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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
幕間 ビアンカの王妃への道 ~リンゴ飴~
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ビアンカ姫、ボランティアで勉強を教える

閑話はあのアリンガム家の嫁選びで存在感があったビアンカ嬢。傍若無人のお姫様の王妃を目指す道。スピンオフw

「オーホッホホ……。やっと着いたわね」


 ビアンカ・オージュロー子爵令嬢。ウェステリア王国の王妃の座を狙うしたたかなお姫様だ。その美しい美貌と教養。およそ女子として身に付けるべき技術はもっている完璧パーフェクトお嬢さんだ。


 惜しむべきことは、少し性格が計算高いこと。そして子爵という実家が力のない貴族であることである。彼女が有力貴族の令嬢であったなら、とっくの昔に国王の妃候補として名前が上がっていることだろう。


 でも、そんなハンディキャップはビアンカにとっては、打ち破るべき試練としか思っていない。王妃を目指すための勇気と自信、そしてそれを裏付ける能力が彼女にはあった。


「この美貌と官能的なスタイル、そして明晰な頭脳。わたくしがこれ以上、恵まれていたら世間の皆様に申し訳ありませんことよ。わたくし、あとは才覚で王妃の地位を得るのです。オーホッホホ」


 若干、この自信たっぷりの性格と計算高さが残念なのだが、基本、悪い人物ではない。それのこの美少女は、目に見えない何かを持っている。何しろ、とんでもない人物を自分のパシリにしている怖いもの知らずなのだ。




「ビアンカサマ……ゴシテイノバショニ、ツキマシタガ……ココハドコデスカ……」

 

 アリンガム家の花嫁選び。その中の料理対決時に突如、ビアンカに指名され、その後雇われて、今は表向きオージュロー子爵家に使えている凄腕の暗殺者、『二千足の死神』。いつも首にかけたマフラーで顔を隠し、鷲のような鋭い目しか出していない怪しい風貌である。


 もちろん、ビアンカは死神の正体を知らない。雇ったといっても完全に自分の小間使い、いや下僕の扱いである。


 そんな不気味な暗殺者にビアンカは、なんの偏見もなく、また躊躇することなく接している。今も馬車から降りるときに屈んだ二千足の死神の背中を踏み台にして、優雅に降りる。


 凄腕の暗殺者がこの世間知らずの貴族のお嬢さんにここまで仕えるのは理解できないが、なぜか、二千足の死神はビアンカの命令に逆らえないでいた。


「あら、サル吉。そんなことも知らないでこの美しい私の下僕を務めているのですか。だから、あなたはダメなのです。そういうことは他の者から聞いておくものです」


「……」


 凄腕の暗殺者に平気でダメ出しするビアンカ。さらにダメ出しを続ける。ちなみに『サル吉』とはビアンカが、二千足の死神に名付けた名前。名前はないと言ったら、勝手に『サル吉』と名付けられてしまった。


「とは言っても、サル吉はコミュ症ですから恥ずかしくて他の者に聞けないのでしょう」

「……コミュショウ……ダト」


 コミュ症認定されてしまう死神。暗殺者がペラペラ喋ったら、雰囲気丸潰れであるが、ビアンカに憐れみの目で見られると、何だかしゃべらないといけないように思ってしまう。


「大体、サル吉はその怪しげな格好がダメなんですけど。センスもない、不潔っぽくてダサい。いい、あなたは他では役に立たないのですから、雇っている私に感謝しなさい。そして尽くしなさい。そうすれば、田舎の家族に仕送りできますわよ。オーホッホホ」


 ビアンカは二千足の死神を田舎から出てきた目つきの悪い、コミュ症男と思いこんでいる。しかも家族設定もされている。田舎に父母と太った妻。子供が5人いるという設定らしい。死神の名誉のために言っておくが、彼は独身。家族、肉親はいない。年齢は不詳だ。


そんな待遇の死神がどうしてもビアンカの下から離れられないのは、傍若無人な物言いの中に、時折混ぜられる、優しい気持ちが心をえぐるからだ。そもそも、自分のような不気味な出で立ちの男にビビらずに話しかけ、しかもこき使う若い娘は世界中探してもいないだろう。

 

 それが何となく、死神がビアンカの下僕パシリから逃れられない理由だ。


 ビアンカがやってきた建物は、教会の一室。部屋の中には子供がいっぱいいる。みんな机に座って必死に勉強している。ビアンカが部屋に入ると、子供たちは一斉に振り向いた。


「ビアンカ先生!」

「ビアンカ先生だ!」


 子供は12歳くらいから15歳ほど。みんな勉強を必死でやっている。どの子も服装からすると、貧しい庶民の子供であることが推測された。


「ここは貧しい子供に勉強を教える無料の塾ですわ」


 ウェステリア王国は国王が代わり、実力主義が取られていた。勉強をすれば上級学校に入れるし、それによって豊かな生活も手に入れられる。しかし、そのためには難しい試験を突破しなくてはいけない。家庭教師や塾に入れられる裕福な貴族や金持ち商人の子弟ならともかく、貧しい子供は不利だ。


「ここはそういう子供に勉強を教えるところよ。頭脳明晰で優しい私は、ここで子供たちにボランティアで勉強を教えているのですわ……。オーホッホホ」


 二千足の死神(サル吉)は部屋を見回すと20人ほどの子供が熱心に勉強している。12歳位の子は中等学校の試験に備えて。15歳くらいの子は上級の専門学校へ進む勉強をしているのだ。


それぞれの試験は難しく、簡単には入れない。だから、どの子供も必死で勉強しているのだ。そんな子供を教えている大人もビアンカも含めて5人ほどいる。その中には、以前、対決したハンバーガーを売っていた青年とか、街の酒場で時折見かける吟遊詩人の青年がいる。


