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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
幕間 死神の思い出 ~熱々の肉じゃがコロッケ
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悲しみのコロッケ

 死神とエゼルはコンビを組んで暗殺業を続けていた。『蛇骨の巣』を卒業して5年になる。2人は暗殺を引き受けるにあたって、一つの条件をつけていた。


 それは殺す対象が『悪人』であること。依頼者の方も悪人の場合も多くあったが、対象が悪人であれば依頼を受けることを躊躇しなかった。

 

 エゼルはナイフの達人で、すれ違った瞬間に急所を切って倒すことができた。両手にナイフを持たせると取り囲まれても、すべて切り倒す高速のナイフ攻撃は、護衛する兵の中では恐怖の対象であった。


 また死神は、ありとあらゆる武器に通じていたが、得意なのは毒を使った攻撃。吹き矢や毒針、毒を含ませた銃弾。近接戦闘でも素手で息の根を止めることができた。

 

 この2人組は『蜥蜴の堕天使&百足の死神』と呼ばれて、暗殺者の中でも若手の有望株として有名になっていたのだ。

 

 そうなると彼らへの依頼は必然と増える。そして依頼額も高額になっていく。


「なあ、死神……そろそろ、ボクたち、蛇骨の巣から完全に独立したいと思わないかい?」


 報酬の金貨を数えながらエゼルはそんなことを死神に提案した。暗殺で得たお金の半分は『蛇骨の巣』のエージェントに払うことになっている。この契約は死ぬまで続く。


「ソレハダメダ……一生奴ラニ命ヲ狙ワレルコトニナル……」


 契約を履行しなかったり、逃げ出したりしたら刺客による報復を受ける。例え、金額をごまかしても掟破りとして始末されるのである。


「そんなの心配ないよ。君とボクなら、どんな刺客も怖くないさ。それにこちらは命をかけているんだ。何もしない奴らが半分も持っていくのはひどいと思わないかい?」


「ソレモソウダガ……」

「今まで払った金額だって相当なものだし、そろそろ逃げても問題ないと思うよ……」


 確かにエゼルと2人で行動していれば、刺客なんか怖くない。いざとなれば、外国へ逃げることもできる。大陸から逃げ出し、ウェステリア王国へ行くこともできる。


「ダガ……」

「なんだか煮え切らないなあ。君はボクの判断にいつも従ってきたよね。今回は珍しく反対するの」

「……シナイ……エゼルノ判断ニ任セル」

「うん。大丈夫だよ。いざとなったら何処か遠くへ一緒に行こうよ」


 エゼルはガサガサと次の依頼書を取り出した。エゼルたちへの殺しの依頼が書かれているものだ。


「それよりさ、次のターゲットだけど……こいつだよ」

「ウ……」


 死神には名前に見覚えがあった。あの鉱山村を支配していた鉱山主である。罪状は、長年、多くの人を奴隷のように働かせ、搾取してきた罪。恨みを募らせた村人たちがお金を出し合い、鉱山主の暗殺を頼んできたのだ。


「久々に大物の外道を抹殺できるね」

「アア……ナガラク忘レテイタ……奴ニハ大キナ借リガアル……」

 

 さすがに悪人らしく鉱山主は多くの傭兵を雇い、自分の護衛をさせていた。悪人には自分が恨まれていることが分かるのであろう。2人は用意周到に準備をした。2週間ほどかかったが、鉱山主のすぐ近くまで近づくことができた。


 手練のアサシン二人に近づかれては、護衛も役に立たない。鉱山主の周りにはいつも、5,6人の屈強なボディガードがいたが、堕天使と死神のコンビの前には、屍を晒すしかなかった。

 ボディガードを全滅させると、二人はターゲットの男を屋敷のバルコニーへと追い詰めた。


「た、助けてくれ……金は払う……お前らを雇った金の2倍を払おう。いや、3倍払う。どうだ、金が欲しいのだろう!」


 2人に追い詰められた鉱山主の男は太った腹を床につけて、憐れんでもらえるようにはいつくばった。


「ふん……クズが。お金……なんか、いらないよ。欲しいのはあんたの命だからね」


 血に染まった真っ赤な2本のナイフを突き出し、床に張り付く鉱山主を冷たい目で見るエゼル。死神は子供の頃に傲慢で自信たっぷりであった鉱山主の哀れな姿に、少しだけ優越感を覚えた。それで顔を隠した布を取ってしまった。


「オマエ……オレガ分カルカ……」

「お、お前は……あの時のガキ……」

「アワレダナ……」


 死神は剣を抜く。心臓を一刺ししてあの世へ送る。いつもの作業だ。


「ま、待て、お前の妹は生きているぞ!」


 鉱山主はそう叫んだ。


(ナ、ナンダト……) 


 死神の剣が止まる。それを鉱山主は見逃さなかった。隠し持った短銃を死神に向けて引き金を引いた。


「バカめ、お前の妹など、今頃、土に埋もれて骨になっておるわ!」


 パン!


