愛妻は肉が大好き
「ふん、ふふふん……」
鼻歌を歌いながら二徹は料理の仕込みをしている。目の前にあるのは豚の肩ロース肉。この異世界にも豚に似た動物がいる。『ブル』という名前で飼育されて、よく太るので餌代の割には肉が多く取れるために値段が安い。庶民には定番の肉である。
無論、二徹が買ってきたブルの肉は普通の肉ではない。この町にたくさんある肉屋の中で選び抜いた店で買っている。それを500レム(1レムおよそ1グラム換算)の塊から料理する。
「まずは、ジズル(ニンニク)1かけを薄切りにして……」
包丁でトントンと軽く切る。もう1かけは潰す。豚肉の塊に塩を小さじ1杯とコショウをすり込む。ちなみにこの世界では塩を『ソル』、コショウは『黒ソルス』という。コショウは肉料理に欠かせない香料で、南方の島から輸入されている。大量に入ってくるので、二徹の世界の昔のようにすごく高価だったということもない。
「馴染んだところで、香草とジズルの薄切りを肉に刺す。そして、香油を大さじ1かけておく」
プニプニと肉の感触が心地よい。香油は大陸原産の果樹から取れる一般的なもので、オリーブオイルみたいなものだ。
「そしてタルロ(ジャガイモ)を皮付きのまま、4等分にする」
スパスパっとイモが切れる。タルロはこの世界ではよく食べられているもので、町では油で揚げたもの(フライドポテト)が定番のおやつになっていた。さらに大きなゲイギ(玉ねぎ)をみじん切りにする。
さらに農家でただで手に入れたアピ(リンゴ)に塩をふってこすり洗いをする。ザラザラとした感触がする。これは洗うと同時にほのかな塩味を付けるのだ。これを縦に4等分する。芯は包丁でそぎ取る。
「さあ、ここから……」
鍋にじゃがいもと玉ねぎを入れる。塩とコショウで焼く。やがて、油が回り、しんなりとよい光沢を放つようになる。そこへリンゴを加える。焼き色がついて茶色に変わったところで、火から下ろした。
次に仕込み終わった肉の調理にかかる。香油に浸した肉を鍋に入れて焼く。みじん切りにした玉ねぎとバターを加える。バターは牛乳から作られるので、この世界にもあった。市場で新鮮なものが手に入る。こっちの世界では『ベルー』と言うが、二徹にはしっくりとこない。
「う~ん。いい匂いだ」
豚肉の表面を焼いたところで、ジュラールのところからもらってきた『クワシュ』をブランデーの代わりに投入する。回し入れられたクワシュに火が引火し、青と緑色の不思議な炎が肉全体を覆う。アルコール分を飛ばして香り付けするのだ。年代物の『クワシュ』だから、かなり肉に華やかな味を与える。
そして先ほど炒めた野菜とリンゴを投入する。そして、水を入れる。ここから煮込むのだ。30分ほど弱火でじわりと煮込んでいくのだ。
(さて、そろそろ……ニコちゃんが帰ってくるかな)
調理スペースを出て大きな窓を見ると、予想通り、ニコールが馬に乗って帰ってくるのが見えた。タイミング的にはバッチリである。
「ニコちゃん、お帰り」
やがて部屋着に着替えた妻がやって来る。ちょっと難しそうな表情で入ってきたニコールだが、ダイニングに入ってきた途端に鼻がヒクヒク動いた。
「ただいま……。今日は肉料理なのか?」
「うん。そうだよ。ニコちゃんはお肉好きだもんね」
二徹はそう笑って応える。ニコールはちょっとムスっとした表情を作ったが、わざとらしいと二徹は見破っている。
「そんなことないぞ。私は二徹が作るものなら、魚料理でも野菜料理でも好きだ」
この世界の人間は一般的に肉が好きだ。欧米人が肉を好きなのと同じだ。日本人も魚料理よりも肉料理が好きな人の方が多そうだ。だが、ある程度年を取ったり、女性だったりすると健康に気遣い、肉よりも魚となるケースはあるだろう。
抜群のプロポーションを誇るニコールは、自分の体型を気遣うことはしていないから、肉料理を好んで食べる方だ。だが、二徹と結婚してからは、どんな料理でも食べる。




