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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第12話 嫁ごはん レシピ12 夏野菜と旬の海の幸の天ぷら
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締めはアイスクリームで

「まずは油で揚げる前に衣を作る。材料はエグと水と小麦粉フラウ


 二徹の説明にレイジは頷いた。街中で提供しているフィッシュ&チップスと同じ材料だからだ。


「これを混ぜればいいんだろ?」

「いや、ただ混ぜるだけじゃないよ。順番と温度が大事だよ」


 そう言って二徹は氷を入れたボールにそれよりも小さなボールを突っ込んで、これまた氷温庫で十分冷やした卵を割り入れた。そこへ常温の水を少しずつ入れる。


「おい、二徹。どうして水は常温なんだ。冷やすのが大事なら水もキンキンに冷やせばいいだろう?」

「水が冷たすぎると卵がモロモロになってしまうんだよ」

「そうなのか……」

「この卵と水を混ぜたものを玉水というんだけど、ここへ氷温庫で冷たくした小麦粉ミ・フラウをふるいにかけて少しずつ入れるんだ」

「なるほど。これは小麦粉ミ・フラウに空気を混ぜることで早く溶かすためだな。だが、なんで冷やすんだ?」


 レイジは小麦粉を丁寧にフルイにかけて混ぜながら、疑問を投げかけた。フィッシュ&チップスを作るのに、その衣の作り方で温度に気を遣うなんてことは聞いたことがなかったからだ。


「冷やすのは小麦粉ミ・フラウの中のグルテンを活性化させないためなんだ。グルテンが出ると粉に粘り気が出るんだよ。これが衣を固くしてしまうんだ」


 天ぷらを作る上でこのグルテンのコントロールは非常に大事だ。天ぷらとは高温の油で食材の水分やアクを一気に抜き、旨みだけを残す料理。衣にそれらの通過する穴が無数にできることで、衣がサクサクの食感になり、素材も旨みが増すのである。


 この衣に粘り気があるとそれらの通気口ができず、水分が飛ばないベチャッとした、ただの揚げ物になってしまうのだ。


小麦フラウも、卵も、器具も冷やす。低温ならグルテンは発生しないからね。あと……レイジ、ストップ!」


 レイジが材料を混ぜてかき回し始めたので二徹はその作業を止めさせた。せっかく、フルイにかけた粉を高速でかき回し始めたからだ。


「え、よく混ぜたほうがクリーミーで軽い衣になるんじゃないのか?」

「残念。かき混ぜるとグルテンが発生してしまうよ。せっかく低温で抑えていたのに、無駄になってしまう」


 そういうと二徹は見本を見せた。菜箸で軽く混ぜただけである。まだ白い粉が見えているところもある。


「これで十分さ。じゃあ、試しに油で揚げてみよう」


 二徹が作った衣を薄くつけてカボチャを揚げる。ほこほこ、サクサクのカボチャの天ぷらができる。それを食べるレイジ。


「うん……確かに衣はサクサク。そして香ばしい。町で食べられる揚げ物はほとんど衣が固い。こんなことで別物になるなんて、よく知っていたな」

「まあね」


 知っているのは前世の知識。ちょっとずるいので声は自然と小さくなる。


 カボチャの天ぷらを食べ終わったレイジは少し考えた。天ぷらは単純だが、非常に繊細な料理である。この衣にしても、揚げる温度の管理にしても、わずかなミスでただの揚げものへと転落する。難しい料理なのだ。


「二徹、だが、この料理。提供するのはあの場所だろ?」


 レイジは二徹からヴィッツエル公爵のもてなす場所について提案され、それを了承していた。おそらく、公爵の心を掴むためにはその場所が一番だとレイジも賛成したが、温度管理が大事とするなら、その場所は最悪と言ってよかった。


