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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第13話 嫁ごはん レシピ13 夏バテ解消! ひつまぶしと手羽先名古屋飯
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司令官到着

「ニコール大尉、ニコール大尉はいるか!」


 後方から聴き慣れた声が近づいてくる。部隊を後退させて橋のたもとにバリケードを築き、そこで市民を食い止める作戦の指揮を取っていたニコールは、後方から近づく部隊を見た。


「あ、あれは……」

「大尉、あれはレオンハルト閣下ではないでしょうか」


 副官のシャルロットが近づく騎兵の一団が、AZK連隊の連隊旗を掲げているのを見つけた。都から進軍してきたレオンハルト少将である。本軍の1500を率いてこのエリンバラへ到着したのだ。

 

 このスピードで到着とは、ニコールへの伝令と同時に進軍してきたと思われる。


「ニコール大尉、ニコール大尉はどこか!」


 レオンハルト少将と共に来たのは50程の騎兵。その後ろから100名ほどの歩兵を従えていた。

「ニコール大尉、ここにおります」


 ニコールは騎馬まで駆けつけ、馬の手綱を取った。レオンハルトは颯爽と馬から降りる。


「大尉、状況を報告せよ」

「はっ。ただいま、エリンバラ守備隊はほぼ掃討。南エリア及び、東西エリアはほぼ掌握しております。ただ、中央エリアへの道路はエリンバラ市民約1万がデモ隊となって進軍中。今現在、それを食い止めている最中です」


「大尉、市民が我が軍に対し、攻撃をしてきたというのは本当か!」

「は、はい。一部の市民が説得する兵に向かって投石をし、負傷したと報告がきています。今もバリケードで市民の攻撃を防いでいます」


「ニコール大尉、なぜ、市民に攻撃をしない。暴徒と化した市民を鎮圧するのも軍の役割ではないか!」


「しかし、閣下。市民の中には女や子供もいます。攻撃したら多くの死傷者が出るでしょう。市民への攻撃は我が軍への恨みに変わるでしょう」


 レオンハルトの顔には怒りが満ち始めた。右手を上げてニコールの頬をめがけて平手打ちをした。周りの部下たちが凍りつく。だが、その1秒後に皆、信じられない光景を目にする。


パーン!


 騒がしい戦場でさえも凍りつくような音が鳴った。殴られると覚悟し、ニコールは思わず目を閉じたのだが、実際には頬に痛みを感じていない。


(に、二徹……)


 目を開けた時には頬を叩かれ、バランスを崩した二徹の姿が。いつの間にか最前線に来ていた(恐らく、レオンハルトの部隊に紛れ込んでやってきたのだろう)二徹が叩かれようとする妻を庇って代わりになったのだ。


「な、なんだ、君は……」


 バランスを崩した体制を足で踏ん張り、体を戻した二徹がレオンハルトに正対した。その目は抗議の色を帯びていた。


「レオンハルト閣下。僕の妻を殴らないでください。いくら上官でも許さない」


 いつの間にニコールと自分の間に入り、代わりに殴られたのかレオンハルトでさえも目を疑った。直前にそんな気配も感じなかった。二徹の特殊能力(チート力)のスタグネイション(時を止める)エクサレイション(加速する)の効果である。


「君はニコール大尉の夫の……」

「二徹・オーガストです」


「二徹でしゃばるな。これは軍の仕事だ」


 ニコールは混乱する思考を整理して、二徹をそう咎めた。自分の仕事に夫が介入してくるのはまずい。

だが、二徹はニコールの前に立ち、守る姿勢を解かない。振り返りもせず、レオンハルトに向かって抗議を続ける。


「大尉、軍の仕事に殴られるというのはないよ。そうでしょう、レオンハルト少将閣下。それにウェステリア国軍の軍規には、上官の部下に対する暴力は禁止されているはずですが……」


