南門を奪取せよ!
翌日、その知らせは突然届いた。
都からの早馬。AZK連隊本部からの命令書である。
「AZK連隊レオンハルト司令官からの第一級命令です。国王陛下より裁可。エリンバラ市長ジョージ・アクトン候爵を逮捕せよ。命令が届き次第、1個大隊をもってエリンバラへ侵攻せよ。なお、本軍が到着するまで軍の指揮権は参謀のニコール大尉に委ねるとのこと」
伝令に兵士はそう厳かに伝えた。駐留軍の大隊長ルーアン大佐はニコールに向き直る。
「参謀閣下、昨日の食事のおかげで兵士の士気も上がっています。絶妙のタイミングですね」
「ルーアン大佐。私は若輩者ですが、これも司令官閣下の命令。よろしく頼みます」
「兵士はあなたを戦女神だと言っております。こんなジジイよりもあなたが指揮した方が兵士も力が湧くというものです。それではご命令を」
ニコールの気持ちは高ぶっている。仮にとはいえ、1個大隊を指揮するというのはニコールの年でできるものではない。ついこの間まで小隊50人の指揮をしていたのに、今回は1000人もの部隊の指揮を命じられたのだ。
緊張感と責任感がどっとニコールに襲いかかるが、それも苦にはならないとニコールは感じている。むしろ、兵が多いということは戦術の選択肢が多いということである。
「うむ。手はず通り、全軍でもって南門を急襲する。そこから抵抗する守備隊を無力化して市庁舎を抑え、アクトンを逮捕する。各中隊、小隊はすぐに準備するように」
ニコールの命令で慌ただしく兵士たちが動く。知らせは朝ごはんの準備をしていた二徹たちのところにも届く。今朝は手羽先をつかってスープを作っていたが、とても食べてもらえる状況にない。
「二徹、出陣となった。お前とメイは危ないのでここに残れ。補給部隊を残しておく」
司令部から山を降りてきたニコール。先陣を切る竜騎兵中隊と一緒に移動するために高台から降りてきたのだ。
「大尉、それはいいけど、朝ごはんの用意はこのまま続けさせてよ」
二徹はそんなことを申し出た。ニコールはその申し出に首をかしげる。
「どうしてだ、我々は朝食を取っている暇はないぞ」
「うん。それは分かっているけど。ここは敵の動きもよく見えるけど、それは市内からもよく見えるということだよね」
「あっ……」
ニコールはそう二徹に指摘されて気がついた。まだ、市内の様子は平穏でこちらの動きには気づいていないが、やがて軍が移動していることが露見するだろう。朝食の準備の煙が上がっていないならば不審に思うはずだ。
「二徹、すまない」
「どういたしまして。僕も準備ができたら後を追うよ」
「ダメだ、二徹は一般人だ。ここで待機だ」
「だけど、こうやってこの軍の助けに来たんだ。今はニコちゃんの部下だよ」
「ダメだ。戦場は危険なのだ」
「だったら、なおさらだよ。そんな危険なところに大事な奥さんを行かせられないよ」
「ううう……勝手にしろ。その代わり、絶対に前線に顔を出すな。後方で出来る安全な仕事をしているんだぞ」
ニコールは馬に乗る。竜騎兵小隊と共に出発する。まずは速攻で南門を抑えるのだ。
*
ニコールが指揮をするのは竜騎兵100騎。その後に歩兵700が続く。最後に砲兵隊が10門の大砲を伴って移動する。総勢1000名の部隊だ。
「急げ、南門を奪取するのだ!」
ニコールが先頭になって駆け抜ける。エリンバラは城塞都市であるので、門を閉じられると1000名ほどの軍では落とせなくなる。平時において、門は朝の5時に開門し、夜は21時で閉められるのがエリンバラのきまりだ。
町ではAZKの部隊が移動していると気づいていないため、騎兵で門を突破。そこの守備隊を排除すれば、南に橋頭堡を築ける。何としてでも成功に導きたい最初の作戦である。
「大尉、門が近づいてきました」
「うむ。一気に突破するぞ」