「グワアアアアッ……」


 銃弾は死神の頬をかすめた。エゼルのナイフが一瞬で鉱山主の息の根を止めたのだ。


「どうしたんだ、君らしくもない……あんな嘘で動揺して……」

「スマナイ……」

「いいよ。今回も守ってくれたね。君の2匹のムカデとボクのトカゲ……」


 そう言うとエゼルは右腕の袖をめくった。そこにはお守り代わりのトカゲの刺青がくっきりと見えた。


パンパンパン……。


 遠くの方から射撃音が聞こえてきた。そして白い煙がいくつも遠くに見えた。銃弾はバルコニーにいる2人に向けられたものであった。そしてそれは死神に相対して、外に背を向けていたエゼルにすべて命中した。


「うっ……ゴフ……ゴフ……う…」

「エゼル!」

「しまった……ボクたち油断しちゃった……もう追っ手がかかるなんて……」


 遠距離からの正確な射撃。しかも感づかせないための長距離。間違いなく『蛇骨の巣』の始末屋の仕業である。


「クソッ……」


 死神はエゼルを抱き抱えて、逃げ出した。途中、立ちふさがる手練の始末屋数人の追っ手を反撃で倒した。そして人気のない森に逃げ込んだ。エゼルの顔は真っ白になっている。失った血の量を考えれば死は避けられない。止血はしているが傷の深さで止まらないのだ。


「エゼル……死ヌナ……俺ヲヒトリニスルナ……」

「大丈夫だよ……ボクにはトカゲのお守りがあるから……」

「ゼンゼン……効イテナイゾ……」


 エゼルは死神の手をギュッと握る。


「エヘヘヘ……。効いているよ。おかげで君には一発も当たらなかったじゃない。このお守りは効く。だけど……おばあちゃんが言っていたよ。このお守りは体に10体刻むんだって。さすがに……それはキモいよね……」


「エゼル……死ヌナ……オレヲマタヒトリニスルナ……」

「大丈夫。ボクは生まれ変わるよ……。そしてきっと君をまた助ける……生まれ変わったボクの言うことも聞いてね……うっ……それじゃ……しばらく……さよ……な……ら」


「エゼルウウウウ!」


 エゼルを失った死神は『蛇骨の巣』の追っ手から5年も逃亡し続けた。その間、体に10個の2匹のムカデの刺青を刻んだ。そこから彼は『二千足の死神』と呼ばれるようになったのであった。


 何度も撃退しても『蛇骨の巣』は裏切り者への粛清を緩めなかった。辟易した死神は、組織の力の及ばないウェステリア王国へと逃亡した。そこで運命の出会いをし、今はアーネルト女侯爵の配下として仕えている。





「おじさん、おじさん……泣いてるの?」


 2千足の死神は不意にそう呼びかけられて、我に返った。昔の悲しい思い出のせいで目からポタポタと涙があふれて道に落ちている。死神は声の主を見る。視線は下。犬族の可愛らしい少女が目に映った。


「ナ、ナンデモナイ……」


 死神は思い出した。町を歩いている時に美味しそうな匂いがしたことを。それが昔の友と食べたことのあるジャガイモを潰して揚げた食べ物であることを。あまりにも美味しそうなので、その行列に並んだことを。


 行列の先はコロッケなるものを売っているニ徹がいる。ニ徹が作るコロッケをその場で頬張る客はみんな悶絶する。


「うまああああっ!」

「ハフハフ……熱いけどホコホコで甘くて香ばしくて!」

「これはいけますなあ!」


 買って食べている客は大興奮である。


(オオ……アマリニモ美味シソウナノデ、ツイムカシヲ思イダシテシマッタデハナイカ!)


 でも、死神は首を振った。今日という今日はあの男(二徹)の作った料理が食べられる。この列さえ並べば食べられるのである。


「あのおじさん、ごめんなさい。おじさんのところで売り切れなんです」

「??」


「だから、おじさんの前で限定150個売れてしまったんです」

「ナ、ナンダト!」


 犬族の少女はとても悲しそうに死神を見た。そういえば、先ほど涙をポロポロと流してしまった。絶対に誤解されている。


(ダ、断ジテ……コロッケナルモノガ売リ切レタカラデハナイゾ……)


「おじさん、本当にごめんなさい。かわいそうだから、代わりにボクのおやつをあげるよ」


 犬族の少女はポケットを探ると3つの飴玉を出した。それを死神の両手に握らせる。


「これで元気になってね」

「……」


 元気よく屋台へと戻っていく犬族の少女を呆然と見つめる二千足の死神。手には手渡されたキャンディが握られている。



「サル吉! 何をしているのです」

 

 呆然と佇む死神はそう呼びかけられて振り返った。馬車の窓から顔を出しているのは、今の表の主人であるビアンカ子爵令嬢。


「コレハ姫サマ……」

「サル吉、あなたこの前の有給休暇から腑抜けていますわよ。いつまでも休み気分ではいい仕事はできませんわ」


 有給休暇……それでアーネルト女侯爵の依頼の仕事をするためにエリンバラの町まで出かけていた。もちろん、仕事の内容は秘密である。


「サル吉、そこで美味しいコロッケなるものをたくさん買いました。あなたも食べますか?」

 

 ビアンカ姫は、ちゃっかりニ徹のコロッケを5個も買っていた。それが紙袋で揚げたての湯気を立てている。


(コノオ嬢メ……5ツモ買ウカラ、売リキレテシマッタデハナイカ!)


 だが、それは水に流そうと思った。なぜなら、1つ自分にくれるというのだ。


(ヤット……アノ男ガ作ッタ料理ガ食ベラレル……)


 起死回生。これぞ、大逆転。これも体に刻んだ20匹のムカデの守護だと思った死神。だが、その思いはやっぱり届かなかった。


「あ、ビアンカお姉さんだ!」

「ビアンカお姉さん!」


 いつもボランティアで勉強を教えている町の貧しい子供たちが駆け寄ってきた。その数は5人。ビアンカは笑顔で死神にこう宣言した。


「サル吉、残念だわ。コロッケは子供たちにあげるから……あなたは諦めて。あら、なぜ、泣いているの?」


「ウオオオオオオオッ……」


 二千足の死神は走り出した。

 馬車よりも早く。

 悲しみを忘れるかのように。


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