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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
幕間 死神の思い出 ~熱々の肉じゃがコロッケ
133/254

死神と呼ばれた少年

幕間の短編集です。まさかのあの男が主人公!?

 『13号』

 当時、少年はそう呼ばれていた。


 人も通わない深い山の中。一般人から隔絶された場所に、様々な場所から連れてこられた暗殺者の卵たちが共同生活をしていた。もちろん普通に共同生活をしているのではない。


 皆、体を鍛え、殺しに役立つありとあらゆる知識を学び、そしてそれについて行けない者は、命を次々に落としていく過酷な日々を送っていた。


 ここは『蛇骨の巣』と呼ばれる暗殺者の養成機関なのである。


 この養成機関の出身者は、各国の権力者に仕え、多額の報酬を得ていた。そして殺しの代金の半分がこの養成機関に払われ、暗殺者の養成に使われるのだ。

 

 13号と呼ばれた少年は、この機関で訓練を始め、もう5年も生き残っている。いつも何もしゃべらず、そして一人でぽつんと過ごしていた。マフラーのようにした布で顔半分を隠し、素顔を見たものは稀であった。


 常人とは違う経歴でこの機関に入った者たちの中でさえ、少年の存在は異彩を放っており、誰も話かけて親しくなろうと思う者はいなかった。

 

 それに少年とバディを組んで訓練に臨むと、決まって大怪我をしたり、命を落としたりすることが続くことがあり、仲間たちは密かに『死神』と呼んで、少年と関わることを避けようとしていた。また、少年も他人とは馴れ合わず、人を寄せ付けない鋭い目で威嚇し、過酷な訓練を乗り越えていた。


 そんな得体の知れない不気味な少年は、アラスト大陸の西にあるスパニア王国出身である。少年の家族は、山奥の金の採掘場のある小さな村で暮らし、手掘りで金を探す仕事をしていた。


 それはわずかな金の粒を探して、小さなトンネルを掘る仕事だ。まるで穴ウサギのごとく、土を掘る毎日であった。1日かけても銅貨1ディトラム程も価値のない金しか見つかられないことがほとんどであったが、たまに大きな金の粒を見つけることがある。


 そんな時は家族揃って、お腹いっぱい夕食を食べることができた。いつも食べている酸っぱい黒パンではなく、白い香ばしいパン(ブレド)と肉が入ったスープ。鶏肉を串に刺して焼いたものである。味はともかく、お腹いっぱい食べられるのは嬉しいものだ。


 金の採掘は危険な仕事で重労働である。家族総出で泥まみれで頑張っても、取った金の8割は鉱山主のもので、残り2割では食べていくのに精一杯の生活。それでも家族は仲良く力を合わせて暮らしていた。


 少年も貧しさの中でも小さな幸せを感じていた。だが、そんな家族に不幸が訪れた。手掘りで作ったトンネルが突然、崩れたのだ。


「父さん! 母さん!」

「ダメだ、坊主、近寄るとお前も死ぬぞ」

「だけど、トンネルの中には兄ちゃんも妹もいるんだ!」


 助けようと穴へ近づく少年を同僚の大人が止める。トンネルは次々と崩れ、少年の家族を飲み込んでいった。


「ウグッ……ウウウ……」


 少年は吐いた。朝から何も食べていなかったから、出たのは黄色い胃液のみ。だが、次々と吐き気を催し、卒倒した。


 結局、家族は全員生き埋めとなってしまった。死体も掘り出すことができず、永遠に会えなくなった。

少年はあまりのショックで言葉がしゃべれなくなってしまった。精神的なショックからくる失語症である。どんなに話したいことがあっても、カタコトでしか話せなくなってしまったのだ。


 そして金掘りの仕事をすると体が硬直した。暗いトンネルに入れなくなってしまったのだ。トラウマによる行動障害である。


「言葉も話せない、穴にも潜れない。そんなガキを養うつもりはない!」


 家族を失い、言葉も失った少年を鉱山主は、もはや労働者としての価値を見出さなかった。それで非情にも10歳の少年をスパニアの反政府組織に売り飛ばしたのだった。


そこから、少年兵としての地獄の生活が始まった。


 スパニアの反政府組織といっても、そのほとんどは傭兵崩れのろくでなし集団。村を襲っては略奪を繰り返すクズな大人の集団であった。


 武器の使い方を教えられ、常に危険な仕事を押し付けられていた少年は、このクズな大人たちを軽蔑していた。そのやっていることも酷いことだと分かっていた。自分が強くなったら、こいつらは全て皆殺しにしてやると思っていた。


 このろくでなし集団の中でじっと耐えて2年がたった。少年はついに、行動を起こした。


「グ、グフッ!」

「ウゲエエエ……」

「なんだ、これは……」


 村を襲い、略奪の限りを尽くしたゲリラ兵は村の井戸の水を飲んで苦しみだした。少年がこのクズな大人どもを消毒するためにねずみ殺しの毒を放り込んだのだ。そして、のたうち回る悪人どもの心臓に少年は無言でナイフを突き立てていった。まるで狩りで捕まえたウサギを処理するがごとく、次々と始末していったのだ。


 12歳の少年が暴虐非道のゲリラ兵の分隊を一人で駆除したのだ。そんな姿を偶然見た『蛇骨の巣』の運営者は、少年の才能を見出し、少年を連れ去り、訓練施設へ入れたのであった。


