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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第12話 嫁ごはん レシピ12 夏野菜と旬の海の幸の天ぷら
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やってくる賓客

今日から本編。主人公二徹とその嫁ニコールの大活躍?

 ウェステリア王国外務次官アレックス・オルブライトは、王国料理アカデミーの総料理長エバンス・ブルーノを呼び出していた。


この王国の外交を取り仕切る男は48歳。一見すると町の商店で愛想よく物を売っていそうな風貌である。目じりのしわが優しい印象を与える。しかし、アレックスは交渉に長けた優秀な外交官であり、現在のウェステリア王国の国際的な地位を維持していた。


 そんなアレックス次官が王宮内の食事を取り仕切り、料理の研究も進めている料理アカデミーの総料理長を呼び出したのは、もちろん理由がある。それは、ウェステリア王国の大陸での権益に関わる重要な任務についてであった。


「エバンス君。セント・フィーリア公国の宰相、アクセル・ヴィッツエル公爵閣下が訪問される。君も知っていよう。ヴェッツエル公爵は、アラスト大陸の黄金の鍵と呼ばれている重要人物だ」

「はい、存じております。我がウェステリアにとっても重要な人物です」


 セント・フィーリア公国は、アラスト大陸中央部にある小さな国であるが、その軍隊は精強であり、交通の要所にある位置もあって同盟国となれば、現在の形勢に大きな影響を与える。


 ウェステリア王国は大陸の強国フランドルと争っている。フランドルに侵略されている同盟国を援助しているのだ。その状況の中でセント・フィーリアはこれまで中立を保ち、どちらの陣営にも属さない態度を取っていた。


 しかし、いつまでも中立を保っていることができなくなってきた。セント・フィーリアがフランドルへ付くのか、ウェステリアに付くかは両陣営にとっては大変な重要な問題であった。その判断の鍵を握る男が宰相のアクセル・ヴィッツエル公爵である。


「そのヴェッツエル公爵が、フランドル王国と我がウェステリアを訪問される。目的はどちらの陣営につくかその情報を集めることらしい」

「さようですか……」

「君を呼んだのは他でもない。ヴィッツエル公爵閣下がこのウェステリアに滞在中の食事のもてなしをしてもらうのは勿論であるが、実は公爵閣下から要望があってな」


「……要望ですか?」

「そうだ。ヴェッツエル公爵は食通でも有名な方だが、今回はフランドルとウェステリアの郷土料理が食べたいとご所望だとかのこと」


「郷土料理ですか?」

「既にフランドルに訪問し、大変満足されたと聞いている」


 エバンスは顎に手を当てて深く考える。フランドルは美食王国と言われ、歴史も長く、アラスト大陸では最もグルメが発達しているといってよかった。大陸の要所に位置することもあり、世界中から食材が調達できる上に料理技法も発達している。ウェステリアもその影響下にあると言ってもよかった。


「ウェステリアの郷土料理をとのことですが、何かリクエストはあるのですか?」

「それがだな……」


 次官の顔がさらに渋くなった。それを見るだけでエバンスは、これから命じられる任務が大変な困難がつきまとっているのだと思った。少し間を置いて、アレックス次官は口を開いた。


フィシュ&チップス(ギル&タルロフライ)をご所望だ」

「それですか?」


 ギルフライとは、ウェステリア王国の庶民の中では普通に食べられている料理だ。白身の魚の身やジャガイモを切ったのを油で揚げた料理だ。それこそ、海辺の町へ行けば、無数の屋台が立ち並ぶ。


「それをウェステリア代表の料理のように言われるのは心外ですが、それをご所望となれば提供するしかないですな」


 既に公爵は、フランドル王国では美食の限りを尽くした歓待を受けたという。それと対抗するのが庶民の食べ物では圧倒的に不利ではあるが、エバンスは受けて立とうと思った。


「屋台で提供されるフィシュ&チップス(キル&タルロフライ)はお世辞にも美味しいとはいえません。古くなった油で鮮度の悪い魚の身を揚げることが多く、また揚げ方も理にかなっていません」


「そうだな。美味しいと評判の店でさえ、油で胸焼けしてたくさんは食べられない」

「となると、やはり公爵はウェステリアを試そうという意図があるようですね」


 エバンスの考えはアレックス次官と同じであった。ヴィッツエル公爵は名君と知られる宰相である。国の命運がかかる事態を料理で決めるような愚かしいことはしない。これは料理勝負を借りてはいるが、何かを狙ってのことであることは間違いがない。


