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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第11話 嫁ごはん レシピ11 アワビのステーキ肝ソースとかぶの丸焼き (過去編)
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サメ退治

 材料については予想通りであった。牛肉はこのウェステリア王国ではありふれた食材だが、高級品ではある。それは肉の軟らかさと味によってランクが細かく決められていた。


 肉の流通を取り仕切るアルボー家は、ランクの中でも最高級とされるレベル8~10の肉を特に取り扱っている。レベル10は年にいくつもあるわけでなく、値段も高いが希少でなかなか手に入らない。

 

 当然、市場には出回っていない。別のルートで手に入れようにもアルボー家の邪魔でレベル10どころか、レベル5以上ですら手に入らなかった。


(まあ、予想はしていたけど、ここまで徹底しているとはね)


 市場でなんとか手に入ったのは、レベル5以下のもの。庶民がやっと食べることができる肉質である。赤みが固く、保存方法も適切でないので臭みが残っている。これでは、どんなにうまく調理したところで、あのランク10のステーキには敵わない。


(こういう対決の時、漫画では赤身肉に脂身を加えて、ジューシーさを増すなんてやるけど、正直、ブランド牛相手に勝てるようなもんじゃない。フェイクは所詮、フェイクだ)


 本物の前では、どんな工夫も無駄になる。本物にはそれだけの価値がある。二徹は市場で肉を色々と見る。牛肉がダメなら、豚肉ブルにく鳥肉ばどにく羊肉メエにくがあるが、どんなに美味しい肉でもこの牛肉には太刀打ちできない。


(う~ん。お題はステーキだからな。ほかの肉も美味しいけど、食べ比べるとやはりインパクトに欠ける。それにここにはランク10を越える他の肉はない……)


(さて、どうするか……)


 いつの間にか市場を抜けて、港に来てしまった二徹。そのまま、海岸線を考え事をして歩く。やがて、人工的に作られた港から自然な海岸線へと風景が変わる。


 二徹がふと海を見ると小さな船がいくつか浮かんでいるのが目に入った。そこを起点に何人かが素潜りをして何かを採っているようだ。船が帰ってくるのを待って、二徹は話しかけた。


 船に乗っていたのは、中年の男とその娘らしき2人。男の方は40過ぎ。娘は14,5歳くらいである。耳と尻尾がないから人間族である。


「あの、何を採っていたのですか?」

「これだよ」


 そう言って娘と思われる女の子がかごを見せてくれた。小さな貝が入っている。その貝に二徹は見覚えがあった。


「これはトコブシですね」


 トコブシはミミガイ科の貝。アワビとよく似ているが小型である。小さいものをトコブシと思いがちであるが、厳密に言うと種類が違う。殻に開いた数が多いのが見分け方であるが、生息地によっても違うので見分けるのは難しい。


「これはザム貝ですよ」


 そう中年男が答えた。どうやらトコブシは、ザム貝というらしい。市場で貝はよく見るがトコブシが売られているのは見たことがなかった。


「このザム貝はどうするんですか?」

「自分たちで食べるよ。市場じゃ売れないからね。お兄さんはどこから来たの?」

「ああ、紹介が遅れました……僕は伊達二徹だてにてつと言います」


 お互いに自己紹介する。2人組の名前は男がダイス。二徹の質問に屈託なく答えた女の子がティア。二徹が予想した通りの親子であった。2人はこの近くの小さな漁村に住む漁師。普段は妻と一緒に漁をしているが、今日は娘のティアの訓練もかねてザム貝を採っていたらしい。


 ザム貝は美味しい貝ではあるが、まだその美味しさが知られていないのと、それほど取れないこともあって、市場には出していないそうだ。漁の仕方は素潜り。海女さんである。


 海女さんは女性であるが、素潜りは女性が適している。肺活量や体力は男の方が上であることは間違いないのだが、冷たい海水に長時間浸かる能力は、女性の方が優れている。これは体の構造の違いであろう。皮下脂肪が多い女性は男性よりも耐寒能力が高い。


「それでこのザム貝、どうやって食べるのですか?」


 二徹は聞いてみた。漁師の間だけで消費されてしまう貝の食べ方に興味がわいたのだ。答えは単純であった。


「そんなの簡単だよ。このまま、火にくべてソルをかけて食べるんだよ」

「ふーん。ソルで食べると素材の味がよくわかっていいね」

「二徹さんは、食べたことあるの?」

「まあね……」

 

 二徹は考えた。トコブシは焼いても美味しい貝だが、ステーキとなると小ぶりであるのと味にインパクトかがない。


(もっと大きいやつ……そう、アワビがあれば!)


 二徹にアイデアが思い浮かんだ。アワビはステーキにするには極上の素材である。向こうが極上の牛肉で勝負を挑んでくるなら、こちらもそれなりのものでないといけない。同じ肉だとどうしても比較されてしまうが、海鮮であればそれもない。同じ一流の素材であれば十分に対抗できる。


「このザム貝(トコンブシ)よりも大きい貝はありません?」

「あるよ。ビクザム貝って言うんだ」


 ティアがそう答える。肩にかろうじて着くくらいの茶色の髪の毛。海風にさらされている割には、キラキラと輝いているのは若さゆえか。まだ15歳で成長途中だが、この子は背が低い。15歳で身長は150センチいってない。


「そのビクザム貝はどこで採れるの? 手に入るなら買取りたいです」

 

