メイちゃん、遠足に行く(2)
夜がちょっと長いので分けました。こちらな短い。コーヒーブレイクに。
「それじゃ、メイちゃん、私たちはこれで帰るよ」
「明日は楽しみでガンス」
「バイバイ、ライラちゃんにナンナちゃん」
女子3人は駄菓子屋『ハジメヤ』の前で別れた。メイが振り返ると店の前には放心状態のジャンがぼうっと立っている。
(本当にこの男、バカだね)
そう思ったものの、ジャンがあそこまで強引になったのも、もしかしたら、自分たちがいたからかもしれないと思うと、ちょっとだけ同情心がわいてきた。それにジャンもメイと同じで両親がいない。鍛冶屋をやっている親戚のおじさんのところで、手伝いをして暮らしているのだ。お小遣いが豊富なわけでは決してないだろう。
「ジャン、あんた、1ヶ月にどれくらいお小遣いもらっているのよ」
「50ディトラム」
ジャンは家の手伝いをしているのだから、メイのように給金をもらっているわけではない。50ディトラムという金額は少ない方だが、貧しい家では子供にお小遣いをあげるという習慣もない。ジャンの家はそういう意味では、普通に分類される。
「まだ月初めでもらったばかりじゃない。それで全部、使ってしまったの?」
「ふん。男は宵越しの金はもたねえもんだよ」
先程までショックでうなだれていたジャンだが、口に棒つき飴玉を咥えて、コロコロ転がしている。その度に棒がひょいひょいと動く。
「だって、50ディトラムもらって、さっき、ジュースを飲んで残り45。クジを6回やって12ディトラム。あと33ディトラムあるんじゃない?」
メイはそう素早く計算した。これは学校で勉強を始め、グイグイと力をつけてきた証拠である。
「使っちゃったんだよ」
「はあ……あんた、本当に馬鹿ね。無計画で、後先も考えてない、女の子の前ですぐにカッコつけたがる」
「うるさい、メイ、お前は俺のカーちゃんかよ。いちいち、説教がうざいぜ」
「誰がカーチャンだよ。あんたみたいなバカ息子がいたら、頭が痛いよ」
「じゃあ、お前は俺の彼女かよ!」
「か……かのじょ?」
ジャンの言葉にメイが赤面する。その顔を見てジャンも気がついた。顔が徐々に赤くなる。
「バカ、勘違いするなよ。お前みたいなおとこ女なんか、こっちが願い下げだぜ。どうせ、彼女にするならもっと優しくて、料理ができる女子がいいからな」
「……ボクだって願い下げだね。もし、結婚するならもっと女子に優しくてスマートでカッコイイ人がいいからね」
メイはそう言って屋敷での二徹を思い浮かべる。メイにとって、二徹とニコール夫妻は身近な憧れの対象なのだ。
「うわ、キモ。おとこ女の癖に結婚する気かよ。お前なんか誰ももらい手ないわ」
「随分だね。さっきまで灰になっていたくせに」
「うおおおっ……それを思い出せるなよ。傷口をえぐられた気分だぜ」
そんなことを話していると、9歳くらいに見える小さな女の子が近づいてきた。ツギハギだらけのエプロンドレスを身につけた姿からすると、貧しい家の出なのであろう。
「お兄ちゃん、さっきはありがとう。おかげで……」
「ああ、お前か。それはもういいぜ。それじゃあな」
ジャンに話しかけようとした女の子を軽くあしらって、ジャンはくるりと背を向けた。右手にハンチング帽子を持って、軽く上げるとかぶり直し、そのまま去っていく。残されたのはメイとそのエプロンドレスの女の子。メイはしゃがんで女の子と目を合わせた。
「ねえ、聞いていい?」
「うん、いいよ、お姉ちゃん」
「ジャン……あの男の子に何かされたの?」
「うん。わたしね、わたしね。お母さんの薬を買いに行く途中でお金を落としてしまったの。下水道に落ちてしまってなくなっちゃたの……」
エプロンドレスの女の子は、病気のお母さんと暮らしている。今日は病気のお母さんに飲ませる薬代を持って病院へ向かう途中に馬車にはねられそうになり、転んだ拍子に銅貨の入った袋が溝に落ちてしまったらしい。運が悪いことにそれは下水道に吸い込まれてなくなってしまっただという。
「何枚かは拾えたんだよ。でも、33ディトラムも足りなくて泣いていたの」
「33ディトラム……?」
聞いたことのある数字である。
「それでね。泣いていたら、あのお兄ちゃんがどうしたのと聞いてくれたの。お金を落としたって話したら、財布から33ディトラム出してくれたの」
「……それでお小遣いが無くなった理由がわかったよ」
手持ちが17ディトラムになってしまったジャンが、明日のおやつ代を増やそうとクジ引きした心情は理解できた。明日のおやつに10ディトラム使ってしまい、あと7ディトラムで1ヶ月暮らすのは辛い。
それでも格好をつけて5ディトラムのジュースを一気飲みしてみせた姿は理解できないが、まあ、ジャンならそういう行動を取るだろう。
(アイツ……少しはいいところあるじゃない……)
メイはカッコつけて去っていったジャンの歩いて行った方向を見つめた。そして、ある考えが閃いた。