「あそこじゃ、いくら材料を冷やしてもすぐに熱が上がってしまうぞ」


 今は夏の季節。夜でも気温は30度は下らない。海風があって多少涼しいが、油の入った鍋が並ぶ厨房は熱がこもる。天ぷらを作るにはふさわしいとはいえない。


「そうだね。それには考えがあるんだよ」


「ほう……その考えとは聞いてみたいものだ」


 レイジの話を聞いたヴィッツエル公爵は興味津々にそう二徹に尋ねた。料理は科学というからには、何か面白い工夫があるのだろうと思っているようだ。


「なに、簡単ですよ。あるものを混ぜるんです」

「あるもの?」

「なんだろう?」


 アレックス次官やアディトン卿も思案するが答えが浮かばない。


「油ですよ。油をちょっと衣に混ぜるんです。油の影響でグルテンの発生が抑えられるんです」

「ほう~」


 みんな感心している。これは昔、二徹が料理修行をして日本各地を回っていた時に板前さんから聞いたテクニック。天ぷらを揚げる場所は必ずしも快適な場所があるわけではない。天ぷらの高級店ならともかく、道の駅のような小さな調理場所や駅前の小さな小料理屋のような場所は天ぷらを作るのには不利だ。


 だからといって、そういうところの天ぷらはまずいかというと、そうでもない。おいしいところもあるのだ。十分に冷やせなくてもグルテンの発生を止めればよいのだから、油を入れてグルテンを殺すのだ。


「そして僕たちは揚げる油にもこだわりました。油は酸化するとまずくなるので、できるだけ新鮮なものを使い、劣化させないようにします。温度が上がりすぎて発煙すると酸化するので、油は発煙温度が高いものを使います」


 発煙温度とは、油が熱せられて煙が上がる温度。こうなると油はどんどん劣化していく。二徹が選んだものは菜種の油と大豆油をブレンドしたもの。両方の油とも発煙温度は248℃前後と高い。


 これが米油やごま油、オリーブオイルだともっと低くなる。これらの油で天ぷらを作ることもあるが、発煙温度が低いことを念頭に置いておいた方がよいだろう。


「うむ。話を聞いて、本日のもてなしがウェステリア王国の誇りと伝統を守り、客人に対して十分なものであったことが証明された。私、アクセル・ヴィッツエル公爵、セント・フィーリア公国の宰相として、ウェステリア王国と同盟を結ぼう」


 そうヴィッツエル公爵の宣言にフランドルの大使ジェファーソンが異議をはさむ。


「ちょっと、待ってください。もてなしなら我がフランドルも豪華絢爛にさせていただきました。フランドルの国力にかけて十分なものであったと思います」


「ああ……確かに。毎日、フランドルが征服した各国の名物料理が並べられ、食べきれないほどの肉や野菜、くだもの。贅を尽くした料理の数々があった。豪華絢爛とはまさにこのことだ」


「そうでしょう。それに比べて今日のウェステリアの料理。いくら手の込んだ工夫があったとはいえ、ひよっこ料理人の若者二人でこの庶民が集う騒がしい場所での食事。比べ物になりません」


 ヴィッツエル公爵はそっと立ち上がり、そしてジェファーソン大使に向かってこう威厳をもって述べた。


「確かにフランドルの料理は豪華であった。だが、最低であった」

「最低!?」


「その贅をこらした料理は、各国を侵略し奪った富で提供したもの。まさに侵略者の料理。アラスト大陸では食べ物もなく困っている国が多数あるのに、あのような豪華な料理を並べ、バカ騒ぎをするようなことは私は耐えられない。いつか、我が祖国、セント・フィーリアも侵略され、奪われたものが食べもしない料理に変わるかと思うと絶対に組みしてはならないと思う」


 そしてヴィッツエル公爵は外務大臣アディトン卿に手を差し伸べた。


「ウェステリアは私の無理な要求に対し、このように誠実に対応し美味しい料理でもてなしてくださった。この場所も実にいい。ウェステリアの国民の生き生きとした姿がよくわかる。民が元気な国は信用がおける。それに比べて、フランドルはどうだ」


