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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第11話 嫁ごはん レシピ11 アワビのステーキ肝ソースとかぶの丸焼き (過去編)
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勝負の時間

100話超えたので画面は2からスタートです。

「おや、ニコールちゃん。君の王子様はまだ来ないの?」

「ふん。うるさい。私の二徹は必ず来る」

「来ないんじゃないの。さすがにこのランク10の牛肉ギュッにくには勝てる素材が見つからなくて逃げ出したんだと思うよ」


 ステーキ対決の会場。オーガスト家の中庭は、招待された貴族でいっぱいである。2日前に決闘が約束され、ここでステーキの対決が行われるのだ。判定は100人の招待客の投票で決まる。負けた方はニコールに一切近づかないことが約束させられるのだ。これは貴族の典範に則った正式な決闘である。

 

 ベルナールはもう勝った気でいる。今回、実家のアルボー家の総力を上げて最高級の牛肉を用意した。また、相手の二徹にはランク5以上の肉は入らないように妨害までした。もはや、料理勝負以前の段階で勝利が確定していると言ってよかった。


(もはや、僕の勝利は疑いようがない。肉のステーキ対決なら負けるはずがない)


 ベルナールはニコールの美しい顔を舐めるように見る。今日のステーキ対決パーティがそのまま、婚約パーティになるのだ。美しい妻を手に入れることができたと、ベルナールは至福の笑みを浮かべている。


「さあ、あと勝負まで5分だよ。ニコールちゃん、君が僕のものになるなんて夢みたいだよ。結婚したら、毎晩、可愛がってあげるよ」


「チッ……冗談じゃないぞ。貴様と結婚なんかするものか。私の二徹が勝ったら、そのとぼけた顔を引っぱたいてやる」

「ふふふ……そういって強がる君を落とすのも楽しみだ」


 ベルナールは舌をべろりと出して、唇を舐める。ニコールは背中にゾゾゾ……っと寒気が走った。


(二徹、どうしたんだ? なぜ、来ないんだ!)


 ニコールは二徹がやってくる中庭に通じる通用門を心配そうに見つめる。心配はしているが、決して諦めてはいない。その証拠にニコールの目は、輝きを失っていなかった。


「あの男は来ないよ。ランク10の牛肉ギュッにくを用意できなかったのさ。無理はない。ランク10の肉は僕の実家、アルボー家しか取り扱っていないからね。他のルートで入手するには2日では無理。せめて1週間はないとね」


「ひ、卑怯だぞ。それで期限を2日にしたのか!」


 ニコールの怒りの声。それをせせ笑うベルナール。ニコールはギュッと拳を握る。それでも、通用門を見つめる瞳は揺るがない。


「卑怯じゃないよ。これを戦略と言うのですよ。ニコールちゃん、僕は君を戦略的に落としますからね」


 二徹が未だに会場にいないと聞いて、集まった貴族たちは口々にこの勝負が取りやめになると噂した。


「そりゃ、来られないだろう。負けが決まっているのに来るわけがない」

「ちょっとは楽しみにしていたけど、ランク10の肉が用意できないのなら、来ても負けだろう」

「まあ、今日はうまいステーキをたらふく食べるということで良しとしましょう」

「どうしましょう。あまり美味しくて食べ過ぎてしまうと太ってしまいますわよ、奥様」

「今日は例外として、明日からダイエットしましょう」

「それもそうですわよね。オーホッホホ……」


 招待された貴族たちは、ベルナールが用意した肉を楽しみにしている。美味しいものを食べ慣れた貴族でも、ランク10の肉は滅多に食べられないからだ。


「さあ、あと時間は1分となりました。どうやら、僕の勝ちのようですね」

「そんなことはない! 二徹は絶対に来る。私と約束をしたんだ!」


「ふふふ……。男というのはいつも女を泣かす生き物。気丈なあなたが涙を浮かべるなんて、なんと罪深い男でしょう。それに比べ、僕は絶対に君を泣かせないよ」

 

 ベルナールはそうニコールを口説く。ニコールは二徹がやってくるはずのドアを見つめたまま。大きな瞳には自然と涙が溢れてくる。が、まだ信じている気持ちは瞳に現れている。涙にキラキラと輝いている光は信頼の証でもあった。


(絶対に来る。二徹は私との約束を破ったことはないんだ!)


