。
「はい、僕なら全軍を蜂矢陣に組み換え、中央を突破。突破後、左右に分かれて敵を逆包囲します」
「君は積極的だな。だが、史実は突破できずに包囲されてしまった。結果は全滅だぞ」
「僕の指揮ならば、必ず突破してみましょう」
自信満々にそう答えるハリー。次のレイもカリナもアルディとハリーと同じような答えである。
「さて、シャルロット。君はどう考える?」
同じような答えでもう興味を失くしたオズボーンはそう惰性的にシャルロットに聞く。どうせ、答えは同じか、それとも答えられないだろうと思っている。
「わ、わたしなら……。朝ごはんをちゃんと食べてから戦場に進みます」
「はあ?」
これには眠そうにしていたオズボーンも思わず、ペンを落とした。思わぬ珍回答にたまげた感じだ。ジョシュア中佐も呆気に取られて固まっていたが、ニコールだけは見方が違った。
(やはり、面白い子だ……)
「シャルロット、君はなぜそんな答えをしたんだ?」
ニコールは興味深そうにそう尋ねた。ジュネーの戦いで敗れた古代ローレン軍は、朝飯を食べることなく、会戦に突入し敗れている。
「それはですね。ご飯を食べなくては、兵士は力が出ないからです。きっとそうです。わたしがそうですから」
「……一般的にはそうだが、鍛えられた兵士なら1食くらい抜いても問題ないと思うがな。兵士はピクニックに来ているのではない!」
そうオズボーンは話を切ろうとしたが、ニコールは面白そうに質問を続けた。
「敵の移動が早朝に確認されたのだ。悠長に食事を取っている時間はないだろう。それでも君は朝ごはんを兵士たちに食べさせると?」
「戦いが朝早く行われることは、きっと前日夜には予想できたはずです。だから、ご飯の時間を早くするとか、前日に作っておくとかしておけば、きっとみんなお腹いっぱいで元気に戦えたと思います」
「ククク……」
ニコールは思わず笑った。そういう視点でこの有名な戦いを論じたことは恐らくないだろう。
「シャルロット、君は食べることが大好きなようだな」
「はい。わたし、食べることが大好きなんですよ。もう都中の美味しいお店の食べ歩きが趣味でして……」
「おい、そういう女子トークは他でやってくれ」
面接から脱線したのでオズボーンが止める。だが、ジョシュア中佐はニコニコしている。こういう本音トークを引き出すことで受験者の人柄が分かるものだ。それでも、オズボーンの言葉にニコールは質問を変えた。
「では、私から全体に聞こう。これは話せるものから挙手をしなさい。君たちは、小隊の副官として何ができる?」
「はい!」
「はい!」
手がまっすぐ伸びたのはハリーとアルディ。遅れてレイとカリナ、最後にシャルロットが手を挙げた。
「それでは、ハリー」
「はい。僕は武勇で隊長の安全を守ります。いざとなれば、身を挺して隊長を守ることができます。そのために射撃、剣術、格闘術を極めています」
「なるほど……。ではアルディ」
「私は情報を集め、それを分析し、隊長に作戦を立ててもらえるようサポートができます」
「うむ」
レイは馬術が得意で伝令に素早く走れること。カリナは女子らしく、隊長のスケジュール管理や書類作成の正確さをアピールした。そしてシャルロットである。
「わたしは隊長に美味しいお茶を入れることができます。午後のおやつタイムには、美味しいお菓子とお茶でホッとしていただきます」
「おいおい、今はティーレディを雇う面接ではないのだよ」
そうオズボーンが注意する。シャルロットは顔を赤らめ、下を向いた。
「は、はい……すみません……」
「それでは、これで面接を終了する……」
そうジョシュア中佐が終りを告げた。
受験者が退出すると、試験管3人で採点をする。また、5人の士官学校のプロフィールを確認する。
「これは決まりだな。まずはアルディ・バートン。士官学校主席卒業。銃の腕に剣の腕、乗馬もなかなかのものだ。ハリー・アストンも次席卒業。これも決まりだ」
そうジョシュア中佐が採点表に丸を付ける。この二人はここまでの試験が高得点であった。よって面接前から、ほぼ合格は決まっていた。面接でよほどのことがなければ合格は既定路線であった。
「あとの3人は合格点には足りないな。次の武術の試験を見てみないと。特に、あのシャルロットとかいうドジ娘。あんなのがよく近衛隊の試験に進めたな」
呆れた様子でオズボーンは採点表に数字を書き込む。士官学校卒業したら、全員が近衛隊を志願できるわけではない。成績優秀者しか志願できないのだ。その最低ラインは30番までであった。
「シャルロット・オードラン。一応、士官学校の成績は30位だな」
ニコールはシャルロットのプロフィールを眺める。士官学校の定員は120名だから30位は上位の方である。だから、あのシャルロットが無能というわけではない。
ただ、あらゆる科目が見事に平均値であり、抜きでたものがない。全てが平均値より少し上という成績で勝ち取った30位なのである。
「シャルロット・オードラン。ウェステリア北部の町クアプール出身。父親は陸軍第23師団大隊長アドニス大佐。爵位はナイト。下級貴族出身だな。まあ、能力に秀でたものはないが、気になる人物だ」
「ニコール、同じ女だからといって、えこ贔屓するなよ。女なら先ほどのグループならカリナ・エイプルトンの方がマジだ」
「……いや、彼女は真面目な感じだが、能力は見えている。伸び代がない感じだ。だが、シャルロットは伸びる感じがする。それに何だか、ものすごい能力を秘めている気がするのだ」
「おいおい、ニコール。お前の目は節穴か。あのドジっ子にそんな能力があるものか」
「それに副官はあくまでも隊長のサポートだ。戦いで食事が大事だとか、お茶を入れるのがうまいとか気遣いできるのは悪くない」
「かあ~っ。これだから女隊長は困る。あんなドジな副官では隊長になった奴が苦労するぞ。お前の選ぶ基準は普通じゃない」
オズボーンはそうニコールを批判する。小隊の副官を決めることは、自分たちの副官を決めることになり、優秀な副官が配属されれば自分たちの仕事が楽できるのである。
「ニコール中尉。そういうことなら、シャルロットが合格した場合、高得点をつけた君の隊に配属するが、それでもよいのか?」
そう聞いたのは中隊長のジョシュア中佐。シャルロットの能力には疑問符は付いているが、ニコールのことは信頼しており、彼女の選択には反対はしない。
「はい。それで構いません。次の武術試験で及第点を取れば、我が小隊で面倒をみましょう。いつか彼女の能力が開花する時が来ると私は思うのです」
「まったく、物好きな女だ……」
オズボーンの憎まれ口。だが、ニコールは気にしていない。彼はいつもニコールのやることに反対する男なので、いつもスルーしているのだ。そしてほとんどの場合、ニコールの判断の方がうまくいくのである。
シャルロットはこの面接の後の戦闘訓練の試験で、意外にも高得点を取り、見事に合格を勝ち取った。配属先はニコールの第1中隊第1小隊である。




