エゼルとコロッケ
「さあ、乾杯しようよ」
見事に試験に合格した2人は、一人前のアサシンと認められ組織から解放された。山奥から町へと住むことが許されるのだ。ここからは自力で生きていくことになる。
もちろん、暗殺者としての稼ぎの半分は『蛇の巣』に支払わないといけないのだが。今、二人は町の酒場にいる。まだ未成年なので、酒は飲めないのだが、2人とも凄腕の暗殺者なのだ。ちょっと背伸びして
ビールを頼んでみた。
チンとグラスを合わせて飲んでみる。
「ウグウグウグ……ゲエ」
「ゴクゴク……うっ!」
ゲホゲホ……二人共、思わず吐き出した。
「苦い、こんなもの飲めないよね」
「……飲メタモノデハナイ……」
「ククク……」
「何ヲ笑ッテイルノダ……」
「なんだ、あんた普通にしゃべれるんだね」
そう言って88番の少年は屈託のない笑いを浮かべた。その笑いが妙に可愛く感じた13番の少年は、顔が熱くなるのを感じた。それに今の会話。
「……ワカラナ……イ」
急に言葉が出てきた自分と顔が熱い自分に戸惑う13番の少年。暗殺者の養成場では美味しい飲み物や、食べ物は食べられない。軍用のレーション。それのみである。
「さあ、今日は卒業祝いに美味しいものを食べようよ。それに飲み物はビールじゃなくて、スカッシュメルクにしよう」
「スカッシュメルク?」
「知らないの? 牛乳を発酵させたものだよ。少し酸っぱいけど甘くて美味しいんだよ。あと、この名物のコロッケを食べよう。これは揚げたてでとても美味しいんだよ」
どうして88番の少年がそんなことを知っているのかは謎だが、彼の注文で次々と運ばれてきたのは、見たこともないご馳走であった。88番の少年が注文したのだ。目を丸くして驚く13番。特に店の名物というコロッケなる食べ物は忘れられない味となる。
「さあ、食べようよ。この瞬間を目指して命をかけて訓練してきたんだ。今日から、自由に生きていける。暗殺稼業をしなくちゃいけないけれど、それも仕事は選べる自由がボクらにはある。ねえ、13番、君の名前は何ていうの?」
「……名前ハナイ……」
これは本当だ。もう13番の少年は昔になんと呼ばれていたのかを忘れてしまっていた。
「ふーん。じゃあ、ボクが言うよ。ボクの名前はエゼル」
そう言うと88番の少年は頭の布を取った。黒いツヤツヤした長い髪が滑るように流れ出る。そして軽くウィンクした。
「オ、オマエ……オンナ?」
「そうだよ。暗殺集団の中じゃ、女の子とバレるといろいろと危険だからね。これまで隠していたけど、やっと正体が明かせるよ。なんだ、ボクが女の子だと知って驚いた?」
「……驚イタ……」
エゼルは女だが、その戦闘力は13番の少年と同等である。背中を預けても大丈夫だと少年は思っていた。
「名前が無いとなると困るね。これからコンビを組むとなると、とても不便だよ」
「死神デイイ……」
「死神、死神くんか……。まあ、いいか。じゃあ、あなたは今日から死神くんと呼ぶよ。ちょっと、暗殺者っぽくてカッコいいかも」
「カッコイイ……」
その言葉に、また少年の胸にズキッと痛みが走った。
「ボクには死から身を守るお守りが刻まれているからね」
そう言うとエゼルはローブをめくり、シャツの裾を上げた。お腹に模様が描かれている。それはトカゲの刺青である。
「ボクの村では人が嫌う生き物を体に刻むと身を守れるという風習があるんだよ。死が嫌って寄ってこないというんだよ。ボクはこのお守りのおかげでここまで生き残れたと思っている」
「……ソンナノ迷信ニ過ギナイ……」
「まあ、そうかもしれないけどね。死神くん、君も刻んだらどう?」
「キザム……」