「さあ、あと10秒……」


 ベルナールが勝ち誇り、勝利宣言をしようと右手を上げたとき、ニコールが見つめるドアが開いた。

それはスローモーションのようにゆっくりと開かれるようにニコールには見えた。そこには待ちわびた人物が元気そうに笑っていた。


「ニコちゃん、お待たせ!」


 二徹だ。後ろには可動式のテーブルに用意した食材を山と積んでいる。形のよい大きなアワビ(ビクザム貝)である。


「ば、馬鹿~っ」


 たまらず、ニコールが駆け寄ってくる。それを優しく抱きとめる二徹。


「遅れてごめん。でも、間に合ったようだね」

「遅い、遅いぞ。来ることは分かっていた。ただ、お前になにかあったと思って心が破れそうだったぞ」

「ごめんね。ちょっと食材の調達に時間がかかったんだ」


 そう言って二徹は後ろを振り返った。キラキラ輝く極上のアワビが目に入る。


「な、なんだ、それは?」

「これはね。アワビ(ビクザム貝)だよ。これをステーキにするととんでもなく美味しいのだよ」

「こんなの、どこで獲ってきたのだ? それにお前、ところどころ、怪我をしていないか?」


 ニコールは二徹の手や足、顔に擦り傷を見つけた。何かと格闘したからできた怪我である。


「うん。ちょっと苦労したかな……」


 二徹がこのアワビを手に入れるまでの苦労は、ちょっとやそっとじゃ語り尽くせない。


「その若者がサメを退治するというのか?」


 潮風と日焼けで褐色の肌。頭は剥げているが、白いヒゲが長々と生えている村長は、二徹のつま先から頭のてっぺんまでを見た。とてもサメと格闘するようには見えないので、その表情には疑いの色が強い。二徹の体はごく普通。日焼けして筋肉ムキムキのごつい体でも、百戦錬磨の戦傷が無数にあるわけでもない。


 育ちの良さそうな雰囲気も持って生まれたものであり、どう見てもそんな危険なことをしなくてはならない人間ではなさそうだ。


「村長、私は見所があると思って推薦しているのですよ。二徹君ならやれるかも知れない」


 そうダイスは村長に頼み込む。ダイスの頼みということは信用度でいけば、かなりのアドバンテージがある。ダイスはベテラン漁師であり、仕事には厳しいことが評判の男であるからだ。


「お前がそうも肩入れするとは……。うむ。我々が困っていることは確かだ。二徹君とやら……本当にサメ退治できるのか?」

「はい。やらせてください。そして、見事にそれが出来た場合、村を挙げてあわび(ビクザム貝)を獲ってください。すべて買い取らせていただきます」


「ビクザム貝だと?」

「はい。このくらいの大きさのものを100個程度……」


 そう二徹はアワビの大きさを指定した。ステーキにしても美味しいのは、大きい貝である。だが、100個以上となるとかなり難しい。現在、サメによって占拠されている漁場なら、数は十分捕獲できるだろうが、それでも何日かはかかる。二徹が欲しいのは2日後であるから、明日、サメを排除しても1日しか猶予がない。


「うむ……命をかけてくれるのだ。それくらいは村を挙げて協力するしかない。いいだろう。二徹君。君に賭けてみよう」

「ありがとうございます」


 早速、村の男たちと作戦会議となる。作戦は簡単だ。鉄柵で囲まれたゲージに二徹を入れて海に下ろす。魚を餌にして付近に撒く。血の匂いにつられたサメがやってくる。それを村に伝わる鉄串で、突き刺して仕留めるというものだ。サメと原始的なタイマン勝負である。

 

 この作戦の要は、攻撃側を守るゲージの強度。これは数本の太い鉄の棒で作られたカゴ。上部は海面まであるので、息が続かなければ、上に上がって空気が吸える。

 

