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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第12話 嫁ごはん レシピ12 夏野菜と旬の海の幸の天ぷら
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本日のAランチ

 次の日。レイジは二徹に言われた通りにタケノコの下処理をしていた。一晩置いて、たっぷりとアク抜きした水を捨てて、タケノコをきれいに水洗いをする。

 

 レイジが作業しているところへ、二徹がやってきた。


「レイジ、あく抜きはできたかい?」

「ああ。言われた通りにしたけど。これで本当に抜けるのか?」

「まあ、任せろって」


 二徹は水洗いしたタケノコを受け取ると、切れ目を入れたところに指を入れて、皮をくるりと剥いた。白いタケノコの肌が露わになる。


「おお! こういうことだったのか……」


 昨日、二徹が皮に縦に切れ目を入れた理由を知ってレイジは感動する。料理には何でも理由があるのだ。


「これで下処理はできたけど、この食材はいろんな料理に使えるよ。先端は柔らかいので、スープに入れるといい。根元は硬いから、料理で使うにはちょっとした工夫がいるね」


「なるほど。今日の食堂のAランチ定食にこの食材を生かしたい。二徹、何かレシピを教えてくれ」


 レイジが食堂の料理長から出された課題は、このタケノコ(アガクス)を使ったひと皿を作ること。二徹はこの課題は容易いと思った。なぜなら、下処理さえできれば、タケノコは食材としては優秀なのだ。そして、タケノコを食べたことのない人たちには衝撃を与えることだろう。


「じゃあ、簡単にできるレシピを教えるよ。まず、タケノコ(アガクス)をできるだけ薄く切ってくれ」

「うむ、お安い御用だ」

 

 トントントン……軽快なリズムでスライスするレイジ。包丁の扱い方はさすがだ。あっという間にタケノコの薄切りの山ができる。


「これをフライパンで炒める。オリーブオイル(リジン油)を敷いて、味付けに塩漬けベーコンを炒める」


 ジュージューとタケノコに焦げ目が付き、ベーコンの油を吸収していく。ここへチーズを細かく刻んで振りかける。とろけたところでパセリを刻んだものを散らす。これで完成。調理時間は5分もかからない。


「できたよ。タケノコのチーズ炒め」

「こんなのうまいのか?」


 レイジはフォークでタケノコを突き刺す。そして口に入れた。シャキシャキした食感とタケノコの味がジュワッと染み出て、さらにチーズのまろやかさとベーコンの旨みが襲いかかる。


「うめええええっ!」

「だろ? これなら今日のAランチの一品にいいんじゃないか?」

「これはいい。よし、二徹、このままこれを作るぞ」

「え?」

「当たり前だろ。食堂にやってくる人間は何人いると思うんだい?」

「マジか!」

 

 なし崩し的に二徹は食堂の手伝いをさせられることになった。正確にはAランチのメニューを担当するのだ。昼にやってくる人間は1000人をくだらない。その中でAランチを選ぶ人間は……。


「二徹、心配するな。限定300食だ」

「300食!?」

 

 300食をレイジと二徹で作る。これはとんでもない作業量だ。レイジの奴、大量のタケノコを同様にアク抜きをしていたのだ。その数100本。そして、次々と300人前の水煮したタケノコを切り刻む。

二徹も息をつく暇もない。2人がかりで、朝から昼までの4時間弱で何とか仕込みは完成する。 


「よし、これでメニューを出すぞ」


 レイジが出した手書きのメニュー。本日のおすすめAランチである。

本日のAランチ 10ディトラム銅貨3枚


 ブレド(パン) 本日のスープ 3種のサラダ(サラド) タケノコ(アガクス)のチーズ炒め

 

 昼時になると王宮内に勤める人々が食堂にやってくる。パンと本日のスープ、サラダは定食の共通。メインのひと皿は、カウンター越しに注文を受けた二徹とレイジが、タケノコのチーズ炒めを実演して作り、Aランチを出すのだ。


「はい、いらっしゃい!」

「ご注文は?」

「このAランチで」

「こっちもAランチ」


 二徹とレイジは大忙しである。タケノコ(アガクス)のチーズ炒めが大人気。食堂での評判が伝わって、来る客、来る客、みんなAランチを注文するのだ。


「うおおおおっ……この野菜、シャキシャキ、コリコリしていいね」

「かと言って、固くなく、歯で噛むとぷっつりと噛み切れる。これ快感だわ~」

「それだけじゃないぞ。噛み切るとええ味が染み出る。これがチーズ(ニュウズ)のまろやかなコクと混じって……」

「うまーい!」×3。


 注文が集中するものだから、二徹もレイジも休む暇がない。常にフライパンを振り続け、タケノコのチーズ焼きを量産する。レイジは二徹と同じパフォーマンスで料理を作る。レイジがいなければ、これだけの注文をこなせなかったであろう。


