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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第13話 嫁ごはん レシピ13 夏バテ解消! ひつまぶしと手羽先名古屋飯
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ウナギ裂き包丁

新章開始 今度は名古屋めしだー。

 AZK連隊の参謀の仕事に部隊の状態の把握というのがある。実際に視察して部隊の状況を知り、状況によっては改善を部隊長に命令するのだ。

 

 ゼーレ・カッツエという国内の反乱分子を取り締まるAZK連隊は実戦部隊であるから、命令があれば、すぐに戦闘態勢に入れるようにしないといけない。武器の整備から兵士の健康管理まで気を配らないといけないのだ。


「ニコール大尉。エリンバラ駐屯の第3大隊の兵士の健康状態がよくないとの報告です」

 

 そう報告に来たのはシャルロット少尉。AZK連隊は首都ファルスの司令部に1個大隊。後は主要都市に2個大隊が駐屯している。1個大隊は約千人。騎兵から砲兵、歩兵と全兵種の小隊、中隊が組み込まれた実戦部隊である。


「我が連隊は国内で最も戦闘することになろうかという部隊だが、必ずしも精鋭が集められているわけではない」


 ニコールはそう腕組みをして考える。陸軍の思惑で作られたAZK連隊は、その役割は重要であるにもかかわらず、必ずしも恵まれた環境にあるとはいえなかった。各隊から引き抜かれた部隊は、優秀であることを理由にして選抜されているはずだが、その基準は各部隊長に任されているから、中には厄介払いとして問題のある部隊を送り込む場合もあった。


 そのために士気の低下、軍規違反、病気で離脱する兵士などが後を絶たない。最近、やっとニコールが整備したマネジメントによって、管理が行き届き始め、実戦部隊としてその力を高めている途中である。


「それにしてもエリンバラか……」


 エリンバラは首都ファルスから南西部に馬で2日ほどかけていく距離にある。ここは古都で重要拠点として位置づけられる。そして、今、最も戦闘が起きやすいとニコールが予想している都市なのだ。


「エリンバラの市長、アクトン卿はゼーレ・カッツエとの関わりが疑われている方です。近々、内偵の結果次第では我々の手で逮捕することになります」

「そうだ。そして、アクトン卿は街の守備隊と竜騎兵部隊の指揮権を持っている。すみやかな指揮権剥奪をしないと、反乱に必要な十分な兵力を手中することになる」


 ニコールの懸念は、アクトン卿が軍を掌握したとしたら、同じ陸軍同士で戦うことになるという最も避けたい事態である。エリンバラに駐屯する軍は3千人を超える。これはAZK連隊の全軍に当たる。激戦は必至だ。さらにエリンバラ市民を人質に取られることも考えられる。これは最悪のシナリオと言っていい。

 シャルロット少尉はさらに詳細な報告をニコールに行う。実に深刻な事態である。


「特に健康状態が悪いのは、砲兵小隊の兵士たちです。この暑さでバテてしまい、士気がガタ落ちだそうです」

「うむ。彼らは北方の出だったな」

「はい。そう聞いています。あの暑さでは耐えられないでしょう」

 

 エリンバラ駐屯の砲兵2個小隊の兵士は、ウェステリア北方の寒い地域出身の兵士である。内陸部で風の影響で熱がこもりやすい盆地にあるエリンバラの気候は、絶望的に合わなく、あまりの蒸し暑さで食欲が減退、夜も眠れず、体調不良を訴える兵士が多くいるというのだ。


 駐屯地が町の郊外で、急いで建設した建物のため、住み心地も悪いという報告もある。やはり、衣食住がきちんとしていないと長期滞在で兵士の健康はどんどん損なわれていく。


「2個小隊が扱う大砲10門は、もし戦闘が起これば戦いの行く末を決定する部隊だ。これが使えないでは、話にならないぞ」

「はい。わたしもそう思います」


 ニコールは報告書の細部まで目を通し、人差し指で机をトントンと叩き、打開策を考えている。状況を早く改善しないと取り返しのつかないことになりかねない。


「現地の部隊長任せではダメだろう。ここは私が乗り込んで直接、指揮しないといけない」

「た、隊長、じゃなかった。参謀自ら行くのですか?」

「おそらく、レオンハルト閣下もそうおっしゃるはずだ」

「ということは……」


 シャルロット少尉はちょっと顔をほころばせた。


「もちろん、お前も随行することになる」

「やったーっ。エリンバラって、ちょっと行ってみたかったんですよねー。あそこは森と湖の都市でとても綺麗なんですよ。綺麗な小川もたくさんあって、水の町とも呼ばれていますから。今の季節は暑いですけど……」

「シャルロット、遊びに行くんじゃないぞ」

「だって、わたしエリンバラには行ったことがないんですよ」

「あそこはもうすぐ戦場になる。周辺の地形や町の様子も視察せねばならない。部隊の管理と視察もあるから忙しくなるぞ」


 ニコールは部隊の状況報告と自分の視察について、上官であるレオンハルト少将の元へ行く。レオンハルトは提出された報告書にすばやく目を通した。


「大尉、君が視察に行くことはよいが、この部隊にどうテコ入れするつもりだ」

「はい。暑さに慣れない北出身の兵士と聞いております。状況をみて、職場環境の改善策を考えてみます」


「なるほど。これは私の意見なのだが、ニコール大尉。君のご主人、二徹くんを連れて行くといい」

「え、主人をですか?」


 意外なことを言われてニコールは戸惑った。まさか、夫婦で任務を行うように言われるとは思わなかったのだ。夫の二徹は身分は一般人である。


「この部隊の兵士は食欲もなくとある。きっと夏バテでもしているのだろう。早く慣れてもらわねばならないが、食生活の改善は重要課題だ。二徹くんは前回の天ぷらの接待でも活躍したし、非常勤だが王宮料理アカデミーのE級厨士でもある。兵士たちに夏バテ克服のメニューを考えてもらうのにふさわしいだろう」