「まずはアカデミーに戻って、料理の起源から紐解いてみます。そこから、進化した新しいフィシュ&チップス(キル&タルロフライ)を生み出して見せます」


「うむ。君だけが頼りだ、エバンス君」


 そうアレックス次官は、このウェステリアが誇る最高のシェフに望みをかけた。エバンスなら間違いなく、ヴェッツエル公爵を唸らせる料理を創作できるはずである。



「うむ。フランドルからの使者がゼーレ・カッツエのメンバーと思わしき貴族と接触しただと?」

「はい。ニコール隊長、じゃなかった参謀閣下」


 そうシャルロット少尉はニコールに報告した。今朝、フランドルから入国した人物を追跡していた部下からの報告である。


「そうか……。この時期におかしなことだ」


 ニコールは腕組みをして考える。現在、フランドル王国との戦争は休戦している。ウェステリア王国と大陸における同盟国との戦いは膠着状態であった。流れは和平に傾いていたが、両陣営の主張が折り合わず、話し合いは平行線をたどっていた。


 ゼーレ・カッツエはウェステリア王国からすると、反国王派の集団であるが、今は弱体化の一途をたどっている。それでも壊滅できないのは、密かにフランドル王国と繋がっているからだと憶測された。


 資金や人材などを援助してもらっているのだ。強力な敵国とつるむなど、いくら反体制派でもやってはいけないタブーである。それを敢えて行うということは、手段を選ぶことができなくなった証でもあった。


 ニコールがおかしなことだと断言したのは、和平の話が進んで久々に戦争が行われなくなる可能性が高くなってきたことを根拠にしている。新しく即位した国王は、戦争を嫌い、外交で解決する姿勢を鮮明にしており、この点でも和平が進むものだという意見が強かった。これはフランドルでも同様で、和平を結ぶことは両陣営にとては願ってもいないことなのだ。


(それを邪魔をする勢力がフランドルにもあるということか? それとも……別の狙いがある?)


 ニコールは軍人であるが、凄惨な戦争はしたくないというのが本心であった。いざ、戦争になれば、国を守るため、同盟国を守るために命を懸ける決意ではあったが、それでも多くの兵士が死ぬ事態は避けたいと思っていた。


 ひとりひとりの兵士にはそれぞれの人生があり、関わる人がいる。戦死することでその絆は断ち切られ、人を悲しみのどん底に叩き落とす。


(戦争なんかするものではない……)


 勇猛な軍人のニコールはいつもそう考えていた。だからといって、いざ、戦闘となれば常に先頭に立って戦う。その勇気は部下たちを奮い立たせる。


「司令官閣下に報告に行く。シャルロット、一緒に来い」


 ニコールは現在、AZK連隊。対ゼーレ・カッツエ連隊の参謀職にある。勤務地は郊外の屋敷である。この部隊の連隊長はレオンハルト・シュナイゼル少将。対フランドル王国との戦争で輝かしい手柄を立てた若き将軍である。


「ニコール大尉……その報告は本当か?」


 報告を受けてレオンハルトは怪訝そうな顔をした。彼は大陸での戦いで名を轟かせた戦上手であったが、休戦と同時に本国に召喚されて閑職に回されていた。若いのに目立った行動が、軍のお偉いさんの癇に触ったのであろう。


 今は反政府組織ゼーレ・カッツエを壊滅させるための連隊長に任命されてはいるが、大陸で1個師団を率いていたときと比べれば、完全に地位は後退していた。それでも彼は左遷とは思っていない。AZK連隊は独立連隊であり、多くの権限が連隊長には与えられていた。軍団長の命令に従わねばならない師団長と比べれば、権限は大きい。


 それにゼーレ・カッツエを壊滅させる組織の長ではあるが、彼自身がゼーレ・カッツエのメンバーであることは秘密だ。彼はこの地位を大いに利用しようと考えていた。それは無能で態度だけはでかい、ゼーレ・カッツエの幹部連中を粛清し、自分がその頭目になろうという考えなのである。


 レオンハルトの狙いは、ウェステリア王国そのもの。混乱を起こさせ、政治の実権を握り、最終的には自分が国王になるということなのだ。


「ゼーレ・カッツエは兼ねてから、フランドル王国より援助を受けていると言われていたが、どうやらそれは本当らしいな。それにしても……」


 ゼーレ・カッツエのメンバーと言っても、若いゆえに幹部ではないレオンハルトにはその情報は入っていなかった。


(考えられるとしたら、セント・フィーリアのヴィッツエル公爵のウェステリア訪問。何か動きがあるやもしれん……)


「ニコール大尉……」

「はっ」

「セント・フィーリアのヴェッツエル公爵の護衛は近衛隊が行うのであったな」

「外国の要人警護は近衛隊の任務ですから、おそらくそうでしょう」

「君の古巣との共同作戦となる可能性がある」

「共同作戦ですか?」


 フランドル王国にとって、セント・フィーリア公国がどちらの陣営につくかは非常に関心のある問題だ。セント・フィーリアの決断に関わる宰相に何らかの働きかけを行い、自分の陣営に引き入れようとすることは十分に考えられた。


「大尉、近衛連隊に行き、調整を頼む。何かよからぬことが起きそうだ」

「はっ」


 ニコールは連隊長に敬礼をして、軍靴のかかとを合わせた。


(よからぬこと……)


 ニコールは再び、この都の安全を脅かす事件が起きることを予感した。


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