怒涛の如く進む騎兵。近づいてくる土煙を見て、門の守備兵は緊急事態を察した。
「あれはAZKの連中じゃないのか!」
「突っ込んでくるぞ」
「隊長、隊長に連絡を」
門の警備についていたのは5名の兵士。朝が早く、守備隊全体はまだ起床していない。よって初期対応が遅れた。すぐに門を閉めればよかったが、それを命じる指揮官が不在であった。この隙をついてニコールは門の中へ突入した。
「守備兵の諸君。国王陛下からの命令だ。アクトン卿は本日をもって、国家への反逆の疑いで逮捕する。諸君ら守備兵は速やかに我らAZK部隊の指揮下に入れ」
興奮する馬が2本足で立ち上がり、守備兵の前でその勇姿を際立たせた。ニコールの高らかな宣言に門の守備兵は思わず、持っていた槍を地面に落とした。南門を守る部隊は総勢で100名ほど。戦いは勢いである。100名の兵はそのまま、ニコールの指揮下に入る。
「どうしますか、大尉」
シャルロット少尉がそうニコールに次の行動の指示を催促する。騎兵は移動力が特徴の兵種である。その能力を生かすのなら、このまま、町の中心にある市庁舎か市長公邸に向かうべきであろう。だが、ニコールは思案した。
(速攻がよいかと思うが、この南門は確保しなければならない。それに守備隊の主力がどう動くかが分からない。ここは慎重に本軍が来るまで待つか)
現在の南門付近は制圧しているとはいえ、間もなく、AZKの部隊が動いたことは自然に伝わるであろう。そうなれば、アクトン卿に従う軍との衝突も考えられる。それらを各個撃破した後に、市庁舎を抑えるという作戦に切り替えた。
「しばらく待つ。ルーアン大佐の本軍の到着を待ってから、攻撃に移る」
ニコールはそう判断した。
*
「市長、アクトン卿」
市長公邸に慌ただしく伝令が走る。アクトン卿はまだベッドで惰眠を貪っていたが、AZKの部隊が南門から侵入したとの報告を受けるとすぐに命令を下した。
「奴らを排除しろ。南門に最も近い部隊は何か?」
そう側近に尋ねた。町には王国陸軍部隊が駐屯しており、その指揮官はていよく買収済みであった。その兵力は3000。外のAZK大隊は1000なので、圧倒的に軍事力は優っていた。
「第111歩兵中隊がいます。南門に近い、エレンド地区に総兵力は500です」
「すぐに急行させろ。竜騎兵の部隊もだ。あれならすぐに投入できるであろう」
「はっ。すぐに駐留軍の司令部に要請します」
そう秘書官は答えてすぐに行動する。南門内に侵入したとはいえ、全軍ではないだろうし、歩兵中隊と竜騎兵が戦って時間稼ぎをしているうちに、駐留軍の全軍でもって叩けば、勝利は間違いない。アクトン卿としては、その後の展開に関心が移っている。
(AZK連隊の本軍がそのうち到着するであろうが、司令官のレオンハルト少将はゼーレ・カッツエのメンバーだ。本気でここを攻めるはずがない。そうやって時間を稼いでいれば、流れは変わる)
膠着状態になれば、いくらでも手がある。反王家の勢力を結集して本格的な反撃に持ち込むことも可能であるし、時間を稼ぐことで一定の譲歩を引き出し和睦することも可能だ。いずれにしてもアクトン卿の株は上がり、ゼーレ・カッツエ内の求心力も高まる。
(これを機会にゼーレ・カッツエを掌握することも可能だ)
そしてアクトン卿はさらに保険をかけることにする。この町の駐留部隊の司令官は、金と女で凋落し、自分の思い通りに動かせるようになったが、その配下の部下の中には、国王の命令に従う者もいるかもしれない。
そうなると軍の中にAZK連隊の連中に走るものもいるかもしれない。それを想定しての行動だ。
「市民を集めよ。私が演説を行い、市民に呼びかける」
重大な発表があると言って、市庁舎前広場に市民を集め、AZK連隊への抵抗運動を扇動するのだ。市民に銃撃を加えればAZK連隊の信用は地に落ちるし、加えなければ市民の集団に駆逐される。いずれにしても利を得るのはアクトン卿の方だ。