「そうだなあ。嫌われる生き物だとボクは一番、苦手なのはムカデかな。あの足がウジャウジャしたの気持ち悪くて苦手。あれが2匹も絡み合ったデザインはどうかな。きっと死も気持ち悪くも寄ってこないよ」
一方的にデザインを決めるエゼル。死神の思いはちょっと複雑であった。
(ソンナ気持チ悪イモノヲ体ニ刻ムノカ……嫌ワレルノハ慣レテイルガ……)
この自分の傍から離れないエゼルという物好きな女には嫌われたくないと何故か強く思っていた。
*
「二徹様、商店街のお祭りで出す食べ物決まりましたか?」
メイがそう二徹に尋ねたのは、急に商店街の奥様会とやらの要請でニ徹が飛び入りで食べ物屋の屋台を出すと聞いていたからだ。
昨日まで何を出すか随分と悩んでいたようで、色々と材料を買い込んで料理研究をしていたのだ。商店街のお祭りは明日で、そろそろ、仕込みをしないといけないことになっていたからだ。
「うん。いろいろと悩んだけど、肉じゃがコロッケにするよ」
「肉じゃがコロッケ?」
メイには初めて聞く名前である。コロッケのルーツはフランス料理のクロケットから来ていると言われる。クロケットはホワイトソースがベースのクリームコロッケ。ヨーロッパ各地にもコロッケに似た料理は存在している。
日本でいうジャガイモベースのコロッケは、それらをルーツとして作られたものである。このウェステリアでもコロッケに似た料理はあり、『クロケ』と呼ばれていた。だから、肉じゃがクロケと行った方がメイには通じたかもしれない。
だが、二徹にはコロッケには思い入れがある。高校の時にバス亭前にあったお肉屋さんのコロッケの味が忘れられない。それはジャガイモを潰して牛肉のミンチが入った変哲もないものであったが、一つ一つが手作りで丁寧に作られているので美味しいのである。
それもたったの70円。肉屋のおじさんは二徹たちが来るのを見越して、いつも揚げたてをくれる。その熱々なものをハフハフして食べる快感はたまらないのである。
「今から仕込みをするよ。いっぱい作って屋台で揚げたてを食べてもらおうと思うんだよ」
「分かりました。では、ボクは何をすればいいのでしょうか?」
「うん。今、ジャガイモを大量に茹でているから、それを潰す作業をしてもらうよ。その間に僕は肉と玉ねぎを炒めるよ」
そう言うとニ徹は牛肉の薄切りを4ク・ノラン(約2cm)幅に切っていく。玉ねぎは縦に薄切りしていく。
そしてそれをフライパンで炒める。順番は牛肉、そして玉ねぎ。強火で肉の色が変わるまで炒める。炒め終わったら、それを広げて十分に冷ます。
「二徹様、ジャガイモの方は十分に茹で上がりましたよ」
「じゃあ、メイ、まずはお湯を捨てるよ。重いからこれは僕がやるよ」
そう言うと二徹は大鍋で茹でていたジャガイモのゆで汁を捨てる。そして、そのまま再び火にかけた。
「メイ、鍋を揺すって乾かすんだよ」
「二徹様、どうしてこうするのですか?」
「余分な水分を蒸発させることで、ホクホクになるんだよ。やっぱり、コロッケはほかほかのジャガイモじゃないと美味しくない」
十分に水分を飛ばすとメイはマッシャーを使ってジャガイモを潰していく。これは結構大変だ。
「多少は荒くてもいいからね。但し、熱いうちに潰さないとすぐに固くなってしまうから、ここは手際よくやらないとダメだよ」
二徹のアドバイスにメイはメイド服の袖をめくって張り切って作業を進めていく。
やがて潰したジャガイモと炒めて冷ました肉と玉ねぎを混ぜ合わせ、小判状にまとめていく。二徹とメイが作ったのは150個。パン粉は明日、付けることにしてこれで下ごしらえは終了である。