 親子はその言葉を聞いて、顔を合わせた。どうやら、なにか問題があるようだ。


「あるにはあるが……」


 ダイスが答える。どうやら困った事態が起きているらしかった。ダイスが住む村は、素潜り漁を生業とする村であったが、主に活動する漁場にサメが住み着いたのだという。アワビ(ビクザム貝)はこのエリアに主に生息しているらしい。


「サメですか?」

「巨大なサメです。人を襲うために素潜りができないのです」


 そうダイスが残念そうに答える。サメのせいで主産業である海草取りと貝、魚の捕獲が滞っているらしい。


「それは困りますね。退治とかしないのですか?」

「困るが退治するには費用がかかる。それにあと2ヶ月もすれば寒くなるから、サメもいなくだろうということで、今は様子見をしているのだよ」


(なるほどね……)


 状況はわかった。アワビの宝庫と思われる漁場には人喰いザメ。そいつを何とか排除すれば、アワビを大量に得ることができる。ステーキ対決は今日を含めて2日後。アワビを手に入れるためには、サメをすぐにでも排除しなくてはダメだ。


「ダイスさん。僕がそのサメを何とかします。そうしたら、そのビクザム貝を村の人総出で採ってくれませんか。費用はこちらで持ちますから」


 そう言って二徹は結構な額を提示する。怪訝そうな表情だったダイスの顔が少しだけ明るくなったが、すぐに険しい顔になった。そんな甘くはないという顔だ。


「そりゃ、そういうことなら村長に掛け合ってみるが、あなたにあの巨大なサメをどうにかできるのか?」

「どうにかなるかわかりませんけど、やってみます。こっちもある事情でどうしても貝が欲しいのです」

「うむ……。だが、あの巨大なサメはあなた一人でどうなるものではない。素人さんが興味本位で首を突っ込むものではない」


 そう首を振るダイス。これは無理もない。見た目、普通の若者である二徹が何を言ったところで、説得力はない。だが、ここはニコールのためにも引き下がるわけにはいかない。


「そこをどうかお願いします。サメは僕が仕留めます」

「何を根拠に……いいだろう。あの巨大サメを仕留めるには、水中に潜り、モリを操ることができなくてはならない。今、ここでやってみろ」


 そう言うとダイスは、二徹を船に乗せて連れて行く。諦めさせるために実際にやらせようと思ったのであろう。サメのいない海域に船を止めると、二徹にモリを渡す。それはバネで打ち出すタイプのモリ。ボタンを押すと飛び出して魚を串刺しにする。


「ここの海底にカイレという名前の平たい魚が生息している。大きさは全長3ノラン(約1.5m)はある巨大な奴だ」

「分かりました」


 二徹はシャツを脱ぐとモリを受け取る。海底までは5m。素潜りするにはかなり深い。


「お父ちゃん、無理だよ。わたしらみたいに日頃から仕事でやっているならできるけど、普通の人では海底までたどり着けないよ。二徹さんもやめて……」


 そう一緒に船に乗ってきたティアが止めるが、二徹は首を横に振った。


「大丈夫だよ、ティアちゃん」


 二徹はロープがくくりつけられた重りを手にする。


「それじゃ、親父さん、よろしくお願いします」


 二徹は足から海へと飛び込んだ。二徹が海の中へ消え、重りの付けられたロープが次々と海の中へ消えていくのを見ながら、ティアは父親にふくれっ面を見せた。


「お父さん、酷いよ。あれじゃ、二徹さんは底に着いてもカイレは取れないよ。あのモリじゃ強度不足でカイレのウロコは貫けないでしょ!」


 ティアはそう父親を批判する。カイレという魚は体が平たくて大きい。海底で横たわって餌であるエビを捕食する。その皮膚は薄い代わりに固く、普通のモリでは貫けないのだ。


「心配ない。まず、素人さんは底までいけないさ。1分も息を止めることはできない。それにそんな状態でカイレを見つけることすら無理。例え見つけても、モリがはじかれてしまえば諦めてくれるだろう」


「……でも、お父さん……ものすごいスピードでロープが」

 

 船から海面に消えるロープのスピードが尋常でない。それは二徹の力。鉄のオモリが海底に向かって落ちていくスピードを加速したのだ。

 

ツンツン……。そして合図がロープを通して伝わる。慌ててダイスは滑車を使ってロープを巻き取る。合図があれば浮上を助けるのだ。


 海に飛び込んでかっきり1分で二徹は海面へ上がってきた。


「はあ……はあ……」

「どうしたんだ、魚は採れたのか?」

「二徹さん、大丈夫ですか?」


 心配そうにティアが聞く。ダイスは潜水時間が1分程度だったので、二徹が海底に到着する前に恐怖で断念したのだと思い込んだ。しかし、ロープは海底までの長さを使い切っているという事実を忘れていた。


「採れましたよ」


 二徹はそう言うと、借りたモリを海中から引き上げた。そこには座布団のような大きさの魚が貫かれている。


「ま、まさか……そのモリで貫くとは!」

「す、すごい……二徹さん!」


 時間を考えれば、40秒で潜り、魚を突いて20秒で戻ってきた計算になる。無論、二徹は加速して潜水時間を短縮し、また、海底に身を潜めていた魚めがけて加速したモリを発射した。強度不足のモリも加速によって威力を増した。


「はあ……はあ……どうですか、親父さん。サメ退治、僕にやらせてくれませんか」

「信じられんが……課題はクリアした。いいだろう。約束通り、村長に相談してみよう」


 ダイスは心がウキウキし、岸へ向かって漕ぎ出すオールに力が入った。二徹ならサメ退治を成功に導くかもしれないという期待が出てきたのが理由だろう。

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