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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第12話 嫁ごはん レシピ12 夏野菜と旬の海の幸の天ぷら
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前菜:夏野菜3種

 セント・フィーリア公国の宰相をもてなす大事な晩餐会。普通ならば、ウェステリア王宮内のメインダイニングか、風光明媚な郊外の迎賓館レ・ロイワイヤルで行う。


 だが、今回のもてなしは例外中の例外であった。その場所は首都ファルスの下町。港から続く屋台街グーニードライブと呼ばれる場所だ。


 そこに特設テントを設置してセント・フィーリアの宰相アクセル・ヴェッツエル公爵を招いている。非公開の晩餐会ということで、席を一緒にしているのはウェステリア外務次官のアレックス・オルブライトと外務大臣のアディトン卿。そして、フランドル特命全権大使のジェファーソンのみである。


「おやおや、ウェステリア王国の晩餐会は酔狂なところで行いますなあ」


 ジェファーソン大使はそう誰に言うでもなく、そんな言葉を発した。テント内に海風が入ってきて、気持ちがいいものの、まだ、昼間の熱が冷やされておらず、気温が高いのである。パタパタと扇でわざとらしく仰いでいる。


 風があるのでそこまでしなくていいのだが、ここの環境が悪いということを大げさにアピールしたいのであろう。


「暑さもあるが、ここは庶民にあふれて、実に騒がしい。こんなところで外国の賓客をもてなすとはね」


 そう言ってジェファーソン大使は外務大臣のアディトン卿とアレックス次官に冷たい視線を送る。今回の訪問の件で、彼を呼ぶことを求めたのは客であるアクセル・ヴィッツエル公爵である。


ウェステリアに来る前にはフランドル王国で歓待を受けた公爵は、ウェステリア王国との比較でどちらにつくか決めるという。


 今日のここでのもてなしとフランドルで受けたもてなしを比較して判断するということだ。


「大使殿はウェステリアの夏の夜のよさがわからないらしい。この海風が心地よいことをご存知ないのか?」


 そう言って現れたのは目の覚めるような赤いナイトドレスに身を包んだニコール・オーガスト大尉である。既に席に座っていた者はその美しさに目が釘付けになる。


「おお……これは大尉。軍服姿も凛々しいが、ドレスはまた艶やかな……」


 思わず、誉めてしまった外務大臣のアディトン卿。そして、文句を言っていたジェファーソン卿も驚きで声を失っていたが、3秒で意識を取り戻した。


「ニコール大尉、約束通りに食事をしてくれるとは、思いもよらなかった。こんな環境で庶民の食べ物を食する会ですが、来てよかった」


「これは光栄です、大使閣下。閣下には借りがありますから、本日はきっちりお返しします」


 そう言ってニコールは会釈して、ヴィッツエル公爵の隣に移動する。公爵は満足げに初めて口を開いた。


「うむ。美女と食事をすると料理は何倍にも美味しくなるものだ。ニコール大尉、今日はよろしくお願いしますよ」

「恐縮でございます、公爵閣下」


 ニコールは少しだけしゃがんで礼をする。ニコールがこの会に参加することになったのは、先日のフランドル大使館事件のこともあったが、ここのVIPの護衛の意味もある。今回の晩餐会は市中で行うために、この特設テントの周辺は近衛兵で守備をしていたが、テント内は無粋な兵士を入れるわけにもいかず、代わりにニコールが指名されたのだ。


 ちなみにAZK連隊も近衛隊と連携して守備についている。この晩餐会がゼーレ・カッツエにとっても重要な位置づけであり、妨害してくる可能性があるからという判断からだ。


「今日は実に楽しみだ。ジェファーソン大使殿はお気に召さないようだが、こういう場所で食べるのも一興。また、フィッシュ&チップスを食するのだから、こういう雑踏の中で食べねばウェステリアの良さも分からないもの。そういった意味では、私は期待が高まっているのです」


 そう言ってヴェッツエル公爵は満足そうに笑っている。この企画は出だしから成功したようだ。実はこの場所で食事をすること提案したのは二徹であった。庶民の味であるフィッシュ&チップスを所望した真の意味を見抜いたのだ。


「それでは始めさせてもらいます……」


 テントの中に仮説のカウンターが設置されており、5人は並んで座っている。カウンターの中には二徹とレイジが立ち、目の前で料理を作って提供するという趣向だ。


「ほう……2名で作るのか?」

「はい。僕は二徹・オーガスト。あちらのシェフがレイジ・ブルーノです。本日はウェステリア名物のフィッシュ&チップス(キル&タルロフライ)を作らせていただきます」


「うむ。よろしく」


 ヴィッツエル卿は初めての経験に心を躍らせている。これは外務大臣も次官も同じだ。失敗を願っているはずのジェファーソン大使もこれから起こる出来事に期待の色を表情に出している。


 二徹の担当はヴィッツエル公爵とニコールとジェファーソン大使。レイジの担当がアレックス次官とアディトン大臣である。


「まずは、これをどうぞ」

「なんだね?」


 二徹は客たちの前に置かれた木の皮で編んだ小皿に油で揚げたばかりの食材を菜箸でつまんで置いた。

シシトウ(スイペ)でございます。レモン(モレン)を絞ってどうぞ」

「レモン汁をかけるのか?」


 ヴィッツエル公爵はレモンの欠片を人差し指と親指で挟んで絞る。キラキラと光る雫がゆっくりと衣をつけたシシトウにかかる。ジュワッと音がして弾ける。


「フィッシュ&チップスにこのような野菜が……」


 口に入れたヴィッツエルは驚いた。衣がサクサク。そしてシシトウの鮮烈な刺激が舌を直撃する。それは油で熱せられて活性化した鮮烈な辛味。そして体が清められる快感。レモンのさっぱり感がそれらをうまく高めている。


