取り残されたリンゴ
(さて、今日はどんなメニューにするか……)
馬車に乗って思案にくれる二徹。昨日は魚料理だったので、今日は肉料理かなとは思っていたが、ただ焼くだけではつまらない。この世界の肉料理は塊を焼いたローストビーフかステーキ。あとはシチューに入れるといった料理しかない。
(う~ん)
馬車は郊外を走っている。森を抜けると農村風景が見える。最初は山と山の間に堆積した土地で形成される扇状地になる。こういう土地は、水はけがよいので果樹園になる。このウェステリア王国でも同じ。アピの木がたくさん植えてある。もはやシーズンを過ぎた頃で、実は大方収穫してしまったようだが、まだいくつか小さい実が残っているのが見えた。小さい実なので酸っぱくて売りに出せないものだろう。
(お、思いついた)
「すみません、停めてください」
二徹は御者にそう指示をする。軽い振動がして馬車はすぐに停まった。ドアを開けて地面に降りる。急に走っていた馬車が止まり、何事かと作業する手を止めた中年の男に二徹は話しかけた。
「いい果樹園ですね。アピは何種類作っているのですか?」
ジロジロと二徹を見て、男はぶっきらぼうに答える。
「3種類だ。小さくて酸味のあるアスター種、大きくて甘いフーシ種、黄色い色のシーナ種だ」
「今はシーズンじゃないんですね」
「最盛期は終わったばかりだ。今は来年に向けての準備をしている」
「そうですか。ところで、木にいくつか実が残っているみたいですが」
「ああ、これか。これは木守だよ」
「木守? なんですか、それ?」
「わざといくつか残しておいて、来年も豊作を願うものだよ」
男はそう言って作業を続ける。はしごを木にかけて枝の剪定をしているようだ。これはリンゴに日光を十分にあてるための重要な作業だ。他にもこの時期には幹の粗皮を削って、害虫や卵を駆除する作業もある。シーズンオフとはいっても忙しいのだ。
「へえ。いくつかあるようですが、最終的には1個にするんですよね。他のはどうするんですか?」
変なことを聞く奴だと男は二徹のことを思ったようだ。服装や地味だがよく手入れされた馬車から出てきたから貴族か、金持ち商人の子息だとでも思っているのであろう。ただ、自分たちの仕事に興味をもってくれることは悪い気はしない。その証拠に最初は堅かった口調が徐々に解きほぐされているように二徹には思えた。
「捨てるよ」
「へえ、捨てるんですか。もったいない」
「捨てるしかないよ。酸っぱくて食べられたものではない」
そう言うと、男は小さなリンゴを一つもいだ。木守りは一つでいいから、2,3個ついていれば最終的にもいで捨てる。形も悪く、市場に出せないからそうするしかない。ポンと二徹に投げた。それを片手で受け止める二徹。食べてみろということらしい。
ブシュッ。
リンゴにかぶりつくと、すぐに酸っぱい酸味が口いっぱいに広がる。これは酸っぱい。そのまま食べるのは厳しい。元々、酸味のあるアスターと呼ばれる小さなリンゴの種類だ。それがまだ成長しきってなくて、酸っぱさしかない状態だから余計に酸っぱい。
「どうだ、捨てる意味がわかったろう」
男の顔に笑みが浮かんでいる。完全に二徹に気を許しているようだ。
「確かに酸っぱい。これが最盛期なら甘味も加わって美味しくなるんですね」
「そうだ。陽の光をたっぷり浴びるとアピは甘くなる。今の季節じゃ無理だ」
「うん。折り入って相談があるんですが」
「なんだ?」
「これを3,4個もらっていいですか?」
「これをか? 今、食べられないと分かったのにか?」
「料理には使えるんですよ」
男は目を丸くして二徹を見ている。ますます、変なことを言う奴だと思っているに違いない。だが、元々、捨てるものだから異存はない。木守としては余分なリンゴをもいだ。3,4個でいいと言ったのだが、袋に詰めてもらったのは10個以上であった。
「旦那様、そのような酸っぱいアピをどうするのですか?」
馬車に乗り込む時に御者を務めるラオがそう二徹に尋ねる。老齢期に差し掛かったこの犬族の男は、いつも温和な性格でニコニコしているのだが、余計なことは言わない。だから、このように話かけてきたのは二徹が食べられない酸っぱいリンゴをもらったことが理解できないからであろう。
「ラオさん、こういう酸っぱいアピは熱を通すと甘くなるんですよ」
「旦那様、アピを使ってお料理をなさるんですか?」
「ああ。今日の賄いはとびっきり美味しい料理だよ」
オーガスト家の夕食は二徹が作る。使用人の分も賄いとして作るのだ。これはウェステリア王国の貴族社会ではありえないことだが、二徹の料理好きからくるものとして、家令のジョセフを始め、ラオとナミも恐縮しながらも受け入れている。そして、毎度のことながら、食べたことのない料理の数々に驚きを味わっていた。
「旦那様は不思議なお方です。料理人としての修行をしたわけでもないのに、町の料理屋顔負け、いや、恐れながら王宮の料理人よりも素晴らしい腕をおもちでおられます」
これはラオも言い過ぎだと二徹は思っている。確かに現代知識を受け継いでいる二徹の料理の腕はチートである。だが、この世界にも料理の天才はいるわけで、二徹がもっていない長年の経験を生かして、素晴らしい料理を作る人間もいる。二徹が作っているのは、あくまでも生まれ変わる前にもっていた知識と腕の延長に過ぎない。そういった意味で、今は日々、妻へのご飯作りで精進しているとも言える。使用人への賄い作りもその修行の一環なのだ。