 そして村に伝わる『鉄串』の破壊力。この鉄串は村に代々伝わる武器で、昔、サメ退治で英雄となった男が使っていたものだそうだ。常に磨き上げられており、作られてから数十年という割には、ピカピカに輝いている。


(これなら強度的にも十分だけど、重い分、水中ではスピードが出ない)


 二徹はサメと戦う武器をそう評した。


 これを使って昔の英雄はサメを貫いたというのだが、昔の英雄とやらは、相当な腕力の持ち主と言えるだろう。二徹の持ち前の筋肉では、とてもサメを貫けないと思われる。


だが、二徹にはチート能力がある。加速能力『エクサレイション』を使えば、それは可能となる。


「二徹さん。この鉄串は2本あるんですよ」


 そう教えてくれたのはティア。その英雄のために作った鍛冶屋が試作したものがあるのだという。今でもその鍛冶屋の工房に飾ってあるのだそうだ。それを聞いた二徹は、心の中で何かが閃いた。


「ティアちゃん。可能ならば、その鉄串を予備で使いたいんだ。鍛冶屋に行って手に入れてくれないかな」


「いいよ」


 ティアは鍛冶屋へ走る。サメ退治と聞いて鍛冶屋の親父は快く貸してくれた。また、自分の先祖が作ったものが、再び伝説になればと考えたようだ。



 鉄柵がそろりそろりと下ろされた。何艘もの船が繰り出し、鉄柵を取り囲む。船に囲まれた中央部分に、5m四方の鉄柵が海へと沈められる。柵の上部分は海面まで、下部分は海底から5mほどのところにある。


海の深さは10mもないから、海中の中央部分にこの柵が固定されていることになる。底は鎖で覆われているので、この中にいれば、サメの攻撃から身を守れる。柵といっても上部がないカゴのような形状である。そして、カゴ内に取り付けられた鉄串を外せば、サメに直接攻撃ができるのだ。


 二徹は鉄カゴに中に入って泳いでいる。サメが近づいてきたら潜って戦うのだ。他にも勇気のある村の漁師が何人か加勢になって行動を共にしている。みんな手にはモリを持っているが、それがサメにどこまで通用するかは分からない。


「来たぞ!」


 船上で誰かが叫んだ。餌として大きな魚を切って海に投げ込んだので、その血の匂いに釣られてきたのであろう。


「うおっ、でっかい!」


 二徹は思わず声を上げた。そのサメは想像していたよりもはるかにデカイ。全長は10mはあろうかという大きさ。ちょっとした船と同じである。


「撃て!」


 合図と共に漁師たちがモリを撃ち込む。だが、サメの強力な装甲に弾かれる。やはり、伝説の鉄串を使うしかない。二徹は大きく息を吸った。そして、静かに潜る。余分な動きをするとそれだけで酸素を消費する。それは潜水時間の短縮につながってしまうのだ。


 ガシッ。


 モリを撃たれたサメは怒り狂い、強烈な体当たりを鉄柵にかます。一撃で柵はひん曲がる。それを見て漁師たちは逃げ出す。2回目の体当たりに耐えられないと判断したのだ。


 ガシッ!


 2回目の体当たり。予想通り、鉄柵は無残にもひん曲がり、一部はバラバラに砕けた。逃げだす漁師たちの中で二徹はひどく冷静であった。鉄串を持っているので体は海底めがけて沈んでいく。そんな二徹の前を巨大なサメが横切る。


「これでも喰らえ!」


 二徹は鉄串を放った。加速付きでそれはまっすぐにサメの体を貫いた。グサリと刺さる鉄串。あっさりとサメを予定通りに串刺しすることに成功。しかし、それはイコール勝利ではなかった。


「おいおい、死なないじゃないか!」


 予想外の展開に、思わず叫んでしまった二徹。水中なので声は空気の泡となってしまう。

無駄な酸素を使ってしまった。サメの生命力は凄まじい。体を鉄串に突き刺されても平気で泳いでいる。怒り狂ってめちゃくちゃに暴れて、鉄柵は無残にも完全に破壊されて、海底へと落ちていく。


(どうやら、僕のカンは当たったようだね)