「うううう……美味い!」

「この衣のサクサク感がたまらない……そして、シシトウ(スイペ)の鮮烈な香りが食欲をそそる」


 ヴィッツエルとニコールが最初の野菜の天ぷらで感動している。ジェファーソン大使は苦々しい顔をしているが、この料理にはケチがつけられない。二徹と同じように揚げたレイジの天ぷらもアレックス次官とアディトン卿を満足させた。


「しかし、野菜を油で揚げただけだと思ったが、このシシトウ(スイペ)は細工がしてあるな……」


 ヴィッツエル公爵は2本目の揚げたてのシシトウが、目の前の紙の上に置かれるとするどく観察してそう尋ねた。


「よくわかりましたね。さすがは食通で有名な公爵閣下」


 これには二徹も感心した。その細工はとても小さくてわかりにくいものであったからだ。しかし、これをしていないと大変なことになるのだ。


「わ、わかったぞ!」


 ニコールも揚げたてのシシトウをフォークでコロコロと転がして、見つけたようだ。それくらい分かりにくいのだ。


「ニコール大尉、何を見つけましたか?」


 二徹はそうわざと聞いてみた。夫婦なのに仰々しいが、ここはニコールとのコンビネーションで最大の効果を狙う。


「穴がぽつんと空いているぞ。これはわざとつけたのだろう?」


 ニコールに言われて客たちはみんな目の前の揚げたてのシシトウを見る。確かに一つだけ穴がさり気なくあけられている。


「はい、これは竹串であらかじめあけておくのです。理由は……」

「うむ。それは言わなくともわかる。どうだね、美食の国フランドルの大使ならわかるだろう?」


 ヴィッツエル公爵はそう話をジェファーソン大使に振る。振られたジェファーソンは困惑した。そんなことを言われてもわからない。


「……早く揚げるためですか?」


 クスっと公爵は笑ったのみである。そして隣のニコールに視線を向けた。


「大尉はどう考える?」

「そうですね……もしかしたら、油の中で爆発しないため?」


 二徹はニコールの答えが正解でほっと安心した。天ぷらをニコールの目の前で作ったことはなかったのだが、やはりニコールは頭がいい。


「どうだね、シェフくん?」

「はい。正解です。油で熱せられるとシシトウ(スイペ)の中の空気が膨張して破裂します。油が飛び散って危険ですから、あらかじめ穴を開けておきます」


(うんうん……)と大きく頷くヴィッツエル公爵。満足げに2本目のシシトウを口に入れる。そしてそれを噛むと幸せそうな顔をした。


「では、次の食材を揚げていきます」


 二徹はそう言うと塩茹でしたカボチャに衣を薄くつけて、別の天ぷら鍋で揚げた。時間も先ほどのシシトウとは違って短時間である。


「どうぞ、カボチャ(プキン)です。これは岩塩を付けて食べてください」

「ふん。ウェステリアの伝統料理は実に貧しいですなあ。野菜を油で揚げただけとは」


 ジェファーソン大使はそう言って先ほどの失態を挽回しようと、揚げたてのカボチャの天ぷらにケチをつける。馬鹿にしながら、揚げたばかりのカボチャをフォークで刺した。そして口に機械的に放り込む。


「うっ!」


 思わずフリーズするジェファーソン大使。熱さと甘味、ほっこり感に襲いかかられ、脳で考えることができない。


「こ、これは……先ほどとは打って変わってほこほこで甘味が増している」


 信じられないという表情のヴィッツエル公爵。咀嚼しながらカボチャの食感に酔いしれる。ニコールもカボチャに岩塩を僅かにふり、かぶりと食いついた。


「熱々のカボチャ(プキン)がわずかな岩塩の塩味でより甘くなっていて、これもたまらない……」

「う、ううう……」


 あまりの美味しさに声にならないジェファーソン大使。ただのカボチャがこれだけ美味しいなんて思ってもいなかったのであろう。熱を加えられることでカボチャ本来の味が活性化して、とてつもなく美味しくなるのだ。


「二徹くんと言ったな。どうして油の鍋を変えたのだ?」

「はい。最初のシシトウ(スイペ)は生でしたので温度が低い油でじっくりと揚げました。そして2つ目のカボチャ(プキン)は下茹でをしていましたので、高温でさっと揚げたのです」


「なるほど……温度が大事というわけか」

「そうです。天ぷらを作るときには油の温度管理が重要なのです。腕がよい職人ほど、数度の差を感じて揚げるそうです。その感覚はその日の気温、体調にも左右されるために、常にベストの天ぷらを揚げるために精進しないといけない技術なのです」


「奥が深いな……」


 そうヴィッツエル公爵は感心したように頷いた。


「次はナス(エプラ)です。これは醤油と大根おろしのタレでお召し上りください」


 菜箸で揚げたてのナスを提供する。ナスはアクが強いので、切ったらすぐに水にさらす。こうすることで色も変化しない。さらに揚げる前の下ごしらえとして、塩を軽く振っておき、水気を拭き取るとアクが取れる。こうすることでエグみを取り除けるのだ。


「うう……外は香ばしく、そして中は軟らかく……」

「中からジュワッとナスの旨みが染みわたる~」


 熱せられて活性化されたナスの旨み汁が口いっぱいに広がり、しかも噛むたびにそれがピュピュとの中に飛び散る。そして、冷たい大根おろしがキリリとした辛味をアクセントにして、醤油がうまくまとめている。大満足の一品である。


「それでは、本日のメインの食材を2種お出しします」


 ここまでは前菜。ここからが天ぷらの真骨頂である。ヴィッツエル公爵とニコールの視線は、そのメインの食材が入った氷の詰められた箱に向けられた。


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