「二徹じゃないか?」


 昼食時間も終わりに近づき、注文もまばらになったところで、不意によく知った声が話しかけられた。


「ニコ……ニコール大尉」

「なんで、お前がここで料理を作っているのだ?」


 妻のニコールが副官のシャルロット少尉を連れて、ちょっと遅いお昼ご飯を食べに来たのだ。思いがけないところで出会って驚いている。シャルロット少尉は気を利かせて、同期の友人を見つけてそちらのテーブルへと移動した。残されたのは、ニコール大尉だけである。


「料理アカデミーに来たんだけど、何故かタケノコ(アガクス)を料理することになってね」


 そう言い訳して、できたばかりの皿をニコールのお盆に乗せる。湯気が立ち、チーズがトロトロに溶けた美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。


「ふむ。そういうことか……」


 今日も料理アカデミーへ行くと朝に話していたから、ニコールは納得したようだが、まさか、職場で会うとは思って見なかったようだ。


「二徹、これで売り切れだ~。300食完売だ!」


 レイジの嬉しそうな宣言で二徹も仕事からやっと解放された。これで食堂長から頼まれたミッションをレイジは果たすことができたのだ。


「それじゃ、僕はニコールと一緒に昼ごはんを食べるよ」


 二徹は自分たちの賄い様に取っておいたひと皿を出して、ニコールと同じ席に座る。二徹にとっては、商売じゃないから、お客が売り切れでがっかりするとしても、許されるであろう。


「これが二徹の作ったAランチか……」


 ニコールはフォークでタケノコを突き刺す。焼けたチーズが伸びる。それをくるくると巻き取って、ニコールは形の良い口へと運ぶ。それが入った瞬間、キュキュキュっと体が縮こまった。


「うっ……こ、これは……!」

「どうしたの、ニコ……ニコール大尉」


 人がいっぱいいる食堂とはいえ、ニコールの部下や知り合いがいるかもしれない。ニコちゃん呼びは極力控えねばいけない。


「焼けたチーズ(ニュウズ)が熱々で……香ばしくて食欲を刺激する……それに、なんだ……噛むと濃厚な旨味成分が口の中に……ピュピュッと飛び出して……」


 ニコールは目を閉じて、深く、深く味わう。もう体があまりの美味しさにビクビクと反応してしまい、次のタケノコに自然に手が伸びる。


「はうううううっ……これは美味しすぎるううううううっ~」

「ニコール大尉、ニコール大尉……」


 二徹は小声でニコールに呼びかける。


「ここは王宮内の食堂ですよ」

「はうっ……うむ。そうだった!」


 ニコールは正気を取り戻し、ナプキンで口元を拭った。そして、改めて姿勢を正す。あまりの美味しさに思わず、ニコちゃんモードになってしまうところであった。


「これは美味しい……。美味しすぎるぞ」

「どういたしまして……」


 周りでもAランチの評判が聞こえてくる。かなりの好評のようだ。やはり、タケノコという珍しい食材が良かったのであろう。ただ、アクが残っていた状態や、軟らかく煮る下ごしらえができてなかったら、この味は出せなかっただろう。


 ニコールはその後、ニコちゃんモードを封印し、無我夢中でAランチと格闘した。そして見事に勝利(デレずに完食)を収めた。

 

 食後のコーヒーを味わって、ホッと一息をつくニコール。


「大尉、お粗末さまです……」

「美味しかった……ここが屋敷でなくて残念だ」


 ニコールはちょっとだけ不機嫌そうな顔をしたが、コーヒーを一口飲んで気を取り直した。


「ニ……ニコちゃん!?」


 小さく聞こえない声で二徹はニコールに呼びかけた。足に感触がある。向かい側に座ったニコールの足が二徹の足に絡んできたのだ。テーブルの下は長めのテーブルクロスであまり見えない。

 

 見えそうで見えない感じだが、ニコールは両足でそっと二徹の右足を挟み込む。そして猫みたいにスリスリする。


「気……気にするな……ちょ、ちょっとだけ……お前に触れていたいだけだ……」


 下を向いてモジモジしているニコール。もう小動物みたいで可愛い。だが、そんなニコールの至福の時も、部下からの呼び出しで唐突に終わる。


「大変です、大尉。町で事件が起こりました!」

「な、なんだと!」


 テーブルの下で絡んでいた足を解き、ニコールは立ち上がった。部下の様子から、かなり大きな事件だと察したのだ。


「大変だ、レイジ!」


 同時に料理アカデミーの人間が、レイジの前に血相を変えて飛び込んできた。こちらも状況からして一大事のようである。


「エバンス料理長が……町で撃たれたそうだ」

「お、オヤジが!」


 突然、エバンス料理長が狙撃されるというニュースが飛び込んできた。

 これはとある陰謀に絡んだ事件の始まりであった。


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