 これは事実である。いわゆるパワハラは軍規で禁止されている。ただ、緊迫した戦場でそれが守られているかどうかは別であるが。


 抗議されたレオンハルトは、一瞬、ムッとしたが、なぜか急に顔を崩して笑顔を見せ、正対する二徹の右肩をポンポンと叩いた。


「ククク……ニコール大尉は、よいご主人を持っておられる」

「申し訳ありません、レオンハルト閣下。夫にはでしゃばらないようよく言い聞かせておきますので」


 慌てて二徹の前に出て謝罪をするニコール。レオンハルトはそんなニコールにも笑顔を向けた。


 戦場の空気を掴むのがうまい彼は、参謀であるニコールを叩いて、今から行う作戦の難しさを兵に伝え、緊張感を演出しようと思っていたのだ。その目論見は二徹の横槍で崩れてしまったが、すぐにそれを逆手に取ることにしたのだ。


 注目されたという点では当初の目的は達している。周りに兵士はこれからどうなるのか、全員、注目をしている。


「ニコール大尉の言い分も分かるが、市民への対応が弱気すぎる。いいか、兵の命を守るのも指揮官の仕事だ。今から私が指揮を引き継ぐ。君は後方に下がり、情報を集約し、逐次、私に報告しろ」

「はっ。了解しました」


 レオンハルトは後ろから追いついてきた部隊に命令を下す。


「このバリケードは放棄し、市民を誘導する。南エリア大通りのA地点に到達したら、発砲して威嚇、市民を東エリアへ追い立てろ。その後、東エリアへ通じる橋を大砲で爆破する」

「ちょ、ちょっと待ってください。市民に向かって発砲するのですか!」


 ニコールは驚いた。レオンハルトの作戦は理解できる。市民を中央エリアから引き離し、その後、攻撃をして東エリアへ追い立てる。


 追い立てたところで橋を爆破して閉じ込めるのだ。だが、この作戦では多少なりとも市民に死傷者がでる可能性がある。ニコールはそれを心配したのだ。


「市民の中には女性や子供もいます。威嚇発砲で混乱すれば、彼らが巻き込まれてしまう恐れが……」


 レオンハルトは大きな声でそれを制した、ニコールに対してではなく、ここにいる全兵士に聞かせるような大声であった。


「いいか、確かに市民への攻撃はリスクが大きい、だが、ここは戦いの帰すうを決する重要ポイントだ。ここで確たる姿勢をとらねば、勝利を失うのは我々だ。失えば多くの将兵の命が失われる。ニコール大尉、戦いは常に命のやり取りだ。時には犠牲も厭わぬ覚悟が指揮官には求められるのだ」

「はっ……」


 ニコールは敬礼をした。レオンハルトは大陸での戦闘経験が豊富である。市街戦も多く経験し、市民への対応もよく分かっている。


(自分は甘かったのか……)


 そう反省せざるを得ない。ここは彼に指揮権を譲り、後方へ下がって参謀の仕事に専念するしかない。ニコールは部下のシャルロット少尉やカロン曹長らを連れて後方へ下がるために馬に乗った。


「二徹くん、すまなかった。兵士に喝を入れるために君の奥さんを殴ろうとした」


 レオンハルトはニコールと一緒に帰ろうとする二徹にそう声をかけた。殴られた頬がまだ赤くなっている。


「僕も出しゃばってすみませんでした。でも、目の前で妻が殴られようとしていれば、それを助けるのが夫というものです」

「君たちは仲がいい夫婦だな。私の友人は結婚するのは棺桶に片足を突っ込むのと同じだと言っているが、そうでもないらしい」

「レオンハルト閣下。妻はいいものです。特にニコちゃん、いや、大尉なんか、もう目に入れても痛くないくらい可愛いんですよ。妻とはそういうものです」


 真顔でそう答える二徹に、レオンハルトもそういうものなのかと納得してしまいそうになったが、あの凛々しくて勇猛なニコールが可愛くなるというのは信じられないようであった。それでこんなことを帰ろうとする二徹に聞いてしまった。


「あの大尉が可愛い態度を取るとは、到底思えないのだが……」

 