 二千足の死神は、ハンバーガーを売っていた青年とは戦ったことがあり、戦闘のプロである自分が完敗だったので只者ではないと思っている。それで死神は部屋の外に出て、見つからないようにしていた。たぶん、感づかれたとは思うが、ビアンカにおとなしく従う死神に対して、何かしてくる気配はないようだ。



「いいですか、皆さん。もうすぐ、それぞれが夢を叶える第一歩となる入学試験があります。あなたたちは、それを突破しなくてはなりません」


 授業の後にビアンカが子供たちに話している。


「それは苦しいことです。努力を絶えずしなくてはならないことです。ですが、いつも目標を持っていれば、それに耐えられる。あえて尋ねましょう!」


 ビアンカの話は演説風になっている。入学試験突破に向けて、子供たちの心を鼓舞しているようだ。いつものことなのか、他のボランティアの大人たちは苦笑しつつも見守っている。


「あなた方は何のために勉強しているのですか?」

「はい」×20。


 全員の子供が一斉に手を上げた。これにはこっそり見ていた二千足の死神も驚いた。


(ドレダケ……センノウシテルンダ……コノオジョウハ……)

(ドウセ、シアワセニナルタメトカ、カガヤカシイセイカツヲ、テニイレルタメトカダロウ。コレダカラ、キゾクノオヒメサマハ、アマイノダ……)


 だが、子供の答えは二千足の死神の予想を超えるものであった。


「それでは、ジャームズ君」

「はい。それは国家のため。ウェステリアのためです!」

「同じです!」×19。


(ナ……ナント!)


「そうです。それを忘れてはなりません。いいですか、あなたがたは平民。そして貧乏人。それをまず認識しなさい! そしてそれはとてつもなく不利な立場なのです。ですが、それを悔やんではなりません。それを卑屈に感じることもありません。なぜなら、実力でのし上がればいいのです。ですが、豊かになりたいとか、お金持ちになりたいとか甘ちょろい個人的な理由では、絶対に這い上がることはできません、困難を乗り越えられません!」


(うん、うん)と相槌を打っている子供。どれだけ、洗脳しているのだと二千足の死神は開いた口がふさがらない。


「いいですか、施しを受けるな、哀れみを請うな。あなた方は施しを受ける側ではなく、国家の為に施しをする側になりなさい。国が何かをしてくれるのを待つのではなく、あなたがたが国に何ができるのか、それだけを考えなさい!」


「はい! ビアンカ先生!」×20。


 挨拶を終えて子供たちが一斉に帰っていく。生徒の少年が一人だけ残って、ビアンカに何やら相談していたが、涙をシャツで拭うと元気な笑顔で去っていた。


(クニガ、ナニカヲシテクレルノヲマツ、ニンゲンニナルナ……。クニニナニガデキルカ……アイカワラズ、ムチャクチャダガ、オモシロイコトヲイウ、オジョウダ……)

 

 二千足の死神は、同じような年頃の黒髪の女侯爵にもたまに仕えるが、それとは違った魅力をビアンカに感じていた。


「ソレデ、ビアンカサマ……アノショウネンデスガ……」

「はあ? コミュ症のあなたが興味もって話しかけてくるなんて珍しいわね」

「イヤ……スコシ……キニナリマシテ……」


 帰宅のために馬車に乗り込もうとしたビアンカに珍しく、二千足の死神の方から声をかけた。あまりに珍しいので、ビアンカは思わず馬車に乗るのをやめて、下僕パシリの質問に答えた。 


最後にビアンカに相談していた少年は、現在、中等学校に通っている。今度、農業技師になるためのウェステリア国立大学の農業科学科に進むために勉強している少年だそうだ。


シングルマザーの母親と暮らす勤労少年とのこと。朝早くのアルバイトと夕方からのアルバイトで家計を支え、学費も出しているというから、見上げた少年だ。


「あの子はね。大学合格は間違いない才能を持っているわ。ウェステリア王国に貢献する逸材だわ。あの子の父親はアルコール中毒で母親に暴力を振るうクズだったらしいけど、その子供は素晴らしい頭脳の持ち主。これぞ、鳶が鷹を産むって奴ね」


「ハア……」


「それでね。彼はコツコツと大学の入学金を貯めていたんだけど、どうしても金貨で10ディトラム足りないって相談してきたのよ」

「ソレデ……ヒメサマハ、オカネヲカシテアゲルノデ?」


 2千足の死神はパシッと額を扇子で叩かれた。思わず、なぜ避けられなかったのか固まる死神。最近、生きるか死ぬかの場面から遠ざかっているので、緊張感に欠けていると深く反省した。


「施しは人を助けない。あの子は将来、国のために働く重要な役割を担える子よ。入学金が足りない程度の困難は自力で乗り越えてもらうわ」


「ツメタク……ツメタク、ツキハナシタノカ?」

「もちろんだわ。でも、将来の王妃になる優しい私ですもの。ヒントはあげたわ。今度、開かれるウェステリア王国の建国祭を利用しなさいってね」


「ソレダケカ……?」


 また扇子がパシッと二千足の死神の額に打ち付けられる。


「サル吉。あなたのようなお馬鹿さんにはわからないでしょう。彼はちゃんと乗り越えますわ。彼はちゃんと生きる力をもっていますから。知恵を絞り、人の協力を得て、起死回生の策を実行する。これができるから私は期待しているのよ」


(キンカデ10ディトラムクライ……カシテヤレバイイモノヲ……)


 そう死神は思わんでもなかったが、鼻歌を歌いながら馬車に乗り込むビアンカに背中を踏み台にされて、確かに貴族に借りは作らないほうがよいと妙に納得した。


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