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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第12話 嫁ごはん レシピ12 夏野菜と旬の海の幸の天ぷら
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レイジと二徹

「いや……面目ない。まさか、私自身が襲撃されるとはな……」


 病院のベッドで上半身を起こし、お見舞いに来た息子レイジと二徹に自分の頭を軽く2度ほど叩いて笑った。どうやら、傷は大したことがなかったようだ。


「びっくりしたぜ、親父。撃たれたと聞いて慌てて来たんだ」


 レイジはそう言って、脱力して部屋のソファに腰を落とした。二徹も本当によかったと安堵した。現在のウェステリアで最高の料理人であるエバンスがいなくなったら、王国の料理文化の停滞につながる。


「二徹くんもわざわざ来てくれて感謝するよ」

「いえ。元気そうで何よりです。それにしても、犯人には心当たりがあるのですか?」

「うむ。ゼーレ・カッツエのメンバーとのことだが、丸腰の私を殺し損ねるとは、間抜けな奴らだ」

「運が良かったんだよ、親父。これからは護衛を付けろよ」

「そう言うな、レイジ。護衛に守られていては、食べ歩きはできん。料理の研究、新しいレシピの開発、全ては現地調査にかかっている。私自身で現物を味わわないとな」


 そうエバンスは笑う。この意見に二徹は賛成だ。料理は見て聞いただけでは、正確に再現もできないし、インスピレーションも湧いてこない。やはり、実際に見て色合い、匂い、周りの環境。そして、味を確かめるのが一番である。


「親父、他にもA級のロバート博士、ルースさんも襲われて負傷したと聞いた。B級のトーマスさんにカロッツエさん、マーニャさんも襲われたそうだ。幸い、死人は出なかったけど、王宮料理アカデミーの上層部は全滅だ」

「そうだな。少なくとも、早急に取り掛からないといけない重要案件に携わる人間がいなくなった。これは国の危機でもある」


 エバンスはそう表情を曇らせた。重要案件とは、セント・フィーリア公国の宰相をもてなす件である。この国の代表的な料理である『フィッシュ&チップス』でもてなすのが条件である。このおもてなしの結果次第で、セント・フィーリア公国が敵陣営に走るかもしれない。


そうなったら、拡大路線でアラスト大陸を支配しようとするフランドル王国の野望を阻止できなくなる。


 この国の優れた料理人であるエバンスを始め、王宮料理アカデミーの腕利きシェフ上位5名は今度のテロで負傷し、病院のベッドに縛られることになった。このもてなしの案件は、さらにその下位の者に委ねられることになるが、王宮料理アカデミーもこればかりに力を注ぐわけにはいかない。


 それに次は自分が狙われるかと考え、B級以下の厨士たちの士気が萎縮している。その報告を受けて、エバンスは頭を抱えていた。自分がやるにも今は絶対安静の身。動きたくても足の負傷で移動すらできない。


「畜生、親父やアカデミーの先生方を狙った奴ら、俺が全部やっつけてやる!」


 直情型のレイジはそういって、両方の拳をテーブルに叩きつけた。ドンと鈍い音が病院の個室に響く。


「レイジ、ゼーレ・カッツエに関してはニコール大尉に任せよう。きっと、犯人を逮捕して黒幕を罰してくれるよ」

 

 そう二徹はレイジをなだめる。そうじゃないと、この男。町へ繰り出し、独自に捜査をしかねない。だが、それは素人が踏み込むべき領域ではない。町の治安を守る衛兵警備隊か、ニコールが所属するAZK連隊の管轄である。


「そうだぞ、レイジ。我々、料理アカデミーは武力をもっていない。我々が持っているのは美味しいものを作る技術だ。レイジ、戦いは武力だけで決まるものじゃないぞ」


 そうエバンスも釘を刺す。息子の性格がわかっているだけに、ここは強く禁止しておかないといけないと考えたようだが、ここで30秒ほど沈黙する。視線はレイジと二徹に固定したままだ。


「親父、どうした。傷が痛むのか?」

「いや……。この状況を打開できる、ものすごくいいアイデアが浮かんだのだ」


 エバンスはそう言って大きく頷いた。この危機を一気に挽回できる起死回生の策である。


「アイデアってなんだよ?」

「レイジ、お前はE級厨士だったな」

「この間、飛び級で取ったよ」

「そして二徹くんもそうだったな」

「はい。エバンスさんがそうしてくださったのですよ」


 二徹のE級厨士の資格は、エバンスが特例で認可してくれたものだ。この資格があれば、公式に他人に料理を提供できる。つまり、王宮料理アカデミーの料理人として、厨房にたてるのだ。