 確かにニコールは美人だ。見た目だけなら十分可愛いいとは思うが、見た目を忘れさせる普段の態度からは想像もできない。


「仕事と家では別の顔ですよ。これは誰でも同じなんです。閣下もご結婚なさればお分かりいただけますよ」

「夫婦とは、面白いものだな」


 そうレオンハルトはコメントした。少し興味がわいたが、今はそれよりももっと興味深い戦闘の真っ最中だ。意識は急激に戦闘指揮に傾いた。


「レオンハルト少将は戦の天才と言うが、これほどとはな……」


 レオンハルトに指揮を譲り、後方の司令部に下がったニコールは、わずか1時間で1万もの市民を東エリアへ誘導してそこへ隔離し、抵抗する守備隊を完全に駆逐してしまったことに感嘆の声を漏らした。閉じ込められた市民は、怒りの対象を失い頭が冷えた。やがて冷静になるとAZKの兵士の言葉に耳を傾けるようになった。


 今は市庁舎を守るアクトン卿の私兵部隊と交戦中だが、戦闘は圧倒的に優勢を保っていた。もはや、勝利は確定である。


(もう私のすることはなくなってしまった……)


 少し残念な気持ちになるニコール。後方では情報収集や負傷した兵士の治療くらいしかやることがない。


「彼は大陸では常勝将軍と言われていて、ウェステリア市民の中でも圧倒的な人気だからね。これくらいは朝飯前なんじゃない?」


 そう答えるのは二徹。いつも市場で買い物をし、市井の奥様連中と話をしているので、この手の噂話には事欠かないのだ。


(それにしても……)


 ニコールは後方司令部に当たり前のようにいる二徹に気がついた。どうして、ここに普通にいるのであろうか。


「二徹、お前、どうしてここにいる。それにメイちゃんまでいるじゃないか!」


 二徹にはこの町までは来ていいとは言ったが、メイは宿営地で待機させているはずだし、二徹もあくまでも後方部隊までである。軍人ではない二徹に戦場をウロウロされては困る。


「もう戦闘はほぼ終わりだよね。今は後方の兵士さんたちに手伝ってもらって、炊き出しの準備をしているんだ。メイにも手伝ってもらおうと思ってね」


 二徹はそう説明した。今日1日の戦闘で家から避難して不自由な生活をしているエリンバラ市民に温かい食事を出そうというのだ。材料は手羽先で取ったスープを元に、肉問屋から回してもらった肉や市場から回してもらった野菜で作った栄養満点のスープである。


「温かい食べ物を食べると人間は落ち着くんだ。このスープをあちらこちらで配れば、エリンバラの人たちも嬉しいと思うよ」

「二徹……」


 ニコールは二徹のやっていることの重要さに気がついた。確かに戦闘は勝利しつつあるが、それは市長を捕らえるという当初の目標の達成に過ぎない。その後のエリンバラ市の統治を考えれば、市民への手厚い対応は不可欠である。


「そうだな。それはいいアイデアだ」


 ニコールは二徹の行動を見て自分を恥じた。


(後方でやることが何もないなんて、私はなんと愚かな考えをしていたのだ!)


 温かい食事を提供することは、AZK連隊への信用にもつながる。それにケガをした市民への治療。壊れた家の修復。やるべきことはたくさんある。それはこの戦いの後に、エリンバラを平穏に治めるための重要なことである。


「二徹、もう後方部隊は多少手薄でも問題ない。市民への炊き出し、全面的に協力しよう」


 二徹が考えた手羽先スープを飲んだ市民は、その美味しさと温かさにAZK連隊に対する敵対心を溶かしてしまった。


 親切に配給する兵士の親切さにも驚いた。市民の多くは、AZKはならず者の寄せ集めで、町にやってきたら略奪が始まると思っていたからだ。もちろん、ニコールの統制の下で軍規に従う兵にそんな行為をするものはいない。


 ニコールはさらにケガをした市民への治療や、壊れた家の補修やがれきの撤去まで兵士を派遣してあたらせた。事実が分かるとともに、市民のAZK連隊を憎む気持ちの低下と、自分たちを騙した市長への反感とが反比例して高まっていくことにつながっていく。


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