 訓練施設には、殺しの才能を見出された人間が数多く収容され、暗殺の技を身につけさせられていた。ここでは個人の意思など全く考慮されない。


 強靭な体を作るための肉体トレーニング。あらゆる武器の知識と使用法、急所を知るための人体の学習などの座学。そして、武器を使った実践を毎日行う。


 あるときは断崖絶壁を命綱なしで登ることを強要され、あるときは銃弾が飛び交うエリアを素早く移動するというトレーニングも行った。そういった訓練で集められた人間は、毎日のように命を落としていく。


 そんな過酷な日々では、少年と同じように誘拐された子供もいたが多くは才能を開花することなく、1年も生きることはできなかった。ここでは力の弱いもの、才能の劣る者から死んでいく。

 

 そういった意味では少年には豊かな才能と強運があった。12歳から5年間の厳しい訓練を終えて、17歳の時にこの『蛇骨の巣』の卒業するための課題に挑戦することになった。


 それは……。 


「この崖を上り、頂上に陣取る敵の本陣にいる指揮官を殺すこと。卒業試験というのに、死んで来いって課題だよね」


 そう13番の少年に話しかけたのは、この卒業試験を一緒に行うバディ。名前は88番。頭に布を帽子のようにして巻いたあどけない少年だ。歳は13番と同じくらい。この少年も暗殺集団で生き残った優秀な暗殺者の卵だ。


「……」 


 話しかけられても、13番は答えることができない。88番とは今日初めて会うが、例え知り合いでも13番は言葉が出てこない。


「君はボクのこと知らないけれど、ボクは君のことを知っているよ。君は死神って呼ばれているよね」

「……」 


 それは13番も知っていることだ。13番と関わった人間は、訓練途中の不幸な事故で死んでしまったことが何例かあったからだ。それなのにバディを組んだものは必ず死ぬと噂され、忌み嫌われていた。

 

 それはただの偶然で、この致死率が高い集団だから別に珍しいことではないのだが、一言も話せず、風貌もマフラーで顔の下半分を隠し、得体の知れない雰囲気の少年をイメージしてそう誰かが付けたのであろう。

 

 誰ともつるまない孤高の少年がそういう噂で忌避されているに過ぎないのだ。88番の少年はそんな噂を気にするでもない様子であった。


「ホント、君は変な人だ。だけど、ボクはバディが組めてラッキーだと思っているよ。なぜって顔をしているよね?」


 思いがけない言葉に13番の少年は顔を88番に向けた。自分と組めてラッキーなどという人間を初めて見たのだ。


「君の腕はかなりのものだけどね。まあ、ボクの方が上だけど。実力のあるパートナーと組めるのはそれだけで生き残れる確率が上がるからね」


 そう言って88番の少年はウインクした。目のパッチリした88番の少年のウインクに13番の少年は心にズキッとした痛みを覚えた。


 それは初めて経験する痛みだ。



 卒業課題の開始。


 断崖絶壁の壁。それはほぼ垂直。途中でオーバーハングしているところもある難所である。頂上にはスパニア政府軍の本体が陣を張っている。崖の反対側では反政府軍との戦闘が行われているのである。


 二人の課題はこの壁を50メートルほどを命綱なしで登り、背後から忍び込んで政府軍の指揮官を暗殺すること。指揮官は軍人であるにも関わらず、軍需物資を横流しにする悪人であった。『蛇骨の巣』に持ち込まれた暗殺案件である。


 これはかなり難しい任務である。まずはこの絶壁。およそ、人が登れるとは思えないものである。そして無事頂上にたどり着いたとしても、多くの部下に囲まれた指揮官を殺すことは困難だ。例え、殺せても部下たちの反撃で殺されてしまう可能性が高い。


 それでもやるしかない。この課題を達成すれば、晴れて自由になれる。『蛇骨の巣』の訓練施設から離れて町で暮らせるのだ。暗殺稼業からは逃れられないが、上納金を納め続ける限りは自由に行動できる。


 崖のところどころに岩の出っ張りに指をかけて登る2人の小さな暗殺者。まだ17歳の子供であるが、鍛えられた肉体に進めない道はない。指だけで体を支え、時には飛びついて上へ上へと登っていく。


「ふい~っ。さすがに疲れるね」


 そうちょっとしたくぼみにお尻を乗せ、休憩を取る88番。13番の少年はそんな88番を置いて先に進む。


(うっ……)


 右手を岩の出っ張りにかけた時に違和感があった。だが、登るリズムは変えられない。体重をかけて左手と右足を次のターゲットへ進めた瞬間。右指で掴んだ岩が外れた。


「……!」


 ズルズルっと体が滑る。


「危ない!」


 88番の少年が滑り落ちる13番の少年の右手を掴む。宙ぶらりとなる。


「シ……死ヌ……オマエモ……死ヌゾ……」


 崖下は30メートルも下だ。落ちれば確実に死ぬ。88番の少年は右手で13番の少年の手を掴み、左手と両足でかろうじて支えている。


「君に死なれては困るよ。上の敵も強そうだからね」


 そう言って88番の少年は笑った。13番の少年はコクリと頷き、また岩場へ取り付いた。慎重に登っていく。


 まさか断崖絶壁の崖を登ってくるとは思わなかった頂上にいた部隊は、二人の不意打ち攻撃を受けて大混乱となった。そして幸いにも反政府軍の攻勢が開始されて、政府軍は大混乱となり、2人は辛うじて脱出に成功したのであった。


 それは13番の少年と88番の少年の『蛇骨の巣』からの卒業を意味していた。


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