「はっ。それは確かではありますが……。視察に夫を同伴するなどと……」


 確かに普通に聞いたら、とんでもない醜聞に発展しかねない。


「これは命令だ。君の報告にあったとおり、エリンバラでは今後、戦闘が行われる可能性が高い。捜査状況にもよるが近日中に行動を起こさねばならない可能性がある。それまでに部隊は完全な状況にしておきたい」


 命令というなら仕方がない。正式な連隊長のサインによる要請という形の書類も発行される。これがあれば、周りからとやかく言われることはないし、二徹と自分なら必ず結果を出すことができるはずだ。


「はっ。連隊長閣下。命令に従います」


 ニコールは敬礼をする。


 部屋を出たニコールはシャルロットにこんなことを言われた。


「大尉、どうしたのですか、ちょっと嬉しそうな顔をされていますが?」

「な、なんでもない!」


 出発は明後日である。



 二徹は大きな箱の前にいる。赤松の木で作られた頑丈な箱は、ちょうどアタッシュケースにように持ち運べる大きさ。鍵を開けると中から大切な道具が出てくる。


「二徹様、包丁のセットですか?」


 メイが横から覗き込む。箱の中身は包丁。大小、様々な見たこともないような包丁もある。これは行きつけのゼペットじいさんに注文してあったものがやっと完成し、先ほど納品されたのだ。料理人にとって『包丁』は魂。二徹にとってはこの納品は、心が躍る出来事である。


「包丁はね、食材の種類によって使うものがいろいろとあるんだよ。例えば、この出刃包丁は魚を3枚にさばくにはもってこいの包丁だし、菜切り包丁は野菜を切るのに適している。骨の肉を切るのに適したものもあるんだ」


「へえ……すごいですね」

「メイに買ってあげたものは、牛刀包丁とペティナイフだったね。それは万能タイプでいろいろな素材に使えるけど、技術が上がったらこのような専用の包丁を揃えるといい」


「はい」


 メイは何本もある包丁の中から、ちょっと変わったタイプのものを見つけた。それには柄がなく、全てが金属。刃だけである。


「あの、これは何ですか?」

「ああ。これはウナギ裂き包丁だよ」

「ウナギ?」


 このウェステリア王国ではウナギを食べる習慣がない。よって、市場の魚屋でも取り扱っていない。ウナギ料理というものは存在しないのだ。それなのに鍛冶屋のゼペットさんに無理を言って作ってもらったのは、暑い季節にうなぎが食べたくなったこと。


 市場には出回らないが、もしかしたら川で捕まえられるかもしれないと考えてのことだ。そのいつかのために、ウナギ裂き包丁を特注したのだ。


「細長くて蛇みたいにニョロニョロしていて、表面はヌメヌメしているんだよ」


 メイは想像したが、そんな気持ち悪い魚を食べようとは思わない。それに細長くてヌメヌメした奴をどうこの包丁を使って料理するのか想像もできない。


「二徹様、ウナギとやらあまり美味しそうとは思えないのですけど」

「まあ、食べたことがない人はそう思うかもね。でも、こういう暑い季節にはこれが食べたくなるんだよ。ウナギは油がこってりしているけど、くどくなくて、さっぱりと食べられるし、栄養もいっぱいだから食欲も増すんだ。ああ、どこかで捕まえられないかなあ」


 二徹は生まれ変わる前の料理修行の旅で、老舗のうなぎ屋で働いたことがあった。1日に何匹ものうなぎを捌き、蒲焼にして焼いた経験がある。飲み込みの早い二徹は店主から、蒲焼きのコツを教えてもらったことがあるのだ。


 炭火で秘伝のタレを何度も付けて焼き上げる蒲焼きは、まさに至高の味。秘伝のタレは、創業80年を誇る店が営業当時から継ぎ足し、継ぎ足し作ってきたもの。何度も蒲焼を付けるうちに鰻の脂が溶け込んで、奥深い味に進化している。


 それに漬けて炭火で焼くと、タレが炭火に落ちて煙となり鰻を燻す。さらに鰻の余分な脂が落ちてその香りもまとわりつく。


 そうやってじっくり焼いた鰻を白いご飯の上に乗っけて、タレをかけるともうたまらない。一気にかきこんで咀嚼したい気分になる。


 まずはひと切れの蒲焼に箸をつけて、柔らかいその身を口に入れる。それは口の中で旨み成分だけ残して溶ける。そして旨みがじとっと舌から侵食していく。そこで蒲焼の下の白飯を口に入れる。炊きたての香りのよいご飯の甘味。そして鰻のタレのコクが神経を活性化させる。


 そうしたら、総攻撃だ。なんといっても総攻撃。鰻の蒲焼ごとご飯を口の中へ放り込む。噛めば噛むほど味が出て、体に染み渡る快感。これはたまらない。


「ああ~。ウナギ食べたい」


 残念ながら、その鰻も乱獲で絶滅危惧種となっている。そのうち、食べられなくなる時代もやってくるのかと漠然とした不安があったが、生まれ変わったこのウェステリア王国ではそんな心配はない。ウナギが生息していそうな川があったら、天然うなぎを是非手に入れたいものだと二徹は思っていた。


そんな夢を託してのウナギ裂きなのだ。


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