 二徹はここが勝負だと思った。ズボンのポケットからリボンのついた浮きを取り出した。それを放つ。海面に向かってそれはヒラヒラと上がっていく。


「あ、二徹さんからの合図だ!」


 船上で海面を見つめていたティアは二徹から言い含められていた。赤いリボンが海面に見えたら2本目の鉄串をかごの中央めがけて投げてくれと。

 

 ティアは2本目に鉄串をやり投げの選手のように、大きくしならせて投げた。弧を描いて鉄串は垂直に海に突き刺さった。それは真っ直ぐに海底めがけて落ちていく。

 

 一方、二徹は絶体絶命のピンチ。サメが二徹に向かってきたのだ。大きな口を開けて捕食しようと近づく。二徹はじっと待つ。空から鉄槌を加える武器がもたらされることを。


 そして、それは水を切り裂き、一筋の光となって落ちてくる。


(ティアちゃん、ナイス!)


 二徹は垂直に落ちてくる鉄串を右手で掴む。顔を上げるともう目の前は大きなサメの口。二重に生えた鋭い歯が迫る。


(うおおおおおおおおおおっ!)

鉄串を両手で持ち、二徹は能力を使った。


『スタグネイション』。時が止まる。そして、『エクサレイション』。鉄串を加速させる。


2本目の鉄串はサメの口腔から脳髄を突き通した。さすがの巨大サメも脳を破壊されれば、生きてはいられない。巨大な体を停止させて、力なく海面に浮いた。それを見て大歓声を上げる漁師たち。


「すげえ、あの兄ちゃん、無敵かよ!」

「マジかよ。本当に倒してしまった」

「伝説の勇者再びだ!」


 漁師たちは船べりを叩いて賞賛する。目の前で起きた奇跡的な勝利に沸く。


「二徹さん、上がってこないよ」


 ティアが心配する。サメは死んで浮いてきたのに、二徹は上がってこない。もう1分以上経過している。


「ティア、二徹君を助けてこい!」


 父親のダイスに言われて慌てて飛び込むティア。実は一連の動きで酸素を使い果たした二徹はブラックアウトになってしまい、気を失いかけたのだ。体に力が入らず海面へ浮上できない。


「ニ、ニコちゃん……」


 二徹は右手を上へと突き出した。ニコールが優しく微笑み手を伸ばしてくる。ゆらゆらと揺れる金髪が美しい。意識が朦朧とする中、誰かが近づいてくる。


「二徹さん!」


 ティアの手が二徹の右手を掴んだ。




「サ、サメと戦っただと!」

「うん。そういうことになるね」

「で、溺れて死にかけただと……」

「うん。そうらしいよ」


 サメ退治のことをかいつまんでニコールに話した二徹。先程まで嬉しそうにしていたニコールの顔が怒りに染まっている。


「馬鹿者! お前という奴は、私のために命を懸けるな。死んでしまってはなんにもならないのだぞ!」

「そうだね。ちょっと反省しているよ」

「ちょっとじゃない、もう二度と私のために死ぬようなことはしないでくれ!」


 ニコールの真剣な願い。怒りの中にも心配で心が張り裂けんばかりの様子が涙ぐんでいる目から分かる。二徹はそっとニコールの耳元の髪を指先で撫でる。


「……それはできないよ。大好きなニコちゃんのためなら、僕は命をかける」

「バ……バカ……もう知らない。お前なんか知らない……私を心配させて……もう……」


 そしてプイと背を向けてとても小さな声でこう言った。髪から出た耳がほんのりと赤く染まる。


「……でも、そんなお前が……好きなんだ……」

「ニコちゃん!」


 思わずニコールを背後から抱きしめる二徹。


このラブシーンに怒り心頭のベルナール。二徹に向かって指を突き出す。


「おい、お前。ニコールちゃんに気安く触るな。ステーキ対決で貴様に圧勝したら、お前は二度とニコールちゃんに近づくなよ。貴様を排除してやる」


 二徹はニコールから体を離した。そして、ニコールに優しく語りかける。


「奴を倒してくる。そして、君を迎えに来るよ」

「うん。待ってるぞ……」


 さあ、ステーキ対決の時間だ。




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