*
30分が経過した。未だにAZK大隊の主力は到着していない。ニコールは竜騎兵100騎と説得して味方に引き込んだ100人と合わせて200の兵で南門を守備している。そこへ到着したのは第111歩兵中隊の500の兵である。
横隊に隊形を変更し、銃を構えて200名のニコールの率いる部隊を威嚇する。中隊長は兵士にいつでも撃てるように指示すると、馬に乗ったまま、前へ進み出た。
「AZKの兵士たちよ。お前たちはこの町に入ることは禁止されている。速やかに町から出て行け。南門の守備兵よ。騙されるな。貴様らのやっていることは反逆である」
「違う!」
その言葉にすぐに反論したのはニコール。愛馬に乗って前へ進み、この中隊長に相対する。ニコールの方も兵士は急増したバリケード内からの銃撃の準備はしている。
「国王陛下より、この町の市長、ジョージ・アクトン侯爵を反逆の罪で逮捕する命令が下った。町の駐留軍に対する指揮権も剥奪するとのことである。君ら守備隊はこのまま、我がAZK部隊の指示に従い行動するよう命令が出ている」
そう言って、ニコールは命令書を懐から取り出すと、右手を上にして下へ向かって広げた。その堂々たる態度は威厳があり、まさに国王からの命令を伝えるのにふさわしいものであった。
「な、なんだと……馬鹿な……それは偽物ではないか?」
偽物などを掲げて町へ侵入することにAZK部隊にどれだけの意味があるか考えれば分かることだが、この中隊長にも市長の手が及んでいた。賄賂まみれで洗脳されているのだ。
だから、ここでの選択は排除のみである。ただ、小心者の性格が災いして決断できないでいた。そうこうするうちに、町の竜騎兵小隊も到着する。あのニコールの同期、アレン中尉率いる小隊である。
「ニコール大尉、なぜ、こんなところに!」
「アレンか。君たちにも呼びかける。これは国王陛下の命令だ。正統なる命令書である。すぐに投降しなさい」
「無茶だ、ニコール大尉。こいつらは市長側の人間だぞ!」
アレン中尉はニコールのことをよく知っている。その人間性を考えれば正当なのはニコールの方。命令書は本物で従わなければ、反逆者になるであろう。
ニコールは馬から降りる、その降りる姿があまりにも優雅で、横隊に戦闘隊形を取っている第111中隊の兵はみんな目を見張った。ニコールは手を広げてその兵士たちの前に進む。
「大尉、無茶です、いくらなんでも危ないです!」
副官のシャルロット少尉が止めようとするが、ニコールの意思は変わらない。
「兵士諸君。君たちは国王陛下の兵士だ。君たちの任務はウェステリア国民を守ることだ。この町の市長を守ることではない。今、アクトン卿には国王陛下より逮捕命令が出ている。市長の指揮権は既に剥奪されている」
「嘘だ! あの女は嘘を言っている。あれは虚言である!」
中隊長はそうニコールの言葉を否定する。ここで市長を裏切り、国王側に付くとこれまでに受け取った賄賂が表に出て自分が処分されると中隊長は考えている。
「兵士諸君、私を信じろ。その中隊長は市長に取り込まれているのだ!」
「ええい、あの女を撃て!」
兵士たちは銃を構える。だが、みんな迷っていた。嘘を言っている人間があのように無防備で銃の前に出るであろうか。そして兵士たちは知っている。中隊長が夜な夜な市長と豪遊をしている姿を。どちらを信じろと言われれば、欲に塗れた中隊長と目の前の命令書を持った美しい女性士官。答えは1つである。
パーン。
1つの銃声がした。小隊長が中隊長を撃ったのだ。腕を撃たれて馬から転げ落ちる中隊長。小隊長は大声で命じた。
「銃を下ろせ。我々は市長の軍隊ではない」
第111歩兵中隊はニコールの前に降伏したのであった。