 ヴィッツエル公爵は再びジェファーソン大使をにらみつける。もはや、ジェファーソンは腰が抜けたようにへなへなと椅子に座ってうなだれるばかりだ。


「贅沢な暮らしをしているのは王族と貴族のみ。民は度重なる戦争で疲弊し、明日の食事にも事欠く始末だ。そんな国とどうして手を結べようか」


「ありがとうございます」


 アレックス次官と外務大臣のアディトン卿はそう言ってヴィッツエル公爵の手を握った。こうなれば、明日には国王と謁見。同盟の証書にサインをする流れになる。


「それではヴィッツエル閣下。迎賓館へとお送りさせていただきます」


 アレックス次官の言葉にヴィッツエル公爵は今一度、ニコールと二徹の方に振り返った。


「大尉、今日は良い時間を過ごせた。そして二徹くんとレイジくん。君たちの料理は私の心を動かした。美味しい料理をありがとう」


 右手を上げて出て行く公爵にニコールは敬礼をし、二徹とレイジはお辞儀をした。


「はあ~、疲れた」

「ニコちゃん、ご苦労さま」


 客人が帰り、片づけも終わった特設テント内。レイジも帰り、今はニコールと二徹の二人きりである。カウンターをはさんで、二徹は厨房エリア、ニコールは椅子に座っている。


「それにしても見たか、あのジェファーソン大使のがっかりした顔を。実に痛快だった。胸のつかえがどっと取れた感じで気持ちがいい。あいつ、絶対に裏で糸を引いてこちらのもてなしを邪魔していたに違いない。それを二徹とレイジが打ち砕いたのだ。全く、気分爽快だ」


「僕としては、エバンスさんの期待に答えられてホッとしているよ」

「うむ。私としても夫の活躍は鼻が高い」


 二徹はカウンター越しに小さな器を置いた。それは丸い衣に包まれた天ぷらである。


「なんだ、また天ぷらか。さすがにもう飽きたぞ」

「これは最後の隠し玉で取っておいたものなんだ。幸い、出すことなく決着がついたけど、せっかく用意したから食べてよ」


 二徹の言葉にニコールは添えられたスプーンを手に持った。もう夜更けで周りはずいぶんと静かになっている。


月明かりに照らされた海がキラキラと光っているのが見える。そして波の音も。


 ニコールは丸い天ぷらをスプーンで崩してすくった。それを口に含む。


「ううう……これは……冷たい……そして……」

「甘いでしょ?」

「これはアイスクリームじゃないか!」


 アイスクリームの天ぷらである。二徹は高校生の頃、女の子に誘われてあるカフェの名物料理を食べたことを思い出した。女の子の顔も名前も忘れてしまったが、その天ぷらの味は転生した今でも覚えていた。


「熱いのに、冷たくて甘くて美味しい……これはたまらないぞ!」

「うん。どんどん食べてよ」


 無我夢中で食べるニコール。もう誰も見ていないから、ニコちゃんモードである。食べ終わったニコールの口には白いアイスクリームがべっとりと付いている。


「ニコちゃん、口にアイスクリームが付いているよ」


 二徹がそれを拭こうとナプキンを手にすると、ニコールはイヤイヤと首を振った。この仕草が超かわいい。


「なに?」

「こっちへ来て」

(ニコちゃん、そのお誘い……かわい過ぎる)


 二徹はカウンターから出る。ニコールはカウンター席に座ったまま、くるりと椅子を回した。


「キスで舐めとって……」


 ちょっと下を向いてもじもじしているニコール。酔っているせいもあって顔はほのかに赤い。声が小さくて聞こえなかった


「え?」

「キスで舐めってって……ばか者、何度も言わせるな!」

「ごめん。じゃあ、こう?」

「んんん……二徹~」

「ニコちゃん、甘いね」


 ニコールはアイスクリームの天ぷらが入っていた皿に人差し指で、バニラアイスを拭った。それを着ている赤いナイトドレスの胸元。ちょっと見える谷間にペトッと付けた。


「ここも……あるぞ」

「え、ニコちゃん……そこは……」

「もう、舐めてって言ってるの!」


 真っ赤になったニコールはギュッと二徹の顔を胸元に押し付ける。


 波の音がかすかに遠くに聞こえ、海風が撫でていく。


 今日もオーガスト夫妻の任務は無事完了である。


油でグルテンを殺す話は板前さんから聞きました。そんな方法があるんだと感心。本やネットにはないなあ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 優劣極める理由は納得出来ました。とってもよかったです。 ただ、やっぱりフィッシュ&チップスの代わりにそのまんま天ぷら出すのはフィッシュ&チップスへのリスペクト足りないと思うのです。 別に不味…
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