「この案件、レイジと二徹くんに任せたい」

「え!」

「マジかよ、親父?」


 急なエバンスの申し出に2人は驚いた。まだ、王宮料理アカデミーでは最下層の2人が、国の外交方針を大きく変えるかもしれないことに関われというのだ。


「E級厨士なら、ゼーレ・カッツエも狙わないだろう。それに君たちならフリーで動ける。それにレイジはともかく、二徹くんの料理人としての知識と技術はA級にも匹敵するだろう」


「俺はともかくって、ひでえな親父!」


 レイジは怒ったが、これは身内に対する厳しい言い方であろう。二徹が見た限り、レイジの料理センスは悪くない。あとは経験と知識を身につけていくだけだ。近い将来に彼がA級厨士として、エバンスの跡を継ぐのは間違いがないと思う。


「頼む。引き受けてくれないか?」


 そう言って頭を下げるエバンス。これは本気である。本気でE級厨士のレイジと二徹に任せる気である。確かに、今の王宮料理アカデミーの状況であるなら、それが奇手でもあった。敵は絶対に予想しないだろう。そして、これはかなりの確率で成功するとエバンスは確信しているようである。


「しかしなあ……。フィッシュ&チップスの究極版を作るって話だろ……。あの料理、外国のお偉いさんの口に合うようにするのは至難の技だぜ」


「私はこれまで様々な店や屋台で、フィッシュ&チップスを食べてきた。ウェステリアの素材を適切に調理し、油で揚げる。この調理法は間違っていない」


 エバンスはそう言って腕組みをする。問題は山積である。これをどう解決して、外国の賓客に喜ばれる料理にするか。


「確かに、フィッシュ&チップスは庶民の食べ物。屋台で食べる味は、多少難はあっても、それを含めての料理ですからね。お腹がすいているときに、揚げたてを食べる快感は悪くないと思いますよ」


 二徹もフィッシュ&チップスは屋台や店で食べた経験はある。美味しい店もあるが、多くは素材の扱いが雑で味を落としてしまっている。それも値段の安さからいけば、やむ得ないのでことかもしれない。高級店でも気を使っていなくて味を落としてしまっている例がよくあったことを思い出していた。


「私が思うに素材の鮮度、種類、そして揚げ方。衣の工夫、ディップの工夫。その辺りに解決の糸口があると思うのだ」


 そうエバンスはこれまで試食してきたことから、改善の方向性を示唆した。だが、二徹には油で揚げるという調理方法から別の回答があった。


「エバンスさん。この件、もし、本当に僕とレイジに任せてもらえるなら、やってみようと思います。油で揚げるという点において、新しい料理を提案できると思います」


「うむ。君にそう言ってもらえるとありがたい……うっ……」


 元気そうにしていたエバンスだったが、急に苦痛のうめき声を上げた。慌ててレイジが看護師を呼ぶ。看護師と医師が駆け込んできた。


「エバンスさん、だから面会はまだ無理だと言ったのですよ」


 医師はエバンスを横にして、痛み止めの薬を飲ませる。撃たれたところには包帯が巻いてあったが、血がにじんでいる。


「すまぬな、先生。だが、これは国家の一大事なのだ。大人しくは寝てはおれんよ」

「傷口がふさがっていないし、傷口が腐る病になれば死んでしまいますよ。撃たれて死ぬよりも、その後の病で死ぬ例の方が多いのです」


 そう医師はエバンスの傷の包帯を取り、アルコールで消毒をする。この世界の医療は遅れているが、この病院は王国の最新技術が使われている。傷口を消毒するという概念はちゃんとしているようだ。


「患者さんは絶対安静となります。面会の方はお帰りください」


 そう看護師は義務的にレイジと二徹を部屋から追い出した。エバンスは努めて元気に振舞っていたようだが、容態はよくなかったのだ。


「ちくしょう!」


 レイジは右足で壁を蹴った。父親にはいつも厳しくされていて、反発することが多くあったが、それでも同じ料理人として尊敬していたのだ。そんな父親をこんな目に合わせたゼーレカッツエの連中は許さないという思いなのであろう。


「レイジ、さっきも言ったけど、奴らはAZK連隊に任せよう。僕らがやるのは料理で奴らの目的を阻止することだ。それが君の父上のお考えに添うことになる」


「ああ、わかっているさ。でも、二徹、お前は自信があるようだが、何かいいアイデアがあるのか?」

「あるよ。油で揚げるという点において、究極の調理方法を知っている」

「究極の調理方法?」

「うん。君と僕とでそれを作るんだ。まずは材料集めだ」


 二徹の腹は決まった。フィッシュ&チップスではないが、油で揚げる料理といえば、あれしかないではないか。


あれしかないではないか! と言っても前話で奥さん(ニコール)がバラしているではないか!

仲良し夫婦、同じ時間に同じことを考えていました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 天ぷらとフィッシュ&チップスは違う料理だからなぁ 焼き芋って言われてジャガイモのホイル焼き渡されたら、まぁ美味しいんだけど違うじゃん? そのまんま天ぷら出すとしたらフィッシュ&チップスにリス…
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